出口王仁三郎 文献検索

リンク用URL http://uro.sblog.jp/kensaku/kihshow.php?KAN=34&HEN=3&SYOU=19&T1=&T2=&T3=&T4=&T5=&T6=&T7=&T8=&CD=

原著名出版年月表題作者その他
物語34-3-191922/09海洋万里酉 生命の親王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:

あらすじ
未入力
名称


 
本文    文字数=13520

第一九章 生命の親〔九六〇〕

 黒姫は石塊だらけの谷道を火の国都へと急ぎつつ進み行く。途中の深谷川に危い一本の丸木橋が架つて居る。黒姫は石橋でも叩いて見て渡ると云ふ注意深い人間になつて居た。建日の館の建国別の宣伝使を、軽率にも吾子では無いかと訪問して失敗したのに懲りたからである。黒姫は一本橋の裏を窺き込むと、幾年かの風雨に晒された一本橋は、橋の詰の方が七八分ばかり朽ちて居る。これやどうしたらよからうかと、橋詰に佇んで吐息を洩らして居る。折しも忽然として現はれた三尺ばかりの一人の童子黒姫の顔を見上げてニヤリと笑ひ、

『吾恋は深谷川の丸木橋
  渡るにこはし渡らねば
   思ふ方には会はれない』

と謡つたきりポツと白煙と共に消えてしまつた。黒姫はこの奇怪な現象にうたれて不安の雲に包まれながら、『惟神霊幸倍坐世』と一生懸命に祈願を籠めて居る。
 此処は向日峠の手前であつた。火の国の都へ行くのには、火の国崎を通るのが順路である。されど黒姫は左に広き火の国街道のある事に気づかず、思はず右へ右へとやつて来て、この山道に迷ひ込んで来たのであつた。この時またもや忽然として七八人の小さき童子、橋の袂に現はれ互に手をつなぎながら、

童子『それ出た、やれ出た、現はれた
  向日峠の山麓の、楠の木蔭に鬼が出た
 鬼かと思へば恐ろしい
  大蛇の三公が現はれて
 お愛の方を縛りつけ
  高山彦と言ふ男
 兼公までもフン縛り
  穴を穿つて埋けよつた
 大きな岩が乗つてある』

と言つたきり、またもやプスと童子の姿は消え、後には白煙が幽かに揺いで居る。黒姫は両手を組み頭を傾け、
黒姫『はてな、合点のゆかぬ事だな。今現はれた童子は魔か神か、何かは知らぬが、何とはなしに気がかりな事を云つたやうだ。高山彦と云ふ男がフン縛られて埋められたとか、お愛の方が埋められたとか言つたやうだ。もしや恋しい夫の高山彦様の事ではあるまいか。お愛の方と云つたのは、大方愛子姫の事だらう。向日峠の山麓と云へば、まだこれから何程の里程があるか知らぬが、何はともあれ、ヂツとしては居れなくなつた。あゝどうしたらよからうかな。……妾位因果の者が世にあらうか。勿体ない、若気の至りで、折角神様から貰うた男の児を捨てた天罰が酬うて来て、する事なす事、何もかもこのやうに鶍の嘴ほど喰ひ違ふのであらう。思へば思へば罪の深いこの身ぢやなあ』
と独言ちつつ力なげに落涙と共に垂頂れて居る。この時何処ともなく宣伝歌が聞え来たる。

『朝日は照るとも曇るとも  月は盈つとも虧くるとも
 仮令大地は沈むとも  如何なる災難来るとも
 神に任した宣伝使  誠一つを立て貫けよ
 神は汝と倶にあり  汝の誠現はれて
 汝を救ふ神の道  この世を救ふ生神は
 天教のお山のみでない  至る所に神坐ます
 神の恵みを諾ひて  飽迄行けよ三五の
 黒姫司の宣伝使  深谷川の丸木橋
 如何に危く見えつれど  汝の心に信仰の
 誠の花の咲くならば  易く渡らむ神の橋
 進めよ進め早渡れ  吾は玉治別司
 汝の身魂につき添ひて  汝が行末を守りつつ
 此処迄進み来りけり  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませよ』  

