出口王仁三郎 文献検索

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物語34-3-221922/09海洋万里酉 蛙の口王仁三郎参照文献検索
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第二二章 蛙の口〔九六三〕

 矢方の村の大蛇の三公が館には、何となく物騒がしき声が聞えて居る。夜前の一件に就て、三公は兄弟分や乾児に対し慰労会を催して居たのであつた。数多の乾児は久し振りにうまい酒に酔うて、口々に四辺構はず喋り出した。
甲『オイ、皆の奴、何と甘え酒で無えか。俺ア今日で丁度二ケ月ばかりこんな甘え酒を飲んだ事はないわ。時々こんな事があれば宜えけどな』
乙『こりや、徳、貴様はこんな水臭い酒を甘えと吐しやがつたが、余程下司口だな。こんな酒を飲む位なら泥水でも飲んだ方が、何程気持がいいか分りやしないよ』
 徳は泣声になつて、
徳公『こりや、高公、貴様は何と云ふ勿体無え事を言ふのだ。それほど悪い酒なら何故ガブガブと飲んだのだい』
高公『あまり此処の親分が無茶な事をしやがるので癪に触つて仕方がないから、焼糞になつて一杯飲んでやつたのだ。酒なつと飲まねばお愛の幽霊が何時出て来るか分つたものぢやないわ、小気味が悪い。それだから味なくもない嫌ひ……でも無い酒を辛抱して飲んでやるのだ』
徳公『勿体ない事を言ふな。こんな結構な酒があるものか。貴様今幽霊が出ると吐しやがつたが、生た人間は幽霊になつて堪るかい』
高公『それだといつて、お愛を現在殺したぢやないか。さうして二人の男をフン縛つて生埋にしたぢやないか。どんな強い男だつて土中に埋められ、あんな重たい石を載せられちや往生せずには居られないわ。屹度今夜あたり貴様の素首を引つこ抜きに来るから用心せいよ』
徳公『馬鹿云ふな。そこには底があり蓋もあるのだ。お愛の奴ア決して死んでは居やせぬ。彼奴ずるいから死真似をして居やがつたのだ。親分がちやんとその呼吸を計つて死んだにしてしまつたのだ。外の二人の奴だつてその通り疵一つした奴はない、兼公の野郎でもただ縛りあげただけの事だ。彼奴等三人を一所にまつべて置いたのは互の温味を保たすためだ。そして頭の処に細い穴をあけ、息の通ふやうにしてあるのだよ。そこは与三公哥兄が呑み込んで、如才なくしてあるのだよ。お前は端くれの人足だからそこまでは分るめえ』
高公『それでも、あれだけ重たい石を沢山載せられちや、身体も何も潰げてしまふぢやないか』
徳公『貴様は馬鹿だな。あれだけ親分が恋慕して居るお愛を、さうムザムザと殺しさうな筈があるかい。これには深い計略があるのだ。あの沢山に積んだ岩の下には、三人は決して埋つてあるのぢやない。うまくその上が外してあるのだ』
高公『何でまたそんな妙な事をしたのだい』
徳公『馬鹿だなア、貴様等には親分の神謀鬼策は分るものぢやない。秘密を守るなら云つて聞かせてやらう。どうだ他言はせぬか』
高公『決して決して誰にも云はないから、俺にその訳を聞かしてくれえ』
徳公『やあ何奴も此奴も酒に喰ひ酔うて寝りよつたな。与三公の哥兄までズブ六に酔うて居らあ。そんなら云つてやらう。抑もその理由はこうだ。この徳公はな、遠国から来たものだからまだ虎公やお愛に顔を見られて居らないのだ。それを幸に親分から頼まれたのだ。これから旅人の装束をして道に迷うたやうな顔をし、昨夕の喧嘩場へやつて行つて土をクワイクワイと掘上げ、三人の奴を引張り出し先ず一番にお愛の縛を解き親切さうに水でも飲まし、懐中から薬でも出して与へてやり……何処のお方か知りませぬが危い事でございました、ネ、わつちや旅の者でげえすが、夜前この辺に大喧嘩があつたと聞き、一寸道寄りをして探して見た処、御存じの通り此処にこのやうな大きな石が積んである。