出口王仁三郎 文献検索

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物語40-1-31922/11舎身活躍卯 落橋王仁三郎参照文献検索
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第三章 落橋〔一〇八七〕

 空一面にドンヨリとかき曇り、あたり陰鬱として風もなく蒸暑き秋の夕べ、内地の秋とは事変はり、初秋の今日この頃は松虫鈴虫の声もなく、梢にとまつて千切れ千切れに鳴く蝉の声、轡虫等喧しく騒ぎ鳴きたつる有様は、月の都のハルナ城の内外に穏かならぬ事の勃発する前兆にはあらずやと思はるるばかりであつた。館の主鬼熊別は大雲山の岩窟における会議を終へて、悄然として吾家に帰り、奥の一間に座をしめて、双手をくみ、青息吐息の体であつた。
 かかる所へ家老職を勤めてゐた熊彦は襖を押しあけ入り来り、叮嚀に会釈しながら、
『モシ旦那様、承はりますれば、貴方様に大変な嫌疑がかかり、大黒主様が近侍の誰彼を遣はして、夜陰に紛れ、旦那様の命を取りに来るとの急報を自分の親友よりソツと聞きました。どうぞ御用心下さいませ。今にも刺客が参るかも知れませぬから……』
 鬼熊別は平然として打笑ひ、
『アハヽヽヽ風声鶴唳に驚いてはならぬ。真心を以て真心の神に仕ふる鬼熊別にどうして不義の刃が当てられようか。決して心配は致すものではない。かやうな騒々しい時にはいろいろの噂の立つものだから、お前も冷静に物を考へ、決して騒いではならないぞ』
『私も大抵の事ならば騒ぐ男ではございませぬが確な証拠がございます。大黒主様の近侍に仕へてゐる友行といふ男、実は私の義理の兄弟でございますが、彼がソツと私まで耳うちをしてくれました。グヅグヅしては居られませぬ。キツと今夜攻寄せて来るに間違ひはないのでございます。これが違うたら、この熊彦は二度とあなたのお目にはかかりませぬ』
『現に俺は今、大雲山の岩窟に集会に参り、大黒主様の面前において議論を戦はし、種々雑多の疑惑を解き、漸く氷解されて、遂には石生能姫の推薦により、元の如く左守に任ぜられ帰つて来た所だ。決して左様な事はあるまい。大方何らかの間違ひだらう』
『イヤその事は友行からよく聞いて居ります。しかしそれが今晩の大事変を起した原因です。大黒主は嫉妬の深い人物、そこへ寝ても醒めても忘れられぬ惚れ切つた石生能姫さまが、旦那さまの肩を持ち、大黒主の最も嫌ひ給ふ旦那さまを左守に任じ、城内一切の教務及び国務を総括せしめむとされたので、大黒主は気が気でならず、ぢやと云つて最愛の女房石生能姫の言を打消す訳にもゆかず、イヤイヤながら承諾したのでございます。それより大黒主は一時も早く旦那さまを亡き者に致さねば大変だと考へ、石生能姫さまに極内々で今夜の内に鬼熊別をやつつけてしまへと、数多の近侍に命じて今宵御館へ襲来することになつたのでございます。その中の一人なる友行がソツと密書を以て私まで知らしてくれたのでございますから、メツタに間違ひはございますまい。サア旦那さま、さう安閑としてゐる時ぢやございませぬ。一時も早く防戦の用意を致されるか、但は今の内にこの館を逐電なさらねば、呑噬の悔を残すとも及びませぬ。及ばぬながらも熊彦がどこまでもお供を致し、苦労艱難を共々に嘗めても、旦那様の御身辺を守らねばなりませぬ。サア早く御決心を……』
と促せば、鬼熊別は高笑ひ、
『アハヽヽヽ何とマア世の中は面白いものだなア。昨日の敵は今日の味方、今日の味方は明日の敵、昨日に変る大空の雲、千変万化は世のならひ、どうなり行くも宿世の因縁だ。騒ぐな、あはてな。ただ何事もこの世を造り給ひし梵天帝釈自在天の御心に任すより外に取るべき手段はない』
『それはさうでもございませうが、ミスミス敵に襲撃されるのを前知しながら傍観してゐるのは余り気が利かぬぢやありませぬか。何とかそれに対する方法手段を講ぜねば、どうしてあなたの善が世の中に分りませう。今宵やみやみと彼等に亡ぼされなば、何時の世にかあなた様の恨が晴れませう……否疑ひがとけませう』
『吾々は人も恨まない、また敵も憎まない。妻子には離れ、何程結構な身の上になつたとて、一寸先は分らぬ人の身の上、ただ何事も神に任すより手段がない。神さまが吾々を殺さうと思へば、人の手をかつてお殺し遊ばすだらうし、まだ娑婆に必要があると思召したら、殺さずにおかれるだらう。一寸先は人間の目からは暗だ。ただ刹那の心を楽しみ、神司としての最善のベストを尽せばいいのだ』
『エヽこれほど申上げても、旦那さまはお聞き下さりませぬか。最早是非には及びませぬ。誠にすまぬ事ながら、旦那さまのお痛はしい姿を見ぬ間にお暇を賜はり、ここにて切腹仕ります。左様ならば旦那様』
