出口王仁三郎 文献検索

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物語34-3-171922/09海洋万里酉 向日峠王仁三郎参照文献検索
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第一七章 向日峠〔九五八〕

 向日峠の山麓、樟樹鬱蒼として空を封じた森の下に数十人の荒男、二人の女を荒縄にて縛り上げ、何事か声高に罵つてゐる。その中の大将と覚しき男は大蛇の三公と云つて、この界隈での無頼漢である。さうして兼公、与三公の二人は三公の股肱と頼む手下の悪者である。三公は森の下の巨大なる岩の上に跨つて冷やかに二人の女を見おろしてゐる。
兼公『オイ女、モウこうなつては、何程藻掻いても叶ふまい。サア茲でウンと首を縦に振るか。すつた揉んだと何時までも屁理屈を吐しや、モウ了見はならぬ。この兼公が親分に成り代り、叩き殺してしまふが、それでも良いか』
女『えゝ汚らはしい、仮令三公に叩き殺されても、女の操は何処迄も外しませぬ。一層のこと、早く一思ひに殺しなさいよ』
与三『コレコレお愛さま、よく考へて見なさい。命あつての物種だ。そんな事言はずに、ウンと色好い返事をしなさつた方が、お前の将来のためだ。火の国に驍名隠れなき大蛇の三公さまと云つたら、名を聞いても獅子狼虎までが、尾を巻いて細くなつて逃げると云ふ威勢の高い、白浪男だ。何程お前さまが、虎公さまに操立てをした所で、あんな気の弱い三五教にトチ呆けて居るやうな腰抜男が何になるものか。チツと胸に手を当て、利害得失を考へて見なさい。三公の奥さまになれば、それこそ立派な者だ。俺達も姉貴々々と敬つて、どんなことでも御用を聞きます。ここが思案の決め所だ。お前は今逆上して居るから、是非善悪の判断が付こまいが、よく胸に手を当てて考へなさい』
お愛『イエイエ何と言つて下さつても、一旦虎公さまと約束を結んだ以上は、そんな事がどうして出来ませうか。仮令殺されても操を破つたと云はれては、先祖の名折れ、子孫代々に至るまで、恥を晒さねばなりませぬ。世間の人には不貞くされ女だと罵られ、恥をかかねばなりませぬ。最早今日となつては、私の決心は如何なる権威も金力も動かすことは出来ませぬ。どうぞそんな事を云はずに、私を殺して下さい』
与三『ハテさて悪い御了見だ。お前の大切に思ふ虎公は、建日の村の玉公とやらに連れられて、無花果を取りに行くとか、水晶玉が曇つて黒姫がどうだとか、訳の分らぬことを吐ざきやがつて、高山峠の絶頂へ行きよつた。それを嗅ぎつけ、三公親分の手下が五六十人、後追つかけて、虎公の生命を取ると云つて往つたのだから、モウ今頃は気の毒ながら、冥途の旅をしてゐる時分だ。何程お愛さま、〇〇が肝腎だと云つても、生命のない男を夫に持つた所が、仕方がねえぢやないか。人は諦めが大切だ。男は決して虎公ばかりぢやない。お前の身の出世になることだから、私がこうして忠告をするのだ』
お愛『エヽ何と、三公の乾児共があの虎公さまを殺しに行つたとは、ソラ本当でございますか。エヽ残念や、口惜い、仮令女の細腕なりとて、仇をうたいでおくものか、コレ三公、女の一念思ひ知つたがよからう』
と身を藻がけ共、がんじがらみに縛られたその体、どうすることも出来ないのに、無念の歯を喰ひしばり、恨み涙をタラタラと落しながら、三公の顔を睨めつけてゐる。
 三公は冷やかに笑ひながら、
