出口王仁三郎 文献検索

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物語39-2-71922/10舎身活躍寅 都率天王仁三郎参照文献検索
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第七章 都率天〔一〇七二〕

 紫色の丈の短い芝草一面に大地に生え茂り、岩もなければ高い木もない茫々たる大原野に、赤白黄などの小さき花が星のやうに咲き満ちてゐる。空は紺碧の雲漂ひ、太陽の影も、太陰の姿も見えねども、何とはなしに爽快な気分の漂ふ、露の玉光る野原をヒヨロリヒヨロリと通つてゐる二人の男、四辺の光景の現界とはどこともなく違つてゐるに不審を起し、茫然として足を止め、
イール『オイ、ヨセフ、何時の間にこんな所へ吾々両人はやつて来たのだらうか、河鹿峠の細谷路で母娘二人の女巡礼に出会ひ、谷底へ取つて放られたと思つたが、あとは夢現、どうしてこんな所へどういふ手続きをしてやつて来たのか合点がいかぬ。貴様何か記憶に残つてはゐはせぬかな』
ヨセフ『俺の記憶に残つてゐるのは外でもない、夢ばかりだ。河鹿峠で母娘の巡礼に会うたと思つたのは、あれこそ本当の夢だ、ここが本当の現実世界だ、現界は夢の浮世といふのだから、現界にあつた事は皆夢だよ。愈吾々の魂の故郷現実世界へ帰つて来た、こんな結構な所へ出て来て極楽の余り風をソヨソヨとうけながら、誰に憚る所もなく気儘に旅行してるのは愉快ぢやないか。現界のやうに此処は誰の領分だ、何某の土地だとせせつこましい区劃をうけてるよりも、何の制縛もないこんな花園に逍遥するのは、到底現界人の夢にだも知らざる所だ。アヽ有難い、仮令夢にしてもこの夢は千年も万年も去らせたくないワ』
イール『オイあれを見よ、向ふの空を、何だか妙な雲が出たぢやないか。一分間先にはホンの毬のやうな斑点が西北の空にパツと現はれたと思ふ間もなく、追々あの通り膨脹し、五色の雲が鮮かになつて来て、俺達の顔までに五色の光彩が輝き初めたぢやないか』
 五色の雲は見る間に満天に拡がり、美はしき衣裳を着けたる二人の女神、一人は年老い一人は若く、五色の盛裳をこらして、雲に乗つて此方に向つて降り来る様子であつた。二人の立つてゐる紫野の原野はいつとはなしに天へ浮上つた如く感ぜられ、雲が下つたか地が上つたか、区画のつかないやうな塩梅で、いつのまにか二人の女神は二人の前に立現はれた。よくよく見れば河鹿峠で谷底へ投げすてて行つた、二人の母娘である。イール、ヨセフは不意の対面に打驚き、頭を下げ、
イール『これはこれは黄金姫さま誠に御無礼を致しました。どうぞお許し下さいませ』
ヨセフ『あなたは清照姫さま、こんな尊き神さまとは知らずに御無礼を致しました。どうぞ許して下さいませ』
黄金姫『その断りを言はれては困ります。私こそ女のくせに、あられもない荒男を谷川へ放り込んだり、イヤもう御無礼ばかり致しました』
清照姫『私も若い女の身を以て、荒男を放り込むなどと乱暴なことを致しましたが、どうぞ許して下さい』
イール『ハイ有難うございます。しかしながらここは何といふ所でございますか、一向合点が参りませぬが』
黄金姫『ここは未来の夢想国ですよ。あなたが此処へ来たのは、娑婆において神さまのために大活動をなし、神の恵によつてかやうな天国浄土へ救はれたのです。お互にこんな結構なことはありませぬ、お喜び申します』
