出口王仁三郎 文献検索

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物語35-3-171922/09海洋万里戌 霧の海王仁三郎参照文献検索
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第一七章 霧の海〔九八一〕

 青葉は薫り、霞は迷ふ荒井ケ岳の絶頂に腰打かけて、四方を見はらし、雑談に耽つてゐる三人の男女がある。余り風はなけれども何となく朝の空気は涼しい。彼方此方に煙ともつかず、霧ともつかぬ靄が大地一面に閉ぢ込め、その中より浮き出たやうにコバルト色の山岳が現はれてゐる。
『モシモシ黒姫様、何といい絶景でせうか、日中は随分苦しいですが、かう朝霧に包まれて、涼しい空気に当り、四方を見下す気分は、まるで地上の一切を掌握した王者のやうな雄大なる気分が漂うて来るぢやありませぬか』
『実に雄大な景色ですなア。火の国の都はどの辺に当りますか』
『これからズツと西に、うす黒く浮き出たやうな山がありませう。それが火の国の都の西に聳えてゐる花見ケ岳と云つて火の国第一の名山でございますよ。あの東に見えるのが火の国ケ岳、その少し北へよつてゐる絶頂の少し浮いて見えるのが向日山、それからズツと北にうすく霧の中から覗いてゐるのが白山峠です。その外の山々は全部霧の海に沈没して居りますから見られませぬ。この霧がサラリと晴れようものなら、それこそ天下の壮観です。花頂山、天狗ケ岳、越の山、春山峠、志賀の山などと、随分立派な青山が点々してゐます。その間を縫うてゐる火の国川は、天の棚機姫が布を晒したやうに蜿々として火の国の原野を流れ、えも言はれぬ光景です。さうして西南に当つて竜の湖といふ随分大きな湖水がありますが、それも生憎霞のために包まれてゐます。それから火の国都の名物、五重の塔が霧のない時は、うつすらと目に映ります。それを見る度に、何ともいへぬ気分になつて、眠たくなりますよ』
『徳公さま、随分あなたは地理に詳しい方ですなア。さう云ふお方に案内をして貰へば大丈夫ですなア』
『乍併この荒井峠はその実、御代ケ岳といふのですが、いつも山賊が出て荒つぽい事をするので、誰いふとなく荒井峠と綽名がついたのです。一名は生首峠とも云つて、この峠には生首の絶えた事のないといふ危険区域です。この徳公は地理には精通し且豪胆者だといふことを、三公の親分が知つてゐますから、抜擢して御案内に立てと、命じたのですから、何事があらうとも、徳公のゐる限り大丈夫ですから御安心なさいませ。仮令泥棒の千匹万匹、束になつて押し寄せ来るとも、敵一倍の力を発揮し、縦横無尽に斬り立て薙ぎ立て追ひ散らし、敵を千里に郤けて、御身の御安泰を守ります』
『オホヽヽヽ、随分口の勇者ですなア』
『ソラさうですとも、言霊の幸はひ助け生くる神の国ですもの、勇めば勇む事が出来てくる、悔めば悔むことが出来てくるのは天地の真理、言霊学上の本義ですから、力一杯強いことをいつて、荒井ケ岳の曲神を慴伏させる徳公が一厘の仕組、実に勇ましき次第なりけりと言ふ所ですわい、アハヽヽヽ』
