出口王仁三郎 文献検索

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物語34-2-121922/09海洋万里酉 漆山王仁三郎参照文献検索
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第一二章 漆山〔九五三〕

 高山峠の中腹に  おき去られたる房、芳は
 足の立つたを幸ひに  黒姫司の後を追ひ
 火の国都へ進まむと  漸く絶頂にいざりつく
 壁立つ坂を下りつつ  房公芳公両人は
 足の拍子を取りながら  岩の根木の根ふさくみ
 房公『ウントコドツコイ芳公さま  気をつけなされよ危ないぞ
 壁を立てたよな坂路だ  石の車がゴロゴロと
 人待顔にころげてる  油断は出来ない坂の路
 オツトドツコイ足辷る  アイタヽヽタツタ躓いた
 足の頭がうづき出す  芳公気をつけシツカリせい
 このまたきつい坂路を  黒姫さまはドツコイシヨ
 どうして降つて往ただろか  ホンに危ない坂路だ
 それについても孫公は  どこにマゴマゴしてるだろ
 心にかかる旅の空  一天俄にかき曇り
 レコード破りの暴風雨  岩石飛ばし木を倒し
 げに凄じき光景に  縮み上がつて黒姫が
 ドツコイドツコイドツコイシヨ  そこらに転げていやせぬか
 ウントコドツコイガラガラガラ  それ見よ芳公こけたぢやないか
 足の爪先ドツコイシヨ  一足々々気をつけて
 尖つた石をよけながら  キヨクキヨク笑ふ膝坊主
 シツカリ灸をすゑながら  この峻坂を下らねば
 火の国都にや行かれない  さぞ今頃は黒姫さま
 高山彦の襟首を  グツと掴んでドツコイシヨ
 ヤイノヤイノの真最中  愛子の姫の新妻も
 さぞや心が揉めるだろ  人の事とは言ひながら
 俺は心配ドツコイシヨ  心にかかつて堪らない
 高山彦が若やいで  綺麗な女房をドツコイシヨ
 貰うて喜ぶ最中へ  お色の黒い皺だらけ
 皺苦茶婆さまがやつて来て  私が本当の女房と
 シラを切られちやドツコイシヨ  本当に迷惑なさるだろ
 さはさりながら最前の  三五教の宣伝歌
 玉治別のドツコイシヨー  歌うた声は影もなく
 雲を霞と消え失せた  この急坂をどうしてか
 玉治別の神司  どうして其様にドツコイシヨ
 早く降つて行たのだろ  山の天狗がドツコイシヨ
 運上取りに来るだらう  アイタタ ドツコイまた転けた
 会ひたい見たいと黒姫が  恋路の暗に包まれて
 鳥も通はぬ山坂を  登りつ下りつドツコイシヨ
 夫の後を慕ひ行く  その猛烈な惚れ加減
 呆れて物が云はれない  ドツコイ ドツコイ ドツコイシヨ
 オツと向ふに人の影  彼奴はどうやら怪しいぞ
 これから腹帯しめ直し  天狗の孫だと詐はつて
 彼奴がもしもドツコイシヨ  泥棒かせぎであつたなら
 頭のテツペから怒なりつけ  一つ荒肝取つてやろ
 あゝ惟神々々  御霊幸はひましまして
 高山峠の急坂を  苦なく事なく速に
 下らせ玉へ純世姫  国魂神の御前に
 慎み敬ひ願ぎまつる  オツトドツコイまた辷る
 何でこれほど石コロが  沢山ころげて居るのだろ
 文明開花の今日は  どこのどこまで道をあけ
 如何なる嶮しき山路も  三寸四寸の勾配で
 自動車人車の通るやうに  開鑿されてあるものを
 コリヤまたエライ野蛮国  アイタタ アイタタ躓いた
 草鞋の先が切れよつた  何程痛い石路も
 跣足で行かねばならないか  困つた事が出来て来た
 こんな事だと知つたなら  草鞋の用意をドツコイシヨ
 ドツコイドツコイドツコイシヨ  して来て居つたらよかつたに
 黒姫さまはドツコイシヨ  年寄りだけに気が付いて
 無花果までも用意して  吾々二人の饑渇をば
 ヤツと救うて下さつた  黒姫さまが負うてゐる
 草鞋が一足貸して欲しい  さうぢやと云つて黒姫の
 所在はどこだか分らない  ホンに困つたドツコイシヨ
 破目になつたぢやないかいな  黒姫さまがドツコイシヨ
 いつもながらに言うただろ  お前は若い者だから
 向意気ばかりが強すぎて  前と後に気がつかぬ
 旅をする時やどうしても  草鞋の用意が第一だ
 馬鹿口叩くそのひまに  草鞋を作つておくがよい
 途中で困る事あると  口角泡を飛ばしつつ
 教へてくれた言の葉が  今目のあたり現はれて
 後悔すれ共仕様がない  あゝ惟神々々
 神の御霊の幸はひて  房公の足は少時の間
 獅子狼の足となり  跣足で行かして下さんせ
 そうしてこの坂下つたら  またもや元の人の足
 造り直して下されや  房公御願申します
 ウントコドツコイ ドツコイシヨ  緩勾配の坂道に
 ヒソヒソささやく人の影  彼奴はテツキリ山賊だ
 いよいよこれから大天狗  孫だと名乗つておどさうか
 一筋縄ではゆくまいぞ  ウントコドツコイドツコイシヨ』

