出口王仁三郎 文献検索

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物語39-2-61922/10舎身活躍寅 妖霧王仁三郎参照文献検索
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第六章 妖霧〔一〇七一〕

 谷路の傍のコンモリとした森に古ぼけた一つの祠がある。その後にヒソビソ話をしてゐる二人の男があつた。
『オイ、レーブ、今日位怖い目に会うた事はないぢやないか、イヤ怪体な日はあるまい。バラかパンヂーか芍薬かと云ふやうな美しいクヰン様が婆アと二人連れで河鹿峠を天降り遊ばしたので、俺は一目そのお姿を拝むなり、魂が宙に飛び、仮令敵でも構はぬ、一ぺんあの綺麗な手で、三人の奴のやうにさわつて貰ひたかつたが、しかしながらあんな目に会うても約らないし、一体あれは何神さまだらう。俺はそれからこつちといふものは、あの女神の姿が目にちらついて、どうにもかうにも仕方がないワ。怖いやうな何とも言へぬ気分になつて来たよ』
レーブ『貴様も余程良いデレ助だな。そんなこつて大切な使命が勤まるか。もし貴様、あれが例のレコであつたら、どうする積だ』
タール『そんな事は先にならな分らぬワイ。ともかく粋の利かぬ奴ばかりがゴロついてるものだから、施すべき手段がない。しかし三人の奴は仮令命はなくなつても光栄だと思うて、成仏するだらう。あんな高い所からウンと一思ひに天国へ行けるのならば、おれもあの女神に放つて貰うて、天国へ行つた方が何程結構だか知れない。実際この世の中に居つたつて面白くも何ともないからなア』
レーブ『それほど死にたいのなら、なぜハムが追ひかけた時に殺して貰はなんだのだ。ヤツパリ貴様は命が惜いのだらう』
タール『馬鹿言ふな。貴様が逃げるものだから朋友の義務を重んじて、附合に逃げてやつたのだ。何程天国がよいと云つても、ハムのやうな奴に殺されてはたまらぬからな。たつた一ぺんより死ぬ事の出来ぬ命を、アテーナの女神のやうなクヰン様の御手にかかつて死ぬのならば死んでも冥するが、ゲヂゲヂのやうに世間から厭がられてる鬼面のハムの手にかかるこたア、何程死に好の俺だつて真平御免蒙りたいワイ。アーアま一度女神の御顔が拝みたくなつて来たワイ』
レーブ『婆アサンの御顔はどうだ。万々一あのクヰンさまがお前の女房になつてやるとおつしやつたら、婆アサンもキツとお添物に出て来るに違ないが、その時にや貴様どうする積だ』
タール『婆アサンだつて女だよ、あんな娘を生んだ位だから、若い時は非常なナイスに違ない、昔のナイスだと思へば余り気分も悪いこたアない事はないワイ。ウツフヽヽヽ』
レーブ『コリヤ静にせい。ハムの奴、声を聞きつけてやつて来やがつたら、それこそ大変だぞ。俺の命を今度は取るに違ない、余り両人が云ひすぎたからなア、大変に怒つてけつかるに違ないから、マアしばらく沈黙の幕をおろして、潜航艇のやうに祠の床下にでも伏艇して居らうぢやないか』
 かかる所へ足音高くスースーと息をはずませやつて来たのはハムである。ハムは祠の前の置石に腰を打かけて独言をいつてゐる。
