出口王仁三郎 文献検索

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物語34-2-141922/09海洋万里酉 落胆王仁三郎参照文献検索
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第一四章 落胆〔九五五〕

 此処は建国別の神館の表門前、玉公は門番の幾公に臨時代理を頼まれ、ツクネンとして門扉を閉ぢ、借つて来た狆のやうにおとなしく、門番部屋の縁側に腰をかけ、両手を膝の上にチンと置いて、コクリコクリと居眠つて居る。
 門の外から虎公の声、
虎公『頼まう頼まう』
 この声に玉公は目を醒まし、
玉公『誰だい、大きな声で呶鳴る奴ア。此処は建国別様の神館の表門だぞ。チツと謹慎の意を表せぬかい。何処の誰だか知らぬが戸をドンドンと叩きやがつて、ド拍子の抜けた声を出しやがるのだ』
と呶鳴り返した。
虎公『オイ、幾の門番、誰でも無い、虎公だ。摩利支天でも突き倒すと云ふ漆山と云ふ大相撲取を連れて来たのだ。愚図々々吐して門を開けぬと云ふと、漆山の拳骨で叩き割つて這入つてやらうか』
玉公『その声は侠客の虎公だないか。チツと静にせぬかい。漆山なんて、そんな嫌らしい名の相撲取を何のために連れて来たのだ。このお館は少し大変なお目出度い事が起つて、ヤツサモツサの最中だ。しばらく其処辺に控へて居れ。御主人の方からお許しが下つたら貴様の方が開けなくても此方から開けてやらア』
虎公『さう言ふ声は玉公ぢや無いか』
玉公『俺は幾公の門番に頼まれたので、臨時門番を勤めて居るのだ。この門を開閉するのは玉公の権限にあるのだから、まアしばらく其処に立つて待つて居らうよ』
虎公『黒姫さまのお伴の奴を、たつた二匹連れて来たのだから、待つと云ふ訳にはゆかぬわい』
房公『オイ虎公、二匹とはチツとひどいぢやないか。あまり馬鹿にすない』
虎公『何馬鹿にするものか。男の中の男一匹と云ふ奴が、両人来て居るじやないか。それだから二匹と云つたのだよ』
房公『アハヽヽヽうまい事宣り直しやがつたな。ヨシこれから俺達を一匹二匹と呼んでくれ。本当に光栄だ。由縁を聞けば何となく有難いわ。しかしながら執拗言ふと腹が立つと云ふ事があらう。あまり沢山一匹二匹と言うてくれなよ。時所位に応じて云うてくれよ』
 玉公は門内よりこの話を聞きはつり、
玉公『オイ虎公、虎が一匹来て居る事は分つて居るが、その外に猫でも連れて来たのか』
虎公『八釜しう云ふない。早く開けぬか』
玉公『エー、仕方の無い奴だなア。そんならドツと張り込んで、今日だけは治外法権だ。開けてやらう』
と言ひながらサツと白木の門を左右に開いた。
玉公『ヤア虎公ばかりかと思へば、猫も牛も鼠も来て居るのだな。そして其処に居る奴は一体何だい、怪体な面をした奴だなア。アハヽヽヽ丁度六匹だなア』
虎公『さうだ六匹だ。早く奥へ案内致せ。虎転別様の御入りだ』
玉公『何を吐しやがるのだい。虎、転と別が分らぬわい。大方鼬貂別位のものだらう。アハヽヽヽ』
と、腹を抱へ腰を揺つて見せる。
虎公『そのスタイルは何だ。みつともないぞ』
 塀を隔てた次の屋敷所謂上館の広庭には、数多の老若男女のワイワイと悦び騒ぎ踊り狂ふ声が聞えて来る。
虎公『オイ玉公、あの声は一体何だ』
玉公『あれかい、ありや貴様、俺が送つて来た黒姫さまと親子の対面が出来たので、あゝワイワイ騒いで居るのだ。貴様らは皆の奴が酒を喰つて踊つて居るのを神妙に聞いて居るのだよ。万一彼奴等が喧嘩でもオツ初めよつたら、喧嘩の仲裁をするのだ。この頃はあまり喧嘩が無いので、侠客として張合が脱けただらう。屹度喧嘩があの調子では突発するだらうから、貴様の売出す時機が来たのだ』
虎公『そいつは面白い。早く喧嘩がオツ初まらぬかいなア』
房公『モシモシ門番さま、本当に親子の対面が出来たのですか』
玉公『サア、シツカリした事は分らないが、あの嬉し相な声から聞くと屹度目出度いに違ひない。テツキリ最前来た黒姫と云ふ婆さまは、此処の大将のお母さまらしいわい』
