出口王仁三郎 文献検索

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物語39-2-41922/10舎身活躍寅 河鹿越王仁三郎参照文献検索
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第四章 河鹿越〔一〇六九〕

 満目蕭条として何処となくおちついた秋の空、四方の山辺は佐保姫の錦織りなす金色の山野を黄金姫、清照姫の二人は巡礼姿甲斐々々しく、河鹿峠の峻坂を、二本の杖にて叩きながらエチエチ登り行く。
 黄金姫と云ふは神素盞嗚尊より新に名を賜はりたる蜈蚣姫のことである。また清照姫といふのは黄竜姫のことである。二人は岩に腰打かけ、息を休め、所々に圭角を現はした、まだらに禿げた山の谷間を流るる激流を打眺め、斑鳩のここかしこ飛びまはる姿を眺めて旅情を慰めて居た。
清照姫『お母アさま、何と佳い景色でございますな。此処は言依別命様が馬に乗りて烈風に吹かれ、従者の玉彦、楠彦、厳彦と共にこの谷間に転落し、人事不省となつてござる間に、五十万年未来の天国を探検せられたといふ有名な処でございます。春夏になると河鹿の名所で、随分いい声が谷水の流れを圧して、この山上まで聞えて来るさうです。急いで急がぬ旅ですから、ここでゆつくりと息を休めて参りませうか』
黄金姫『何を言うてもバラモン教やらウラル教の間者が、斎苑の館近傍へ沢山に出没してるといふことだから、余り油断はなりますまい。ゆつくりとして居ては、予定の所までに日が暮れると大変だから、ボツボツと行きませう。何程足が遅くても根に任せて行けば早いもの、何程急いで歩いても、休息が長いと却て道がはかどらぬもの、サア行きませう』
と先に立つ。清照姫も母の言に否む由なく、杖を力に峻坂を登りつ下りつ、谷を幾つとなく渉りてフサの国の都を指して急ぎ行く。
 一方は嶮しき禿山、一方は淙々たる激流ほとばしる谷川を眺めて、山の腰に鉢巻をしたやうに通じてゐる細い路の傍の岩に腰打掛け四五人の男がこの風景を眺めて雑談に耽つてゐる。この五人は鬼熊別の部下の者で、ハム(半六)イール(伊造)ヨセフ(芳二)レーブ(麗二)タール(太郎)の五人であつた。
ハム『吾々は今年で足かけ三年、かうしてこの附近を捜しまはつてゐるのだが、何を言うても広い世界、蜈蚣姫の所在が分る筈はないぢやないか。人相書を何程持つてゐても、十年前の姿と今とは余程違つてゐるに相違ない。また一度でも、今迄に会うて居ればどこかに覚えがあるのだけれど、少しく顔が四角いの、目が大きいの、背が通常だのとこの位のことでは到底見当がつかない。ともかく婆アさんと見たら、小口から引とらまへて面の検査を、これからはすることにしようかい。蜈蚣姫様を発見しさへすれば、それこそ大したものだから…………』
イール『蜈蚣姫様は三五教へ沈没したといふぢやないか。一層のこと三五教の霊場々々へ化け込んで考へて見たら、それが一番早道かも知れぬぞ』
ハム『何程早道だつて、さう敵の中へ易々と這入れるものか。三五教には天眼通とかいつて、すぐに吾々の行動を前知する法があるから、迂濶り近寄れない。ここは斎苑館の近くだから、三五教の宣伝使が比較的沢山通る。時節を待つてをれば、蜈蚣姫様がお通りになるかも知れないからな。まづ慌てず急がず、かうして手当を貰つて日を暮してさへ居れば安全ぢやないか』
イール『それだと云つて、足掛け三年も何の手掛りも得ず、手当ばかり貰つて居るのは、何とはなしに気の毒のやうな気になつて来る。つひには無能呼ばはりをされて免職の憂目に会ふかも知れないぞ。さうなつたら俺達ばかりの難儀ぢやない。妻子眷族までが忽ち路頭に迷はねばならぬ破目に陥るから、第一それが恐ろしいぢやないか。大黒主の大教主に次いでの鬼熊別様が、あの勢ひでありながら、肝腎の奥様や娘が行きはが知れず、と云うてあゝ云ふ気の固いお方だから、大黒主のやうに大切な奥様を放り出して、綺麗な女を本妻にしたり、妾を沢山置いて、ひそかに戯れるといふやうな不始末なことはなさらぬのだから、実際聞いても気の毒なものだ。吾々は信者で居ながら、結構な手当を鬼熊別様から頂いて居るのだから、早くお尋ね致して、夫婦和合して御神業に参加なさるやうにして上げねばなろまいぞ』