ハム『アーア、何といふ今日は怪体な日だらう。天女のやうなナイスがやつて来やがつて、無限の力をあらはし、おれたち三人を猫が蛙を銜へたやうに、ポイと谷底へ投げこみ、サツサと行つてしまひやがつた。空中を七八回も廻転したと思へば、真綿のやうな砂の上へドスンと落され、しばらくは気が遠くなつてゐたが、漸くにして気がつき起上らうとすれ共、腰の骨がどうなりよつたか、チーツとも動けないので自然療治を待つてゐると、そこへレーブ、タールの無情漢奴がやつて来て、俺を水葬するの、二人を助けてやるのと、吐いてゐやがる。怪しからぬ事を吐す奴と腹が立つて堪らず、腰の痛みも打忘れて起き上るや否や、二人の奴ア、雲を霞と逃げてしまひよつた。モウ大分に行きよつただらう。イール、ヨセフの両人をまだ温みがあるので生き返らしてやらうと思ひ、いろいろ介抱してると、何とも知れぬ腹を抉るやうな声で、宣伝歌を歌うて来る奴がある。此奴ア、キツと最前の母娘の者の身内に違ない、グヅグヅしてると大変と漸う此処までやつて来たがまたもや腰が痛み一歩も歩けぬやうになつてしまつた。ヤレ嬉しやと気がゆるんだが口ばかり達者で身体がサツパリ動かぬ。アヽどうしたら良からうかな。もしや最前の宣伝使がやつて来よつたら、又候谷底へ放られて今度こそ命の終末だ、アーア、バラモン教の大神様、私はお道のためにやつた事でございますから、仮令少々不調法がございましても広き心に見直してこの足腰を早く立てて下さいませ、お願致します』
と涙声になつて祈り出した。レーブ、タールの二人は祠の床下からこの独言をスツカリ聞いてしまひ、互に舌を出してニタツと笑ひ、何か肯き合うてゐる。
 俄に河鹿川の谷底から濛々として灰色の霧が立昇り、あたりを包んでしまつた。最早一足先も見えなくなつた。二人はこれ幸ひと祠の床下から這ひ出した。
 ハムは苦痛益々烈しくなつたと見え、ウンウンと唸り出し、終には、
『アヽ苦しい苦しい』
と身をもがく様子が、霧を通してボンヤリと見えて来た。ハムは二人のここに居ることは夢にも知らなかつた。ただ宣伝使の一行が追ひかけて来はせまいかと、それのみが恐ろしくて震ふてゐたのである。
 レーブは婆アの作り声になつて、
『この祠の前に卑怯未練にも、八尺の男が吠え面をかわき、何をグヅグヅといつてゐるのだ。わしは河鹿峠でお前を谷底へ放り込んだ黄金姫だよ。モウ今頃は十万億土の旅をしてゐるかと思うたに、またこんな所へ迷うて来たのか、ヨモヤ幽霊ではあるまい。蛇の生殺しにしておいても、ハムも可哀想だから、スツパリと殺してやらねばなるまい。ここに尖つた岩がある。コレ清照姫、お前と二人で彼奴の徳利を叩きわつてやりませうか。酒の代りに赤い血が出るだらうから、それを酒の代りに呑んでみたら随分甘からう、大分永らく人間の血を吸はなかつたが、大変良い獲物ぢや、かうして黄金姫と化けてゐるのも随分辛いものぢや。アヽ神さまは結構な飲食を与へて下さる、臀部あたりは随分ポツテリと肉がついて居るから、スキ焼にして食へば大変に味が良いのだけれど、何を云うても道中の事だから、この刀で一片々々ゑぐつて生で食うた方が味がよからうぞや。オツホヽヽヽ』
 タールは若い女子の声で、
『お母アさま、本当にお腹が空いて、この鬼娘も困つて居りました。これも全く鬼雲彦さまの大黒主が与へて下さつたのでせう。今日で三年も蜈蚣姫さま、小糸姫さまの所在を尋ねると云つて、手当ばかりをボツタくり、チツとも目ざましい仕事を致さぬので罰が当り、鬼雲彦さまがキツと吾々母娘に久しぶりで与へて下さつたのでせう。どうもグリグリした厭らしい目玉だから、あの目から先にゑぐり出してやりませうか、ホツホヽヽヽ。なんと甘さうな匂ひが致しますこと、鬼も時々こんな事が無ければやり切れませぬワ。イツヒヽヽヽ』
