出口王仁三郎 文献検索

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物語41-3-161922/11舎身活躍辰 三番叟王仁三郎参照文献検索
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第一六章 三番叟〔一一二〇〕

 北光の神は竹野姫、竜雲、テームス、リーダー等を引きつれ、気を利かして一間に引上げてしまつた。後にセーラン王、ヤスダラ姫はしばし沈黙の幕をつづけてゐた。ヤスダラ姫は心臓の鼓動を金剛力を出して鎮静しながら、顔にパツと紅葉を散らし、覚束な口調にて、
『セーラン王様、お久しうございました。御壮健なお顔を拝し嬉しう存じます』
と纔に言つたきり、恥しさうに俯むいて顔をかくす。セーラン王は目をしばたたきながら、
『貴女も随分辛い思ひをしたでせうなア。私もテルマンの国の空を眺めて、渡り行く雁に思ひを送つたことは幾度か知れませぬ。私の真心は貴女の精霊に通じたでせうなア』
『ハイ、一夜さも王様の御夢を見ないことはありませぬ。今日ここで貴方にお目にかかるのは夢のやうにございます。夢を両人が見て居るのではありますまいか。夢なら夢で、どこまでも醒めないやうにあつて欲しいものですワ』
『決して夢ではありますまい、現実でせう、しかしながら二人の間は夢より果敢ないものでございました。今北光の神様からいろいろと御理解を承はり、今後どうしたらよからうかと思案にくれてゐる所です』
『仮令天律を破つてもかまはぬぢやありませぬか。一分間でも自分の本能を満足させることが出来れば、死んでも朽ちても構ひませぬ。二人が根の国底の国へおとされようとも、貴方と手を引き合うてゆくのならば、構はぬぢやありませぬか』
とマサカの時になれば、大胆なは女である。ヤスダラ姫は最早神の教も何も忘れてしまひ、捨鉢気味になつて、王の決心を煽動したり促したりしてゐる。
『成程、貴女の心としてはさう思はれるのも尤もです。私だつて貴女を思ふ心は決して劣りませぬ。しかしながら、そこを耐へ忍ぶのが人間の務めだ。月に村雲花に嵐、思ふやうにゆかぬは浮世の常、どうなりゆくも神様の御摂理、かうして半時の間でも、一生会はれないと思つてゐた相思の男女が会うて、心のたけを語り合うのも、神様の深きお情、私はこれで最早一生会ふことが出来なくても、決して神様を恨んだり、世を歎いたりは致しますまい』
『貴方の恋は実に淡白なものですなア。それで貴方は最早満足なされましたか。エヽ情ない、そんな御心とは夢にも知らず、何とかして貴方に巡り会ひ、海山の話を互に打明け、凡ゆる艱難や妨害に堪へ、仮令虎狼の吼え猛る深山の奥でも、夫婦となつて恋の本望を遂げねばおかぬと、矢竹心に励まされ、剣呑な荒野原をわたり、イルナの都に逃げ帰る途中、神様の御引合せにてここに助けられたのでございます。どうぞそんな気の弱いことをおつしやらずに金剛不壊的の大度胸を出して、両人が目的の貫徹を計つて下さいませ。貴方にはサマリー姫様といふ最愛の奥様がお控へ遊ばしてござるのですから、無理もございますまい。イヤ妾も迷うて居りました。最早貴方の心は昔日の心ではございますまい。誠にすまないことを申上げました。どうぞサマリー姫様と幾久しく偕老同穴をお契りなさいませ。妾は幽界とやらへ参つて、御夫婦のお身の上を守りませう』
と言ひ放ち、ワツとばかりに王の膝に泣き崩れる。王はハタと当惑し、今の泣声がもしや北光の神様のお耳に入つては居ないであらうかと、ツと立つて隔ての戸を押開き、あたりに人のあるか、なきかを査べむとするを、ヤスダラ姫は王の吾を見捨てて逃げ出し給ふならむと早合点し、力に任せて王の手をグツと後へ引いた。王は不意に姫に手をひかれた途端に、タヂタヂと二足三足後しざりし、姫の膝に躓き、パタリとその場に倒れ、岩壁に頭を打ち、ウンと一声、人事不省に陥つてしまつた。ヤスダラ姫はこの態を見るより、
『あゝどうしよう どうしよう』
と狂気の如く室内を駆け巡り、王の頭に手を当て、
『モシ、王様、許して下さいませ。決して貴方をこかさうと思つたのぢやございませぬ。怪我でございます。貴方ばかり決して殺しは致しませぬ。妾もキツトお後を慕ひます』
と言ひながら、スラリと懐剣の鞘を払ひ、つくづくと打眺め、