ハム『鬼熊別様は信仰の強い神様だから、何事も一切を惟神にお任せ遊ばし、妻子のことなどはチツとも気にかけてゐられない。ただ神様にお任せしておけば良いのだと日夜品行を慎むで、信仰三昧に入り、吾々に誠の手本をお見せ下さる救世主のやうな方だが、この頃は大将の大黒主様の嫌疑がかかつて大変な御迷惑、ハルナの城へは御出仕も欠勤勝だといふことだ』
イール『大きな声では言はれぬが、俺達は大黒主のやうな放埒不羈の方を教主と仰ぐよりも、鬼熊別様の吾主人を教主と仰ぐ方が余程心持が良いワ。お二人の人気といふものは大変な相違ぢや。なぜあれほどに人気の悪い大黒主が羽振を利かしてゐるのだらうかなア』
ハム『何と云つても、勢力に圧倒さるる世の中だから、仕方がない。誠一つの教を伝ふるバラモン教の本城でさへも、勢力といふ奴にはどうしても勝つことが出来ないと見える。鬼熊別の奥様やお一人のお娘子の小糸姫様が三五教へ降服されたといふことが、大黒主の大将の耳に入り、それから大黒主が鬼熊別に対して猜疑の眼を光らし、妻子の行方を捜し出して、それをバラモン教に心の底から帰順せしめなければならぬ。さうでなければ二心に定つてゐると、気の毒にも無理難題を仰せられるのだから、俺達の大将様も本当に御迷惑千万な事だ。云ふに云はれぬ御苦みだらう』
レーブ『オイあすこに何だか人影が見えるぢやないか。ソロソロ此方へ近寄つて来るやうだ。しばらく沈黙してこの林の中に隠れる事としようかい。彼奴は三五教の奴かも知れぬぞ』
タール『あのスタイルから見ると、巡礼のやうだが、どうやら女らしい』
ハム『もしもあれが女であつたら、イヤ婆アであつたら、誰でも構はぬからフン縛つて印度の国まで連れ帰り、吾々が安閑として手当を頂いて遊んでゐるのぢやないといふことを見せようぢやないか。さうなとせなくては申訳がないからな』
イール『はるばると偽物を連れ帰つたところで、肝腎の鬼熊別様が一目御覧になつたらすぐに分るぢやないか。「貴様は余程バカな奴だ」とお目玉を頂戴するだけのことだ、そんな偽者を伴れて帰つた所で、骨折損の疲労れまうけだ、分らぬ代物は相手にならぬ方が安全でいいぞ』
ハム『素より吾々は身分の賤しき者で、蜈蚣姫様や小糸姫様のお顔を知らないのだから婆アや娘を見つけたら、これに違ないと思ひましたと云つて伴れ帰りさへすれば、仮令違つた所で温厚篤実な鬼熊別様は、ソラさうだらう、見違へるも無理はない。こんな簡単な人相書だから……そして大変に年が老つて人相も変つてるだらうからとおつしやつて、見直し聞直し、反対にお褒めの言葉を頂いて、またこの役を永らく任じて貰ふやうになるかも知れないぞ。ともかく熱心振をあらはさねば吾々の役がすむまい。イヤ責任が果せないからなア』
レーブ『オイオイ其処へ近付いて来たぞ。サア隠れた隠れた』
と云ひながら、道端の灌木の茂みに姿を隠してしまつた。
 親子二人の巡礼は、五人が此処に潜むとは知らず、風景の佳き谷川を眺めながら、ツト立止まり、
清照姫『お母アさま、河鹿峠は天下の絶景だと聞きましたが、本当に勇壮な谷川の流、錦のやうな山の色、秋は殊更美しく、丸でお母アさまの名のやうな黄金色で、天国を旅行してゐるやうな気になりましたなア。斎苑の御館も随分結構な所ですが、この風景に比ぶれば側へもよれませぬよ』
黄金姫『本当に美しい景色だ。春は花が咲き、鳥は歌ひ青芽はふき、そこら中が何とはなしにみづみづしうて、一層眺めがよろしからうが、秋の眺めもまた格別なものだ。しかしながらかうして秋の錦を見てゐる内に、またもや冷い凩が吹いて、どの木もこの木も常磐木を除く外は、羽衣を脱いだ枯木のやうになつてしまふのだから、人生といふものは実に果敢ないものだ。私も追々と年が老つて、どうやら羽衣を脱いだ木のやうに、何ともなしに心淋しくなりました。お前はまだ鶯の花の蕾、早く良い夫を持たせて私も早う安心したいものだが、まだ神様の御許しがないと見えます。今度の使命を果して、早くよい夫を持たせ、楽しい家庭を作り、私もまた夫に巡り合うて、夫婦同じ道で暮したいものだ。何んとした私も因果な者だらう。現在夫はありながら、信仰が違ふために、今は夫の所在は分つて居つても名乗つて行く訳にもゆかず、若い時は何とも思はなかつたが、かう年が老ると、夫のことが思ひ出さるる』