イール『吾々両人は現界において、ロクなことは一つもやらず、何一つ神さまのためにお役に立つた事はありませぬ。それにかやうな所へ救はれるとは合点が行きませぬ、ヨモヤ人違ではございますまいかな』
黄金姫『まだお前さまは、今日の所では、これといふ手柄は一つもしてゐない。どちらかと云へば悪い事の方が多いので、公平な神さまのお審きに会へば、こんな所へ来る身分ぢやない、吾々だつてその通りです。しかしながら神さまは過去現在未来をお見透しだから、お前さまがこれから現界にをつて、善の行ひをなし、現界を去つてから後に来るべき世界を一寸のぞかして貰うてゐるのですよ』
ヨセフ『まだこれから善をなすために、かやうな所へよせて頂くとは、合点が往きませぬ。天晴れ世の中に功を立てた上のことなれば、いざ知らず、吾々のやうな汚れた霊がかやうな所へ来るとは、どうしても合点がいきませぬ、コリヤ夢ではありますまいかな』
黄金姫『夢所か現実です。それでもお前さまが、これから先へ善くない事をしようものなら、キツとこんな結構な所へは来られない、これと反対の所へ行かねばなりませぬ。サアこれから私が、都率天の世界を案内して上げよう』
両人『ハイ有難う』
とさしうつむく。自分の立つてゐた地上は、フワリフワリと何処ともなく浮上るやうになつて来た。そして四人の一行は立つたまま、青雲の空を目がけて昇り行く。
 見れば、忽ち眼前に現はれた朱欄碧瓦の美はしき殿堂、まはりは紅色の玉垣をめぐらし、金銀の砂が一面に敷きつめられ、ダイヤモンドの砂が所々に交つて、銀河の如く輝いてゐる。二人は夢かとばかり顔見合せ、呆気にとられて居た。
清照姫『コレ両人さま、ここは都率天の月照彦さまのお宮でございます。これからは何も云ふことは出来ませぬぞえ、吾々二人の後についてお出でなさい。神さまが何とおつしやつても、お返事をしてはなりませぬ。神さまと人間とは階級が違ひますから、神さまの思召を聞くばかりで一口も御返事することはなりませぬ。物が言ひたくばこの門をくぐるまでに言うておきなさい。この門をくぐるや否や、仮令如何なる者に会うてもただ俯むいてお辞儀さへして居れば良いのだから』
イール『ハイ畏まりました。何と思うても本当にはしられませぬワ。本当に私は斯様な所へ、未来とやらに救はれるでせうか』
黄金姫『ただ神さまの仰せを承はり、その通り遵奉して居りさへすれば、未来は斯様な結構な所へお参りが出来ます。何事も言つちやなりませぬぞえ』
イール『ハイこれ限り申しませぬ。オイ、ヨセフお前も今の内にお尋ねしておくがいいぞ。この門内へ這入れば最早言論機関を使用することは出来ないから』
 ヨセフは畏まり、静に首を傾けたきり、一言も発しない。黄金姫、清照姫は無言のまま、門番に目礼し、静に奥へ奥へと進み入る。
 嚠喨たる音楽の響き何処ともなく聞え来り、芳香四辺に薫じ、門内の内庭には白蓮華の花咲きほこり、牡丹白梅薔薇等の垣はその艶を競ひ、現界で見たこともないやうな美しき羽の小鳥は、爽かな声を出して、天国の春を歌うてゐる。黄金の玉盃を手にして黄金色の衣類を着けた美はしき女神、白装束に紅の袴にて、四人しづしづと出で迎へ玉盃より紫の色したる水を指にぬらして、一人々々、唇にひたす。その味と云ひ香りと云ひ、何とも譬へやうのなきものである。四柱の女神は四人を導いて奥深く進み入る。