房公『ヤアそりや有難い。これで俺も肩の荷が下りたやうだ。ナア芳公、嬉しいぢやないか』
芳公『俺は何だか知らぬが、あんまり嬉しうないわ。も一つ何処やらに物足らぬ心持がしてならない。そう御註文通りうまく行つたか知らぬがなア』
房公『あゝそれでもあの通り嬉しさうに大勢が騒いで居るぢやないか』
芳公『さあ、それもさうだなア』
虎公『今日は建国別様がこのお館へ御養子にお入来遊ばした満一周年のお祝だから、それで皆の奴が祝酒に喰ひ酔うて騒いで居るのだらうよ。そこへ黒姫さまがその大将の母親だつたら、それこそ大したものだ、地異天変の大騒動だ。否大祝だ。ナア玉公、お前はどう思ふか』
 虎公は隔ての塀の小さき武者窓から背伸びをしながら、上館の庭前の酒宴の席を一寸眺め、
虎公『エー何奴も此奴も行儀の悪い奴ばつかりだ。真裸になつて酒に酔うて無礼講を遺憾なくやつて居やがる。俺も俄に何だか酒を飲みたくなつて来た。此処の奴は気の利かぬ奴ばつかりだな。虎公が来てござるのに徳利一つ下げて来る奴は無いと見えるわい。ウン、此処に無花果が沢山になつて居る。これをむしつて宴会の席に放かしてやらう。随分面白うなるだらう』
と独言云ひながら、三四十ばかりむしつては高塀越しに投げつける。数多の泥酔者は垣の外から、虎公がこんな悪戯をして居るとは夢にも知らずに、
甲『ヤイコラ、馬鹿にするない。俺の頭に無花果をカツつけやがつたのは貴様だらう』
乙『何を吐しやがるのだ。最前から俺が黙つて居れば俺の脳天へブツつけやがつて俺があてたなんて、ようそんな事が言へたものだ。何と言つても貴様は俺に喧嘩を買ふ積りだなア。よしこう見えても俺は虎公の一の乾児だぞ。熊公の腕を見せてやらうか』
と言ひながら、徳利を振り上げて縦横無尽に振り廻すその権幕に、一同の老若男女は『キヤツキヤツ』と悲鳴をあげて前後左右に逃げ廻る。熊公は酒の勢に乗じて手当り次第、鉢を投げる、徳利を振り廻す、ガチヤンガチヤン ドタンバタンの乱痴気騒ぎが塀の外まで手にとる如く聞えて来た。虎公は自分の乾児の熊公が乱暴と見てとり、矢庭に高塀に両手を掛け、モンドリ打つて園内に飛び込み、
虎公『こりやこりや、待て、熊公の奴、何乱暴をするか』
 熊公はヘベレケに酔うて、目も碌に見えなくなつて居た。
熊公『ナヽヽヽ何だ。俺を誰だと思つて居るのだ。武野の村に隠れなき大侠客、虎公さまを親分に持つ熊公だぞ。愚図々々吐すと何方も此奴も生首引き抜いてやらうかい。ヘン、馬鹿野郎奴、何を熊さまのする事に横鎗を入れやがるのだ。糞面白くも無えや。ゲヽヽヽヽガラガラガラ ウワツプツプツプツ』
 虎公は矢庭に熊公の横面を、首も飛べよとばかり平手でピシヤツと殴りつけた。熊公は不意を喰つてヒヨロヒヨロと五歩六歩後に下つてドスンと仰向けに倒れてしまつた。
虎公『オイ熊、しつかりせぬかい。こんな目出度い席上で何乱暴するのだい』
熊公『こりやアこりやア親方でございましたか、誠に済みませぬ。こない暴れるのぢや無かつたけれど、八公の奴、失礼な、熊さまの頭へ無花果をカツつけやがつたものだから……俺の頭は虎公の息がかかつた頭だ。貴様のやうな奴に殴られて黙つて居つては親分の面汚しだから、腹が立つて立つて腸がニヽヽヽ煮え繰返つて、思はず知らず酪酊してこんな乱暴をやりました。なア親方、右のやうな次第でげえすからどうぞ燗酒に見直して下さい。ゲープーあゝえらいえらいひどい事、酒に悪酔ひしてしまつた。何しろ安価い酒を飲ましやがるものだから、薩張腸も何も台無しにしてしまつた』
虎公『皆さま、どうぞ元のお席にお着き下さいませ。熊公の奴、酒に喰ひ酔ひ乱暴致しまして誠に済みませぬ。私が代つてお詫致します』
 この声に一同はヤツと安心したものの如く元の座に着いた。虎公は熊公を引抱へ、上館の表門から迂回して門口へ連れて来た。この時婢女のお種と云ふ女、門口の騒がしさに不審を起し、慌しく襷のまま馳来り、
