出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語42-5-201922/11舎身活躍巳 入那立王仁三郎参照文献検索
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第二〇章 入那立〔一一四五〕

 サマリー姫は父カールチンの夜更けて帰り来らざるに心を痛め、サモア姫、ハルマンその他二三の家僕を従へ、イルナ城の表門を潜つて広庭までやつて来た。東雲の空漸く紅く、霜柱の立つてゐる庭の芝生や土の上にぶつ倒れて、カールチン始め十数人の家の子はふんのびてゐる。サマリー姫は眉をひそめながら、
『エヽ情ない、何としてまた斯様な処に、父を始めユーフテス、マンモスが倒れてゐるのだらう。ハルマン、一つ揺り起してくれないか』
『ハイ承知致しました』
と云ふより早く、捻鉢巻に襷をかけ、まづ第一にカールチンを抱き起した。カールチンは目をこすりながら、あたりをキヨロキヨロ見廻し、
『ヤア其方はサマリー姫、サモア、一体ここは何処だ。俺が酒に酔つたと思つて、屋外へ放り出しよつたのだなア。怪しからぬ事を致す、ヨーシ、この方にも考へがある』
と立上らうとする。何人の悪戯か知らぬが、庭先の巨大なる捨石に紐を以て腰から括りつけられ、動く事が出来ぬ。
『カールチンさま、しつかりなさいませ。ここは入那城内の大広庭でございますよ。貴方は昨夜よからぬ事を考へて、城内へ闖入し来たのでせう。神罰立所に当つて、こんな態の悪い乞食のやうに野天で倒れてゐたのでせう。コレ、ユーフテス、お前もシツカリせないか、何といふ黒い顔をしてゐるのだ。顔中墨が一杯ぬつてあるぢやないか』
『ヘー、ともかく、旦那様のお供を致しまして、うまく敵を殲滅し、いよいよ刹帝利になられた御祝にお酒を頂戴致し、余り酔うた揚句、こんな所まで、副守護神が肉体を伴れて、酔ざましに出張したと見えます。イヤもう、ラツチもないことでございました。アツハヽヽヽ』
『ナニ、その方はカールチンと共に、セーラン王様を暗殺しよつたのだなア。モウかうなる上は王様の仇敵、覚悟をしたがよからう』
と懐剣をスラリと抜いて逆手に持ち、ユーフテスに向ひ斬つてかかるを、ハルマンは後より姫の両腕をグツとかかへ、
『先づ先づお待ちなさいませ。これには何か様子のある事でございませう。狼狽て仕損じてはなりませぬ』
マンモス『ヤアここは城の馬場だつた。サツパリ狐にやられたと見えるワイ。モシモシ カールチン様、陰謀露顕に及んでは大変です、サア早く逃げませう。オイ、ユーフテス、お前も早く逃げたり逃げたり』
『コリヤコリヤ、両人、何も騒ぐ事はない。先づ俺の綱をほどいて、俺が逃げたあとで逃げるのだ。主人を捨てて、貴様ばかり自由行動をとるといふ事があるか、エーン』
サマリー『オホヽヽヽヽ、何とマア、とぼけ人足ばかり集つたものだなア』
サモア『見れば旦那様にユーフテスにマンモスの三人、失恋党の領袖連ばかりが、お揃ひで………何と面白い夢を見られたものですなア』
 カールチンは目に角を立て、
『コリヤ コリヤ サモア、失恋党とは何だ。マ一度言つて見よ。了簡致さぬぞ』
『誠に御無礼なことを申しましたなア。余り可笑しいものですから、ツイ脱線しました。オホヽヽヽ』
 かかる所へ竜雲、レーブ、カル、テームスの四人、館の玄関をパツと開き現はれ来り、
竜雲『ヤア、カールチン殿、サマリー姫様、先づ奥へお越し下さいませ。王様がお待兼でございます』
 サマリー姫は嬉しげに、
『ハイ、お前さまは竜雲さまとやら、このカールチンの悪人をよく戒めて帰して下さい。妾は一時も早く王様に御面会を願ひませう。コレ、ハルマン、案内をしておくれ』
と云ひながら、サマリー姫は王の居間をさして、ハルマンと共に進み行く。
カールチン『到頭酒に食ひ酔うて、知らず知らずに登城の途中、斯様な所でくたばつたと見える。何者か悪戯をしよつて、某が腰に紐を括りつけよつたと見える。ともかくも竜雲殿、拙者の紐をほどいて下され。手も一緒に括られてゐるやうだ』
『アハヽヽヽ、念の入つた泥酔だなア』
と云ひながら、手早く縛めをほどいた。これはレーブが昨夜ソツと悪戯をしておいたのである。ユーフテスの顔の黒くなつたのも、矢張りレーブの副守の悪戯であつた。
カールチン『ヤア有難い、サア、これから館へ帰らう。オイ、ユーフテス、マンモス、後につづけ』
テームス『待つた待つた、さうはなりませぬぞ。今王様が右守司に面会したいとおつしやつて奥に待つてゐられます。一つ御礼を申上げたい事があると言はれますから、サア遠慮なしに奥へお通りなされませ。ユーフテスさまも手水を使つて一緒に拝謁をなさいませ。マンモスも同様だ』
ユーフテス『イヤ、滅相もない、王様に御礼を云はれるやうな悪い事は致して居りませぬワイ。この場はこれで御見逃しを願ひます』
『さう心配を致すな、案じるより生むが易い。マア行く所まで行つて見な、善か悪か吉か凶か分つたものぢやない。一つ悪い気がした所で、たつた一つの首をとられると思やいゝぢやないか。首の一つ位何ぢやい。アーン』
 ユーフテスは首のあたりを手で探りながら、
『ヤア、ヤツパリ俺の首は依然として密着してゐるワイ、どうぞ今日は大目に見逃してくれ。命の親だから』
