出口王仁三郎 文献検索

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物語43-4-131922/11舎身活躍午 軍談王仁三郎参照文献検索
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第一三章 軍談〔一一六四〕

 数十年の雨風に弄ばれて、屋根は飛散り柱は歪み、見るかげもなき古祠の前に、薄雲を被つてボンヤリ輪廓を不明瞭に現はした月の光を浴びながら、話に耽る七人の男があつた。これは勿論治国別、玉国別の一行である。
玉国別『治国別さま、昨日来の大風には随分お艱みでしたらうなア。それにまたバラモン教の軍勢がやつて来たので、一段と御骨の折れたことでせう』
治国別『河鹿峠を此方へ下る折しも片彦、久米彦の軍勢と出会し、ともかくも屈竟の難所に陣を構へ、徐に言霊を打出した所、昨日の暴風に木々の木の葉が散る如く、隊伍を乱し、這々の体で逃げ散つてしまひましたよ。貴方はこの森蔭において、キツと敵の潰走を待受け、言霊を打出しなさるだらう、両方より言霊の挟み打も面白からうと考へて居りました。そしてさぞ祠の森の前には沢山な帰順者が居るだらうと、イヤもう楽んで参りました。敵はこの谷道を通らなかつたですか』
玉国別『ヤアもう残念なことを致しました。神様に神罰を蒙り、大怪我を致し、心気沮喪したと見え、雪崩の如く逃げくる敵を無念ながらも、皆取逃がしてしまひました』
治国別『それは何とも仕方がありませぬ。何事も神界の御都合でせう。しかしながら大怪我をなさつたとは……』
玉国別『ハイ猿の奴に両眼をかきむしられ、一旦は失明致しましたが、有難き御神徳によつて漸く片目を救はれ、この森蔭に休息して頭痛や目の痛みの癒るのを待つて居りました』
治国別『それは誠に気の毒千万、月夜とはいへ、余りボンヤリとしてゐて、お顔が見えませなんだが、ドレ一寸見せて下さい』
と云ひながら、玉国別の顔を覗き込んだ。
『ヤア大変だ。目のまはりがただれて居ります。余程きつく掻いたものと見えますなア』
玉国別『吾々が心の油断より自ら災を招いたのです。実に宣伝使として顔がありませぬ』
治国別『ここでは何だかきまりが悪いやうですが、どこぞ良い場所でゆつくり話さうぢやありませぬか』
玉国別『一町ばかりこの森を登つて行きますると、恰好な休息所があります。実の所は今宵もその森蔭で養生がてら、敵軍の進むのを眺めて居りました』
治国別『そんなら、その森蔭の休息所までお供を致しませう』
玉国別『何れまた敵の残党が通過するやら、再び蒸し返しに来るやら分りませぬから、此処に二人ほど見張をさしておいて参りませうかなア』
治国別『オイ五三公、お前御苦労だが、この祠の前でしばらく関所守をやつてくれないか』
五三公『ハイ承知致しました。玉国別さまの部下の方を一人拝借したいものですなア。なることならば私とよく馬の合ふ伊太公と関守を勤めませう』
玉国別『残念ながら伊太公は貴方にお渡しする訳には参りませぬ』
五三公『誰だつて同じことぢやありませぬか。私の先生もこうして一人留守番をお命じになつたのだから、貴方だつて、伊太公の一人位ここにお残しになつてもよかりさうなものですなア』
道公『実の所は伊太公の奴、敵の捕虜となつてしまつたのだ。これから吾々両人は伊太公を取返しに敵中へ飛込まふと思つてゐるのだが、何分先生が目を痛め、頭を痛めてござるものだから行くことも出来ず、気が気でないのだ』
五三公『ヤアさうか、そりや大変だ。俺も先生の許しさへあれば伊太公の所在を尋ねに行きたいものだなア』
治国別『ヤア、玉国別さま、伊太公が敵の捕虜になつたのですか』
玉国別『残念ながら……』
