出口王仁三郎 文献検索

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物語35-2-101922/09海洋万里戌 夢の誡王仁三郎参照文献検索
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第一〇章 夢の誡〔九七四〕

 屋方の村の三公と  綽名をとつた男達
 蚊竜天に登るよな  その勢の荒男
 武野の村の男達  誉を四方に虎公が
 お愛の方と諸共に  孫公伴ひ鼈の
 湖水に潜む曲神を  神の教の言霊に
 言向和し世の人の  百の禍除かむと
 侠客気性の両人が  足もいそいそ山道を
 右に左に辿りつつ  カンカン照り込む夏の陽を
 頭にうけて進み行く  あゝ惟神々々
 御霊幸ひましませよ。  

 一行四人は漸く白山峠の山麓にさしかかつた。登りが三里、下りが三里と云ふかなり大きい峠である。早くも夏の陽は西天に没し、生暑い風が一行の顔を撫でて四辺の木々の梢を揺りながら、おとなしく通つて行く。
孫公『随分コンパスが疲労したやうです。幸に日が暮れたのですから、この辺で一つ一宿を願つて行く事に致しませうか』
虎公『どうでこんな急坂だから夜の途は危ない。この坂下で今夜は野宿をする事にしようぢやないか、なア三公……』
 三公は「好からう」とただ一言、嬉しさうに諾いて居る。四人は木の葉を沢山にむしつて敷き、俄作りの青葉の畳の上に、長途の疲れと他愛もなく寝込んでしまつた。
 孫公は三人の雷の如き鼾が耳に入り、どうしても寝られないので、四五間ばかり隔てた草の中に胡坐をかき、空を仰いでオリオン星座を見つめ、何事か口の中にて祈願して居る。
 其処へザワザワと茅を揺つて現はれて来た一つの白い影がある。孫公はこの影をまんぢりともせず怪しき者の出現かなと見詰めて居た。怪しの影は孫公の前に恐る恐る現はれ来り、優しき女の声にて、
『もしもし旅のお方様、お願ひがございます』
『ヤアお前は女ではないか。こんな草の原にただ一人やつて来るとは肝玉の太い者だなア。俺に頼みたいと云ふのはどんな事か、云つてみさつしやい。事によればお前の力にならない事もないから……』
『ハイ有難うございます。詳い事は後で申上げます。どうぞ私に跟いて来て下さいませ』
『近い所ならいいが、余り遠くは御免蒙りたいものだ。ソレ、あすこに俺達の道連が三人寝て居るのだから、どうしても離れる事は出来ない、俺は此処で三人の夜警をやつて居るのだからなア』
『さうするとお前さまは、あの三人の方の奴さまですか。何と気の利かねエ方ですなア。何程大きくても牛の尻にはなるな、小さくても鶏の頭になれと云ふぢやございませぬか、それにお前さまはそんな大きな図体をして、あんな侠客や、ハイカラ女のお尻に従いて行くとは本当に甲斐性のない方ですねエ』
『こりや女、馬鹿にするない。俺や決してあの三人の奴ぢやないぞ。押しも押されもしない男の中の男一匹、三五教の宣伝使の孫公と云つたら俺の事だ。あんまり見違ひをして貰ふまいかい。またお前も、こんな俺を腑甲斐ない男と見込んで頼むとは何の事だ。余程腑甲斐ない女だなア』
『ホヽヽヽヽ、知らぬかと思うて、三五教の宣伝使だなぞと、ようそんな嘘が云へたものだわ。黒姫と云ふ宣伝使のお供をして来た自転倒島の孫公ぢやないか。まだ宣伝使になるは早い、資格が具備して居ないから、そんな法螺を吹かぬやうにして下さい。この熊襲の国は悪人もあるが、しかしどんな悪人だつて嘘だけは云ひませぬよ。自転倒島の人間は、嘘が上手だから、それで他の国の人間が剣呑な人種だと云つて、到る所排日思想を嗾りたてるのだよ、チト心得なさい』
『これはまたづけづけと怯めず臆せず他の悪口を云ふ女だ。ちつと言霊を慎まないか。俺が宣伝使だと云つたのをお前は嘘ぢやと云ふが、決して嘘ぢやないよ。未来の宣伝使だ、神の目から見れば現在も未来も一つだよ』
『ホヽヽヽヽ、本当に偉い未来の宣伝使様だこと、高山峠の中腹では腰を抜かし、連れの男女にほつときぼりを喰はされ、涙ながらに見つともない、トボトボと淋しさうな顔をして、向日峠の山麓に迷ひ込み、大それた嘘を云ひ、今ここへ来て居る三公の乾児にとつちめられ雁字搦みにせられ、生きながら穴に葬られた腰抜男ですからなア。イヤもうその御神徳の強いのには感心しましたよホヽヽヽヽ。私も女と生れた以上は、お前のやうな腰抜男とどうかして一度夫婦になつて見たくも何ともありませぬよ。あた汚らはしい、嫌な臭のする男だねエ、オヽ臭やのう、これこれ孫公どの、一間ばかり間隔を保つて来て下さい。余り近よると臭い匂ひがするから……』
