出口王仁三郎　文献検索

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物語34-2-91922/09海洋万里酉 玉の黒点王仁三郎参照文献検索
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第九章　玉の黒点〔九五〇〕

　筑紫ケ岳の山脈の中心、高山峠の頂上に四五人の男、車座になつて何事か囁きながら、白黒の石を砂の上に並べ、烏鷺を争うてゐる。
甲『どうもかうもこの黒がしぶとうて、邪魔んなつて仕方がない。此奴一つ殺してしまふと後は大勝利になるんだがなア』
乙『馬鹿言へ、この世の中は苦労（黒）が肝腎だ。苦労なしに物事が成就すると思ふか』
甲『すべての汚濁や曇りや、塵芥を除き去つた純白のこの石は、丸で神様の御霊のやうなものだ。よく見よ、中まで水晶のやうに透き通つてゐるぢやないか。俺の爺は昔日の出神様が火の国へ御出でになつた時、御案内申した御礼として、水晶玉を下さつたが、今に俺ん所の家宝として、大切に保存してあるが、その水晶玉の前に行つて、何でも御尋ねすると、宇宙の森羅万象がスツカリ映るのだ。それにこの頃はどうしたものか、二三日前から水晶玉の一部に黒点が出来よつて、非常に見つともなくなり、九分九厘と云ふ所までは何事も判然と分らして貰へるが、その一厘の黒点のために遺憾ながら、十分の判断がつかなくなつてしまつたのだ。それだから黒は面白くない、殺してしまへと云ふのだよ。黒い奴に碌なものがあるかい、三五教の黒姫とかいふ真黒けの婆アが、何でもこの筑紫島へ渡つて来よつたに違ないのだ。さうでなければ、国玉とも譬ふべき水晶玉に黒点が現はれる筈がない。それで今此処でお前達と白黒の勝負を闘はしたのも、一つは水晶玉がどうなるか、黒姫が果してこの国の邪魔をするか……と云ふ事を卜なつたのだ。どうしてもこの黒い石が邪魔になつて仕方がないワイ』
丙『この黒い石を殺すと云つたつて、元から鉱物だ。動植物と違つて、生命をとる訳にも行かず、斬り倒して枯らす訳にも行かぬぢやないか』
甲『それよりも、建野ケ原の神館の建能姫さまは、この頃立派な婿様が出来たぢやないか。何でも建国別と云ふ立派な宣伝使だと聞いたがなア』
丙『建能姫さまは建日の岩窟に館を構へてござつた建日別命の一人娘で、永らく神様の道を宣伝してゐられたが、余り男が沢山に参拝して酒に酔うた揚句、その美貌に現をぬかし、何だかだと言ひ寄つて、蒼蝿くて堪まらないから、独身主義を執つて居られた建能姫さまも、到頭決心なさつて、建野ケ原へ宿替へをなされたのだよ』
乙『貴様も建能姫に肱鉄を喰はされた一人だらう……否一人でなくて猥褻行為犯人だらう、アハヽヽヽ』
丙『馬鹿を言ふない。建能姫さまは体中から何とも云へぬ水晶玉のやうな光が絶えず放射してゐるのだから、到底吾々凡夫がお側へでも寄りつかうものなら、それこそ目が潰れてしまふワ。何でも色の黒い、鼻の曲がつた男が、水晶玉を懐に入れて行きよつてなア、建能姫さまに面会し……これは吾家に伝はる重宝でございます、これを貴女に献上致します……としたり顔に差出した所、建能姫様は厭相な顔付しながら、ソツと手に受取り、クルクルと転がして見て……ハハーこの水晶玉には恋慕と云ふ執着心の黒点が現はれてゐるから、折角ながら御返し申します……と無下につき返された馬鹿者があると云ふ事だ。それでその男は玉の黒点が気になつて堪らず、どうぞしてこの黒点が除れたならば、建能姫様に献り、歓心を買うて、ソツと婿にならうと云ふ野心があるのだ。その野心が除れぬ間は、何程日の出神から頂いた水晶玉でもその黒点は除れはせないよ』
と言ひながら、稍冷笑気味に甲の顔をグツと見上げる。甲は電気にでも打たれたやうに胸を轟かせながら、顔を赤らめて沈黙に入る。
丁『それで玉公が、黒姫がどうのかうのと言つて居やがるのだな。白石が負けて黒石が勝つた時、掌中の玉を取られたやうな顔色をしよつたと思うたら、そんな深遠な計略があつたのか、アハヽヽヽ、……忍ぶれど色に出にけり吾恋は、物や思うと人の問ふまで……とか云ふ百人一首の歌そつくりだな』
