出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語36-2-131922/09海洋万里亥 恵の花王仁三郎参照文献検索
キーワード: 武力について
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第一三章 恵の花〔一〇〇一〕

 無住居士と自称する白髪の老人が蒼惶として立去りたる後に、テーリスは腕を組み、さし俯向いて何事か考へ込んで居る。今の今まで勇壮活溌にして孤骸胡羯を呑む的武勇の気に満たされたるテーリスの耳にも「ヤー、エー、トー」と打ち合ふ竹刀の音、何となく物憂げに響くやうになつて来た。広大無辺の神の力に比ぶれば、一人対一人の撃剣術に対し何となく力なく、自ら軽侮の念の漂はざるを得なかつた。テーリスは四辺を見廻し人無きを見て独言。
『アヽ今此処に飄然として現はれたまひし宣伝使と称する白髪の老人は、果して何神の化身であつたか。但は何教の有力なる宣伝使であつたか。実にその教訓は大神の示現の如くに感じられた……思へば思へば吾は今まで、何と云ふ誤解をして居たのであらう。幼年の頃より無抵抗主義の三五教の道を聞きながら、神の大御心を忘却し、暴に対するに暴をもつてし、悪魔の憑依せる竜雲を討伐せむとしたる吾心の愚さよ、否無残さや。兵は所謂凶器である。先頃も一挙にして彼竜雲を討伐せむとし、数多の部下に武装を凝らさせ、神地城の表門より闖入し、敵を打ち悩まさむとして却て味方を傷つけ殺したる事、返す返すも迂愚の骨頂、拙の拙なるもの、悔いても及ばぬ殺生をしたものだ。如斯部下の人命を損し、天地の神の愛児を殺したる大罪人、如何でか彼竜雲を討伐する事を得む。竜雲如何に無道なればとてタールチン、キングス姫その他の人々を牢獄に投じ苦しめたれども、相当の飲食を与へ、かつ身体に危害を及ぼさざりしは実に見上げたやり方である。吾は彼に勝りて豺狼の心深く、王を思ひ、彼を憎むの余り、竜雲に従ふ悪人どもを片端より鏖殺し国家の禍を絶たむとして、却つて敵の一人をも傷つくる事を得ず、味方の三分まで死傷を生じたるは全く天の誡めならむ。神が表に現はれて善と悪とを立て別けたまふとはこの事であらう。竜雲もまた天地容れざる大罪人なれども吾もまた彼に劣らざる大罪人なり。しかるに忠臣義士と自任して討伐を企てたる吾心の浅はかさよ。彼老人の言葉の中に自負心を脱却せよ! と力を込め教へられたのはこの事であらう。神は一片の依怙贔屓もない。総て世界の人類を初め、森羅万象を平等的に愛したまふ、かかる仁慈の大御心を悟らず、自分免許の誠を楯に、竜雲にも劣る罪悪を行はむとし、得々として兵を養ひ武を練り居たるこの恥かしさ。サガレン王を初め、吾等にして真に神の大御心を悟り、神に叶へる誠を尽さば、無限絶対力の神は如何でかこれを助けたまはざらむや。アヽ誤れり誤れり……国の大御祖国治立大神、豊国姫大神、神素盞嗚大神、許させたまへ! 惟神霊幸はへませ……』
と涙にかき暮れながら祈願に時を移す。
 かかる処へエームスは危険極まる岩壁を伝ひ、サガレン王に従ひ、この館の前にいそいそとして入り来り、四辺をキヨロキヨロ見廻し、以前の老人の姿の見えざるに不審を抱きながらテーリスに向ひ、
『オー、テーリス殿、王様をお迎へ申して参つた。彼の老人はどこに居られますかな』
 テーリスは今まで万感交々胸に浮んで悔悟の涙にくれ、吾身の此処にあるをも殆ど忘れて居たが、エームスのこの声に、ハツと気が付いたやうに四辺を見廻し、サガレン王を見て恭しく頭を下げ一礼し終つて、
『サガレン王様、アーよくこそ御光臨下さいました。異様の老人飄然として此処に現はれ、種々と尊き教訓を垂れさせられ、テーリスも今までの愚を今更の如く悔悟致しました……唯今王様が御出臨になるから、しばらく待つて下さい……と百方礼を尽してお願ひ致しましたが、無住居士と名乗る老人は……吾は天下の宣伝使だから、一刻のタイムも空費する訳には往かない……と云つて、何程お止め申してもお聞き入れなく、袖を払つて電光石火の如く立ち帰つてしまはれました。折角此処迄お越し下さいまして、誠に申上げやうもなき不都合なれども、何卒お許しを願ひ上げまする』
サガレン王『老人の言葉に汝は得る処があつたか、参考のためわれに詳細を伝へてくれないか』
テーリス『お言葉までもございませぬ』