『オホヽヽヽ、元気な徳公さまだこと』
『オイ徳、モウ夜が明けてゐるぞ。何寝言を云つてゐるのだ。一つ手水でも使つて来い』
『オイ久公、貴様こそ寝言を云つてるのだらう。さうでなくちやそんな馬鹿な事が云へるかい。よく考へて見よ。こんな高山の絶頂に、手水を使へといつた所で水があるかい。それだから貴様は寝言を云つてると云ふのだ』
『形体ある水で使へと云ふのぢやないよ。無形の清水で手水を使へと云つたのだ。言霊の幸はひ助け生くる国だから、俺がかう云つたが最後、この山頂から俄に清水が滾々として湧き出すかも知れないのだ。余り茶々を入れてくれない』
『茶々を入れと云つたつて、わかす水もないぢやないかい』
『俺が一つ魔法瓶から茶々を出して呑ましてやらうか、それツ!』
といひながら、前をまくつて、徳公の方に向つて竜頭水の如く塩水を噴出する。
『エヽ汚ねえ事をすな。この親分にしてこの乾分あり。いつも下らぬ事ばかり見聞してゐよるものだから、そんな無作法な事を平気でするのだ。山には山の神さまがあるぞ。すべて山の頂きは人間に例へたら頭も同様だ。頭に小便をひりかけるとはチツと無道ぢやないか』
『俺のは小便ぢやない、バリと云ふのだ。余り貴様がイバリよるから、一つバリ水をさして温めてやらうと思つたのだ。余りメートルが上りすぎて居るからなア。バリの洗礼を施して貴様の心を、サツパリ荒井峠だ、ウツフヽヽヽ』
『黒姫さま、常の習ひが他所で出るとか云ひまして、日常の教育が不用意の間に現はれるものですなア。本当に仕方のない奴です。虎公親分もこんな代物を飼つて居るのは随分大抵ぢやありますめえ』
『コラ黙つて居れば、口に番所がないと思つて、非常にバリ嘲弄を恣にしよる。モウ承知せないぞ』
『貴様は貴様の方からバリかけたぢやねえか。俺がバリするのは当然だ。これでも三公の身内においては、徳公と云つてバリバリ者だから、グヅグヅ吐すと笠の台が洋行するやうな目に会はしてやらうか』
『煩雑な議論をして居るよりも、手取早く自由行動だ。サア来い勝負!』
『ハツハヽヽヽキウキウ取つつめられ、キウ策を案出して、キウに威張り出しよつたなア、マアちつと冷静にものを考へて見よ。親分同志は和解してゐるぢやねえか。ワカい者同志がこんな所で喧嘩しちや済まねえぞ、此処に三五教の宣伝使が見てござる。無抵抗主義を貴様は何と思つてゐるかい』
『モシモシお二人さま、どうぞ争ひはやめて下さい。見つともないぢやありませぬか』
『徳別久行列車が黒姫オツトドツコイ、コリヤ失敬、黒煙を吐いて、火の国の大原野を疾走する所ですからなア、アハヽヽヽ』
『久々如律令、とうかみゑみため、払ひ玉へ清め玉へ、南無惟神霊幸倍坐世、一時も早く徳久列車が勝利の都へ安着致しまするやう、帰命頂礼、願望成就、無上霊宝、珍妙如来、守り玉へ幸はひ玉へ、ウツフヽヽヽ』
 かかる所へ四五人の男、一人のかよわき女を伴ひ急坂を登り来る。
『いよいよ泥公の御出現だ。