乙『オイ玉公、そんな曇りのある水晶玉は、貴様ん所の不吉だから、いい加減に川へでも投げ込んでしまつたらどうだ。災の来る前にはキツト宝の表に黒い影がさすと云ふ事だ。人間の面体だつて、凶事の来る前は、どこともなしに、黒ずんだ斑点が現はれるのだからなア』
　甲は力無げに、
玉公『捨てよといつた所で、爺の言ひ付け、どんな事があつても、この玉は吾家を出す事は出来ぬ。それ共尊き神様が現はれなさつたならば献上して良いが、決して人に売つたり譲つたり、捨てちやならぬと、死んだ爺の遺言だから、俺の自由にはならないのだ。建能姫様が御受取り下さらねば、もう仕方がない、この玉の黒点が除れるまで、御祈願をこらして身を慎むより、俺には方法がないのだ。しかし俺の考ヘでは、どうしてもこの筑紫島へ黒姫がやつて来たに違ない、本当に困つた奴が来たものだ。日の出神様のやうな方がお出でになれば、この玉は益々光り輝くのだが、黒点が次第々々に拡がつて、この頃では半透明に曇つてしまつた。あの玉の黒点から考へて見ると、どうしても黒姫と云ふ奴、今日この頃はこの峠のあたりへ近付いて来る象徴が見える。それで実の所はお前達を無花果取りにかこつけて、ここまで誘うて来たのだ。その序に、白黒石の勝負をやつて見たのだ。こりやどうしても黒が障つてゐる。黒姫を……否黒石を叩き割つてしまはねば、この国はサツパリ駄目だよ。水晶玉の筑紫の島がサツパリ泥水になつちや堪らない。国魂の神様はこの世を水晶に御澄し遊ばす純世姫命だ。俺ん所の秘蔵の水晶玉は、言はば純世姫様の国玉だ。どうかして黒と名のつく物は亡ぼしてしまはなくちや、国家の一大事だよ』
丁『そんな小ぽけな水晶玉に、広大無辺のアフリカの国魂神様が憑つてござるとは、チと理屈が合ぬぢやないか』
玉公『馬鹿云ふな。伸縮自在の活動を遊ばすのが、所謂神様の御高徳だ。至大無外、至小無内、無遠近、無広狭、無明暗、過去、現在、未来をただ一塊の水晶玉に集めて、俺達が掌で玉を転がすやうに、自由自在になさるのが神様だ。その神様の御霊があのやうに曇りかけたのだから、吾々筑紫島の人間はウカウカしては居られないのだ。お前達は直に建能姫様に俺が恋慕をして居るやうに、妙な所へ凡夫心を発揮しよるが、そんな陽気な事ぢやない。今に地異天変が何時突発するか分つたものぢやないぞ。最前の暴風雨だつて、茲二十年や三十年、聞いた事がない荒れ方ぢやないか。大きな岩が木の葉の如くドンドンと降つて来る、大木は根から倒れる、木の枝は裂ける、無花果のやうな雨が降る。よく考へて見よ。こりや決してただ事ぢやないぞ』
　かく話す所へ、蓑笠草鞋脚絆に金剛杖の軽き扮装にて、コツンコツンと、坂路を叩きながら登つて来る一人の中婆アがあつた。これは言はずと知れた三五教の黒姫である。
　黒姫は漸く頂上に登り詰め、ヤツと一安心したものの如く、左の手に金剛杖を固く握り体をグツト支へ、右の手の拳を固めて、腰を三つ四つ打ち叩き、
『アーア』
と云ひながら、グツと背伸びをした途端に、五人の男が車座になつて、何か囁いてゐるのに目がつき、黒姫は、
『モシモシそこにござるお若い御方、一寸物をお尋ね致しますが、火の国には高山彦といふ尊い宣伝使が御見えになつてをると云ふことを、お聞きぢやございませぬか』
乙『何処の婆アか知らぬが、この山路を大胆至極にも一人旅とはどうしたものだ。高山彦様の身の上を尋ねて、お前は何とする考へだ』
丙『オイ虎公、余りぞんざいな物言ひをしちやならぬよ。高山彦様のお母アさまかも知れないからなア』
虎公『モシモシ貴女は御子息の所在を尋ねて、はるばる此処迄、御出でになつたのですか』
黒姫『イエイエ私は高山彦の妻でございます。夫の後を慕うて此処迄参りました。高山彦さまは御無事でゐらつしやいますかな』
