出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語40-0-21922/11舎身活躍卯 緒言王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
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あらすじ
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本文    文字数=5164

緒言

 大八洲彦命は再生して月照彦神となり、終には印度国に降誕して釈迦となつた。しかるに肉体を具へた釈迦には、別に何らの奇異もなければ特徴もなかつた。言はば普通一般の人間の如く一の比丘である。否一の乞食である。或る時周那と言ふものの供養を受け、毒茸を喰はされて中毒を起し、下痢激しく終に恒河畔で倒れ死をしたのである。これ今日の所謂行路病死者である。二十九歳で出家し三十五歳で成道し、爾来行脚遊説八十年にして入滅してしまつた。その舎利の幾片かは今日も猶保存されてあるとは謂へ、とに角二千有余年前既に普通人と同じく死し去つて今日においては跡形もない人間である。かくの如く人間としての釈迦は死んでしまつた。されど如来様としての釈迦牟尼仏は今も立派に生存して居るのみならず、今後幾億万年の末に至るも決して絶滅する時機はないであらう。否独り絶滅の期がないのみならず、出生の始めもなく無始無終、永遠に生死を超越したものである。これが則ち生きた釈迦であつて、三宝が所謂その生命である。三宝とは仏法僧である。釈迦在世当時の仏は釈迦それ自身であり、法は説法宣伝であり、僧は弟子であつた。入滅後の仏は木仏金仏石仏画像仏であり、法は経蔵であり、僧は遺弟やまたはその後進者である。しかもこの三宝はこれを区別する時は三種となるが、その真実は唯一の仏宝に帰納すべきものであり、一体三宝である。今日に現存せる大蔵経は即ち釈迦である。我日本のみに現存する百万余の仏像や仏画は生きた釈迦である。十万余の僧侶もまた生ける釈迦である。釈迦滅後今日まで印度、支那、朝鮮、日本における僧侶の累計は二千万人に上る多数であるが、何れもその時代々々における生きた釈迦で、少くともその半数以上は説法や感化の仏徳を備へ、仏道の宣揚、下化衆生の動作を為ないものはない。かくの如く釈迦は仏法のあらむ限り、僧侶の存する限り、否木像も金像も寺院も僧侶も共に滅亡すると雖も、その経論所説の真理は学者哲人その他人類の脳裡に伝染し保留されて、人間のこの世界に存続する間は決して死滅するものではない。
 出口教祖の教も、また瑞月の説法や著述もまた永遠に生存して、社会の光明となつて万霊の世界を照明するものと信じて居るのである。故に吾人が現代人に頻りに批難攻撃されて、邪教だ妖教だと罵られても構はぬ。長年月の間において無限なる民衆のために師範たるを得ればよいのである。これを思へば一時の圧迫や批難や攻撃なぞは余り苦にするに足りないと思ふ。
 一体三宝即ち仏法僧が釈迦そのものである如く、神と法と弟子の三宝もまた出口教祖でなければならぬ。経糸の御役たる教祖が神ならば、緯糸の役もまた神であらねばならぬと信ずる。瑞月が『霊界物語』を編纂するのも、要するに法即ち経蔵または教典を作るので、即ち神を生みつつあるのである。また自己の神を現はし、また宣伝使といふ神を生むためである。故にこの物語によつて生れたる教典も宣伝使も神言も皆神であつて、要するに瑞月そのものの神を生かすためであると確信して居る。『霊界物語』そのものは約り瑞月の肉身であり霊魂であり表現である。
 前述の如く人間として肉体としての釈迦は滅亡した。そして禅学的抽象的に説けば三宝一体の釈迦は今後幾千万年を経るとも死滅せないことも述べた。一歩進んで不老不死の霊魂学の上より観じ見れば、釈迦の霊魂即ち霊体は永遠無窮の生命を保ち給ふ宇宙主宰神の御分霊、御分体、一部の御表現仏として永遠に生き通しである。随つて釈迦に従つて宣伝布教に仕へた諸々の菩薩も比丘も比丘尼も竜王も諸天子も諸天王も皆今に生き通しでなくてはならぬ。月照彦神もその他の諸神の霊魂も、矢張り過去現在未来に亘りて生き活き、天地万物の守り神となつてその神力仏徳を永遠無窮に輝かし給ふは勿論である。故にこの物語も、天地開闢の元始より死生を超越し給へる神々の神霊の幸ひに由つて口述編纂せしものなれば、過現未三界を通じて大生命を保ち、宇宙の宝典となると倶に、この物語の口述者も筆録者も浄写者も印刷者も、皆神の活動を永遠になすものと謂つてもよいのである。アヽ惟神霊幸倍坐世。
  大正十一年十月廿九日



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