『勝手にしやがれ。誰が貴様のやうな化女の尻について行く馬鹿男があるものか。馬鹿にするな、孫公の腕には骨があるぞ』
『ホヽヽヽヽ、骨があるといなア。八丁笠のやうな骨をして、余り大きな口を叩くものぢやございませぬぞエ。些と修業をなさらないと、鼈の池の大蛇退治は駄目ですよ。お前が大蛇に呑まれに往くかと思へば、不憫で耐らないから気をつけてあげるのだ。一度あつた事はきつと三度あるものだ。一度は高山峠の岩に腰を打ち気絶して命危く、二度目は三公の乾児の者に生埋めにしられた。災難のよくつきまとふ男だから、三度目蛇の子と云つて、今度こそ大蛇の腹へ呑まれに行くのだから、思へば思へば気の毒なものだなア。あのまア孫公の狼狽へ加減、矢張り孫公だと見えてよう魔胡つく男だ。真心が足らぬと何遍でも命を取られるやうなお誡めに遇ひまするぞえホヽヽヽ。あれまア時々刻々に孫公の顔が青くなつて来た。まるで八寒地獄にウヨウヨして居る亡者のやうだワ』
『ヤイ女、六尺の男をつかまへて嬲者にしようと思つても、この孫公は些と種が違ふのだ。貴様のやうな妖怪変化に誑かされるやうな兄イぢやないから、もうよい加減に諦めてすつこんだらどうだ。夜分の女と云ふものはあんまり気分のよいものぢやない。用があるなら夜が明けてから出て来い。何なりと聞いてやるわ』
『私は夜鷹だから夜出るのが商売だよ』
『気の利かねえ夜鷹だなア。都の中央の細い路次に出るのが貴様の商売だ。それに人家もなければ商売も尠いこんな荒野ケ原へ、仮令百晩千晩立つた所で旨い鳥はかかりやせないぞ。こんな所で鼻の下の長い男をちよろまかさうとするのは、恰度山へ魚を捕りに行き、海の底へ猪をとりに行くやうな話だ。お前は余程どうかして居るねエ。癲狂院代物ぢやあるまいかなア』
『癲狂院でも、天教山でも放といて下さい。それよりもお前の足許に気を付けなくては駄目ですよ。明日はお前の冥日だから……』
『エヽ縁起の悪い事を云うてくれない。亡者か何ぞのやうに、冥日があつて耐まらうか』
『ホヽヽヽヽ、お前それでも生て居ると思ふのかい。お前の魂はとつくの昔に死んでしまひ、胴体ばかり残つて居るのだよ。云はば娑婆亡者だ。冥日があるのはあたりまへだよ』
『エヽ気分の悪い夜さだなア。オイ女、俺やもう此処から御免蒙るわ、お前勝手にどこへでも行つたらよい。余り俺の悪口ばかりつきよつて業腹だから止めて置かうかい』
『サア行けるのなら何処なと勝手に行つて御覧、お前の知らぬ間にちやんと体に綱をつけて縛つてあるから一つ歩いて見なさい』
『何歩かいでか、アイタヽヽこりや本当に縛りよつたな。ちつとも動きやしないわ、下らぬ悪戯をする女だなア。サツパリ雁字搦みに知らぬ間に縛つてしまひよつた、こんな無茶な女に出遇つたのは今日が初めてだ』
『ホヽヽヽヽ、お前ばかりか今の人間に、一人として女に縛られて居ない人間がありますか。何奴も此奴も、執着だとか恋だとか云ふ怪しい代物に、蜘蛛に蝉がかかつたやうに捲きつけられて、雁字り捲きにされて居る人間ばかりがウヨウヨとして居る娑婆ぢやないか』
『さうすると女に縛られたものは俺ばかりぢやないなア。お前はさうすると些とばかり俺にラブして居やがるのだな。好いた同志は毎日日日、擲つたり、噛りついたり、抓つたりするのをこの上なき愉快のやうに感ずるものだが、俺もお前から雁字搦みに縛られて些とはむかついたが、よく気を落付けて神直日に見直し善意に解して見れば、余り腹も立てられまい。却つて有り難いやうになつて来たワイ』
『エヽまア好かんたらしい男だこと。お前と云ふ男は、お愛の方の寝顔をちよいと覗き込んで恋の執着をたつた今起しただらう。その執着心が、この私を生んだのだよ。つまり云へば孫公の反映だ。何と云つても内裏だから腹を立てないやうにして下さいネ孫公』
『益々訳が分らなくなつて来た。此奴は本当に化物だなア』
『そりやさうとも、化物に違ひありませぬワ。化物の腹から生れた私だもの。烏は烏を生み獅子は獅子を生むのは当然ですよ』
 かかる所へ闇を通して幽に宣伝歌の声が聞え来る。

