出口王仁三郎 文献検索

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物語40-1-51922/11舎身活躍卯 忍ぶ恋王仁三郎参照文献検索
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第五章 忍ぶ恋〔一〇八九〕

 鬼熊別、石生能姫の二人は奥の間に端坐し、双方から互に顔を見合せ、しばし沈黙の幕がおりた。鬼熊別は心の中にて……夜前の熊彦の報告と云ひ、また途中の大橋を落しおきたるにも拘らず、女の身として供をもつれず、身分をも弁へず訪ね来りしは何か深き仔細のあるならむと、口をつぐんで石生能姫の言葉の切出しを待つてゐた。石生能姫もまた今更の如く鬼熊別の儼然たる態度に気を呑まれ、胸に積りし数々を述べ立てむとしたる事の、何時の間にやら、どこともなく消え失せて、出す言葉も知らず稍躊躇狼狽の態にて首を傾け、黙然として差俯むいてゐる。かくして四半時ばかり沈黙の内に時は容赦なく過去つた。思ひ切つたやうに石生能姫は稍顔を赤らめて、
『独身生活を遊ばす貴方様のお宅を女の分際として供をもつれずただ一人、御訪問申上げましたに就ては、貴方も嘸御迷惑でございませう。奥様やお嬢様は三五教とやらに入信遊ばして、貴方はただ一人苦節を守り、独身生活をつづけて、お道のためお国のために昼夜御辛労を遊ばす、その見上げたお志、実に感服の至りでございます』
 鬼熊別は漸くにして口を開き、
『御用は何でございますか。どうぞ手取り早くおつしやつて下さいませ。又々大黒主様の嫌疑を受けては互の迷惑、サ、早く御用の趣を』
とせき立てれば、石生能姫は悲しげに、涙声にて、
『ハイ何から申上げてよろしいやら、只今までかうも申上げたい、あゝも申上げたいと胸に一杯になつて居りましたが、貴方の儼然たるお姿を拝して、俄にどつかへ隠れてしまひました。どうぞゆるゆると申上げますから気を長くお聞取り下さいませ』
『私は御存じの通り、大黒主様に種々雑多の嫌疑を蒙り、左守の聖職まで取剥がれ、何となく両者の間には、形容し難き妖雲漂ひ、今にも雨か風か雷鳴かといふ殺風景な空気が包んで居りましたが、昨日の外教征伐の相談の際、貴方様のお取成しによつて再び元の左守に任ぜられ、私としては身に余る光栄でござりますが、これが却て私のためには大なる災とならうも知りませぬ。大黒主様が心の底より御任命ならば私も喜んでお受けを致しますが、代理権の御執行とはいへ、決して大黒主様は私を御信任遊ばしてござる筈はございませぬ。早速御辞退申さむかとその場で思ひましたが、さうしては物事に角が立ち、円満解決が出来難い、また外に向つて勁敵を控へ、兵馬の勢力は大部分外に出で、ハルナ城は守り薄弱となつたこの際、兄弟牆にせめぐ如き愚を演じてはお道の不利益と存じまして、口まで出かけてゐた辞退の言葉を呑みこみ、無念をこらへて、左守たることをお受け致したやうな次第でございます。実の所を申せば、私の心は最早浮世が厭になり、地位も名望も財産も女房も欲しくはありませぬ。しばらく山林に隠遁して、光風霽月を友とし余生を送りたきは山々なれども、バラモン教の今日の内情を見ては、左様な勝手なことも出来ませず、大神様に対し奉り、これ位不孝の罪はないと存じ、心ならずも御用を承はることに致しましたやうな次第でございます。そして貴女、途中に何か変つたことはござりませなんだかな』
『ハイ別に変りもなかつたやうですが、此方へ参る途中、九十九橋が何者にか打落され、已むを得ず一里ばかり下手へ参り、百代橋を渡つて、お館を訪ねて参りました。途上伝ふる所によれば、何でもかう申すとお気にさへられるか存じませぬが、貴方様の身内の者が、何等かの考へで打落したとか云ふ噂でございます。どうぞこの事が大黒主に聞えねばよいがと実は心配を致しつつ参つたのでございます』
