出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語44-2-111922/12舎身活躍未 腰ぬけ王仁三郎参照文献検索
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第一一章 腰ぬけ〔一一八〇〕

 晴公、楓の両人は兄妹睦じく手をひきながら、森の木間を漏る月影を幸ひに枯草の茫々と生え茂つた細道を逍遥し、知らず知らず二三丁ばかり南の方へ進むで行く。
 南方より二三人の男、忙しげに提灯をとぼしてやつて来る。兄妹はこれを眺めて彼の提灯のしるしは三葉葵がついてゐる。擬ふ方もなきバラモン教の捕手に間違ひない、見つけられては一大事と大木の幹に姿を隠した。三人はツト立止まり、
甲『オイ此辺で一先づ一服して行かうぢやないか。これから先は危険区域だ。何程斥候隊だと云つても、僅かに三人位では心細いぢやないか。三五教の言霊宣伝使とやらに出会したら、大変な目に逢ふと云う事だ。一つ此辺で団尻を下ろして馬に水でもかうたらどうだイ』
乙『オイ何処に馬が居るのだ。貴様チツと呆けてゐやせぬか』
甲『貴様は馬で、モ一人が鹿だ。大分最前からヒイヒイと汽笛をならしてゐるぢやないか。それだからこの出水で馬に水を呑ませと云ふのだよ』
乙『何を吐すのだ、鼬奴が。先へ行きよつて臭い臭い屁を連発しよつて、コレ見ろ、俺の鼻は曲つてしまつた。眉毛まで立枯が出来てきたワ。本当に困つた奴が先に立つたものだな』
甲『俺の最後屁で鼻が曲つたのぢやないわ。貴様は先天的に鼻曲りだ。親譲りの片輪まで俺の屁に転嫁さすとは、チト虫が好すぎるぞ。どうだドツと張込ンで此処で休息しようぢやないか。さうすりや、やがて本隊がやつて来るのだから、先づ斥候だと云つても一丁位の距離を持つて行かなくちやコレから先は心細いよ』
乙『それだから貴様は鼬と云ふのだ。直に糞をたれ屁古垂れよつて何の態だイ』
甲『ヘン偉さうに云ふない。臆病たれ奴、三人の真中へ入らにやヨウ歩かぬと云つたぢやないか。ポンポンながらこのアーちやまは敵の矢玉を受ける一番槍の御先頭だぞ。何なら貴様、先へ行つたらどうだイ。俺が真中から行つてやらうか』
乙『先輩が先へ行くのは当り前だよ。総て物には順序がある。長幼序あり夫婦別あり、といふからなア』
甲『夜道を行く時だけ貴様は長幼序ありを振り廻すのだから耐らぬワ。なア丙州、一つ此処で休ンで行かうぢやないか』
丙『モー二三丁北へ行けば古社の跡がある。ウン其処には大変都合のよい段があつて、腰をかけるに持つて来いだ。そこまで行かうぢやないか』
甲『そこまで行くのは知つて居るが、なンだか俄に足が進まなくなつたのだ。出るのぢやないか。エー』
丙『出るとは何が出るのだい。怪体な事をいふ奴だな』
甲『出るとも出るとも大に出るのだ。モウ夜明けに間もあるまいから、此処で一寸休みて行かうかい』
丙『アハーこの間から噂に聞いた鬼娘の事を思ひ出しよつたな。ソレは貴様、人の話だよ。幽霊と化物と鬼とは決してこの世の中にあるものぢやない。そンな迷信をするな。さア、行かう』
乙『ヨウ其奴は一寸見ものだ。しかしながら見たところが、何の役にもならないから、マア此辺で一層の事一服しようかい。それの方が余程安全だぞ』
丙『アハヽヽヽ此奴も到頭本音を吹き居つた。やつぱり鬼娘が恐いと見えるワイ。頭に蝋燭を三本立て、面を青赤く塗りたて、口を耳まで裂けたやうにして、ピカツ ピカツと暗を照らしながら、白い尾を引ずつて来る姿を見たら余り気味がよい事ない事ない事ないワ。俺も何だか身柱元がぞくぞくして来はせぬワイ。さア、何奴も此奴もそこまで進めとは云はぬわ』
甲『アハヽヽヽ、やつぱり此奴も屁古垂れ組だな。時にランチ将軍さまは何故アンナ爺や婆を大事相に駕籠に乗せて河鹿峠を越ゆるのだらうかなア。些とも合点が行かぬぢやないか。彼奴は三五教の杢助や、黒姫が化けてゐるのだと云ふ噂だが、俺も一寸面を見たが、余り恐さうな奴ぢやなかつたぞ』
乙『それが化物だよ。人殺をしたり、強盗する奴には決して悪相な奴は無いものだ。虫も殺さぬ丸で女のやうな優しい面をして居つて、陰で悪い事をするのだ。俺のやうな閻魔面は世間の奴が初めから恐がつて油断をせぬから、一寸も悪い事は出来はせない。外面如菩薩、内心如夜叉と云つてな、外から弱そに見える奴が挺子でも棒でも了へぬ奴だよ』
丙『さうすると彼の杢助、黒姫を駕籠に乗せ、河鹿峠を通過せうといふ算段だなア』
甲『ウンさうだ。何でも治国別とか、玉国別とか云ふ豪傑が祠の森や、懐谷辺に陣を構へて頻りに言霊とやらを打出しよるものだから、どうしても進む事が出来ない。そこで三五教の杢助、黒姫が初稚姫を伴れてライオン河の畔にバラモン軍の動静を考へて居つたのを甘く捕獲し、河鹿峠を無事に通過しようといふ計略だ。もし言霊でも打出し居つたら駕籠の扉をパツと開き、槍で殺すがどうだ。コレでも言霊を発射するかと両人の胸元へ突きつけるのだ。さうすると如何に無謀な宣伝使でも、三五教切つての豪傑杢助、黒姫を見殺にする訳には行かぬ。せう事なしに屁古垂れ居つて、どうぞ無事に御通過をして下さいと反対に頼むやうに仕組まれた仕事だ。随分ランチさまも智勇兼備の勇将ぢやないか』