『果敢なきは夢の浮世と知りながら
  かかるなげきは思はざりけり。

 恋慕ふ君に会ひしと思ふ間も
  泣く泣くこの世の別れとなるか。

 悲しさは小さき胸に充ちあふれ
  泣く涙さへ出でぬ吾なり。

 ゆるしませセーラン王の神司
  やがてはわれも御供に仕へむ。

 北光の神の命よヤスダラ姫の
  心卑しとさげすみ給ふな』

と云ひながら、アワヤ吾喉につき立てむとするを、この時戸外に立つて様子を伺ひゐたるリーダーは慌しく飛込み来り、矢庭に姫の懐剣を奪ひ取り、声を励まし、
『ヤスダラ姫殿、狂気召されたか、かかる神聖なる霊場において、無理心中とは何のこと、天則違反の大罪となる事をお弁へなさらぬか。そんな御心とは知らず、貴女の御身を保護し、テルマン国を命カラガラ逃出し、猛獣の猛び狂ふ荒野原をやうやう越えて此処までお供をしながら、勿体なや王様を殺し、貴女もまたここで御自害をなさるとは何と云ふ情ないお心でございますか。八岐の大蛇か金毛九尾の悪狐に憑依され、そんな悪心をお出しなさつたのでせう。モウかうなる上はこのリーダーが承知致しませぬ。王様の仇を討たねばおきませぬ』
と声を震はせ、叱りつけるやうに言ふ。王は「ウンウン」と呻きながら、頭をかかへて起上り、
『あゝヤスダラ姫、そこに居たか、何を泣いてゐる。ヤア汝は何者だ、凶器を以て姫を脅迫せむとするか。不届き至極な痴者、許しは致さぬぞ。そこ動くな』
と声を尖らせ睨めつければ、リーダーは王の蘇生の嬉しさと誤解の恐ろしさに、狼狽へながら、
『メヽ滅相な、ここまでお供して来た姫様を何しに殺しませう。そんな誤解をして貰つちや、このリーダーの立場がございませぬ。姫様が狂気遊ばして貴方様を殺し、自分も自害なさる覚悟だと思ひ飛込んで、たつた今姫様の短刀を奪ひ、お意見を申上げてゐた所でございます』
『王様、嬉しや気がつきましたか、このリーダーは決して悪人ではございませぬ。どうぞ許してやつて下さいませ』
『あゝさうであつたか、真にすまなかつた。リーダーとやら全く誤解だから許してくれ』
『ハイ有難うございます、お分りになればこんな結構なことはございませぬ』
『こんな騒ぎは北光の神様に知れたら大変だが、もしやお分りになつては居なからうかなア』
『ヘーヘー、スツカリと分つて居ります。北光の神様も竹野姫さまも竜雲さまも、次の間で貴方等二人のお話を耳をすましてお聞きになつてゐる……とは申しませぬ……だらうと考へます』
『立聞きは不道徳の極みだ。あれ位の神人がどうしてそんなことを遊ばすものか。ヤスダラ姫、安心をしたがよからうよ』
『北光の神様は天眼通力を得たる生神様、何程遠く隔たつて居りましても、手に取る如くに御覧になつて居ります。また吾々の言も得意の天耳通で一言も洩らさず、お聞きになつてをるでせう。あゝ恥しいことになつて来ました』
『北光の神様の天耳通、天眼通が分つてゐるのなら、なぜ其方はあのやうな大胆なことを言つたのだ』
『妾が言はなくても、北光の神様は心のドン底まで見すかしてゐられますから、言つても云はいでも同じことですワ』
『恥しいことだなア。イルナの国王も北光の神様の前へ出ては象に対する鼠のやうなものだ。いかにもこんなことでは、あの小さい国でさへも治まりさうなことがない。国王だと云つても僅かに五万や六万の人間の頭だから小さいものだ。北光の神様は諸王に超越し、天地の意志を代表なさる生神様だから大したものだ。モウこの上は恥も外聞もいつたものでない、何事も北光の神様の御指図に任さうではないか』
『ハイ、さう致しませう、しかしながら吾々二人を都合よく添はして下さるでせうか』
『またそんな事を言つてはいけませぬ。リーダーが聞いてゐるぢやありませぬか』
『王様、このリーダーは血もあれば涙もあり、情も知つて居る円満具足な下僕でございます。ヤスダラ姫様の事ならどんな事でも厭ひませぬ。何なとおつしやいませ、ただ一言だつて御両人の秘密を洩らすやうな野呂馬ではございませぬ。シヤールの主人に背き、姫様の御意志に賛成して、命がけの仕事をやつて来た位でございますから、大丈夫です。なア姫様、貴女は私の心をよく御存じでございませう』
