出口王仁三郎 文献検索

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物語40-4-171922/11舎身活躍卯 天幽窟王仁三郎参照文献検索
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第一七章 天幽窟〔一一〇一〕

 一行四人は漸くにしてテームス峠を下り、ライオン川の川辺に着いた。
春公『大分に足も疲れました。このまま川中を渡ると層一層足が疲れるものです。貴方等は馬があるから差支ないと云ふやうなものの、矢張馬だつて疲れてゐませう。私が最前歌つた通り、少し廻り道になりますが、これから十四五丁下へ下ると川幅の広い瀬の緩い浅瀬がございます。それはバラモン教の連中でもあまり知らない秘密場所です。どうでせう、それから渡れば大変に無難ですが』
照国『さうだのう、安全な渡り場があるのに危険を冒して急流を渡る必要もあるまい。それなら少し迂回でも下流を渡りませう』
 かく話す処へ、バラモン教の神司が乗り棄てた一匹の馬、道端の草を目を塞いでむしりながら、ノソリノソリとやつて来る。
春公『ヤア何と神様と云ふお方は親切なものだなア。三人は駒、自分は親譲りの膝栗毛でてくつてお供をして来たが、折よく一匹の駒が落ちてゐる。これで愈四馬に跨がると云ふものだ。宣伝使様、乗つてもよろしいか』
照国『落ちて居る馬だから別に盗んだものにもなるまい。もし落し主が分つたらその時返してやればよいから遠慮なしに乗つたがよからう』
 この言葉に春公は勇み立ち、馬の側に近づき首筋を撫でながら、
『オイ馬公、御苦労だが頼むよ。今日から俺がお前の仮の主人だ』
と云ひながらヒラリと飛び乗つた。比較的おとなしき馬で稀代の尤物である。これはバラモン教の釘彦が乗つて居た名馬であつた。いかなる激流も大海も少しも屈せず渡り行くと云ふ奴である。ここに四人は轡を並べシヤンコ シヤンコと足並揃へて下流の浅瀬に到着した。水の深さは四五寸から一尺まで位な浅瀬である。その代りに川幅は外の場所に比べて三倍ばかりも展開して居る。四人は悠々として四方山の話に耽りながら四馬の首を一緒に並べて渡り行く。
春公『宣伝使様、バラモン教の清春山の岩窟に仕へて居たヤツコスと云ふ男が私の兄の岩彦だと聞きましたが、この川を渡るについてこのヤツコスに関し面白い話がございますから話して見ませうか』
照国『どうぞ話して下さい。随分珍談が……あの男の事だからあるだらうなア』
『私もヤツコスが兄ぢやと聞いてこの川が一入床しうなつて来ました。この川にライオン川と名のついたのはこの川上に天幽窟と云ふ樹木の茂つた人間の寄りつかれない大秘密境があつて、そこにはライオンが幾百千とも限りなく棲居を致して居ります。それでその天幽窟を一名ライオン窟とも称へ、従つてこの川をライオン川と名付けられたさうです。昨年の春の頃、ヤツコスと云ふ男がこの川を渡る時、川上に居つた唐獅子の子が二匹川へ遊びに来て、誤つて激流に落ち入りブカブカと流れて来ました。そこをヤツコスが通りかかり、溺れ死なむとする獅子の子を二匹ながら取掴まへて川堤へ救ひあげ、色々と介抱して水を吐かせ、背中に負うて天幽窟まで大胆至極に踏み込み、獅子の巣窟へ送り届けてやつたと云ふ話でございます。それからそのヤツコスには獅子が守護をしてヤツコスの身に危難の迫つた時は、何処ともなしにライオンが沢山現はれて来て、危急を救ふと云ふ専ら評判……いや事実ださうでございます。それを聞きこんで、清春山の大足別がこんな男を抱へて置いたら、まさかの時に大丈夫だと思ひ、自分の家来にしたと云ふ事ですが、そのヤツコスが果して兄の岩彦ならば本当に嬉しい事でございます。昨日も文珠師利菩薩が獅子に乗つてテームス峠の関所を越えたと云ふ事を聞きましたが、丁度私の兄は文珠菩薩のやうな男でございますなア』
『何と珍らしい話を聞いた。ライオン川でライオンの話を聞くとはこれも何かの神界の摂理だらう』
 かく話しつつ漸くにして難なく広き川を向ふ岸に渡り、再び道を十四五丁ばかり北にとり、玉山峠の麓にさしかかり、ハイハイハイと秋風に吹かれながら頂上さして登り行く。
 一行四人は、玉山峠の頂上から馬を飛び下り、各自馬の口をとりながらハアハア ハイハイと注意を駒に促しつつ七八分ばかり下つて来た。俄に一匹のかなり大きな狼現はれ来り、先頭に立てる春公の裾を銜へて無理やりに引つぱらうとするその挙動の怪しさ。
