出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語42-1-31922/11舎身活躍巳 山嵐王仁三郎参照文献検索
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第三章 山嵐〔一一二八〕

 照山峠の頂上に馬背に跨り、漸く登りついたセーラン王の一行は、尾上を渡る晩秋の風に面を吹かれながら、眼下の原野を瞰下し、感慨無量の気にうたれ、悲喜交々心中に往来しつつ太き溜息を吐いて居る。無心の駒は嬉しげに頭を擡げ嘶くもあり、色の変つた黄金色の芝草をむしるもあり、人馬共に何の隔てもなくしばし心を緩めて浩然の気を養ひつつあつた。そこへヤスダラ姫の捜索隊として五人の騎士が馬に跨り登つて来た。騎士の一隊は、ヤスダラ姫が王を始め四五人の部下と共に此処に悠然として休息して居るに肝を潰し、目を円くし、少しく逃げ腰になつて、
騎士の一『ヤア、そこに居らるるはヤスダラ姫にましまさずや。吾こそはテルマン国のシヤール殿より遣はされたるコルトンと云ふ騎士でござる。いい所でお目にかかりました。さアこれから吾々がお供を致し、テルマン国へ帰りませう』
と馬上より声を震はせて云ふ。
『ヤア其方はシヤールさまから頼まれて来た騎士だな。遠方のところ、御苦労でござりました。しかしながら、妾は何と云はれてもシヤールの館へは帰りませぬから、早く帰つてその由を復命して下さい。また無実の難題で鉄牢へ放り込まれては、堪りませぬからな。ホヽヽヽヽ』
とヤスダラ姫は神力無双の神司を伴うて居るため、心強くなり、平気の平左で、顔色も変へず笑ひながら答へてゐる。その大胆さに騎士は益々気を呑まれ、目を丸くし、
コルトン『これはしたり姫様、左様な事を仰せられては、吾々の顔が立ちませぬ。決して今後は左様な残酷な事はせないと、シヤールの主人も悔悟して居ましたから、お帰り下さつても大丈夫です。また私がついて居ります以上は、決して左様な事はさせませぬ。御安心の上どうぞ吾々と共に御帰国を願ひます』
『ホヽヽヽヽ同穴の貉、夜分なれば騙されるかも知れませぬが、なんぼ山の中だと云つて、その騙しは利きますまい。シヤールの名を聞いても身慄ひが致します。もう左様な繰言はこれきり一言も仰シヤールなや。ホヽヽヽヽ』
『これ、お姫さま、いや奥様、一生懸命に使命を以てお願ひ申して居るのに、滑稽所ぢやござりますまい。どうぞ貴女様も婦道を重んじ、夫の命に従つてお帰り遊ばすが正当でござりませう』
