出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語42-2-61922/11舎身活躍巳 野人の夢王仁三郎参照文献検索
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第六章 野人の夢〔一一三一〕

 カールチンは吾館の奥の間にただ一人ニコニコしながら恋の瞑想に耽つてゐる。そこへやつて来たのはユーフテス、セーリス姫の二人であつた。
『右守さま、最前はようこそ御登城の上、姉にお会ひ下さいまして、誠に有難うござります。貴方がお帰り遊ばしたその後で姉も非常に気分がよくなつたと申し、それはそれは偉い御機嫌でござります。就いては姉の申しますのには、男心と秋の空、どう変るやら心許ない。右守の司様に、も一度お目にかかるまでは安心ならない。もしや奥様に感づかれ遊ばして、種々と御争ひの結果、お心変りをなされはすまいかと申しまして、妾に一遍御様子を伺つて来てくれと、まるで狂人のやうに申しますの。貴方に限つてそんな水臭い方ぢやないから御安心遊ばせと何度云つても聞きませぬ。それ故夜中にも拘らず、御邪魔をいたしたやうな次第でござります。夜中御門前が通れないと存じまして、ユーフテス様について来て頂きました』
 カールチンは小声で、
『あゝさうでしたか、それは御苦労でした。屹度心変りするなと姫に云つてやつて下さい。さうすりや安心するでせう』
と早くも女房扱にしてゐる。セーリス姫は可笑しさを堪へ、故意と湿つぽい声を出して、
『ハイ有難いそのお言葉、妾の夫になつて下さつたやうに嬉しうござりますわ、ホヽヽヽヽ』
『これこれセーリス姫殿、気の多い事を云つちやなりませぬぞ。貴女の最愛のユーフテスが其処に居るぢやありませぬか。大変に気を揉んで、顔の色まで変へて居りますよ。アハヽヽヽヽ』
『ホヽヽヽヽこんな口の腫れた、物も碌に云へぬやうな男、妾俄に嫌になつちまつたのですよ…………と云ふのは表向き、ねえユーフテスさま、貴方、私の心の中はよく知つてゐますね。人の前でさう惚気も云へませぬからな』
 ユーフテスは嬉しさうな顔して、
『ウフヽヽヽ』
と笑ふ。
『あのマア好かぬたらしい笑ひやうわいな。本当に嫌になつてしまふワ。どうして、こんな好かぬたらしい男が好きになつたのだらう。吾と吾心で判断がつかぬワ』
『これこれセーリスさま、あまりぢやありませぬか。何か一つ奢つて貰ひませう。たつぷりとお惚気を聞かされまして』
『お惚気はお互様ですわ。奢るだけは倹約を致しまして、為替に願ひませうか。時にカールチンさま、奥様の処置はどうなさいましたの。それを承はらねば、姉が矢張り気を揉みますから、なあユーフテスさま、さうでしたね』
『そ……それが肝腎要の只今の御用ですわ。もし旦那様、どうなりましたか。屹度直様、何とか御処置を取られたでせうな』
『実の所、今日はマンモス、サモア姫に招かれて、テーナは未だ帰つて来ないのだ。しかしながら出し抜けにそんな事云つたら、この際一悶錯が起るから、しばらく執行猶予を願ひたいものだ。何れ折を見て甘くやる積りだから、ヤスダラ姫にもカールチンの心は大磐石心だから安心せよと伝へて下さい。それよりも姫の方に心変りのせないやうとこの方から却て気を揉んでゐる位だ。アハヽヽヽヽ』
『好い男さまに生れると気の揉める事ですな。妾のやうなお多福の方が却て幸ひかも知れませぬわ。それでも世間は広いもので、干瓢に目鼻をつけたやうなユーフテスさまが秋波を送つて下さいますもの、お多福だつて、さう悲観したものぢやござりませぬな』
『あゝ何だか妙な気分になつて来ましたわい。貴女も気が利きませぬな。ユーフテスのやうな男をつれずに、何故姉さまをソツと連れて来ないのですか。さうすれば何事も直に氷解が出来ますがね。矢張姉さまよりもユーフテスの方がよいと見えますな』
『そりやさうでせうとも。何程姉さまが綺麗だと云つても、女同士世帯を持つ訳には行かぬぢやありませぬか。何程ヒヨツトコでも瓢箪でも干瓢さまでも蜥蜴の欠伸したやうな男でも、夫とすれば、ヤツパリ贔屓がつきますわ。オホヽヽヽヽ』