春公『こん畜生、人間様の裾を喰ひやがつて貴様は狼ぢやないか。こりや畜生、俺を喰はうと思つても貴様の手には合はないぞ。この方さまは勿体なくもこの世をお造り遊ばした大自在天……オツトドツコイ国治立大神様のお道を開く三五教の金線の宣伝使照国別様のお供に仕ふる春公別さまだぞ。人間違ひを致すな。人間が喰ひたければテームス峠の頂上に酒に喰ひ酔うて倒れて居る半死半生の関守がある。彼奴をガブリとやつて鱈腹、腹を膨らすがよからう。シーツどけどけ』
と右の手を打ちふつて追ひ除けようとすれども、狼は別に怒つた気色もなく、尾を犬のやうに左右に打ちふりながら裾を喞へ引張つて放さぬ。
春公『こりやこりや、俺は急ぐ旅だ。往来の妨げを致すと、交番へ往来妨害罪で訴へてやるぞ。何だ飼犬のやうに尾をふりやがつて、ハハア此奴ア山犬だなア。もとは人間の家に飼はれて居やがつたのが、主人の没落のため貴様も一緒に流浪して到頭山に逃げ込み、山犬となり、デモ狼に進化したのだなア。人は境遇によつて人相まで変ると云ふ事だが矢張畜生でもその道理に洩れぬと見えるわい。こりや狼犬畜生、放さぬかい、十七八のナイスに引張られるのならチツとは気分がよいが、貴様等に裾を引張られると、あまりよい心持がせぬわい。エー畜生、合点の悪い奴だな。貴様狼犬ならチツとは獣の中でも王の部分だから人間さまの言霊位は分る筈だ。グヅグヅ致すと馬に踏み殺さしてやるぞ』
 狼は尾を頻りにふり裾を喞へ道の傍の木の茂みへ無理に引き込まうとする。
春公『もし宣伝使様、この畜生、洒落た奴で、柄にも似合はぬ四足の分際として吾々に揶揄ひやがるのです。一層の事蹶り殺してやつたらどうでせうか』
照国『狼と云ふ奴は義獣だから、そんな乱暴な事をしてはならない。何か吾々に変事を知らしてくれるのだらう。先づ狼の引張つて行く方へついて行つて見たらどうだ。千匹狼が通るので吾々一同を助けてやらうと思つて隠家へ引き行かうとするのかも知れぬぞ』
『さうだと云つて狼に引張られて行くのはあまり気分のよいものぢやありませぬわ』
『おい狼、お前の行く処へついて行くから春公の裾を放してやつてくれ』
 この声に狼は喞へた裾をパツと放し、照国別の前にスタスタとやつて来て、一寸頭を下げ挨拶をしながらガサリガサリと谷川目がけて下つて行く。照国別一行は狼の後について、水のチヨロチヨロ流れて居る谷川へ下つた。見れば其処に十人ばかりの人間が、顔を擦り剥き肩を外して人事不省になつて横はつてゐる。
『ヤア、沢山の怪我人だ。大方バラモン教の連中と黄金姫様との一隊とが衝突の結果であらう。さア照、梅、春の三人、一人々々谷水を手に掬つて口に含ませ、面部に吹きかけてやつてくれ。私はここで天津祝詞を奏上し魂呼びをするから』
『ハイ』
と答へて三人は各自に種々と介抱に力を尽した。漸くにして一人も残らず蘇生した。肩の外れた男がある、此奴は気のつかぬ間に元へ骨を直しやり、さうして鎮魂を施した。漸くにして息吹き返したのは黄金姫、清照姫をここまで送つて来たレーブであつた。も一人の顔に大変な擦傷を負うてゐた男は、バラモン教の軍隊の先頭に立つて居たカルであつた。この二人を始め一同は救命の恩を謝し、三五教の大神の慈徳を感謝しながら宣伝使の後に従ひ玉山峠を下り、魔神の猛び狂ふ大原野を前後を警戒しながら守り行く事となつた。
 照国別外四人は馬に乗りレーブ、カルを始め八人は前後を守りつつ荒野ケ原を進み行く。前方にピタリと行き当つた浅き広き沼がある。漸くにして日は暮れかかつた。照国別は一同に向つて此処に一夜を明かすことを命令した。照国別の先導にて天津祝詞を奏上し神言を唱へ各自疲れはてて熟睡してしまつた。望の夜の月は玉山峠の頂きから皎々と輝きつつ昇り始めた。一同の姿は手に取る如くハツキリして来た。スガル、チルと云ふ男は熟睡を装ひつつ一同の寝息を考へてゐた。夜の正子の刻、月は頭上を照らす刻限、スガル、チルの両人はソツと起き上り、懐中から捕縄を出し、一々数珠つなぎに照国別、照公、梅公、春公、レーブ、カルの六人を縛つてしまつた。さうして外の六人をソツと揺り起してる。熟睡の夢を破られたキルと云ふ男『ウンウンウン』と云ひながら刎ね起き、
『ダヽヽヽ誰だい、人が小気味良う寝て居るのに鼻をつまんだり、こそばしやがつてよい加減に寝ぬかい。困つた奴だなア』
 チルは小さい声で耳の端に口を寄せ、
『おい、キル公、大きな声で云ふな。今三五教の宣伝使や裏返り者をフン縛つた処だから、貴様等これから目を覚まして彼奴等の頭をかち割つてしまふか、但は鬼春別様のお馬の側へ引連れて行つて手柄をするのだから』