お種『まアまアこれは虎公さまでございますか。よう来て下さいました。どうぞまア、お這入り下さいまし』
虎公『いえいえ、御主人のお許しあるまでは此処に控へて居りませう。しかし此処に黒姫さまと言ふ方が見えて居る筈だ。その黒姫さまのお伴の芳公、房公と云ふ二人の者が門口に待つて居ると云ふ事を、一寸奥へ知らして下さい』
お種『武野村の親分虎公さま、確に申し上げます。どうぞ待つて居て下さい』
と足軽に中門の中へ姿を隠してしまつた。
 しばらくすると黒姫は建国別、建能姫、建彦、幾公に送られ、中門をサツと開いてこの場に徐々とやつて来た。
虎公『ヤアこれはこれは建国別様、建能姫様、黒姫様をいかいお世話でございましたらう。どうでございましたな、御因縁の解決がつきましたか』
建国別『ア、貴方は虎公の親分さま、よう来て下さいました。さアどうぞ奥へお這入り下さいませ。此処は門の前、今日は幸ひ私が此処に参つた一周年の祝、どうぞ皆さま、何もありませぬがお酒なつと飲つて下さいませ』
虎公『ハイ有難うございます。乍併此処に黒姫様のお伴をして参つた房、芳の両人が見えて居ります。そして黒姫様は貴方の御縁類の方ではありませぬでしたかな』
建国別『はい、全く違ひました』
虎公『それはそれは残念な事でございます。オイ房公、芳公、薩張駄目だ、観念せい。もうこうなりや仕方がないわ。矢張火の国都までお伴して高山彦、黒姫の戦争を観戦するより道はないわ』
房公『私は黒姫の従者房公、芳公と申す者でございます。黒姫様が永らくお邪魔しましてお忙しい中を誠に済みませぬ』
建国別『いえいえどう致しまして……黒姫様が御親切に御訪問下さいまして吾々夫婦の者は感涙に咽んで居ります。どうぞそんな事言はずに奥へお這入り下さつて、お酒でも一つお飲りなさつて下さいませ』
虎公『オイ房公、芳公あの通り親切におつしやるのだから、折角のお志だ、無にするのも済まないから一杯よばれて来ようぢやないか』
房公『さうだ。一杯頂戴したいものだね……なア芳公、貴様もあまり下戸でもあるまい、一つ御馳走にならうか』
建能姫『どうぞ皆さま揃うて奥へお這入り下さいませ。差上げる物とては別に何もございませぬが、お酒が沢山に用意してありますから、早く此方へお這入り下さいませ。サア吾夫様、奥へ参りませう。黒姫様も余りお急ぎでなくば、お伴の方と一緒に奥の方へ引返して下さつたらどうでせうか』
黒姫『ハイ、御親切は有難うございますが、妾は何となく心が急きますからこれで御免を蒙ります。御縁がございますればまたお目にかかりませう』
建国別『どうぞ、先生にお会ひになりましたら、吾々夫婦の者がよろしく申して居つたとお伝へ下さいませ。実の処を言へば、吾々夫婦は貴女を火の国までお送り申上げるのが本意ですが、御存じの通り今日は斯様の次第ですから失礼を致します。せめて二三日御逗留下さいますれば、吾々夫婦の者が御送り申上げるのですが、余り貴女がお急き遊ばすから致方ありませぬ。御無礼の段何卒御許し下さいませ』
黒姫『ハイ有難う。永々御世話になりました。房公、芳公、二人はゆつくりお酒なつと頂戴して何処なつと行きなさい』
と稍捨鉢気味になつて夫婦に目礼し、サツサと足早に門前の小径を帰り行く。玉公外三人は館の番頭役たる建彦や幾公に勧められ、奥の間指して進んで行く。
 後に残つた房公、芳公の両人互に顔を見合せ舌を噛み稍首を傾けて呆れ顔……。
房公『オイ芳公、どうしよう。酒も呑みたいが、黒姫さまのあの気色では、目算が外れ、落胆の余り谷川へ身を投げて死ぬやうな勢だつたよ。愚図々々しては居られない。サアこれから後を追駆て黒姫さまの身の過ちの無いやうに行かうぢや無いか』
芳公『おい、さうだ。お前の言ふ通り愚図々々しては居られない。サア行かう』
と両人は捩鉢巻をグツと締め、尻端折つて元来た道をトントンと地響きさせながら、黒姫の後を探ねて走り行く。

(大正一一・九・一三 旧七・二二 北村隆光録)



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