と涙を夕立の如くパラパラとこぼしながら、早くも懐剣を引抜き、腹十文字に掻切らむとするを、鬼熊別はグツとその手を握り、
『アハヽヽヽ、何と気の早い男だなア。暇をくれと云つても暇はやらぬ、死なしてくれと申しても決して死なしはせぬぞ。主従の間柄といふものは左様な水臭いものではない。お前が死にたければ、俺の先途を見届けてその後に死んだがよからう。主人より先に勝手気儘に自殺するとは不心得千万だ』
ときめつけられて、熊彦は気を取り直し、
『これはこれは若気の至り、血気にはやり、誠にすまない事を致しました。主人の意志に従ふのは下僕の役、モウこの上は何事も申しませぬ。どうぞ主従の縁切ることだけは赦して下さいませ。決して旦那さまより先へは早まつた事は致しませぬ。同じ死ぬのならば、寄せ来る敵と渡り合ひ、旦那さまの馬前において、斬死を致します』
『コリヤコリヤ斬死などとは不穏当きはまる。如何なる敵が来るとも、彼がなすままに任しておけ、神さまがよきやうにして下さるだらうから……』
 熊彦は、
『ハイ』
と答へてさし俯むき、左右の肩を上げ下げしながら、声を忍ばせ、しやくり泣きつつあつた。
   ○
 大黒主の側近く仕へたる侍従の面々は、丑満の刻限を伺ひ、裏門よりソツと脱け出し、檳榔樹の林に包まれたる鬼熊別が館を指して、黒装束に身をかため、草鞋脚絆を穿ちながら手槍を提げ進み行く。如何はしけむ、如時の間にやら横幅五間ばかりの深溝の橋梁が苦もなく墜落して居た。一同は立止まり、
甲『ヤアこりや大変だ。鬼熊別の奴、早くも俺達の行くのを天眼通力にて前知したと見え、橋を落してしまひよつた。下手の橋へまはれば、これより一里半ばかり、さうかうしてる間に夜が明けてしまふ。困つたことが出来たワイ』
と呟いてゐる。これは熊彦がひそかに部下数人に命じ、主人の危難を救ふべく落させておいたのであつた。
乙『オイ、橋を落して用意をして居るくらいなれば、先方にも準備をして居るだらう。何程鬼熊別に部下がないと云つても館の中に抱へてある部下の者は七八十人は確に居る。何奴も此奴も皆命知らずの強者ばかりだ。到底吾々の力では及ぶまい。騙討ならば彼奴等の眠つてゐる内に、奥の間へふみ込んで仕止められぬ事もないが、モウかうなつては公然の戦ひだ。オイ今晩はモウ中止したらどうだ。そして敵に油断をさせ、二三日経つた所で、ソツと夜襲を試みることにしようかい』
甲『それだと云つて、御主人様が俺達を御信任遊ばし、是非お前達の手をからねばならぬと、涙を流しておつしやつたでないか。沢山な強者もあるに、俺達のやうな奥勤めをする者に御命令が下つたのは、実に光栄といはねばらぬ。御信任が厚ければこそ、こんな秘密の御用に立たして下さつたのだ。その御信任に対してもノメノメと引返す訳には行くまいぞ』
乙『何程御命令だと言つても、橋は落され、敵は数倍の勢力、到底駄目だ。何とか口実を設けて、今晩はゴミを濁しておかうぢやないか』
甲『怪しからぬことをいふな。家来の分際として、旦那様を詐るといふことがあるか。仮令命はなくなつても、この使命を果すのが吾々の勤めだ。事の成否はさておき、どうしても良心が承知をせぬ。何とかしてこの橋を向方へ渡り、吾良心に満足を与へ、精忠無比の奴と褒められねばならないではないか』
乙『ハヽヽヽヽ、良心や精忠無比が聞いて呆れるワイ。とは云ふものの、俺も主人のため、身を粉にしてでもこの目的を達したいのだが、翼なき身を如何にせむ、この橋を渡ることが出来ねば何と云つても駄目だ。見よ、大雲山より流れ来るこの激流、もし過つて水中に陥りなば、それこそ一もとらず二もとらず、犬に咬まれたやうなものだ』
甲『イヤ実の所、俺もかうはいふものの、俺の良心も良心だ。チツとは怪しくなつて来たよ。不精忠無比の副守護神が、ソロソロ頭をもたげて来さうで……ないワイ。かうしてゐる内に夜も明方に近くなる。さうすりや、却て俺達の言訳が立つ、あの橋が落ちてゐたために、架橋工事に暇取り、とうとう夜があけてしまつたから、また出直して夜襲に参りませうと、甘い口実が出来たぢやないか。これ全く大自在天様が吾々を愛し給ふ慈悲の大御心、あゝ有難し勿体なし、願はくは自在天様、この橋はいつまでもかからずに居りますやうに……とは申しませぬ。それは鬼熊別の申す言葉、どうぞ一時も早く完全な橋が架り、旦那様の恨みの敵が亡びますやう、御守護を偏に希ひ上げ奉ります』
乙『ウフヽヽヽ』
一同『イヒヽヽヽ』

(大正一一・一一・一 旧九・一三 松村真澄録)



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