治国別『ヤアそりや困つたことが出来たものだ。マアマアゆつくりと森蔭で御相談を致しませう。そんなら五三公、御苦労だが、お前一人ここに関守をやつてゐてくれ』
五三公『ハイやらぬことはありませぬが、何だか私一人捨てられたやうな気分になりますワ。どうぞ晴公なりと残して下さいなア』
玉国別『イヤよろしい、純公を此処に残して置きませう。オイ純公、お前御苦労なれど、五三公さまと臨時関守を頼む』
純公『承知致しました。どうしても私は雑兵だとみえて、将校会議に参列は許されないのですなア、敵を遠くに追ひちらし、稍小康を得たるこの場合、仕方がありませぬから、私は五三公さまとまた別働隊を造つて、将校会議を開設致しませう。サア、両先生初め道公、晴公、万公、ゆつくりと休んでおいでなさいませ』
玉国別『確り頼む。変つたことがあれば手を拍つて合図をしてくれ』
純公『万事呑込んで居ります』
玉国別『そんならよろしう頼む』
と玉国別は先に立つて、以前の森蔭に登つて行く。
 両宣伝使及び三人は木の葉の堆く積んだ上に蓑を敷き、言霊戦の状況や、懐谷の遭難の顛末などを包まず隠さず互に打明けて談じ合うてゐる。
 此方は古祠の前、純公、五三公は近い西山に隠れた月を見送りながら、
純公『ヤア月様もとうとうアリヨースとお帰り遊ばした。どうも俄に山影が襲うて来たと云ふものか、暗黒界になつたぢやないか』
五三公『どうせお月さまだつて、同じとこに止まつていらつしやる道理がない。やがてまた夜ばかりぢやない、夜明けも近付いたのだから、しばらくグツとここで横はり、バラモン征伐の夢でも見ようぢやないか』
純公『お前寝たけら寝てくれ、関守がそんなことぢや勤まらないから、俺は此処に目をあけて職務忠実に勤めてゐる。ヤア言霊戦で随分お前も疲労れただらう、無理もない俺の蓑も貸してやるから、サア寝たり寝たり』
五三公『お前の寝られないのは、モ一つ原因があるのだらう。伊太公の行方が気にかかつてゐるのだらうがなア』
純公『それが第一の心配だ。一秒間だつて彼奴の事を忘れやうたつて、忘れられるものか。俺はかうして安閑とここに関守を勤めてゐるものの、伊太公はエラい責苦に会はされてゐるかと思へば、どうして眠ることが出来ようぞ』
五三公『アハヽヽヽそれほど苦になるか。人の一人位どうなつてもいいぢやないか、貴様さへ安全にあつたら何よりも大慶だらう。たつた今迄ピチピチして居つた人間が死といふ魔風に吹かれて、ウンと一声冥土へ旅立ちする奴もあるのだ。何程貴様がハートに波を立ててもがいた所でどうする事も出来ぬぢやないか。そんな人の疝気を頭痛に病むやうな馬鹿な事は思はぬが良いぞ。終ひにや貴様の体まで毀してしまふぢやないか』
純公『貴様は余程良い冷血漢だなア。何程吾身が大事だといつて、友の危難を平気で見遁すことが出来ようかい。それが朋友の義務だ。否義務どころか情ぢやないか』
五三公『さう心配するな。伊太公は決して嬲殺になつたり、虐待されたりするやうな男ぢやない。彼奴はじゆん才な男だから、そこは甘く合槌を打ち、敵でさへも可愛がるやうな交際振を発揮してゐるよ。キツと敵に同情を受けてゐるに定つて居るワ』
純公『さうだらうかなア、それが本当ならば、俺もチツとばかり安心だ』
五三公『伊太公はまたどうして捕虜になりよつたのだ。その顛末をチツと聞かしてくれないか』
純公『ウーン、俺達が先生とあの森蔭で休息してゐると、バラモン教の軍勢がこの祠の前で休息し人員点呼までやつてゐやがるぢやないか。そして素盞嗚大神様を征伐すると云つて、ヒドイ進軍歌を歌つてゐやがるのだ。それを聞いて吾々三五教の信者がどうして堪へて居ることが出来ようか。……不意に飛んで出て、一人も残らず打懲してやらうと思つたが、何分先生の目が悪いものだから、一息も離れる訳に行かず、切歯扼腕悲憤の涙を流してゐると伊太公の奴堪りかねて、金剛杖を縦横無尽に打振り、命を的に敵中へただ一人飛び込んだきり、帰つて来ないのだ。実に残念なことをしたワイ。先生様のお止めなさるのも聞かずに行つたものだから、神様の罰で敵に捕はれよつたのだ。アヽ思へば思へばまた悲しくなつて来たワイ』