と云つたきり、宣伝歌の声はピタリと止まつてしまつた。黒姫はこの宣伝歌の近く聞えたのに力を得、玉治別がこの近くに来て居る事を心強く思ひ、萎れきつたる心を取直し心待ちに待つて居る。されども玉治別の姿どころか、獣一匹姿を見せぬ。黒姫は思ひきつてこの丸木橋をチヨコチヨコ渡りに、向ふに渡り胸を撫で下しながら、
黒姫『あゝ危い事だつた。ようまアこんな朽果てた橋が無事に渡れた事だ。これと云ふも矢張神様の御恵みだ、まだ天道様も黒姫を捨て玉はざる証であらう。あゝ有難い有難い勿体なや』
と両手を合せ、涙と共に感謝祈願の祝詞を奏上して居る。
 そこに力なげにチヨロチヨロと現はれ来た十四五才の女がある。見れば目を腫らし、色青ざめ、髪振乱し、着物の裾には土が一ぱい着いて居る。黒姫はこの少女を見るより言葉を掛け、
黒姫『これこれお前は小さい女の身分として、こんな恐ろしい山道へ何しに来たのだい。見れば目が腫れて居る。髪も乱れ、顔の色は青くなり、着物の裾には赤い土が一ぱい着いて居るぢやないか。これには何か様子のある事であらう。差支なくばこのをばさまに云つて下さい。妾は三五教の宣伝使だ。妾の力の及ぶだけはお前の助けになりませう』
と親切に労はり問へば、少女は腰を屈め慇懃に礼を述べながら、
少女『をば様、有難うございます。どうぞ助けて下さいませ。妾はお梅と申す女でございます。お愛と云ふ姉さまが、悪者のために捕へられ、殺されて土の中に埋められてしまひました。さうして二人の男の方と一所に…』
と此処迄言つてワツとばかり声を放つて泣きくづれる。少女は今まで張りきつて居た精神が、黒姫の情ある言葉に絆されヤツと安心した途端に気が弛んで、力無げに倒れたのである。黒姫は深谷川へ辛うじて下り水筒に水を盛り来り、少女の口に含ませ面部に吹きかけなどして甲斐々々しく介抱をして居る。黒姫が熱心なる介抱の効空しからず、少女は息を吹き返し、苦しげに胸を撫でながら、
お梅『あゝ恐い恐い、をばさま、どうぞ助けて下さいまし。お願ひでございます』
黒姫『お前、最前の言葉に姉さまのお愛さまとやらが悪者に殺され、土中に埋められたと云ひましたな』
お梅『はい、高手小手に縛めて、森の下の土中に埋めてしまひました。さうして高山彦と言ふお方と、兼公と云ふ無頼漢と一所に、深い穴へ埋められ、大きな石をその上に幾つも幾つも乗せて帰つてしまひました』
 黒姫は高山彦と聞くより、顔を蒼白にし口を尖らせ、
黒姫『エ、何と云ひなさる。高山彦と云ふ人がどうなつたと云ふのだい』
お梅『ハイ、姉さまのお愛さまと妾が縛られて、大蛇の三公と云ふ悪者に嘖まれて居る所へ三五教の宣伝歌を謡ひ、助けに来て下さいましたお方でございます。その方に目潰をかけて引倒かし、荒縄で縛り、姉さまと一所に埋めてしまひました。ウワーツ…………』
とまた泣き伏す。黒姫はあわてふためきながら、
黒姫『これこれお梅さま、シツカリして下され。高山彦さまは何処に埋めてあるか。さあ早く行つて助けねばなるまい。お愛さまと云ふのは火の国都の愛子姫ではありませぬか。さあ行きませう』
と促せば少女は、
『ハイ、あまり恐かつたので気が遠くなり、をばさまの仰しやる事がハツキリ分りませぬが、案内しますから、どうぞ助けてやつて下さいませ』
黒姫『あゝさうだらうとも、無理もない。可憐さうに、怖いのも尤もだ。それにしてもようまアお前は免れて来られたものだ。サア一時も愚図々々しては居られませぬ。息が絶れては取返しがつきませぬからな』
お梅『をばさま、妾が案内致します。どうぞ跟いて来て下さい』
と先に立つ。されどお梅は夜前の騒動に気を脱かれ、その上積み重ねられた石を取除けやうとして力一杯気張つた結果、身体は非常に疲れてしまひ、足許さへもヒヨロヒヨロである。それ故思はしく足も運ばず、余りのもどかしさに黒姫は気が急いて堪らず、