『また一つ嫌疑の種がふえましたな。モウ私は何事も覚悟を致して居ります。一切万事神様に任した身の上、如何なる災難がふりかかつて来ようとも、少しも恐れは致しませぬ。しかしまた貴女が一人でお越しになつたに付いては合点のゆかぬことがございます。あれだけ鬼雲彦様が嫉妬心深く、束の間も貴女の側を離れないといふ御方が今日に限つて、ただ一人外出を許されるとは、合点のゆかぬことでございます。大方夫婦喧嘩でも遊ばして、貴女は城内をぬけ出して来られたのぢやございませぬか』
『イエ決して決して、夫の諒解を得て、ただ一人忍んで参りました』
『ハテ、益々合点が行かぬ。これには何か深い計略のあることだろう……イヤ石生能姫殿、打割つて申さば、貴女の如き毒婦に物申すのも汚らはしうござる』
『エヽ何と仰せられます。それほど妾をお憎みでございますか。そりやマアどうした訳で……』
『訳は言はなくても、貴女のお心にお尋ねなされば、キツと分るでせう。よく考へて御覧なさい。大切な奥様を放出し、貴女はのめのめとその後釜にすわり、平気の平座で女王面をさらしてござる。そのお振舞が鬼熊別には気に入りませぬ。左様なことをなさるものだから、神様の御怒りにふれ、三五教やウラル教がハルナの都に向つて攻め寄せて来るやうになつたのです。一日も早く前非を悔い、奥様に一つはお詫のため、一つは大黒主様の御改心のために、立派に自害をしてお果てなされ。それだけの真心がなくては、到底この神業はつとまりませぬぞ』
と儼然として叱るやうに言つてのけた。その権幕の烈しさに、石生能姫は返す言葉もなく、ワツとばかりにその場に泣き倒れた。
 しばらくにして目をおしぬぐひ、顔をあげ、細き声にて、
『あなたの御言葉は真に御尤もでございます。妾もあなたと同感、この事に就いてはどれだけ胸を痛めて居るか分りませぬ』
『それほど胸を痛めるやうなことを何故なさいますか。貴女の決心一つで、どうでもなるぢやありませぬか』
『夫の恥を申上げて不貞くされの女だとおさげすみを蒙るか存じませぬが、モウかうなつては一伍一什を申しあげねばなりますまい。どうぞしばらく聞いて下さいませ。私は元は三五教の信者の娘、石生子と申しました。幼少より両親に生別れ、彼方此方と彷徨ふ中、大黒主様が狩に散歩の途中、私を一目見るより、吾家へ来れとおつしやつて連れ帰り、奥様の小間使として御夫婦の方に可愛がられ、仕へて居りました所、ある夜、恥かしながら、大黒主様の無理難題、奥様にすまぬこととは知りながら女の心弱き所から、御機嫌を損ねまいと、大黒主様の要求に応じました。それより御主人は朝から晩まで、私を手許に引寄せ、奥様に対して小言ばかりおつしやるやうになり、私は立つてもゐても居られないので、いろいろと御意見申上げましたけれども、お聞き遊ばさず、とうとう奥様を、あの通り追出しておしまひになりました。私も世間からいろいろと悪評を立てられ生きてゐる甲斐もなく、外を歩くのも恥かしく、一層のこと自害して心の潔白を示し、奥様にお詫致さうかと幾度となく自害の覚悟をきめましたが、どこともなく中空に声聞え、待て待てと止められるので、面白からぬ月日を今日まで永らへて来たのでございます。所がお館に奸者侫人跋扈し、あなた様の御身の上を悪しきさまに大黒主に申上ぐる者、日々その数を加へ、主人は御存じの通りの短気者故、あなた様をふん縛り、厳しき刑罰に処せむと息まくこと一再ならず、これを思へば私は今死んでも死なれない。主人が如何なる事でも、私の言ふ事なら聞いてくれるのを幸ひ、バラモン教の柱石をムザムザ失つては大変だと、いろいろと今日まで諫言を致し、蔭ながらあなたの御身辺を守つて来た者でございます。どうぞあなたもお道を思ひ、国を思ふ真心をモ一つ発揮して、私と共にこの教と国を守つて下さいますまいか。今私が自害して果てたならば、あなた様の身辺は忽ち危くなるでせう、否々あなたは神力無双の神司、ヤミヤミ討たれはなさいますまいが、内憂外患の烈しき今日、両虎共に鎬を削つて争ふ時は、勢共に全からず、どちらか傷ついて倒れ、バラモン教国の覆滅は火を睹るよりも明かでございます。どうぞここの道理を聞分けて、私の精神をお悟り下さいますやうに御願ひ申します。この事の御相談を申上げたさに、主人の手前を甘くつくろひ、あなたの腹中を探つて来ると申して参りました』