五三公『何とした向意気の強い男だらうなア、後前も考へず、匹夫の勇を揮ふと、そんな目に会はねばならぬ。何事も先生の命令さへ、神妙に聞いて居れば良いのだのになア』

純公『久方の空に消えたる月みれば
  友の身の上慕はるる哉。

 吾友は今やいづくの何人に
  救はれゐるか心許なし』

五三公『惟神尊き神に仕へたる
  神の子ならば安くいまさむ』

純公『アーア、余りの心配で、歌を詠んでみようと思うたが、歌もハツキリ出ては来ないワ。先生はあの通り目をわづらひ、頭を痛め、伊太公は行方不明となり、何とした俺達の一行は、運の悪いものだらう、神様に見離されたのぢやあるまいかなア』
五三公『そんな事は吾々にや分らないワイ。善悪正邪を区別するのは神ばかりだ。それだから神が表に現はれて、善と悪とを立別けると、基本歌に出て居るのだ。ともかくも伊太公のために、何神の祠か知らぬが、ここで祈ることにしようかい』
純公『ヤアそりや有難い、伊太公のために祈つてやらうと云ふのか』
と涙声を出しながら、手を合せて暗祈黙祷をなすこと稍しばし、漸くにして夜はカラリと明けた。
 慌てて谷間に落ちた二三頭の馬、主人の所在を索めてノソリノソリと急坂を下つて来た。
純公『ヤア敵の馬が逃げそそくれたと見えて、今頃にやつて来よつた。ヤア此奴ア、何奴も此奴も足を痛めてゐる塩梅だ。畜生といひながら可哀相だなア。一つ神様に願つて馬の脚を直してやらうかなア』
五三公『俄に獣医でも開業する積りかなア、免状を持つてゐるか。今の時節は何程技能があつても免状がなければ駄目だぞ。どんな筍医者でも、開業試験といふ関門をどうなりこうなり通過さへしておけば、立派なドクトルだ。何を云つても規則づくめの杓子定規の行方だからなア』
純公『アヽ馬の奴……皆さまお早うとも何とも吐さずに、俺達の好意を無にして通過してしまひやがつた、ヤツパリ畜生は畜生だなア』
五三公『純公、馬も助けてやるのは良いが、馬よりも大切な者があるだろ』
純公『いかにも、馬も助けねばなるまいが、第一先生の御病気を癒すやうに鎮魂をせなくてはならなかつたなア。しかし俺は畜生の鎮魂位が性に合うてゐるのだ。到底先生の御病気を鎮魂で癒すといふやうなこたア出来やしないワ』
五三公『誠心さへ天に通じたら、先生の病気だつてキツと癒るよ』
純公『さう聞けばさうかも知れぬなア、何だか知らぬが、気が落ちつかないワイ。かう夜がカラツと明けては、この坂路は稍安心だが、しかしながら昨夜逃去つた敵の集団が、この谷路に吾々の前途を閉塞して、一人も残らず、虜にせむと、待構へてゐるやうな気がしてならないワ』
五三公『そりやキツトさうだらうよ。面白いぢやないか、エヽー。これからが吾々の真剣の舞台となるのだ、そんな弱々したこと言はずにチツと確りせぬかい』
 かく話す時しも、馬から転落し、足を傷つけた逃げ遅れのバラモン教の男、槍を杖につき、二人連でヒヨクリ ヒヨクリと跛をひきながら、此処へ現はれて来た。この二人は片彦将軍の秘書役ともいふべき、マツ、タツの両人であつた。二人は純公、五三公の祠の前に狛犬然と坐つてゐるのに気が着き、馴々しく、