 奥殿深く進み入り、正面を眺むれば、金銀を以てちりばめたる須弥壇の上に、紫磨黄金の肌をあらはし、儼然として控へ玉ふ一柱の神があつた。やさしみのある内にどこともなく威厳備はつて、面を向けるもまばゆいやうな心持がすると共に、何ともいへぬ懐かしみがした。この神は月照彦命であつた。四人をゆかしげに見やり、黄金の御手を伸べて、膝元に来たれと招かれる。左右に控へたる沢山の童子は手に種々の花を携へ、無言のまましとやかに須弥壇の前に舞ひ狂うてゐる。馥郁たる芳香に美妙の音楽はたえず鼻耳をつき、燦爛たる殿内の光は目を新しく照すのみである。
 黄金姫は後振返り、三人を手招きする。三人は無言のまま黄金姫の後に従ひ行けば紫の色漂ふ丸い穴が、殿堂の裏より、斜に低く穿たれ、紫の階段がついてゐる。黄金姫はつかつかと階段を降り行く。三人もその後に従つて際限もなく下り行けば、そこに雑草の茂る葦の生えた沼が横たはつて居る。
 二人は何時の間にかこの沼の中におち込んでゐた。余り深からね共、直立して口のあたりまで水がついて来る。少しく風が吹いて浪高くなれば、鼻をおそひ、息苦しくなつて来る。黄金姫、清照姫は如何にと、四辺を見れ共、その姿だになく、今迄美はしかりし殿堂は煙の如く消え失せ、ただ葦の生ひ茂る沼の上を秋風が吹きわたるその淋しさ。
 かかる所へ何処ともなく、レーブ、タールの両人あわただしく走り来り、沼のまはりに立つて、二人の名を呼び、
『早く此方に来れ』
と差招く。イール、ヨセフの両人は身を踠き、二人の側に泳ぎ行かむとすれ共、どうしたものか二人の足は沼底に漆喰の如く吸ひつけられ、身動きもならず、風に煽られて、時々高き波鼻目のあたりをおそひ来り、苦さ限りなし。二人は声もえ上げず、苦み悶えて居ると、何処ともなく、ハムはレーブ、タールの前に現はれて、三人はここに何事か口論を始め出した。イール、ヨセフの両人は沼の中にて懶げに三人の争ひを眺めてゐる。ハムの後には口耳まで裂けた赤裸の赤鬼がついてゐた。しばらくすると、レーブ、タールの両人は沼の堤を一目散に東南さして走りゆく。ハムは二人の沼の中に苦んでゐるのを見て、助けやらむと、赤裸となり沼の中に飛びこまむとすれ共、後に立つた赤鬼が、グーツと首筋を掴んで離さないので、ハムは一生懸命に身をもがいてゐる。イール、ヨセフの両人は、息もたえだえになつて、早く助けてくれよ………と叫ばむとすれ共、如何にしけむ、一言も声が出なかつた。何処ともなしに宣伝歌の声が中空に聞えて居る。この声を聞くと共にハムについてゐた鬼の姿は煙と消えた。ハムはレーブ、タールの逃げ去つた後を追うて、地響させながら帰り行く。
 二人はこの宣伝歌の声を聞くと共に身体軽く浮き上り、いつの間にやら沼の畔についてゐた。そして濡れた着物は何時の間にか乾いてゐる。ハテ不思議なことがあるものだなア………と両人は顔を見合せつつ、ハムの走つた後を追うて駆出すと、一本の大きな松の木が枝振よく立つてゐて、沼の上に枝を垂れてゐる。その松の木を見上ぐれば、えもいはれぬ恐ろしき大蛇が三間ばかりの首を伸ばして樹下を眺め、大口を開いて何者か呑まむとしてゐる。二人は初めて口を開き、
イール『オイ、ヨセフ、大変ぢやないか』
ヨセフ『如何にもイールの云ふ通り、この松の木には妙な奴が居るではないか。大方最前の三人はこの大蛇に呑まれてしまうたのだろ。コリヤ、グヅグヅしてはゐられまいぞ』
と言ひながら、松の根元をよくよく見れば、土の中から首が生えてゐる。上には大蛇下には生首、ハテ厭らしやと、逃げ出さうとすれ共、どうしたものか、身体強直してビクともならぬやうになつてゐる。