と涙ながらに一伍一什を物語つた。鬼熊別は稍顔色を和らげ、
『石生能姫殿、左様でござつたか。かかる清き尊きお志とは知らず、今まで貴女を毒婦、奸婦と見くびり憎んで居りましたのは誠に私が不明の致す所、どうぞ赦して下さい。何を言ふも暗黒の世の中、到底人間の心の底は分るものではございませぬ。私だつてその通り、数多の侫人ばらに讒訴され、円満なるべき大黒主様との仲に垣が出来たのも全く互の誤解からでございませう。大黒主様もあのやうな悪い方ではなかつた筈ですが、何時の間にやら稍御安心なさつた虚に乗じ、曲神に身魂を襲はれ給うたのでござりませう。あゝ何とかしてその悪魔を退散させたいものでございますなア』
『ハイ有難う、よく云つて下さいました。どうぞあなたはお道のため、国のためと思召し、不愉快を忍んで、御登城下さいまして、左守としての職責を完全にお尽し下さいませ。私が及ばずながら内助の労を取りますから。しかしながら前以て申上げておきますが、大黒主様は中々容易に改心は出来ますまい。イソの館に向つた鬼春別やカルマタ国に向つた大足別が一敗地にまみれ、往生をした上でなくては、到底あのキツイ我は折れますまい。どうぞ、あなたはお道のため、国のために身を挺して刃の中をくぐる大覚悟を以て御出勤を願ひます。幸ひ私は大黒主の寵愛を得て居りますから、その段は大変に好都合でござります。折を見て鬼雲姫様を元の奥様に直つて貰ふやうに取計らひませう。それに付いては到底私一人の力で及びますまいから、あなたと私と力を併せて、ハルナの城内を先づ清め、悪魔を郤けようではございませぬか』
『そこまでの女の貴女の御決心、イヤもう実に感服仕りました。左様なれば、私も貴女の真心に感じ、身を挺して大改革にかかりませう。どうぞ御内助を願ひますやう、実の所昨夜あなたは御存じなけれども、大黒主様の御内命にて近侍の者等数十名、吾館へ襲来し、夜陰に紛れて吾命を奪はむと致されました。その計略をある者より承はり、家老の熊彦が計らひにて、あの橋を落させておいたやうな次第でございますから、何れ大黒主様より一問題が私に対し持上がるものと、覚悟は致して居ります』
 石生能姫はこれを聞いて驚き呆れ、身を震はしながら、
『ソリヤまあ真実でございますか、大変な事になるとこでございました。ヤ私がこれから帰りまして、それとはなしに探つてみませう。またあなたに難題のかかるやうなことは決してさせませぬから………あゝモウしばらく御邪魔が致したいのでございますが、余り長くなるとまた疑惑の種を蒔きますから、お名残惜しうございますが、これにて失礼致します…………』
と妙な目使ひにて鬼熊別を見守つた。あゝかくの如き心正しき石生能姫も恋には迷ふ心の闇、上下の隔なしとはよく云つたものである。鬼熊別は石生能姫に左様な心ありとは、夢にも知らず、嬉し涙を流しながら、石生能姫の手を固く握り、
『コレ姫様、随分気を付けなさいませ。貴女の体は大切なお身の上、私と貴女と力を合はして居りさへすれば、ハルナの都は大丈夫でございます』
と一層強く手を握りしめた。石生能姫は日頃思ひ込んだ鬼熊別に手を固く握られ、嬉しさに胸を轟かせ、覚束なげに細き手を伸べて、力限り鬼熊別の手を握り返し、流し目に顔を見上げて、ホロリと一雫涙の雨と共に名残惜しげに後振返り振返り、館をしづしづと立つて帰り行く。鬼熊別は玄関口まで姫を見送り、そこにて別れを告げ、午後は必ず参勤すべきことを約して、しばしの別れを告げた。後に鬼熊別は神殿に向ひ、感謝祈願の祝詞を奏上し………あゝ未だバラモン神は吾等を捨て給はざるか、有難し勿体なや………と両手を合せ、感謝の涙を滝の如く流すのであつた。

(大正一一・一一・一 旧九・一三 松村真澄録)



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