と声を曇らせ、涙ぐんで語る。清照姫は、
『お母アさま、御心配なされますな。私はまだまだ年が若い身の上、さう慌てて夫を持つにも及びますまい。しかしながら広大無辺の神様の御恵によつて、キツと御両親様が御面会遊ばし、同じ三五の道にお仕へ遊ばすやうになりませう』
 かく話す折しも、ガサガサガサと木を揺つて、現はれ出でた五人の男、細き山腹の路に立はだかり、
ハム『お前は今聞いて居れば、何でも神の道を開きに歩いてゐる者らしいが、一体何処の者だ。そして姓名は何といふか』
と居丈高に肱をはつて、頭押さへに問ひかける。
黄金姫『私は……お前も最前性の悪い、ここで隠れて聞いただろが、この世を黄金世界に立直す黄金姫といふ者だ。何だかエライ権幕で私の姓名を尋ねるに付いては仔細があらう』
ハム『あらいでか、貴様は黄金姫と吐すからは、聖地エルサレムの奴だらう、黄金山の下にあつて三五教を開いて居つた、埴安姫だな。オイ皆の者、最前もいふ通り、俺達も御大将に土産がないから、此奴を一つふん縛つて、はるばるとフサの海までかつぎ出し、御館へ伴れ帰ることにしようぢやないか』
一同『ヨシ、しかしモ少し様子を探つてからにしたらどうだ。もしもレコだつたら大変だぞ』
と稍躊躇して居る。黄金姫は、
『ホヽヽヽヽお前は山賊ぢやないか。大方この辺に岩窟があるのだらう。同じ人間に生れながら、往来の旅人をおどかして渡世をするとは実に憐れな者だ。私は三五教の信者だが、一つ話をしてあげるから、トツクリとそこで聞きなさい』
ハム『オイ皆の奴、此奴ア中々手ごわい奴だ、レコではないと云ふことは今の言葉で判然した。サアかかれ、一イ二ウ三ツ』
と号令をする。清照姫は笠を被つたまま、
『コレ耄碌サン、女ばかりと侮つて、いらぬチヨツカイを出すと、キツイ目に会はされますよ。この物騒な山坂を僅かに二人の女で通る位だから、腕に覚がなくては叶はぬこと、美事相手になるなら、なつて見たがよからう』
ハム『コリヤ失敬千万な、俺達を泥棒とは何だ。汝こそ太え奴だ、泥棒の親方だらう。何程親分でも駄目だぞ。こちらは屈強盛りの男が五人、そちらは老耄婆アに小娘、そんな負惜みを吐すより、神妙に俺達の言ふやうにしたらどうだ。騒ぎさへせねば別にひつ括りもせず、よい所へ連れて行つてやる、返答はどうだ』
と睨めつける。黄金姫は泰然自若として、
『オツホヽヽヽ蚊トンボのやうな腕を振まはして何寝言をいつてるのだ。斑鳩が笑つてゐるぞや。サア清照姫、こんな胡麻の蠅みたやうな奴に相手になつてる暇がない、度し難き代物だ。それよりも早く、霊に飢ゑ渇いた神の御子を一人でも救ひつつ目的地へ参りませう』
と娘を促し、通り過ぎようとするのを、ハムは、
『サアかかれツ』
と命令をする。両方から両人目がけて、武者振りつくのを『エー面倒』とハム、イールの両人を黄金姫は苦もなく谷底へ投げ込んでしまつた。ヨセフは清照姫の細腕に首筋をグツと握られ、これまた眼下の青淵へ目がけて、空中を三四回、回転しながらザンブとばかりに落込んだ。
 これを眺めたレーブ、タールの両人は一目散にかけ出し、三人が投げ込まれた谷川に辿りつき、三人を救はむと焦れ共、板を立てたる如き大岩壁、近よることも出来ず、十町ばかり下手へ逃げ行き、漸くにして蔓などにつかまつて谷川に下り、流れを伝うて、三人が落込んだ青淵を尋ねて上つて行く。
 黄金姫、清照姫は委細構はず、宣伝歌を歌ひながら、倉皇として峠を東南へ下り行く。

(大正一一・一〇・二二 旧九・三 松村真澄録)



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