『妾は飽迄も婦道を守つて来ました。今迄微塵も婦道に欠けた事を致した覚えはござりませぬ。それにも拘はらず、罪なき妾を鉄窓のもとに投げ込み、虐待をなさるやうな夫の家へは、護身の関係上剣呑で帰る事は出来ませぬから、これまでの縁と諦めて下さいと伝言して下さい。シヤールさまは夫道を守る方ぢやありませぬ。一家の主婦たる妾に対し、家政上について一回の御相談を遊ばすぢやないし、妻を無視して数多の卑しき女を侍らせ、無限の侮辱を加へたお方、仮令死んでも左様な処へは滅多に帰りませぬ。かうなつたのもシヤールさまの心の錆から湧き出たのですから、最早回復の見込みはありませぬ。覆水盆にかへらず、何程巧妙な辞令を以て籠絡しようとなさつても、そりや駄目ですよ。ヤスダラ姫だつて少しは精神もありますから、何時迄も無限の侮辱に甘んずる事は出来ませぬ。女権拡張問題の持上つた今日この頃、たとへ女の端くれでも女の権利を保護する点から見ても、どうして左様な馬鹿げた事が出来ませうか。天下の婦人に対しても妾の責任がすみませぬ。………ヤスダラ姫は多数婦人の面上に泥を塗つたと云はれては済みませぬ。最早一個の婦人として考ふる事は出来ませぬ。天下の婦人を代表して、女の権利を極力保護する妾の考へでござります。何時迄何とおつしやつても金輪奈落帰国は致しませぬ。どうぞシヤールさまにもこんな不貞腐れ女を目にかけずに、貴方のお気に入つた御婦人と面白う可笑しくお暮し遊ばせと、ヤスダラ姫が云つたとおつしやつて下さいませ。なあコルトンさま、さうでせう』
『さう聞けばさうでもありませうが、そりやあんまり冷淡ぢやありませぬか。少しは温情の籠つた御返事を承はらなくては、どうして旦那様に復命が出来ませうか』
『ホヽヽヽヽ温情が聞いて呆れますわ。今の資本家は労働者に対して温情主義だとか云つて、うまく自分に都合のよい標語を用ひますが、そんな有言不実行のやり方はヤスダラ姫は大嫌ひでござります。シヤールさまもテルマン国の大富豪、大資本家だから、口癖のやうに温情主義をまくし立てて居られましたな。ホヽヽヽヽ』
 コルトンは頭を掻きながら、
『奥様、貴方は俄にこの頃の空ぢやないが、心機一転したのぢやござりませぬか』
『エー、辛気臭い、心機一転もしませうかいな。一天俄にかき曇ると思へば忽ち晴れる秋の空、妾は已に既にシヤールさまからあきられてゐました。妾もあのやうな脅迫されたり、虐待されて虚偽の生活をつづける事は最早忍びませぬ。それよりも早くイルナの都入りをせなくてはなりませぬから、どうぞ妾に構はずお帰り下さいませ』
『これだけ申し上げてもお聞き下さらねば、私の職務上止むを得ませぬ。失礼ながらフン縛つてでも連れて帰りますから、その覚悟をなさいませ』
『ホヽヽヽヽ御勝手に成されませえな。妾に指一本でも触へるなら触へて御覧』
 コルトンは部下に目配せし、ヤスダラ姫を捕縛せしめむとした。四人は姫に向つて捕縄をしごきながら武者振りつかむとするを、レーブはこの時突然身を起し、大音声を張り上げて、
『無礼者、狼藉者』
と云ひながら、武者振りつかむとする一人の襟首をとつてスツテンドウと谷道へ投げつけた。
『何、猪口才な』
とコルトンは手に唾し、武者振りつくを、レーブは向脛をポンと蹴つた。コルトンはアツと一声その場に倒れ、無念の歯ぎしりをしながら、向脛を顔を顰めてさすつて居る。