『何と云つても勅命だ。綸言汗の如し。一度出づればこれを引込める訳には行かぬ。サア行かう』
と素首をグツと引掴んだ。ユーフテスは弥之助人形のやうに、ビツクリ腰をぬかし、手も足もブラブラになつたまま、テームスに引張られて、奥殿へ運ばれた。竜雲はカールチンを引抱へ、これまた奥へ進み入る。レーブ、カルはマンモスを二人して引担ぎながら、これまた奥殿へ運び入れた。
 失恋党の三人は王の前に引出され、色青ざめ、唇を紫色に染めてガチガチと歯を鳴らしてゐる。
『右守司殿、随分昨夜は御愉快でござつたらうなア』
『ハイ、夢の中で夢を見まして、イヤもう何とも申上げやうがございませぬ』
と訳の分らぬ事を恐る恐る答へた。
『アハヽヽ、天下をとると云ふ事は、随分愉快なものだらうなア。どうだ、これからその方は刹帝利の後をついでくれる気はないか』
『メヽ滅相もない、何事も王様の御意に任します。王様のお言葉とあらば、一言も背きは致しませぬ』
『余が言葉ならば一言も背かぬと申したなア。それに間違はないか』
『ハイ、武士の言葉に二言はございませぬ』
『しからば汝右守司、叛逆未遂の罪によつて割腹仰せ付ける』
 カールチンはこの言葉に肝を潰しひつくり返り「アツ」と叫んだ。
『割腹仰せ付けるといふは表向き、その方は今日限りテーナ姫が凱旋あるまで、閉門仰せ付ける。有難く思へ』
 カールチンはヤツと胸を撫で下し、
『ハイ、割腹に比ぶれば、閉門位は何ともございませぬ。私一人でございますか』
『イヤ、ユーフテス、マンモスも同様だ。一人々々別個に閉門する時は、妙な心を出し、悲観に陥つては却てためにならぬから、其方等三人は右守の館に同居閉門を命ずる。勝手に酒でも飲んで失恋会議でも開いたがよからうぞ』
ユーフテス『ハイ、何と粋の利いた王様、誠に以て重々の御厚恩、御礼の申上げやうもございませぬ』
『汝等三人、男ばかりにては炊事その外万端に支障を来すであらう。これよりヤスダラ姫、セーリス姫、サモア姫をお給仕として百日間共々に汝の側に侍らすから、有難く思へ』
 カールチンは不思議さうな顔をして、王の面体を打眺め、呆然としてゐる。
『アハヽヽ、今日より、この入那城は三五教の教理を遵奉し、喜ばして改心をさせる方針だから、汝等も満足であらう。イヤ清照姫殿、セーリス姫殿、サモア姫殿、御苦労ながら百日間閉門を致す、三人の失恋党を満足させてやつて貰ひたい』
清照『王様、お戯談をおつしやるもほどがあります。苟くも王者として、戯談をおつしやるといふ事はありますまい』
『決して戯談は申さぬ。清照姫殿は王の危難を救ひ、入那城の安泰を計つて下さつた殊勲者である。さりながら三五教の道に在りながら、権謀術数を以て敵を籠絡するは大道に違反するもの、是非々々カールチン、ユーフテス、マンモスの仮令百日なりとも、閉門中の世話をなし、彼等三人を心の底より満足して改心致すやうになさるのが、そなたの罪亡ぼしだ。黄金姫殿、左様ではござらぬか』
『オホヽヽそれ見なさい、清さま、余り智慧が走ると、こんな天罰を受けねばなりませぬぞや。これだから誠正直で行かねばならぬといふのだ、自分の美貌を看板に男をチヨロまかし、王の危難を救ふのはよいが、その権謀術数が宣伝使としての行ひに反してゐるのだから仕方がありませぬ。サア清さま、セーリス姫さま、サモアさまも、男をチヨロまかした神罰が酬うて来たのだから、百日の閉門の間、三人の方に虫の得心する所まで親切を尽すのだよ。オツホヽヽ、エライことになつたものだ。王様のお言葉には、一言も反かうと思うても、背く余地がありませぬワイ』
清照『ハイ有難うございます。三人閉門の処へまた三人の女が附添ふとは、何とマア都合の好い事でせう。お母アさま、百日も一緒に居りますと、どんな気になるかも知れませぬから予め御承知を願つておきますよ。なア、セーリス姫さま、貴女だつて、フトした機みから、本当にユーフテスさまがゾツコンお好きになられるかも知れませぬわねえ。サモアさまだつてその通りでせう。オホヽヽ』
『エヽ仕方がない、男女の道は何程親が目を光らして居つても、防ぐことは出来ない、まして百日も離れて居れば、如何ともすることが出来ないから、清さまの自由意思に任しませう』
『右守司殿、サア三人の女と共に男女六人、早くここをお立ちなされ』
『閉門は確にお受け致しました。しかしながら、今の王様のお言葉にて満足致しました以上は、清照姫様のお附添ひは御無用でございます。私が悪いのでございますから、清照姫様が私をいろいろと操り遊ばしたのも、決して恨みとも無理とも思ひませぬ。かへつて清照姫様に来て貰つては迷惑を致します。また百日の閉門中に心の悪神を放り出し、誠の精神に立復りたく存じますれば、異性が側に居りましては、満足に修行も出来ませぬから、何卒こればかりは御取消を願ひます。ユーフテス、マンモスも私と同意見だと思ひますから、何卒よろしくお取上げを願ひます』
『しからば汝の望みに任す』
『ハイ有難うございます。心の曇つた吾々、悪逆無道をお咎めもなく、閉門位でお許し下さるとは御礼の申しやうもございませぬ。今後は何処までも誠を尽し、王様の御恩に報ずる考へでございますれば、何卒々々御見捨てなく、百日後は下僕の端になりとお使ひ下さらば有難う存じます』
 サマリー姫は声も涼しく三十一文字を歌ふ。