と、以前の老人の教を諄々として、一言も漏らさず王の前に上申するに、王は頭を傾け腕を組み、しばし思案に暮れけるが、漸くにして頭を上下に幾度となくふり、
『成るほど! 成るほど!』
と云ひながら、落涙滂沱として腮辺に伝ふ。
エームス『吾等は老人の教を聞いて、心の底より悔悟せし上は、もはや物々しき武術の修練も必要なし。ただ天地惟神の大道に則り、皇神の仁慈無限なる大御心に神倣ひ、愛と誠とを第一の武器として戦はむ。テーリス殿、如何思召さるるや』
『王様にして御同意下さらば、唯今限り武術の練習を廃止し、先ず第一着手として御魂磨きにかかりませう』
と憮然として語る。サガレン王は莞爾としてエームスを伴ひ、再び元の岩窟の間に帰り往く。
 後にテーリスは、武術修練場に立ち現はれ、稍高き処に直立して一同に向ひ、
『今日唯今より武術の修練を全廃すべし。汝等は王の命に従ひ、今日唯今より心を清め、身を清め、仁慈無限の大神の大御心を拝戴し、誠一つの修業をなせ!』
と厳然として云ひ渡したるに、一同の中より最も撃剣に上達したる、チールと云ふ男、テーリスの前に現はれ来り、
『これはこれは、お師匠様のお言葉とも覚えず、大敵を前に控へながら、肝腎要の武術を廃止したまふは何故ぞ。武術はもつて国を守るもの、国家の実力は武術をもつて第一とす。しかるに何を血迷つてか、かくの如き命令を発せらるるや』
と、息を喘ませ、些しく怒気を帯びて言葉せはしく詰め寄つた。テーリスは冷然として答ふるやう、
『つらつら考ふれば、天の下には敵もなければ味方もなし。総ての敵は皆吾々の心より発生し、次第に成長して遂には吾身を亡ぼすに至るものである。心に慈悲の日月輝き渡る時は、天地清明にして一点の暗雲もなければ混濁もない。凡て敵と云ひ味方と云ふも、心の迷ひから生ずるのだ』
と事も無げに云ひ放つを、チールは、
『仰せの如く個人としての敵は、心の持ちやう一つによつて自然と消滅するでせう。さりながら、恐れ多くも神地の都の神司、サガレン王に向つて反逆を企てたる大悪人竜雲なるものは、王の敵ではありませぬか。吾々は王の忠良なる臣下として、どうしてこれを看過する事が出来ませうか。何卒御再考をお願ひ致します』
『成るほど汝の云ふ如く、竜雲は実に悪逆無道の曲者にして、主君のためには大の仇敵だ。臣下の分際としてこれを看過するは所謂臣の道に背くものである。とは云へ、如何に竜雲暴悪非道なりとは雖も、この方より大慈大悲の至誠をもつて彼に当らむか、必ずやその仁慈の鞭に打たれて、心の底より王に服ひまつり、今までの罪を謝し忠実なる臣下となりて仕ふるは決して難事ではない。吾々にして彼竜雲如き悪人を言向け和し、悔悟せしむる事を得ずとすれば、これ全く誠の足らざるものである。如何なる悪魔といへども、大慈大悲の大神の御心を奉戴し、至誠至実を旨とし打ち向ふ時は、必ずや喜び勇んで、感謝とともに従ひまつるは、火を睹るよりも明かならむ。先づ先づ武術を思ひ止まり、一刻も早く魂を磨けよ』
と再び宣示した。
チール『何はともあれ、知識に暗き吾々、長者の言に従ふより道はありませぬ。何卒十二分の御注意をもつて、王のために尽されむ事を希望致します』
テーリス『しからばいよいよ唯今限り、この道場は稽古を廃止して、御魂磨きの神聖なる道場と致します。ついては、今この列座の中に竜雲の密使として、王その他の有志を捕縛せむと表面帰順を装ひ来れるヨール、ビツト外三人に対し、今夜の子の刻を期して誅戮を加へむ計劃なりしも、至仁至愛の大神の大御心に神倣ひ、唯今限りその罪を許すべし。ヨール、ビツト以下三人、早くこの場を立ち去つて神地の館に立帰れ』
と宣示するや、ヨール外四人はテーリスの前に恐る恐る現れ来り、大地に平伏し、
『唯今の無抵抗主義の御教、仁慈のお心に感じ、吾々はもはや竜雲に仕ふる事は断念致しました。罪深き悪人なれども、何卒広き心に見直し聞き直し下さいまして、貴方がたの弟子の中に御加へ下さらば、この上なき有難き仕合せに存じます。嗚呼何として吾々はかかる悪人に媚び諂ひ、恩顧を受けし王様に刃向はむとせしや。思へば思へば実に吾心の汚さが恥かしくなつて参りました。何卒今までの御無礼はお許し下さいまして、お引き立てのほどを偏に希ひ上奉ります』
と誠心を面に現して、涙ながらに懺悔するそのしをらしさ。ヨールは立ち上り、一同の中に立つて述懐を謡ふ。