見れば土は新しい、どうやら昨夜の喧嘩で何人かが殺され、埋けられて居るのであらう。あゝ気の毒な、何とかして助けてやらうと思ひやして、これ御覧なされ、この通り大きな石を此処に積み上げ土を掻き分けて見れば、貴方等三人の御遭難、此奴ア一つ助けねばなるまいと、秘蔵の薬を与へ水を飲ませた処が、お前はこの通り生き還つて、何とこんな嬉しい事はございませぬ……と一つかち込むのだ。さうするとお愛の奴、優しい目をしやがつて……妾は虎公と云ふ男の女房でございますが、大蛇の三公と云ふ大親分のためにこんな目に会はされ、土の中に埋められて死んでしまふ処でございましたが、お前のお蔭で可惜生命を助かりこんな嬉しい事はございませぬ、生命の親の旅人様、どうぞ妾を何時までも可愛がつて下さいませ、虎公が何程偉いと云つても、女房がこれだけ偉い目に合うて居るのに、夢にも御存じないとはあまり情ない男だ。どうぞ旅の御方、妾の力になつて下さい…ヘン…なんて吐しやがるのだ。さアそうなれば占めたものだよ。そこで俺が……これこれお女中、お礼は却て痛み入る。世の中は相見互だ……とかますのだ。さうするとお愛の奴は俺の男前と気前にぞつこん惚込みやがつて、俺が右へ向けと云へばハイと言つて右を向き、左へ向けと云へばハイと云つて左へ向くなり、死ねと云へばハイと云つて死ぬし、肩を打てと云へば肩を打つし、随分もてたものだよ。オホヽヽヽ』
高公『オイ徳、涎が落ちるぞ。見つとも無い。捕ぬ狸の皮算用しても駄目だぞ』
徳公『何、大丈夫だ。チヤーンと確信があるのだから滅多に外れつこは無いわ』
高公『さうしてそのお愛を手に入て貴様の者にするのか。大親分に返上するのだらうな』
徳公『そこは、うまく徳公の弁舌でチヨロまかし、ある山奥へ手に手を取つて忍び入り、一寸した小屋を結んで……お前と妾と添ふならば、竹の柱に萱の屋根、虎狼の棲処でも決して厭ひはせぬほどに、コレ徳さま、どうぞ妾を何れの山奥なりと連れて往つて下さい。虎公や大蛇の三公にでも見付けられたら大変だから……と向方から急きたてられるのだ。そこで態とこの徳公は落ちつき払ひ……これお愛、天下無双の英雄豪傑、この徳公が居る間は虎公の千匹や万匹、また大蛇の三公がどんなに不足相に云つて来ても大丈夫だ……と太う出てやるのだ。さうするとお愛の奴……否々何程お前が強うても、欺すに手なしと云ふ事がござんす。さあ一時も早く妾を奥山へ連れていつて下さい……とお出で遊ばすにチヤンと定つてるのだ。そこでこの徳公が……エー仕方がない、女子と小人は養ひ難しだ、しかしお前がそれほど怖がるのなら俺が一つ山奥まで送つてやらう。しかし決して夫婦にならう等との野心を起しちやいけないぞ……と高尚に出るのだ。さうするとお愛の奴、益々感心しやがつて、終ひの果てにや本気になつて惚れて来やがるのだ。その時甘い顔しちやいけない。ピンと一つ肱鉄砲を喰ますのだ。……思ひきつて……さうするとお愛の奴益々恋慕心が募つて来る。弾かれた女には益々男が熱心になるやうに、女の意地を立てておかねばならないと妙な処に力を入れて、俺を手込みにしようとするのだ。そこで俺はツンと澄ました顔して……これこれ女の身としてあられもない事をなさいますな。みつともない……と喰はすのだ。お愛の奴益々カツカとなり…(サワリ)ほんにまあ女の心と男とは、それほどまでに違ふものかいな。生命の親と思ひつめ、ホンに気の利いた男ぢやと、思ひ初めたが病みつきで、恋の虜となりました。