『ハア、よく分つてゐる。北光の神様の、お前は一つ都合を伺つて来てくれないか、これから御面会がしたいから……』
『ハイ承知致しました』
とニタリと笑ひ、この間を立出で、二三間ばかり行つた所で、一寸立ち止まり、
『何と甘くおまき遊ばしますワイ。久しぶりにお二人が対面遊ばし、余り仲がよすぎて死ぬの走るの暇をくれのと、恋仲にはありがちの痴話喧嘩を、面白半分にやつてござつた真最中に、俺が気が利かないものだから、本当の喧嘩だと思つて飛込んだのが間違ひだ。甘く俺をまいて、意茶つきをやらうといふのだなア。ヨシ合点だ。そんなことの気の利かぬリーダーぢやない。そんな頭の悪い呑込みの悪い粗製濫造の頭脳とは違ひますワイ。イヒヽヽヽ、さぞ別れて久しき二人の逢瀬、泣いつ口説いつ、抱いたり、跳ねたり、つめつたり、叩いたり、思ふ存分久しぶりでイチヤつかして上げようかい。早く北光の神様に御都合伺つて来いなんて、甘い辞令で遠ざけようといふ賢明な行方だ。コリヤあわてて正直に行くと却つて御迷惑になるかも知れぬ、三足往つては二足戻り、二足往つては三足戻り、オツトヽヽそんな事して居ては、何時までも同じ所に居らねばなるまい。しかしながら、そこが粋といふものだ。さぞ楽しい嬉しいことだらうなア。俺も何だか嬉しうなつて来た。ウツフヽヽヽ』
と隧道に停立して、独り囁いてゐる。ヤスダラ姫は気が咎めたか、リーダーが立聞して居つては恥しいと気をまはし、戸をガラリとあけて外を覗けば、リーダーは二三間離れた所に停立して、頻りに首を縦にふり、横にふり、舌を出したり、眉毛を撫でたりやつてゐる。ヤスダラ姫は細い声で、
『コレコレ、リーダー、何をしてゐるのだい。早くお使ひに行つて来て下さらぬか。困るぢやありませぬか、王様がお待兼ぢやのに』
『ハイ、承知致しました。急いては事を仕損ずる。急かねば事が間に合はぬ。あちら立てればこちらが立たぬ。両方立てれば身が立たぬといふ、誠と情との締木にかかり、稍思案にくれにけり……といふ為体でございます。本当に急いで行つてもいいのですか、姫様、御迷惑になりは致しませぬか。正直も結構ですが、余り融通の利かぬ正直は却て迷惑をするものですからなア』
『コレ、リーダー、そんな御親切はやめて下さい。お前等の下司の恋とは行方が違ひますぞや。阿呆らしい、仕方のない男だなア』
『ヘンおつしやいますワイ。下司の恋だと……コヒが聞いて呆れますワイ。恋所か腰まで鮒々になつてゐるくせに、恋に上下の隔てなしといふぢやないか。上司の恋も下司の恋もあつたものか、恋はヤツパリ恋だ。リーダーはヤツパリ、リーダーだ』
『コレコレ、早う行つて来て下さらぬか、何をブツブツ言つて居るのだい』
『ハイ、何分岩窟の中で水が切れて居るものですから、鯉も鮒も泳ぎにくうて早速游泳が出来ませぬワイ。恋の海に游泳術の上手な貴女ならば知らぬこと、何だか妙な怪体な気になつて、私の腰までが……ドツコイ……シヨのドツコイシヨ、フナフナになつて、思ふやうに歩けませぬがなア』
『エヽ勝手にしなさい、モウよろしい、大方法界悋気でもしてゐるのであらう』
とピシヤツと岩戸を閉めてしまつた。
『アハヽヽヽ、今頃は色の黒き尉どのと白き姥どのが、日は照るとも、曇るとも、鳴アるは滝の水滝の水、たアきを上りゆく恋のみち、恋に上下の隔てなし、法界悋気をするぢやないが、お前と私と二人の喜びは、ほうかいへはやらじ、おんはカタカタ、エンはカタカタと三番叟の最中だらう。エヘヽヽヽ、イヒヽヽヽ、ウフヽヽヽ』
と妙に腰をブカつかせながら、北光の神の居間をさして、チヨコチヨコ走りに進み行く。

(大正一一・一一・一二 旧九・二四 松村真澄録)



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