黒姫『お梅さまとやら、このをばが負うてやりませう。お前は妾の背中から案内して下さい。一刻も猶予はなりませぬから……』
と云ひながら、お梅をグツと背に負ひ、杖を力に雑草生ひ茂る山道を、我を忘れて進み行く。殆ど十丁ばかりも来たと思ふ時、お梅は背中より細い声にて、
『をばさま、あそこの楠の根元に、沢山な石が積んでございませう。あそこに姉さまや、二人の方が埋められて居られます。ワーンワーン』
とまたもや泣き出す。黒姫は泣き叫ぶお梅を労はりながら、慌しく塚の前に馳寄り、背中よりお梅を下し、一生懸命の金剛力を出して、口に神号を称へながら巨大な石に手をかけ、押せども突けどもビクとも動かぬのに落胆し、涙をタラタラと流しながら、一生懸命に天津祝詞を奏上し初めた。
 この時丸木橋の袂に現はれた三尺ばかりの八人の童子、何処ともなく出で来り、巨大なる石を毬を投げるやうに軽さうにポイポイと取り除け、四五間先へ投げつけてしまつた。さうしてまたもや白煙となつて童子の姿は見えなくなつた。黒姫は感謝の涙に咽びつつ一生懸命に土を掻き分け汗みどろになつて掘りだした。見れば三人の男女が一緒に枕を並べて埋められて居る。黒姫は心の裡にて神助を祈りながら、三人の身体を掘り上げ青草の上に寝かせ、手早く縛の縄を一々解き、天の数歌を歌ひ上げ、三人の蘇生を祈つた。
 お梅はその間に黒姫の水筒を取り谷水を汲み来り、三人の口に含ませた。お愛は『ウン』と一声叫ぶと共にムツクリと起き上り、お梅の姿を見て嬉し気に、
『ア、お前は妹のお梅であつたか。ようまあ無事で居て下さつた』
と飛びつくやうにする。お梅は嬉しげに、
『姉さま、嬉しいわ、三五教のをばさまが助けて下さつたのですよ。お礼を申しなさい』
 黒姫は二人の男の顔を見較べ、高山彦には非ざるかと一生懸命に調べて居たが、
『ヤア、これは孫公ぢやつた。まアどうしたら良からう』
と身体に手を触れて見た。まだ何処ともなしに温味がある。黒姫はお愛の感謝の言葉を耳にもかけずに、二人の男に一生懸命に鎮魂をなし、天の数歌を謡ひ上げて居る。二人は漸く『ウーン』と呻いて起き上り四辺をキヨロキヨロ見廻して居る。
孫公『やあ、黒姫さまか。ようまあ助けて下さいました』
と云つたきり涙をタラタラと流し、大地に頭を下げて感謝して居る。兼公は四辺をキヨロキヨロ見廻し、
『ヤア、お愛様、誠に危い事でございました』
お愛『兼公、三五教の宣伝使様が、妾達一同の生命を助けて下さつたのですよ。お礼を申しなさい』
兼公『これはこれは、誰方か存じませぬが、よくもまあ生命を拾つて下さいました。悪者のためにこんな処に、生埋めにされて居りました。モ少し貴女のお出でが遅かつたら、生命は助かりませぬでした。私は矢方の村の兼公と申して、あまり良くない人物でございます。こうなつたのも全く天罰でございませう。どうぞ神様にお詫をして下さいませ』
黒姫『まあ、何よりも結構でございました。妾も結構なお神徳を頂きまして、こんな気持の良い事はございませぬ。さうお礼を云つて貰ひましては、妾の折角の善行が煙となつて消えてしまひます。何事も皆神様が助けて下さつたのです。大きな岩石で圧へつけてあつたこの塚は婆アの力に及ばず、苦しみ悶えて居る矢先、木花咲耶姫様の御化身が現はれて、岩を取除けて下さいました。そのお蔭で皆さまをお助けする事が出来ましたのですから、どうぞ神様にお礼を申上げて下さい』
 孫公初めお愛、兼公、お梅の四人は黒姫の後に端坐し、天津祝詞を奏上し救命謝恩の祝詞を終つて一行五人はもと来し道へ引返し、向日峠の山道指して辿り行く。
 あゝ惟神霊幸倍坐世。

(大正一一・九・一四 旧七・二三 北村隆光録)



オニドでるび付原文を読む    オニド霊界物語Web