『時にセーリス姫様、追つ立てるやうで済みませぬが、今に女房が帰つて来て感づかれては大変ですから、どうぞユーフテスと共に此処を立退いて下さいますまいか』
『はい、承知致しました。気の利かぬ女だと思召すでせう。これが姉だつたら、そんな事滅多におつしやいますまいに。お多福はヤツパリ仕方がありませぬわ。奥様がお待ち兼ねでせう。どうぞ御夫婦睦まじうお暮しなさいませ。姉も御親密な御夫婦だと聞いたら、嘸気を揉みませう、いや喜びませう。誠にいけすかない女が参りまして済みませぬでした。何卒神直日、大直日に見直し聞直して下さいまして、永当々々御贔屓に願ひまアす』
『(東西屋口調)チヨン チヨン チヨン、えー今晩はこれで大切りと致しまして、また明晩は新手を入れ替へ、大序より大切りまで御覧に入れます。芸題は入那の城入那の城、登場役者は右守の司カールチン殿、ヤスダラ姫のローマンスの情味津々たる艶場をお目にかけますれば、近所合壁誘ひ合せ、賑々しく御観覧のほどを偏に乞ひ願ひあげよこ奉ります。アハヽヽヽヽ』
セーリス『ウツフヽヽヽヽ』
『(義太夫)「右守は悠然として立上り、テーナ姫の館をさして、入りにける。後に残りし両人は、四辺をキツと打見やり、互に手に手を取り交はし、ヤイノ ヤイノと意茶つく間もなく、表に聞ゆる人の足音、コリヤ叶はぬと、暗に紛れて逃げ失せたりチヨン」と云ふ所ですな。イヒヽヽヽヽ』
カールチン『セーリス姫殿、また改めてお目にかかりませう』
と云ひすて足早に奥の間指して姿をかくした。二人は是非なく暗に紛れて館を出で、木枯烈しき野道をよぎり、城内指して帰り行く。
 カールチンは二人に別れ、奥の大広間に座蒲団を幾枚も積み重ね、ばいの化物然とすまし込み、頻りに首をかたげて時々堪へきれぬやうな笑を洩し、鼻糞をほぜくつたり、手の甲で歯糞を取つたり、眉毛の癖を直したり、首筋を撫で上げたり等して、俄に若やいだ気分になつて上機嫌で納まり返つてゐる。そこへマンモスに送られて帰つて来たのはテーナ姫であつた。
『旦那様、今日は奥様に穢しい処へ御入来を願ひまして実に光栄でございました。サモア姫も大変に満足致しましたと、旦那様へお礼を申上げてくれよと申しました。今日はツイにない御機嫌なお顔を拝し、マンモスにおいても恐悦至極に存じます』
『マンモス、よう送つて来てくれた。も少し遅くても構はなかつたになあ』
 テーナ姫は不機嫌な顔をして一杯機嫌を幸ひ、カールチンの前に進み出で矢庭に胸倉をグツと取り、
『これ、旦那さま、薬鑵老爺さま、もちつと長くともよいとは、そりや何と云ふ事をおつしやいますか。大方貴方は妾の帰つて来るのがお気に入らぬのでせう。二三日前から、何だかソワソワして落着かぬ風ぢやと思つてゐましたが、到頭本音を吹いたぢやありませぬか。ツイ二三日前まで妾が一息の間居らなくても八釜しくおつしやつたぢやありませぬか。貴方は何か外に増す花が出来たのでせう。いやもの云ふ花を手折つて来たのでせう。サア今日は何処迄も調べ上げねばおきませぬぞ。女房は手の下の罪人だと思つて何時も馬鹿にしてゐなさるが、もう私も今日は了簡しませぬ。さあ白状しなさい、男らしう』
と云ひながら力限り襟髪をとつて前後にシヤクリまはす。
『アハヽヽヽ、悋気もいい加減にしたが良からうぞ。十九や二十の身ぢやあるまいし、四十女の姥桜の分際として、その態は何だ。あまり見つともよくないぢやないか』
『雀百まで雄鳥を忘れぬと云ふぢやありませぬか。四十女がいやなら、元の十七にして返しなさい。お前さまに嫁づいて年をとらされたのだから、元のスタイルにさへして貰へば何時にても帰りますわ。サア何処で何奴と意茶ついて来た。白状しなさい。実の処は今日マンモスに招かれて行つたのも、お前さまの秘密を探るためだつた。隠しても駄目ですよ。何もかも皆ユーフテスやセーリス姫のドスベタの取持ちでやつて居る事はチヤンとマンモスに探偵がさしてあるのですよ。あまり人を盲目にしなさるな。サアこれでもお前さまは知らぬと云ひますか』
『何と偉い権幕だな。まるで狂人のやうぢやないか』
『良妻賢母も夫の仕打が悪いと、こんなになるのですよ。権幕が荒くなつたのも狂人になつたのも、何かの素因がなくてはなりますまい。あゝ残念や、くゝゝゝ口惜しやな。こんな事と知つたなら、何故二十年も昔に命までかけて恋慕うて居つたキユールさまに、添はなかつたのだらう』