マツ公『ヤア三五教の大先生、お早うさまでございます。夜前は大変御苦労でございましたなア。随分御疲労になつたでせう。私も大変お疲労になりました。これ御覧なさいませ、一方のコンパスがチツとばかり破損致しまして、この手槍をコンパス代用に、無理槍にここまで下つて来た所です、此処でゆつくりと休んで行かうと思つて楽んで参りました。良い所でお目にかかりました。世の中は相身互だから、貴方も赤十字班の衛生隊と思召して吾々両人の看護をして下さいな。見れば貴方のお召物には丸に十がついてゐる。キツと白十字社の救護班と思ひますが、違ひますかな』
五三公『アハヽヽヽ此奴ア面白い吾党の士だ。オイ、コンパスの破損先生、ドクトルが一つ診察をしてやらう』
マツ公『イヤ其奴ア有難い、何分よろしう頼みます。敵と云ひ味方といふのも、人間が勝手につけた名称で、ヤツパリ神様の目から見れば皆兄弟だからなア』
純公『ヤアま一人負傷者があるぢやないか』
マツ公『ハイこれはタツと言ひまして、片彦将軍の秘書役ですよ。私も一寸新米ではあるが、夏でもないのに、ヒシヨ(避暑)をやつて居ります。アハヽヽヽ、まだまだ七八人の負傷者が谷底に呻吟してゐますから、一つ担架隊でも出して、此処まで持ち運び、この祠を臨時野戦病院として、治療を与へてやつて貰ひたいものですなア。三五教は敵でも助けるといふ教だと聞いたから、このマツ公もスツカリと気を許し、親の側へ帰つて来たやうな気分になりました』
 何程憎い敵でも悪人でも、向ふの方から打解け、開けつ放しでやつて来られると人間といふものは妙なもので、何となく贔屓がつき、吾身を忘れて助けてやりたくなるものである。バラモン教のマツ公、タツ公は流石に片彦将軍の秘書を勤むるだけあつて、先んずれば人を制するといふ筆法をよく呑込んでゐた。その実は酢でも蒟蒻でもいかぬしれ者なのだ。五三公、純公もそんなことを知らぬやうな馬鹿ではないが、敵の方からこう出られると、知らず識らずの間に受太刀にならざるを得ないのであつた。
五三公『三五教独特の鎮魂の妙術を施してやるから、先づそこで横になつて見よ』
マツ公『イヤ有難う、三五教の信者はさうなくてはならぬ。如何にも良い教だなア。博愛主義だ。あゝ敵ながら霊幸倍坐世、カタキながら霊幸倍坐世』
五三公『アハヽヽヽ此奴ア面白い奴だ。遺憾ながら霊幸倍坐世。イヤイヤながら霊幸倍坐世。仕方がない霊幸倍坐世』
マツ公『アハヽヽヽアイタヽヽヽ、余り笑ふと、骨に響いて痛くて仕方がないワ。オイ、タツ公、貴様も一つ治療を受けないか、何程大治療を受けても薬礼も要らず、入院料も要らぬのだから、嬶の湯巻まで六一銀行へ無期徒刑にやる必要もなし、極めて安全なものだぞ』
タツ公『俺の傷は余程深いのだから、さう直に治らうかなア』
五三公『さう心配をするな。俺の技術を信用してくれ。白十字病院長、死学博士だ、千人の患者を扱つたら、九百九十九人までは皆霊壇へ直し、墓場へ送るのだから、死学博士といふのだよ、随分偉い者だらう。そして天国へ復活さしてやるのだ。生かさうと殺さうと自由自在、耆婆扁鵲も跣足で逃げるといふ大博士だからなア。ウツフヽヽヽ』
マツ公『いい加減に洒落をやめて、早く俺の苦痛を助けてくれないか。白十字病院の金看板を掲げながら俺の苦痛を外にみて、仁術者の身分としてクツクツと笑ふ奴があるかい、エーン、余程この医者は筍と見えるなア』
純公『副院長の俺がタツ公の治療をするから、五三公さま否院長さま、貴方はマツ公を受持つて、完全無欠なコンパスにしてやつて下さい。どちらが早く癒るか一つ競走をやつて見ませうかなア。有名な死学博士ばかりがよつて居るのだからなア、アハヽヽヽ』
 マツ、タツ一度に『ウツフヽヽヽ、アイタヽヽヽ、アハヽヽヽ、アイタヽヽヽ』
マツ公『コリヤ余り笑はしてくれない』
純公『笑ふのは病気の薬だ。笑ふ門には恢復来るといつてな、俺は笑はすのが得意だ。それが医術の奥の手だよ。イヒヽヽヽ』
マツ公『モシモシ院長さま、どうぞ早う治療にかかつて下さいな』
五三公『貴様の内には家もあるだろ。田地も倉も林もあるだらうなア』