 二人は因果腰を定め、地中から生えた首をよく見れば、豈計らむや、バラモン教の大棟梁大黒主である。二人はビツクリして顔色をかへながらあわただしく、
イール『アヽ、あなたは大黒主の神さまぢやございませぬか。どうしてマアこんな所へ首ばかり出してゐられます。あれ御覧なさいませ、この松の枝には大蛇が蟠つて、今や一口に呑まむとしてゐるぢやございませぬか、サア早くここを私と一緒に逃げませう』
大黒主『ヨウ其方はイール、ヨセフの両人、こんな所へ来るものではない。今の内に後へ引返したがよからうぞ』
ヨセフ『引返さうと申して、何処へ行つてよいやら、訳が分りませぬ。してまたあなたの首から血がにじんで居りますが、コリヤまあどうした訳ですか』
大黒主『私は天地の大神の罰をうけ、この松の木の下において、手足を縛られ、自分の作つた配下の鬼共に土中に埋められ、この通り首のみ地上に現はし、鷹や烏に頭をこつかれ、毒虫に首を咬まれ、こんな苦しい目に会うてゐるのだ。お前も早く改心いたして、誠の道に立返つたがよからうぞ、私の如くなつてしまへばモウ駄目だ。まだまだこれから沢山の苦労をいたして罪を赦して貰へるか貰へぬか分らぬ所だ。早く三五教の神文を唱へてこの急場をのがれよ』
イール『コレはまた、異なることを承はります。あなたはバラモン教の大教主でありながら、何を以て三五教の神文を唱へと申されますか、少しも合点が参りませぬ』
 大黒主は苦しげに、
『現界においては今は時めく勢なれども、未来の吾霊魂はこの通り、松の下において無限の責苦をうけねばならぬことになつてゐるのだ。三五教は神より出でたる教、その他の教は皆枝神や人間の作つた教であるから、御神慮のほどが分からない。否々神慮に違反した教を致して居るから、バラモン教の代表者たるこの方がかやうな責苦に会うてゐるのだ。とはいふものの、吾の肉体は副守護神の勢ひ中々猛烈にして到底容易に改心は致さない。改心さへ致したらこんな苦悩は免るるのだが、大黒主の肉体がどうしても改心してくれぬので、本尊のこの方がこんな責苦にあふのだ。百年後の大黒主の行末は、即ち今の有様であるぞ。サア、早くここを立去れ』
 かかる所へ、またもや三五教の宣伝歌がかすかに聞え、宣伝使が三人の供人と共に沼の辺に現はれて来た。この声を聞くと共に、大黒主の体は地上へガワとばかりに浮上つた。樹上の大蛇は大黒主を大口開けて、グツと一口に呑んだまま、黒雲を呼起し、一目散に中天に姿をかくしてしまつた。
 二人の宣伝使の姿を見るより、フツと気が着きそこらあたりを見れば、河鹿峠の谷底に陥り、舞埃の砂の中に半身を埋めてゐたことが分つた。谷の流れはゴウゴウと四辺に響いてゐる。気をおちつけてよくよく見れば、照国別の宣伝使を始め、梅公、照公、国公の三人は二人の身体を介抱し、一生懸命に、魂呼びの神業を修してゐたことに気が着いた。
 イール、ヨセフの両人は宣伝使一行に向ひ黄金姫一行に無礼を加へて、この谷底に投げ込まれた一条より、鬼熊別に雇はれて、蜈蚣姫、小糸姫の所在を尋ね求めつつあることを詳に物語り、ここに翻然として悟り、宣伝使に従つて、谷を下り、山路に出で、トボトボと後に従ひ行く。二人は何となく、宣伝使の威光に打たれて、恐ろしくなり、あたり暗に包まれし頃、隙を窺うて逃げ失せてしまつた。
 照国別は道端の古き祠の前に、三人の供人と共に一夜を明かすこととした。

(大正一一・一〇・二二 旧九・三 松村真澄録)



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