虎公『御無事も御無事、それはそれは大変な勢ひだ。乍併、お前さまが高山彦様の女房とはチツと合点のゆかぬ話だ。愛子姫様といふ立派な奥様がござるのに、お前のやうな腰の曲りかけた婆アさまを女房にお持ちなさるとは、チツと可笑しいぢやないか、ソリヤ大方人違だらう。俺またそんな年老りが男の後を慕うて来ると云ふ事は、昔から聞いた事がない、息子の間違ぢやないかな』
黒姫『私も息子があつたのだけれど、若い時に世間の外聞が悪いと云つて、四辻に捨て、人に拾はしたのだ。その天罰で夫には別れる、吾子の行方は知れず、年は追々寄つてくる、自分の子はなし、力とするのは神様と高山彦の夫ばかりだ。その高山彦さまに若い女房があるとは、嘘ぢやございますまいかなア』
虎公『決して嘘は言ひませぬ。一言でも嘘を言はふものなら、国魂神様の罰が当つて、忽ち口が歪んでしまひます。この熊襲の国の人間に口が歪んだ奴の多いのは、皆嘘を言つて神罰を受けた奴ばかりですよ、なア新公』
新公『オウそうともそうとも、恐ろしいて、嘘のウの字も言はれたものぢやない』
黒姫『あゝそうですかなア。折角此処迄長の海山越え、やつて来た黒姫の心も知らずに、高山さまとした事が、若い女を女房に有つとは、余り没義道だ。チツとは私の心も推量してくれてもよかりさうなものだのに。あゝどうしようかな。進みもならず退きもならず、困つたことになつて来たワイ』
と涙をハラハラと流し、立つたまま、歎きに沈んで居る。
玉公『コレコレお婆アさま、お前さまは今、黒姫だと言ひましたねえ』
黒姫『ハイ、火の国の都にまします高山彦の宣伝使の真の女房でございます』
玉公『ハテ困つた事が出来て来た。私はこの黒姫を亡ぼしてやらねば、この国が泥海になつてしまふと、水晶玉の知らせによつて此処迄やつて来て待つてゐたのだが、御神徳高き高山彦様の奥さまとあれば、どうすることも出来ない。高山彦様は筑紫の島の生神様、親様と、国民全体が尊敬して居る立派な御方、その奥様を虐げる訳には行かない。さうすると黒姫さま、貴女は高山彦様の本当の奥様に間違ありませぬか』
黒姫『決して間違はありませぬ、愛子姫と云ふのは、つまり高山彦さまのお妾でせう。一夫一婦の掟の厳しい三五教の宣伝使が、二人も本妻を持つ道理は有りますまい』
玉公『ハテ合点のゆかぬ事だ。あれだけ立派な高山彦様が、妾を御持ちなさるとは、何たる矛盾であらう。何程恋は思案の外といつても、コリヤまた余りの脱線振だ。……モシモシ黒姫さま、貴女は一旦離縁されたのぢやありませぬか。こう云うと失礼だが、あんな立派な宣伝使が、お前さまのやうな黒い御方と夫婦にならつしやるのは、丁度月と鼈、鷺と烏が結婚したやうなものだから、お前さま自転倒島とやらで、三行半を貰はしやつたのぢやありませぬか。さうでないと、どうしても高山彦さまの神格に照らし、合点の行かぬ節が沢山あるのだ』
虎公『モシ黒姫さま、最前お前さまは一人の子を捨てたとおつしやつたが、その子は今生て居つたら幾つ位になつてゐられますかな』
黒姫『ハイ、今から三十五年前の事、今居つたならば三十五歳の血気盛りの立派な男になつて居るだろう。若い時は親の許さぬ男の子を拵へて、世間に外聞が悪いと思ひ、無残にも四辻へ捨てたのだが、今になつて考えて見れば実に残念なことを致しました』
と今更の如く涙をハラハラと流し憂ひに沈む。
虎公『建野ケ原の神館の建能姫様の御養子に見えたのは、今年卅五歳、建国別といふ立派な宣伝使だ。そのお方も話によれば、赤児の時に捨児をしられ、今に両親の行方が知れぬので、三五教の神様を信じ、一日も早く誠の父母に会はして下さいといつて、一心不乱に信仰を遊ばし、遂には尊い宣伝使にお成りなさつたといふ事です。今から丁度一年前だつた。火の国の館の高山彦様が御媒酌で建能姫様の御養子婿になられ、夫婦睦まじく、御神徳は日に夜に高く、それはそれは大変な勢でございますよ。よもやお前さまの捨てた御子さまではあろまいかなア』
黒姫『何、建国別の宣伝使が捨児だつたとなア。さうしてそのお年が卅五歳、ハテ合点のゆかぬ事だなア』

（大正一一・九・一三　旧七・二二　松村真澄録）



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