 兄妹は一口々々胸を轟かせながら聞きゐたり。
丙『何だか人くさいぞ。怪体な匂ひがするぢやないか』
乙『人くさいなンて丸で鬼のやうな事をいふない。アタ厭らしい、鬼娘の出る森だと思つて馬鹿な事を云ふものぢや無い。ナーニ此処に人が居つて耐るかい。俺様のやうな英雄豪傑でも気味の悪い山口の森だ。こンな所へ夜夜中うろついて居ようものなら大蛇に呑まれてしまふワイ』
丙『それでも何だか人間の匂ひがするやうだ、しかし人間の臭のするのは当然だらうよ。此処にも一人人間が居るのだからなア』
乙『人間が一人とはなンだい。三人居るぢやないか』
丙『俺は人間だが他は鼬と鹿だ』
乙『ナニを吐すのだい。ドー狸奴が』
丙『狸でも何でもホツチツチだ。俺の人間さまの鼻にはどうも異性の匂ひがするのだ。随分威勢のよい匂ひだよ。一寸男の匂ひもするやうだし』
乙『ハー、さうすると貴様もやつぱり四足だ。犬の生れ代りだな。さうでなくちや、それだけ鼻の利く気遣ひはないわ。ハナハナ以て奇妙奇天烈な動物だなア』
 楓は可笑しさに怺えかね、「ホヽヽヽヽ」と吹き出せば、
乙『ソラ鬼娘だ。ホヽヽヽヽだ。オイ逃げろ逃げろ』
甲丙『逃げろといつたつて逃られるものか。モウあきらめるより仕方がないわ。肝腎の腰が命令権に服従せぬのだから』
 傍の木蔭から、
『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ』
丙『ソレ見たか、俺の鼻は偉いものだろ。若い男女が手に手を取つて、ソツと吾家を脱け出し、たとへ野の末、山の奥、虎狼の住処でも、などと洒落よつて恋の道行きをやつてるのだよ。かう分つた以上は矢張人間だ、驚く必要はないわ』
 甲乙は胸をなで下ろし、
『誰も驚いてゐるものがあるかい。貴様一人驚いて居よるのだ。オイ若夫婦、そンな処へ隠れて居らずに、御遠慮なく此処へ罷りつン出て、どンな面付きをして居るか、一つ御慰みに供したらどうだい』
 楓はやさしい声で、
『兄さま、三人の御方がアナイ云うてゐやはりますから、一寸顔を拝まして上げませうかなア。ホヽヽヽヽ』
甲『ナーンだ、馬鹿にしやがるない。拝まして上げようなンて、どンなナイスかしらぬが、女位に精神をとろかすアーちやまぢやないぞ、エー。世間体をつくりよつて「兄さま、ホヽヽヽヽ」が聞いて呆れるワイ。貴様は親の目を忍ンで喰つ付いてゐるのだろ。サア此処へつン出て何もかも白状するのだ。早う出て来ぬかいグヅグヅしてゐると爺婆の駕籠が出て来ると迷惑だ。それまでに首実検をしておく必要があるワ』
楓『ホヽヽヽヽ、アタイもアンタ方の首を実検して置く必要があるのよ。幸ひお月様も御照り遊ばし、よく見えるでせう。アタイ毎晩この森に現はれて来る鬼娘ですわ。ビツクリなさいますなや』
甲『エー、気味たの悪い事を吐す奴だ。モウ拝謁はまかりならぬ。勝手に森の奥へすつこみて、万劫末代姿を現はさぬやうにいたせ』
楓『アタイその爺さまと婆さまとが喰ひたいのよ。それで此処に青鬼の兄さまと待つてゐるの。皆さま、御苦労だね。馬さま、鹿さま、狸さま。ホヽヽヽヽ』
甲『エー鬼娘までが馬鹿にしよる哩。コリヤ鬼娘、コレでも一人前の立派な兄さまだぞ。沢山のナイスにチヤホヤされて袖が千切れて怺らないから、浮世のうるささを避けてバラモン教の先生になつてゐるのだ。何程惚たつて駄目だ。四十八珊のクルツプ砲を発射してやらうか。貴様も地獄から来たのだらうが、地獄へ帰つてアーちやまに肱鉄をかまされたと云つては貴様の面が立つまい。さア、早く退却々々』
 かかる処へ十七八人の同勢、抜き身の鎗を振りかざし、二挺の駕籠をかつがせてスタスタとやつて来る。先頭に立つた男は三人の姿を月影に眺め、
男『ヤア此処に何だか怪しいものが居る。大方三五教の奴だろ。オイ皆の者、首途の血祭に芋刺しにして行け』
 甲乙丙は驚いて両手をひろげ、
『アーモシモシ アクに、タクに、テクだ。一寸此処で鬼娘が出やがつたから評定をしてゐるのだ。見違へて貰つちや困るぞ』
槍持『ナンダ斥候隊のアク、タク、テクぢやないか。何故こンな処にグヅグヅしてゐるのだ。敵状はどうなつたか』
甲『どうもかうもあつたものぢやない。今此処に鬼娘が現はれたのだ。声ばつかり聞えてチツとも姿が見えないのだよ』
 槍持はビクビク震へ出した。
『ナヽヽヽナニ鬼娘が出たと。ソヽヽヽそしてそれはどうなつたのだい』
甲『俺に惚よつたと見えて、どうしてもかうしても除かぬのだよ。大雲山のお札でもあつたら貸てくれないか』
男『怪体な事を云ふぢやないか。マアマア此処へ一つ駕籠を下ろして調べて見よう。全隊止まれ!』
と号令する。十七八人の同勢は鎗を杖につき足を揃へてピタリと止まつた。二人を乗せた籠は手荒く地上に下ろされた。
 森の中から辺りに響く大声の宣伝歌さやさやに聞え来たる。