『大君の恵の露にうるほひて
  野べの醜草も甦りける。

 重々の罪汚れをもカールチン
  宣直します君ぞかしこき。

 カールチン父の命よ今よりは
  二心なく君に仕へませ』

カールチン『有難しセーラン王の勅言
  千代も八千代も忘れざらまし。

 罪深き吾を見直し聞直し
  宣り直します三五の神。

 恋雲も今や全く晴れにけり
  三五の月の光見しより』

ユーフテス『いろいろと恋の魔の手にあやつられ
  よからぬ事を企みてし哉。

 村肝の心に住める鬼大蛇
  今は全く消え失せにけり』

セーリス『ユーフテス神の司よ聞し召せ
  恋と欲との二道は立たず。

 欲に迷ひ恋に迷ひていろいろと
  あやつられたる人ぞいぢらしき。

 われもまたよからぬことと知りながら
  君迷はせし心は恥し』

サモア『マンモスを舌の先にていろいろと
  弄びたる吾ぞうたてき』

マンモス『恥しや恋の囚となり果てて
  思はず恥をさらしける哉。

 大君の恵の露の深くして
  重き罪科赦されにけり』

竜雲『月も日も入那の城の暗雲も
  晴れて日の出の御代となりけり』

黄金『三五の神の光の現はれて
  入那の城に旭かがやく』

セーラン『有難き神の御稜威に守られて
  入那の城に月は輝く』

ヤスダラ『はるばるとテルマン国を逃げ出して
  尊き君に会ひにけるかな。

 さりながら神の光に照らされて
  吾恋雲は消え失せにけり。

 サマリー姫貴の命よ今よりは
  セーラン王に仕へましませ。

 ヤスダラ姫貴の命は黄金姫の
  教に従ひ神の道行かむ』

テームス『四方八方を深く包みし雲霧も
  はれて嬉しき今日の空哉』

カル『足曳の山野も清く晴れにけり
  入那の城の神の伊吹に』

レーブ『何事もなくて治まる君が代は
  さながら神代の心地せらるる。

 われもまた黄金姫に従ひて
  ハルナの空に向ふ嬉しさ』

 茲にいよいよヤスダラ姫は神の教に照らされて、セーラン王を恋ひ慕ふ心を転じ、天下万民のために誠の道を四方に宣伝せむことを誓ひ、黄金姫の一行と共にハルナの都に進むこととなつた。セーラン王は今まで忌み嫌うてゐたサマリー姫を深く愛し、夫婦相並びて入那の城に三五の教を布き、国家百年の基礎を固むる事となつた。そしてカールチンは改心の結果、右守司と元の如く任ぜられ、テーナ姫の凱旋を待つて夫婦睦じく王に仕へた。セーリス姫は王の媒酌によつてユーフテスの妻となり、またサモア姫も王の媒酌によつてマンモスの妻となり、入那城に仕へて子孫繁栄した。黄金姫は清照姫、ヤスダラ姫及びハルマンと共にハルナ城に向つて進むこととなり、レーブ、カル、テームス、竜雲は別に一隊を組織し、三五教の宣伝歌を歌つて各地を巡教しつつ、ハルナの都を指して進み行くこととなつた。リーダーは王の忠実なる臣下となつて側近く仕ふる事となつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。

(大正一一・一一・二五 旧一〇・七 松村真澄録)



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