三公『アハヽヽヽ、テもいぢらしいものだなア、オイお愛、よつく聞け。貴様は何時ぞやの夕べ、俺が貴様に出会つて、この方の女房になる気はないかと云つた時、何と云ひよつた……不束かなこの私、それほどまでに思うて下さいますか、女冥加につきまする。乍併、私には両親がございますから、トツクリと相談を致しまして御返辞をするまで待つて下さい……と吐したぢやないか。そのとき厭応言はさず手ごめにするのは、いと易い事だつたが、お前の人格を重んじて、俺も一旦言ひ出した男の顔を下げるとは知りながら、辛抱して待つてゐたのだ。さうした所が、一年経つても二年経つても何とかかとか云つて、この方をチヨロまかし、到頭虎公の野郎が所へ嫁入をしやがつた。憎き代物だ。モウこうならば俺も男だ。貴様が虎公の奴へ行つてから、最早三年にもなるだらう。俺が貴様に懸想してから、今年で早五年、未だ独身生活をしてをるのも、何のためだと思ふ。チツとは俺の心も推量したらどうだ、片意地張るばかりが女の能ではあるまいぞ』
お愛『エー、アタ厭らしい。大蛇のやうな無頼漢の三公に、誰が、女が相手になる者がありますか。至る所でゲヂゲヂのやうに嫌はれ、女房になる者がないので、止むを得ず独身生活をしてゐる癖に、ようマアそんな事が、白々しい、言はれたものだ。仮令この身は殺されて、この肉体を烏にコツかしても、三公のやうな嫌ひな男に、指一本触へさしてなるものか。いい加減に諦めて、舌でも咬んで死んだがよからう。エヽお前の方から出て来る風まで、気分の悪い香がする』
と捨鉢気味の生命知らずに、思ひ切つて喋り立てる。三公は怒髪天をつき、岩を下り来り、お愛の前に立ちはだかり、蠑螺のやうな拳骨をグツと固めて目の前に突出し、三つ四つクルリクルリと上下に廻転させながら、
三公『オイお愛、これは何だと思つてゐるか、中まで骨だぞ。鉄よりも固いこの鬼の蕨が貴様の脳天へ、一つ御見舞申すが最後、脆くも寂滅為楽、死出の旅だ。いい加減に覚悟を定めて、好い返辞をしたらどうだ。俺だとて万更木石でもない、暖い血もあれば涙もある。そちらの出やうによつちや、何とも知れない親切な男だ。そんな我を出さずに、しばらく試みに俺の言ひ状について見よ。忽ち貴様は相好を崩し、……世の諺にも曰ふ通り、人は見かけによらぬものだ、あれほど恐ろしい嫌いな男と思ひ込んでゐたこの三公は何とした親切な男だらう、虎公に比ぶれば、どこともなしに男振も好いなり、親切も深い、気甲斐性もある。こんな立派な男を何故あのやうに、痩馬が荷を覆すやうに、嫌うたのだらう三公さま誠に済みませなんだ、どうぞ末永う、幾久しく可愛がつて下さい……と云つて、嬉し涙にかきくれ、俺が一足外へ出るのも、気に病んで放さないやうになつて来るのは、火を睹るやうな明かな事実だ。なアお愛、ここは一つ胸に手を当てて考へて見たらどうだ』
とソロソロ怖い顔を、何時の間にやら柔げてしまつてゐる。
お愛『ホツホヽヽ何とマア腰抜男だらう。団栗眼を柳の葉のやうに細くして、涎まで垂らして、見つともない、そんな屁古垂男に猫だつて、鼬だつて、心中立をする者があつて堪りませうか。サア早う殺して下さい。冥途にござる虎公と、手に手を取つて死出の山路三途の川、お前のデレ加減を嘲りながら、極楽参りをするほどに、サア早く殺しやいのう』
三公『ハテさてよくも惚けたものだなア。虎公のやうなしみつたれ男の、どこが気に容つたのか、合点のゆかぬ事もあればあるものだなア』
お愛『ホツホヽヽ何とマア偉い惚け方だこと、何程お前が惚けしやんしても、合縁奇縁、私はどうしても虫が好きませぬわいな。乍併この広い世の中、蓼喰ふ虫も好き好きとやら、苦い煙草にも喜んで喰ひつく虫があるのだから、お前も嫌はれた女に、何時までも未練たらしい、秋波を送るよりも、沢山の乾児を持つてござるのだから、目つかちなつと、跛なつと、鼻曲りなつと探し出して、女房に持たしやんせ、オホヽヽヽ、お気の毒様……』
三公『コリヤお愛、黙つて聞いて居れば、余りの過言でないか。貴様は善言美詞の言霊を使へと教ふる、無抵抗主義の三五教の信者ぢやないか。そんな暴言を吐いても、天則違反にはならないのか』
お愛『ヘン天則違反が聞いて呆れますワイ。大蛇の三公と云ふ蛆虫こそ、天則違反の張本人だ。あゝあ、気味が悪い、どうぞ、そつちへよつて下さい。吐げさうになつて来ました』