『神が表に現はれて  恋になやみし執着の
 心の雲霧吹き払ふ  我は玉治別司
 湖の魔神を三五の  神の教に言向けて
 世の禍を悉く  払はむとして出でて行く
 三五教の孫公は  心の中の曲者に
 とり挫がれて今正に  闇路に迷ふ憐れさよ
 心の中に恐ろしい  大蛇を宿す身をもつて
 どうして魔神を速かに  服へ和す道あろか
 あゝ惟神々々  憐れな孫公よ孫公よ
 一日も早く真心に  立ち帰りつつ三五の
 誠の教を諾ひて  夢をば醒せ目を醒せ
 唯今其処に現はれし  怪しの女は何者ぞ
 汝が心に潜みたる  横恋慕と名のついた
 八十の曲津の化身ぞや  一日も早く宣り直せ
 汝が姿も見直して  虎公三公両侠の
 清き御魂に神習ひ  お愛の方を思ひ切り
 心にさやる白山の  峠を早く踏みしめて
 誠一つに進み行け  朝日は照るとも曇るとも
 月は盈つとも虧くるとも  仮令大地は沈むとも
 大蛇の曲は荒ぶとも  三五教の神の道
 誠一つは世を救ふ  あゝ惟神々々
 神の御言を諾ひて  玉治別の神司
 神に代つて説き諭す  進めよ進めいざ進め
 誠の道に逸早く  進めや進め湖の傍
 大蛇の御魂の亡ぶまで  心の曲津の失するまで
 あゝ惟神々々  御霊幸はひましませよ』

と聞ゆるかと見れば、以前の女の影はいつの間にか煙の如く消えてしまひ、夜嵐冷やかに孫公の顔を撫でて通る。ふと気がつけば孫公は三人の寝て居る四五間ばかりの傍の芝生に横たはつて居た。
『アヽ何だ夢だつたか、しようもない。しかしながら夢だとて油断は出来ない。神様が玉治別の名をかりて御注意して下さつたのだらう。俺もこれで大分に悟る事を得た。あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』
と云ひながら、拍手を打ち、声高らかに天津祝詞を奏上する。

(大正一一・九・一六 旧七・二五 加藤明子録)



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