『神が表に現はれて  善と悪とを立別ける
 三五教の宣伝使  われは治国別の神
 ランチ将軍片彦の  手下の奴共よつく聞け
 河鹿峠に陣取りて  生言霊に妙を得し
 天下無双の宣伝使  汝等一族悉く
 生言霊に払はむと  今や此処まで向うたり
 もはや逃れぬ百年目  汝の運も早つきぬ
 二つの籠をそこに置き  一時も早く逃げ帰れ
 拒むにおいては某が  またもやきびしき言霊を
 霰の如く打出し  曲に従ふ者共を
 木端微塵に踏み砕き  滅しくれむは目の当り
 この世を造りし神直日  心も広き大直日
 ただ何事も吾々は  直日に見直す宣伝使
 汝の罪は憎けれど  皇大神に神習ひ
 仁慈を以て救ふべし  あゝ惟神々々
 神の言葉に従へよ』  

 この言霊に不意を打たれて二挺籠を路上に捨てたまま、バラバラパツと蜘蛛の子を散らすが如く生命からがら逃げて行く。アク、タク、テクの三人は腰をぬかして逃げ後れ、路傍に四這ひとなつて慄ひ戦いてゐる。楓は森かげを立出で山駕籠の扉を開いて、アツとばかりにおどろき叫ぶ。

(大正一一・一二・八 旧一〇・二〇 外山豊二録)
(昭和九・一二・二七 王仁校正)



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