マツ公『俺だつて片彦将軍の秘書役を勤める位だから、相当の地位も名望も財産も持つてゐるわい』
五三公『ウンさうか、其奴ア掘出し者だ。早速癒すと俺の商売が干上つてしまうワイ。コーツと、いつやらの話だ……ある所に医者があつた、大変ようはやる医者で、山井養仙さまといつて名高いものだつた、其奴に一人の山井養洲といふ弟子があつた。そこへ土地の富豪が病気に罹り養仙の薬を服用してゐた。少し快くなるとまた悪くなる、また快くなるまた悪くなる。三年ばかりもブラブラして、養仙の薬を神のやうに思つて服薬してゐた。或時養仙が二三日急用が出来て、他行した不在の間に、書生の養洲奴その男を留守師団長気分で診察し、薬をもり与へた所、三日目にスツカリ全快してお礼にやつて来よつた。四五日たつと、養仙先生が帰宅したので、書生の養洲奴、したり顔で……先生あの松兵衛を、貴方の不在中私が診察して薬をもりましたら、三日目にスツカリ全快し、最早薬に親しむ必要がないから、お礼に来ましたと云つて、薬価を勘定し、チツとばかり菓子料を置いて帰りました。これが菓子料でございますと差出し、褒められるかと思ひの外養仙は目に角を立て……大馬鹿者ツ、貴様は医者の資格はない……と呶鳴りつけた。そこで養洲がむきになり……医者は仁術といつて、人の病気を助けるのが商売ぢやありませぬか、何故お叱り遊ばすか……といへば、養仙は一寸ダラ助をねぶつたやうな顔して……貴様は馬鹿だなア。松兵衛の内にはまだ倉もある、家も山林田畑も残つて居るぢやないか、エーン、さう早く癒してどうなるか、彼奴の財産が全部俺の懐へ這入るまでは癒されぬのだ、バカツ……と言つたさうだ、実に偉い医者だ。その心得がなくては、どうしても院長にはなれないワ。さうだから俺もその養仙さまに做つて、貴様の負傷をどうともヨウセンのだ、アハヽヽヽ、イヒヽヽヽ』
マツ公『エヘヽヽヽ、イヽイタイ イタイ イタイ イタイ、ウツフヽヽアイタヽヽヽ』
タツ公『エヘヽヽヽアイタヽヽヽ』
純公『それだけ笑つたら、やがて本復するだらう。マア安心したがいいワ』
タツ公『オイ藪医先生、何時になつたら癒るだらうかなア』
純公『マアマア一寸予後不良だから、計算がつかぬワイ。すべて病には……エヘン……二大別がある。一を先天性疾病といひ、一を後天性疾病と云ふ。しかして予後良あり不良あり、良不良を決し難きものありだ。治すべき病と、治すべからざる病と、治不治を決し難き病と、自然に放擲して置いて癒る病と四種類ある。それから内科外科産科と分れてゐる。また婦人科小児科といふのもこの頃はふえて来た。そして薬には内服用外用と大別され、頓服剤も必要があり、食塩注射にモルヒネ注射、この頃は六〇六注射まで開けて来たのだ、エーン。随分医者になるのも学資が要るよ。(狂歌)千人を殺して医者になる奴は、己一人の口すぎもならず……といふのだから、俺だつて今まで九百九十九人まで殺してきたのだ。モ一人殺せば一人前の医者になるのだ。それだから丁度貴様を一人霊前に直す、有体にいへば殺すのだ。そこで始めてこの純公も一人前のドクトルになるのだからなア。何とよい研究材料が出来たものだ。アハヽヽヽ』
マツ公『アハヽヽヽ何時の間にか俺の足痛は尻に帆かけて遁走したと見えるワイ。オイ、タツ公貴様もいい加減に癒つたらどうだ。イヒヽヽヽ』
五三公『コリヤなまくらな、足痛の真似をしてゐたのだな。仕方のない奴だ』
マツ公『さうだから、痛いか痛くないか診察してくれと云つたぢやないか。実の所は負傷者だといつて、お前達の同情を買ひ、ここを無事に通過する積りだつたが、余り貴様の言分が気にいつたから、何もかも白状するワ。実は全軍の逃走した後始末をつけて帰つて来たのだ。足はかうして繃帯で巻いてゐるが、チツとも怪我してゐないのだよ、のうタツ公、アハヽヽヽ』