 この山働く泥棒が  長い大刀振りまはし
 オイオイ貴様は旅の奴  お金をスツカリおれの前
 出すか出さぬかコリヤどうぢや  出さぬと云つたらこの通り
 おどせば久公は泣き出し  金を出せなら出しもする
 供をせいなら供もする  命ばかりはお助けと
 云うても帰らぬ久公を  憐れや泥棒がバツサリと
 斬つてすてたる恐ろしさ  あゝ惟神々々
 叶はぬならば久公よ  一時も早く逃げ出せよ
 三十六計の奥の手は  逃げるにしくはないほどに
 かけがひのないその命  もしもバツサリやられたら
 貴様の内のおなべ奴が  吠面かわいて喧しう
 近所に迷惑かけるだろ  アハヽヽヽ、アハヽヽヽ』

『コリヤ徳、何を吐きよるのだ。泥棒が怖くつて侠客が出来るかい。おれを誰だと思つてゐるのかい。蟒の久公と云つたら俺のことだぞ。昔は白山峠に岩屋戸を構へ、七十五人の乾児を引きつれ、往来の人間を真裸にし、経験をつんだ悪逆無道の蟒の久公の成れの果てだ……と云ふのは俺ではない。その久公の名をあやかつた新久公だから、チツとは泥的の匂ひ位は保留してるつもりだから、余りバカにして貰ふまいかい』
 五人の男は久公の法螺を聞いて、本当の泥棒の出現と思ひ、顔色をサツと変へてゐる。一人の女は度を失ひ、
『あゝどうしませう、泥棒が出ました。兄さま助けて下さいな』
男『人間は覚悟が第一だ。荒井峠に山賊が出るから、モウ少し遅く、夜が明けてから登らうと云つたのに、貴様が喧しく急き立てて夜中立をして来たものだから、こんな怖い目に会ふのだ。これも自業自得とあきらめて真裸となり、命だけ助けて貰ふやうにするのが第一の上分別だ。オイ皆裸になれ、泥公の方から請求されない間に綺麗サツパリとおつ放りだす方が得策だ。人の性は善だから、下着の一枚位は返してくれるかも知れぬからのう』
と小声に一同に向つて囁いてゐる。久公はこの囁き声はチツとも耳に入らなかつた。余りの驚きに耳が鳴つてゐたからである。
男『私は火の国の者でございますが、俄に急用が出来まして、男女六人連れ、この坂を越えて参りました。どうぞ荒いことをせないやうに頼みます。その代りスツカリ着物を脱いで渡しますから……』
『お前は人の着物を脱がすのが商売だから無理もないが、どうぞ今日は日曜にしてくれ、頼みぢや。三五教の黒姫さまのお供をして火の国へ行くのだから、ここで真裸にせられちやア、本当に迷惑だからなア。一枚だつて渡すこたア出来ないから、どうぞ諦めて下さい。これでも男一匹の侠客だから、裸一貫の大男だから……』
 男もまた驚きのために耳もろくに聞えなくなつてゐた。
『エヽ何とおつしやいます。一枚も渡さぬとおつしやるのですか。せめて下着なつと下さいな、裸一貫とか二貫とかおつしやいましたが、裸になつちや道中が出来ませぬ、またこんな孱弱い女も居るのですから、そこはお慈悲で見のがして下さいませ』
 外五人の男女は目をふさぎ、耳をつめ坂路にふるひふるひ踞んでゐる。
『アハヽヽヽ、臆病者同士の寄合ぢやなア………コレコレ旅の御方、吾々は決して泥棒ぢやありませぬよ。大蛇の三公の乾児で、弱きをくじき、強きを助けると云ふ都合の好い侠客だから、マアマア安心なさい。命を取つても着物まで取らうとは云はねえから安心しなせえ。今の人間は体よりも着物を大切がるから大切な着物の方を助けて上げやせう、アハヽヽヽ』
『コレコレ徳公、久公、冗談もいい加減にしておきなさい。旅のお方が本当の泥棒だと思つて、あの通り慄うてゐられるぢやありませぬか。そんな肚の悪いことを云ふものぢやありませぬよ』
『いかにも御尤も千万、恐れ入谷の鬼子母神、呆れ蛙の面に水、つらつら思んみれば、見ず知らずの旅人を捉へ、いらざる嚇し文句を並べたて、誠に以て不都合千万、平に御容赦願上げ奉りまする……コレコレ旅のお方、吾々は決して泥棒ぢやありませぬ。三五教の信者だから安心して下さい。実は此方の方から、お前さま達を泥棒の群だと早合点して、雨蛙の胸元のやうに、ペコペコとハートに波を打たせてゐた余り強くない代物ですよ。疑心暗鬼を生ずとかや、互に心の縺れから、せいでもよい心配をしたり、させたり、らつちもねえことでござんした』
 旅の男は漸くにして胸撫でおろし、
『あゝそれで落着きました……オイお前達、モウ心配するには及ばぬ、気を確に持て。こんな弱い事で荒井峠が越されると思ふか。仮令泥棒の千匹万匹押寄せ来るとも、この鉄公が鉄拳を揮つて、泥棒の群に縦横無尽に飛込んだが最後、さしも暴悪無道の泥棒の群も風に木の葉の散る如く先を争ひ、ムラムラパツと逃げ散つたり。逃げる奴には目はかけず、寄せくる奴は片つぱしからブンなぐり、素首ひきぬき、股をさき手をむしり、子供の人形箱のやうに致してくれむは案の内、ヤア面白し面白し。実に名にし負ふ荒井ケ岳の勇将と、名を万世に轟かす、比ひ稀なる豪傑なり………と云ふやうなものだ。マアマア木ツぱ共、否臆病者共、この鉄公さまに従ひ来れ、オツホーン』
『アハヽヽヽまた久公の二代目が出来ましたなア』
『久公の副守護神が憑依したのですよ、アハヽヽヽ』
 旅の男は五人の男女を差し招き、法螺を吹き、空威張りしながら、ヤツパリどこかに薄気味が悪いと見え、下り坂になつたを幸ひ、転けつまろびつ、立板に砂利をブチまけたやうに、バラバラと命カラガラ逃げて行く。

(大正一一・九・一七 旧七・二六 松村真澄録)



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