 靄に包まれて声のみより聞えぬので、ハムは以前の母娘はヤツパリ鬼であつたか、コリヤたまらぬ……と逃げ出さうとすれ共、腰は痛み、足は萎え、ビクとも動かれない。とうとうハムは泣声を出して、
『モシモシ鬼の母娘様、どうぞ今日ばかりは惜い命をお助け下さいませ。私は鬼雲彦さまの家来でございます。私のやうな者をおあがりになつては、却てあなたの罪になり鬼雲彦さまからお咎めのほども恐ろしうございませう。味方が味方を食ふといふ事はあり得可らざる所、どうぞ今日の所は御無礼をお赦し下さいまして、命ばかりはお助けを願ひます』
タール『ホツホヽヽヽあのハムの白々しい言葉、コレ鬼婆アさま、何事も耳をふたして食つてやりませうか。鬼雲彦さまだつて、こんな所までお目が届く道理もなし、頭からスツカリ食つて雪隠で饅頭食つたやうな顔さへして居ればメツタに分りはしませぬ。幸ひ山中の事とて誰一人見て居る鬼もなし、こんな機会はありませぬ。あゝモウたまらぬたまらぬ、何ともいへぬ甘さうな人の匂ひだ。ナア鬼婆アさま、グヅグヅしてゐると三五教の宣伝使が来たら大変です』
 ハムはあわてて、
『モシモシ鬼婆アさまに鬼娘さま、そりや余りお胴欲ぢや。味方が味方を殺すといふ事がどこにありますか。私をバラモン教同士のよしみで助けて下さいな』
タール『ホツホヽヽヽ鬼婆アさまあれをお聞きなさいませ。あんな勝手な事を言ひます、味方の中にも敵があるといふぢやありませぬか。このハムといふ奴、味方の中の敵ですから、何の容捨もいりますまい、分つた所で御褒美こそ頂け、鬼雲彦さまからお叱言を頂く気遣はありませぬ。此奴の同類にレーブ、タールと云ふ奴があつて、最前婆アさまと私と二人して谷底へ放り込んでやつたイール、ヨセフ等三人の命を助けにはるばる谷底へ尋ね行き、同じ味方でありながらこのハムだけは悪人だから助けてやらぬ方がよからう、憎まれ子世にはばると云つて、どうにもかうにも仕方のない奴だと、現に此奴の部下でさへも言つてゐた位だから、喰つた所でメツタに罰は当りませぬ、のうレーブよ……オツトドツコイ鬼婆アさま』
レーブ『コリヤ心得てものを云はぬかい、ハム公の奴、悟つたら折角の狂言が水の泡になるぢやないか』
タール『ナーニ悟つたつて構ふものか、ハムは足腰が立たぬのだから、鬼婆でなくても鬼娘でなくても、あの一升徳利をカチわつて、生血を絞り出し、臀肉でも食うてやれば良いのだ。サアサア、早いがお得だ、グヅグヅしてると、三五教の宣伝使にでも見つかつたら大変だぞ』
ハム『モシモシ鬼婆アさま、鬼娘さま、そんなレーブやタールに化けたつて駄目です。私はそんな事に騙されるやうな善人ではございませぬ、悪人でもございませぬワイ。どうぞ今日だけは気よう見のがして下さいな、これだけ脛腰の立たぬやうな者を自由にするのなら、三つ子でも致しますぞや。弱味につけ込んでそんな事をなさると、鬼婆アさま沽券が下ります、モツト負惜みの強い代物の、レーブ、タールが今この先逃げましたから、彼奴は私と違つて肉付もよし血も沢山ございます。どうぞ今日は彼奴をきこしめし、私は親の命日だから許して下さい。冥土にござる父母がどれだけ歎く事か知れませぬ。アンアンアン オンオンオン』
と狼のやうに泣き出した。
レーブ『そのレーブ、タールといふ奴は、貴様より善人か悪人か、それを聞かしてくれ』