レーブ『アハヽヽヽコルトンさまがコルトンと
  脛をけられて転げけるかな。

 テルマンの国より来る五人づれ
  照山峠で泡を吹くなり。

 イヒヽヽヽ命の惜くない奴は
  ヤスダラ姫に手向うてみよ。

 ウフヽヽヽうつかりと手出しを致す者あらば
  首と胴とを分けてやるぞよ。

 エヘヽヽヽえら相に何ぢやかんぢやと世迷言
  吐いたあとのその態を見よ。

 オホヽヽヽ恐ろしい大権幕でやつて来て
  吠面かわく浅ましの態』

コルトン『アイタヽヽ呆れはてたる奥様の
  強い腰には楯もつかれず。

 詐つて連れ帰らうと思ひしに
  今は手足も使ふ術なし。

 ウロウロと姫の御後を慕ひつつ
  苦しき破目に遇ひにけるかな。

 選まれて捜索隊の長となり
  九死一生の今日の災難。

 鬼大蛇虎狼は恐れねど
  姫の剛情に吾は驚く』

セーラン『何事も神の御旨に任すこそ
  人のゆくべき真道なるらむ。

 西東南も北も天地の
  神の守りのしげき世なるよ。

 奴羽玉の暗路を辿る人の身は
  転けつ輾びつ上りつ下りつ。

 懇に諭す言の葉聞かずして
  情なく散りし仇花あはれ。

 野も山もはや羽衣を脱ぎすてて
  慄ひ戦くコルトンの胸』

コルトン『腹立たし峠の上に倒されて
  さがる由なし胸の溜飲。

 昼夜に探ねまはりし甲斐もなく
  こんな憂目に遇うた悲しさ。

 冬近き照山峠の木枯に
  吹かれながらに泡を吹くなり。

 屁放りの葦毛の馬に跨つて
  ここでまたもや閉口頓首す。

 ほめられて手柄をしようと思ひしに
  骨挫かれて痛み入るなり』

竜雲『枉神の醜の尾先に使はれて
  わが身知らずの馬鹿なコルトン。

 身に代へてヤスダラ姫を捉へむと
  嘘を筑紫の馬に蹴られつ。

 昔より今に変らぬ神の道
  進む真人を攻むる愚かさ。

 珍しや照山峠の頂上で
  神代も聞かぬ芝居見るかな。

 諸々の企みを胸に抱きたる
  醜の司の身の上あはれ』

カル『惟神神の大道を進む身は
  心の駒も勇み立つなり。

 気に入らぬ夫を捨てて帰り来る
  姫を追ひ掛け来る馬鹿者。

 苦しさを堪へて脛をなでながら
  まだ懲りずまに事騒ぐかな。

 怪しからぬシヤールの枉に使はれて
  駒ひき出す人の憐れさ。

 此処で今心の駒を立て直せ
  罪の重荷もカルに救はれむ』

テームス『坂道を登りて見ればコルトンが
  姫を求めて来るに出会ひぬ。

 シトシトと手綱かいくり駒の背に
  跨り来る曲の捕手等。

 スワコソと捕縄とつて姫の前に
  迫る間もなく足を折られつ。

 背に腹は代へられぬとてコルトンが
  強談判の腰は抜けたり。

 曾志毛里の里に天降りし素盞嗚の
  神の警め目のあたり見るも』

 コルトンは稍足の痛みも恢復したれば、手早く馬に打乗り、四人の騎士に目配せしながら、照山峠を一目散に馬の手綱をひきしめひきしめ、生命からがら逃げ帰り行く。あと見送つてヤスダラ姫はまた歌ふ。

『はるばると妾が後を尋ね来て
  シホシホ帰る人の憐れさ。

 妾とて鬼にあらねば世の中の
  人なやめむと思はざりしよ。

 思はずも吾を追ひくる捕人を
  なやめまつりし事の苦しさ。

 さりながら免れ難きこの場合
  見直し給へ天地の神。

 逃げて行く後姿を見るにつけ
  悲しくなりぬ心さやぎぬ』

セーラン『已むを得ぬ出来事なりと天地の
  神も見直し宥し給はむ』

竜雲『勤むべき事のさはなる世の中に
  捕手となりし人の憐れさ』

テームス『彼とても生れついての枉ならじ
  やがて誠の道に目覚めむ』

レーブ『照山の峠に立ちて逃げて行く
  人の姿を見るぞうたてき』

カル『天地の神の守りの厚くして
  虎口を逃れ給ひたる君。

 いざさらば駒に跨りシトシトと
  都を指して進み行くべし』

セーラン『シヤールの遣はした騎士が、最早此処まで姫の在処を尋ねて進み来る上は、決して油断はなるまい。この峠を下れば益々危険区域だ。また坂路は乗馬は却て剣呑千万、駒の口をとつてソロソロ下らうではないか。何とはなしに胸騒がしくなつて来た。サア、一同行かう』
と先に立ち、急坂を下り行く。
 一行は王の後に従ひ、駒を曳き連れ、ハイハイハイと声をかけながら下り行く。

(大正一一・一一・一四 旧九・二六 北村隆光録)



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