五三公『アハヽヽこいつア誤診だつた』
マツ公『誤診か御親切か知らぬが、打診もないやうだつたね』
五三公『随分聴診にのつて大変な失敗をした。サアこれから貴様も望診々々と行つたらどうだ。問診も道で片彦に会うたら、死学博士がよろしう言つて居たと言うてくれ、アーン』
マツ公『オイオイ院長さま、なぜ鼻の下をさう撫でてゐるのだ。妙な恰好ぢやないか』
五三公『ウンこれかい。髭はないけれど、気分だけは八の字髯を揉んでゐる積りだ。アハヽヽ』
純公『オイ、モウ病院遊びはやめにしようかい。そしてゆつくりと軍話でもしたらどうだ。随分面白いだらうよ』
マツ公『敗軍の将、兵を語る……かな。葬礼すんで医者話と同じ事だが、これも成行だ。ここで一つ物語をやつてみよう。随分潔いぞ、エツヘヽヽヽ』
五三公『何と気楽な奴が揃うたものだなア。丁度祠の前で四人打揃ひ、軍談を始めるのも面白からう。アヽ愉快だ愉快だ』
 マツ公は講談師気取になつて長方形の岩の前に坐り、鉄扇にて岩をビシヤビシヤ叩きながら唸り出した。
『ハルナの都に名も高き、梵天帝釈自在天、大黒主といふ智勇兼備の勇将あり。それに従ふ英雄豪傑、綺羅星の如く立ち並び、中にもわけて大黒主の三羽烏と聞えたる鬼春別将軍、大足別将軍、マツ公将軍こそは英雄中の英雄なり。この度斎苑の館に天地に輝く神徳高き、酒の燗素盞嗚尊、数多の軍勢を引つれ、アブナイ教を組織して、大黒主の守らせ給ふ、天に輝く月の国、五天竺をば蹂躙し勢益々猖獗を極め天下は騒然として麻の如くに乱れ、人民塗炭の苦に陥りぬ。しかる所へ、またもやデカタン高原の北方なるカルマタ国に、盤古神王塩長彦を奉じて現はれ出でたる、ウラル教の常暗彦が軍勢、雲霞の如く、地教山を背景とし、集まりゐる。今や天下は三分せむとするの勢なれば、何条以て大黒主の許し給ふべき、三羽烏を征夷大将軍に任じ、大足別はカルマタ国へ、鬼春別は斎苑館へ、テンデに部署を定め、進軍の真最中なり。秋は漸く深くして木々の梢はバラバラバラバラ、散りゆく無残の光景を心にもとめず、数多の軍勢率つれて、先鋒隊には片彦久米彦両将軍、あとから出て来る一部隊は、ランチ将軍、数千騎を率ゐ、最後の本隊は鬼春別将軍、全軍を指揮し、秋風に三つ葉葵の旗を林の如く翻しながら旗鼓堂々と攻め来るその物々しさ鬼神も驚くばかり也。先陣に仕へし片彦将軍は今や河鹿峠の絶頂に、全軍を指揮し轡を並べ、蹄の音カツカツカツ、鈴の音シヤンコ シヤンコと、威風堂々あたりを払ひ天地を圧して登り行く。百千万の阿修羅王が進軍もかくやと思はれにける。しかる所に豈計らむや、思ひがけなや、アタ恐や、三五教の宣伝使治国別、万公、晴公、五三公の木端武者を引つれ、一卒これを守れば万卒進む能はざる嶮路を扼し、神変不思議の言霊を速射砲の如く打かけ、向ひ来るその勢の凄じさ。不意を喰つて味方の軍卒、忽ち総体崩れ、狼狽へ騒いで、元来し道へと、馬を乗り棄て、風に木の葉の散る如く、バラバラバツと、群ゐる千鳥群千鳥、あはれ果敢なき次第也。無念の涙を押へながら、バラモン軍の武運のつたなきを嘆き悲しみ、片彦将軍の秘書官、マツ公タツ公両人は、騒がず、焦らず悠々然として、戦場の後を片づけ、負傷者と詐つて、ここまでやうやう帰りける。アハヽヽヽ、エー後は如何なりまするか、実地検分の上ボツーボツと講談仕りますれば、明晩は何卒十二分の御ヒイキを以て、賑々しく御来聴あらむことを希望いたします。チヨン チヨン チヨンだ』
 五三公、純公、タツ公一度に大口をあけ、
『アハヽヽヽ』
と腹を抱へ、転げて笑ふ。

(大正一一・一一・二八 旧一〇・一〇 松村真澄録)



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