もうこうなる上は徳公さま、焚いて喰はうと煎つて炙つて喰はうとも、貴方のお好きに紫壇竿、一筋縄で行かぬこの女、どうぞ三筋の糸で引き殺して下しやんせ、拝むわいなと手を合し、口説き嘆けば徳公も、轟く胸をジツと抑へ、お前の心は察すれども、この徳公にも国許には可愛い女房がある。どうして二度目の妻が持たれようか。そこ放しや……プリンと背中を向けるのだ。さうするとお愛の奴……そんならもう仕方がない、妾はこれで死にます……と九寸五分をスラリと引き抜き、アハヤ喉につき立てむとする。徳公慌しく引き止め……やれ待てお愛、お前の心底見届けた。この世は愚か七生までも誠の夫婦……と喰すとよいのだが、其処はそれ、大蛇の三公と云ふ大親分が後に控へて居るのだから、お愛を山奥の一つ家に連れ行き……これお愛どの、一寸この徳公は買物にいつて来るから、淋しからうが留守をして下さい。直に帰つて来るから……と喰まして置いてフイと其処を外すのだ。さうすると大蛇の親分が、与三公、勘公等の面々を引き連れ、その小屋を十重二十重に取り巻かせ置き、自分が否応云はさず責め立てるのだ。何程嫌がつた女でも、一辺ウンと云はすれば、もう此方の者だ。チヤンとこんな段取が出来て居るのだから驚いたものだらう。俺の責任も重且大なりと云ふべしだ』
と云ひながら、一升徳利の口からまたもや喇叭飲みを初める。与三公はこの場に行歩蹣跚として現はれ来り、
与三『やあ何奴も此奴も意地汚く酒に酔ひ潰れて寝て居やがるな。何だ、そこら中に八百屋を開店しやがつて臭くて居られたものぢやない。ヤアお前は徳公じやないか』
徳公『へい、徳利でございます。トクとお改め下さいませ。徳公の徳利飲みでげえすからどうぞトク心の行くとこまで飲まして下さい。お愛にまたトクりと納トクをさせねばなりませぬ。トク命全権公使だからトクに大目に見て下さいませ』
与三『そんな事でトク別の使命が勤まると思ふか。もう時刻だ。トクトク行かねばなるまいぞ。貴様は酒癖が悪いからトクりと心中するかも知れやしない。トクりと考へて見よ』
徳公『八釜しう云ふない。俺だけはトク別待遇をやつてくれ。こんな役に行くのは俺ら一寸気が進まないのではないけれどな、本当の事を言へば哥兄、お前がトク派される処だつたが、生憎トク(禿)頭病のやうな頭をして居るから、お愛の奴によく顔を知られて居るなり、またそのやうな土瓶章魚禿ではお愛だつて釣れはしないし、どうしてもこの徳公ぢやなくちや勤まらないのだから、トク別大切にするのだよ』
与三『エヽ俺の頭の批評までしやがつて仕方の無え奴だ。貴様はどうやら秘密をこの高公に打あけたやうだ。よもやそんな事あ致しちや居るまいなア』
徳公『高が知れた高公位に言つた処で、ナニそれが邪魔になりますけエ。高を括つて云つたのだからそう声高にケンケン云つて下さるな。相互に迷惑だからエヽガラガラガラ、エ、酒の奴、あと戻りをしやがる。怪しからぬ奴だ、ウンウンウン』
与三『いい加減に準備をして行かないと遅くなるぞ』
徳公『八釜しう云ふない。死んだつて何だい。お愛が俺の女房になると云ふではなし、折角骨を折つて成功さした処が鹿猪つきて猟狗煮らると云ふやうな目に会ふかも知れないからな。まあ酒の飲まれる時に飲んだ方が余程利口だなア。自分の思ふやうにするのが人間と生れた身の一生の徳利だ。オツハツヽヽヽ』
 かく管を巻く処へ門前俄に騒がしき人の足音……其処へ勘公がやつて来て、
勘公『オイ皆の奴、よい加減に起きぬか。今六公が帰つて来たから席をあけねばなるまい』
 この声に一同はムクムクと頭を上げ、ヒヨロヒヨロしながら裏の田圃へ駆出し、風に酒の酔を醒まして居る。

(大正一一・九・一四 旧七・二三 北村隆光録)



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