兼公『コリヤ女ツちよ、柔かく出ればつけ上がり、何と云ふ劫託を吐ざくのだ。それほど殺して欲しければ、殺してやらぬことはない。乍併、かやうなナイスを無残々々殺すのも勿体ねえ。ここは一つ思案を仕直して、犠牲になる積りでウンと云つたらどうだ。冥途へ行つて虎公に会ふなんて、そんな雲を掴むやうな望みを起すな』
お愛『コレ兼、お前の出る幕ぢやない、スツ込んで居なさい。すつ込んでゐるのが気に入らねば、目なと噛んで死んだがよからう。お前達がこの世に居るものだから、米が高うなるばかりだ』
兼公『あゝあ、サツパリ駄目だ。乍併、こんなシヤンに、仮令悪口でも詞をかけて貰うたと思へば、俺も光栄だ、アハヽヽヽ』
お愛『オホヽヽヽお前はヤツパリ私の生命を取るのが惜しいと見える。甲斐性のない男だなア。何程おどしても慊しても、痩てもこけても、侠客の妻、こんな事で屁古たれて、どうして夫の顔が立つものか。これでも内へ帰れば、沢山の乾児に、かしづかれ、姉貴々々と敬はれる姐御さまだ。お前のやうな痩犬に吠えつかれて、ビクつくやうな事で、侠客の女房にはなれませぬぞや、オホヽヽヽ。あの兼公の青い顔わいのう』
兼公『何と剛情な姐貴だなア。これだけ身動きもならぬやうに縛められ、活殺自在の権を握られた敵の前で、これだけの劫託を並べるとは、太え度胸だ。姐貴、俺も感心した。虎公が惚れたのも無理ではあるまい。俺も今日から姐貴の乾児になるワ』
与三『オイ兼公、ソリヤ貴様、何を云ふのだ。親分の前ぢやないか。そんなこと吐すと、貴様も一緒に殺んでやらうか』
兼公『ヘン、何を吐すのだい、早く殺んで欲しいワイ。こんな美しいシヤンと一緒に心中するのなら、大光栄だ。早う俺達を叩き殺してしまへ、その代りに一つ頼んでおくことがある。同じ穴に向ひ合せにして埋けてくれ。それだけが俺の頼みだ』
お愛『ホツホヽヽ、好かんたらしい。誰がお前等と一緒に埋けられて堪りますかい。冥途へ往つてまで、つきまとはれては、夫の虎公にどんなに怒られるか知れませぬわいな。お前は勝手に殺されなされ。私にチツとも関係はありませぬから……』
兼公『エヽ口の悪い女だなア。人には添うて見い、馬には乗つて見いだ。今お前がこの兼公をゲヂゲヂのやうに嫌つてゐるが、冥途へ行つて死出の道伴れをするやうになつてから思ひ当るだらう。人は見かけによらぬものだ、こんな男と冥途の旅をするのなら、仮令地獄の釜のドン底まで……と云つて、くつついて離れないやうになりますぞや』
お愛『オツホヽヽ、三公の受売をしても、流行りませぬぞや。エヽ汚らはしい、其方へ行つて下さい。気持ちの悪い匂のする男だなア』
三公『オイ与三、モウこうなつちや仕方がない。お愛も一人で冥途の旅は淋しからうから、妹のお梅も一緒にバラしてやれ。序に兼公の裏返り者も、以後の見せしめに血祭りにしてしまへ。そうなくちや三公の顔が立たねえ。可哀相なものだが、こうなつちや、引くに引かれぬ場合だ、アヽ惜い者だなア』
 与三公は矢庭に懐から細紐を取出し、兼公の背後より首に引つかけ、二三間引摺つた。兼公は顋をかけられたまま、手足をもがきつつ苦んでゐる。寄つてかかつて大勢の乾児は、兼公の体をがんじ搦みに巻いてしまつた。
 今年十五才になつた、お愛の義妹のお梅は最前から目を塞ぎ、素知らぬ顔をして、大勢の目を盗みながら、自分の綱をスツカリほどき、依然として縛られたやうな風を装うてゐた。三公始め一同の奴は、お愛の方に気を取られて、お梅が何時とはなしにこんなことをしてゐるのに気がつかなかつたのである。
 日は漸く暮れかけた。三公は以前の岩の上に腰打かけ、三人を冷やかに見下しながら、
三公『ソラ討て、やつつけろ!』
と下知してゐる。与三公始め大勢の乾児は三人を目がけてバタバタと駆より、打つ、蹴る、擲る、忽ち修羅場が現出した。かかる処へ森の谺を響かして、宣伝歌が聞えて来た。

(大正一一・九・一四 旧七・二三 松村真澄録)



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