と焼糞になつて悋気の角を生やし、襖や畳や其処辺の道具にあたり散らす。忽ち箪笥は顛覆する、襖は倒れる、土瓶は腹を破つて小便を垂れる、火鉢は宙に舞ふ。座敷一面灰煙が濛々と包む。手も足もつけられなくなつてしまつた。
『マンマンマン モスモスモスもすこし待つて下さい。奥さま、さう腹を立てちやお身体に障ります。まだ確なことは見届けてないのですから、さう早くから予行演習をやられちや、旦那様は申すに及ばず、マンモスまでが忽ち迷惑を致します。先づ先づお鎮まりを願ひます』
 カールチンはマンモスをハツタと睨めつけ、声を震はせて、
『こりや、マヽヽヽマン、左様な不届きな事を申して右守の館を攪乱せむとするのか。不忠不義の痴れ者奴、今日限り暇を遣はす。トツトと出て行かう』
『これカールチンさま、マンモスが居ると大変に御都合がお悪いでせう。序に妾も此処に居りますと貴方の御都合が嘸お悪うございませう。妾はこれから御免を蒙ります。何程貴方に棄てられても、決して難儀は致しませぬ。広い世界に女の廃り物はありませぬぞや。男やもめに蛆が湧きませぬぞえ。大きに永々御世話になりました。どうぞ鬼薊のやうなお方と末永うお添ひなさいませ。これマンモス、捨てる神があれば拾ふ神もある。妾の財産だつて、云ふと済まぬが、旦那様より倍以上もあるから心配なさるな、屹度養うて上げますぞや。えーえー、こんな所にようも二十年も居つた事だ』
と足で畳を蹴り立て髪ふり乱し、恥も外聞も構はばこそ、オンオンと狼泣きしながら館を後に何処ともなく姿を隠した。
 後見送つてカールチンは、さも嬉し気に肩を聳やかし、頤をしやくり独言を云つてゐる。
『アハヽヽヽヽ、都合の好い時には何処までも都合の好いものだな。どうして追放り出さうかと、そればかり思案してゐたのに、自分の方から飛び出すと云ふのは、何したマア都合のいい事だらう。あれだけ乱暴して行つた以上は、よもやテーナも帰つて来る考へぢやあるまいし、俺だつてあれだけ踏みつけられた女を、またノメノメと家において置くやうな事では、右守の司の威勢も空つきり駄目になつてしまふ。もう何人が仲裁に這入つても聞く必要はない。エヘヽヽヽヽ福の神の御入来、貧乏神の御退却、実に恐れ入谷の鬼子母神、そこへヤスダラ姫の弁財天が御降臨遊ばし、しばらく天之御柱、国之御柱を巡り合ふうち、忽ち布袋さまと早変り、大黒天さまもお羨み遊ばすやうな円満な家庭を作り、仮令女房の素性が毘舎門天でも美人でさへあれば、それで本能が満足するのだ。それさへあるにヤスダラ姫は刹帝利の御種、こんな結構な事が、ようマアどうして勃発したのだらうかな。南無大自在天大国彦大神、謹み敬ひ感謝し奉ります。あゝあ今日位目の上の瘤がとれて愉快な事があらうか。エヘヽヽヽヽもう誰に遠慮も要らぬ、天下晴れての夫婦だ』
と独言を独り喜んでゐる。そこへ隣の襖をガラリと引き開け、髪ふり乱し、馮河暴虎の勢で現はれたのはテーナ姫であつた。矢庭に首筋を剛力に任せてグツと抑へ、
『えーえ、何もかも知らぬかと思うて蛙は口から白状致したな。もうこの上はテーナ姫が死物狂、生首引き抜き地獄の八丁目まで担げて行つて鬼に喰はしてやるから左様思へ、どうぢやどうぢや』
と頭がめしやげるほど畳に圧へつける。カールチンは苦しさに堪へかね、キヤツと悲鳴をあげる途端に、
『これこれ旦那様』
と揺り起したのはテーナ姫であつた。
『旦那様、えらう魘されてゐましたな。しつかりなさいませ。えらい冷汗が出てゐますよ』
『あゝあ、夢だつたか、ま、夢でよかつた。貴様も余程ひどい奴だな』
『何ですか、妾の夢を御覧になりましたの。へー、何か妾に怒られるやうな事をなさつてゐられるので、そんな夢を御覧になつたのでせう』
『何、お前の武者振を夢に見たのだ。それはなア随分、白馬の上に跨がつて軍隊を指揮する勢は目覚しいものだつたよ。あれが俺の女房かと驚嘆のあまり目が覚めたのだよ、アハヽヽヽ』
『オホヽヽヽ』

(大正一一・一一・一四 旧九・二六 北村隆光録)



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