『神が表に現はれて  善神邪神を委曲に
 立て別けたまふ時は来ぬ  邪非道の竜雲が
 お鬚の塵を払ひつつ  身の栄達を一向に
 急ぎし余り畏くも  恩顧を受けし神司
 サガレン王の御前に  汚き心を現して
 罪さへ深き谷道に  行幸を待ちて捕へむと
 勢ひこんで来りたる  曲の心の恐ろしさ
 かかる尊き仁愛の  神の司と知らずして
 心汚き曲神に  媚び諂ひし浅はかさ
 万死に比すべき吾罪を  罰めたまはず惟神
 誠の道を説き示し  許したまひし有難さ
 かかる尊きバラモンの  神の司と現れませる
 君をば捨てていづくんぞ  曲津のかかりし竜雲に
 従ひまつる事を得む  神の司のテーリスよ
 吾等五人は心より  悔い改めてバラモンの
 神の教に神倣ひ  サガレン王に真心の
 限りを尽し身を尽し  骨を粉にし身を砕き
 この御君のためならば  仮令屍は風荒ぶ
 荒野ケ原に曝すとも  海の藻屑となるとても
 などか厭はむ敷島の  誠の心を現して
 清く正しく仕ふべし  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましまして  吾等に宿る曲神を
 伊吹の狭霧に吹き払ひ  救はせたまへ天津神
 国津御神の御前に  謹み拝み奉る
 朝日は照るとも曇るとも  月は盈つとも虧くるとも
 仮令大地は沈むとも  皇大神の御道に
 仁慈の君の御ために  尽しまつらむ神の前
 確に誓ひ奉る  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませよ』  

と謡ひ終り、テーリスに向つてわが改心の次第を述べ立てる。
 テーリスはさも愉快げに、ヨール外四人に向ひ慇懃に誠の道を説き諭し、一同の部下に対しても一場の訓戒を垂れ、これより日夜魂磨きに浮身を窶し、神の救ひを求むる事となりぬ。

(大正一一・九・二二 旧八・二 加藤明子録)



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