ハム『ハイハイ聞かせます共、私はただ職務忠実に部下を厳しく使ひますものだから、悪人にしられて居るのです。そして地位が高いものですから、猜疑心を起して、何とかかんとか悪評を立てられてるので、決して世間に言うてるやうな悪人ぢやございませぬ。あなたも鬼さまなら、よく私の腹の底が分りませう。善人面をして歩いてる奴にロクな奴ア、今の時節にやございませぬ。レーブ、タールの如きは、実に現代思潮の悪方面を遺憾なく具備した奴ですから、まだ遠くも行きますまい。この先あたりにマゴついてるに違ないから、彼奴を一カブリ カブつてやつて下さい、然すりや鬼さまのお役目もつとまり、この世の中から悪の断片が取除かれるといふもの、私のやうな腰抜の萎びた善人は駄目ですよ。どうぞなる事ならば、レーブ、タールを追つかけて下さい』
レーブ『この鬼婆アは悪人は骨がこわいから嫌だ、お前のやうな善人が喰ひたくて捜してゐたのだよ。人間を取つて食はうと思へば世界に浜の真砂ほどあるが、食て味のよい善人がないから、かうして母子の鬼がひもじい腹を抱へてそこら中をウロついてゐるのだ。善人と聞けばどうしても喰はずに居られぬ。コレ鬼娘今日は何といふ吉日だらう』
タール『本当に鬼婆アさまのおつしやる通り、こんな嬉しい事はございませぬワ。善人の少い世の中にハムのやうな善人が見つかつたのは、掃溜を捜してダイヤモンドを拾つたやうなものだ。これを喰はいで何を喰ひませう』
ハム『モシモシ私の言ひ違でございます。ハムは天下一品の大悪人でございます。本当の善人といつたら、タール、レーブの両人でございます。最前お前さまが、ハム、イール、ヨセフの三人を谷底へ投げ込みなさつた時、三人の者はすでに縡切れむとする所、危険を冒してあの谷川を渡り、御親切に三人を助けてやらうとした大善人でございますから、キツと血の味もよく、たべ具合がよろしいに違はありませぬ。善人が味がよければ彼等両人に限ります。私のやうな者をおあがりになつても砂をかむやうなものですから、どうぞこんなガラクタに目をくれず、天下一品の彼等善人を早く追つかけなさいませ。グヅグヅしてるとどつかへ沈没してしまひます』
レーブ『この鬼婆アは時々虫が変つて刹那々々に気の持方が違つて来る。最前は善人が喰ひたいと思うたが、余り歯ごたへがないから、一つ天下一品の大悪人たるお前が喰つてみたいのだ。サア覚悟をしたがよからう、お念仏でも申さいのう。オツホヽヽヽウツフヽヽヽ足腰も立たずに口ばかり達者なハムも気の毒なものだ。この通り霧が四方を立ちこめ、日輪さまの御光も無くなれば、鬼の得意時代だ。この世の名残りにモ一度日輪様の御光を見せてやりたいは山々なれど、そしては此方の働きが出来ぬ。サア、タール、オツトドツコイ鬼娘、一層の事喰つてやらうかい』
 かく云ふ内、サツと吹来る山嵐に灰色の霧はガラリと晴れて、三人の姿はハツキリと分つて来た。
レーブ『アツハヽヽヽ、とうとう化けが現はれた。オイ、ハム、貴様も随分よい腰抜だなア。サア二人の後を追ひかけて見よ。腰抜の分際としてメツタに追つかける訳には行くまい』
ハム『何だ、いらぬ心配をさせやがつて、覚えてけつかれ、今に仇を打つてやるから』
と安心と腹立が一緒になつてハムは腰の痛みも足の悩みも忘れ、スツクと立上つた。二人は肝を潰し『此奴アたまらぬ』と細谷道をバラバラと命限りに何処となく駆出し逃げて行く。

(大正一一・一〇・二二 旧九・三 松村真澄録)



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