 キルはド拍子の抜けた銅羅声で、
『お前はチルぢやないか。折角命を助けてくれた宣伝使を縛ると云ふ事が何処にあるかい。こんな事をすると罰があたるぞ』
チル『エー困つた奴ぢやな。気の利かぬにもほどがある。あんな奴を助けて堪るものかい』
キル『俺ア、貴様が何と云つてもあの宣伝使に恩があるのだ。恩を仇で返さうとは人間のなすべき事でないぞ。チツと誠の心となつて考へて見い』
 スガルはまた次の男を小声で、
『オイオイ』
と云ひながら、鼻をつまんだり腋の下をこそばかして目を醒まさうとしてゐる。
セル『だゝゝゝ誰ぢやい、セルさまの鼻をつまみやがつたり腋の下をくすぐる奴は。こら寝る時はトツトと寝て働く時には精出して働くのだぞ。安眠の妨害をさらすと俺や了簡せぬから、さう思へ』
 スガルは小声で耳に口を寄せ、
『おいセル、大きな声で云ふな。宣伝使が目を覚ましちや大変だ。何奴も此奴も皆俺が引括つておいたのだから、これから皆寄つて目を覚まして彼奴を叩き伏せるか、但は将軍様の前へ引張つて行くつもりだ。さうすれば貴様達の手柄になるのだから』
 セルは寝ぶた目を擦りながら、
『何、俺を何か、将軍様の前へ引張つて行くと云ふのか。そりや怪しからぬ。俺ヤ何時そんな悪い事をしたかい。勝負は時の運だ。俺が負けて九死一生の場合に陥つたと云つて、それが罪になると云つては戦に行く事も出来ぬぢやないか。そりや一寸無理だよ。(大きい声で)おい皆の奴、起きてくれ、スガルの奴、俺達を片つ端から引張つて将軍様の前へつれて行くと吐しよるわいのう』
照国『アツハヽヽヽ』
レーブ『ウツフヽヽヽ』
照国『六蹈三略の兵法も味方の中から破れるか、面白いものだなア。グウグウグウ』
とまた鼾をかく。
レーブ『こりやスガル、チルの両人、俺が狸寝をして居れば懐から捕縄を出しやがつて、俺等六人を縛りつけやがらうとしやがつたな。ヘン馬鹿にするない。このレーブさまは神変不思議の神術を以て、縛られたやうな顔をして貴様の捕縄をグツと握り、貴様等八人を知らぬ間に括つておいてやつた。俺が一つこの縄を引張るが最後、貴様等八人の首は一遍に締つて息がとまるやうにしてあるのだ』
と云ひながらグイグイとしやくつてみた。不思議や八人の首は徳利結びになり忽ち息がつまり、ウンウンウンと目を剥き手足をジタバタさせ苦しみ悶え出した。
レーブ『アハヽヽヽ面白い面白い、もしもし宣伝使様、梅さま、照さま、カルさま、起きた起きた。これから一つ猿廻しの芸当だ』
照国『アハヽヽヽうまくやつたなア』
『貴方の御内命通り、内々で私の得意の捕縄で何奴も此奴も縛りあげてやりました。一つ綱を引きませうか』
『一人づつ綱を解いてやつたがよからう』
『さう早く解いてやると根つから興味が薄いぢやございませぬか。照さま、梅さま、春さま、カルさまにも一つ面白い処をお目にかけてその上でも滅多に遅くはありますまいぜ』
『グヅグヅして居ると息が絶れてしまふぢやないか』
『何構ひますものか。此奴ア今私等と一緒に冥土の旅をして来た奴です。も一遍一途の川を渡らしてやるもよろしからうぜ』
 八人はウンウンと呻き出した。
照国『おい、照、梅、春、カルの四人、早く綱をゆるめてやれ』
 この命令に四人は慌しく徳利結びをチクリチクリと弛めてやつた。急に解くとまたもや息が絶えるからである。八人はムツクと起き上り、蛙つく這ひとなつて震へて居る。
『おい、スガル、チルの両人、貴様は命の御恩人に対し仇を以て酬いむとした犬畜生だ。サア外の奴六人はともかくも、貴様等両人は俺が一つ活を入れてやる。貴様の魂は死んで居る。否腐つて居る。烙鉄でもあててやらねば到底元の正念にはなるまい』
 スガル、チルは、
『ハイハイ』
と云ひながらヂリヂリと一歩々々後へ寄り、隙を見すまし沼を目がけて一生懸命バサバサバサと飛び込み逃げ出した。セル、キル外四人の奴も二人の後について沼の中を一生懸命に、バサバサバサバサと沼に映つた満月を粉砕しながら一生懸命に逃げて行く。
レーブ『アハヽヽヽ到頭蛙突這ひになつて往生しやがつたな。まるつきり蛙のやうな奴だ。蛙の行列向ふ見ずとはこの事だ。到頭水で助かりやがつたなア』
 無心の月は皎々と照り輝き、この活劇を密かに見下してゐる。

(大正一一・一一・四 旧九・一六 北村隆光録)



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