と唄ひながら下つて来る。緩勾配の坂路に腰うちかけて雑談に耽つてゐる四人の男、二人の姿を見て、
甲『オイ旅の衆、一寸一服しなさい。随分最前の暴風雨で、谷路が荒れて、エライ石コロ路になつたので、随分草臥れただろ。ヤアお前は跣足だなア、其奴ア堪るまい、どうだ、足に合ふか知らぬが、俺の草鞋を一足進ぜるから、これを履きなさい。こんな石の尖つた急坂を、麓まで下るまでにや、コンパスが破損してしまふからなア』
房公『ハイ有難うございます。ヨウ御親切におつしやつて下さいました。あゝそんなら幾ら出しましたら頂けますかなア』
甲『俺は草鞋売ではないぞ、余り軽蔑してくれない。これでも武野村の虎公と云つて、チツとは名を売つた男だ。お前の難儀を見るにつけ、気の毒なと思つたから、与らうと云ふのだ』
房公『それでも見ず知らずの方に、無料で頂きましては、どうも心が済みませぬ。どうぞ御遠慮なく代価を御取り下さいませ』
虎公『他人らしい水臭い事を言ふな。俺は三五教の信者だが、神さまの教には天が下には他人と云ふ事なきものぞ、誰も彼も、生きとし生ける者は、人間はおろか、禽獣虫魚草木に至るまで、尊き神さまの御子だ、さうして宇宙一切は残らず兄弟姉妹だとおつしやつたぞ。それだから俺はお前を本当の兄弟だと思ふてゐるのだから、遠慮せずに履いてくれ』
房公『ハイ有難うございます。神様の教は偉いものだなア。こんな野蛮国まで感化力が延びてると思へば、宣伝使も馬鹿にはならぬワイ。黒姫さまだつて、俺達は沢山相に何につけ、かにつけ、からかつて来たが、本当に勿体ない事をしたものだ。一時も早く黒姫さまにお目にかかつてお詫をしようぢやないか、なア芳公』
 芳公は虎公に向ひ丁寧に会釈をしながら、
『見ず知らずの吾々に対し、御親切に恵んで下さいまして有難うございます。この御恩は決して忘れませぬ。この房公も草鞋を切つて困つて居つた所、あなたの御恵に預り、実に生き返つたやうな、私までが思ひを致します』
と虎公の親切にほだされて、涙ぐみつつ礼を云ふ。
虎公『エヽそんな涙つぽい事を言うてくれな、兄弟同志ぢやないか。俺がこの草鞋をはいて行けと云つたら、お前の方から……ヨシ来た、はいてやろ、貴様も中々気の利いた奴だ、それでこそ俺の兄弟分だ、今日から俺がお伴をさしてやるから跟いて来い。火の国へ往つたら酒の一杯も奢つてやる……とこう元気よう云つてくれ。男のくせにメソメソと、有難いの勿体ないのと言うてくれると小癪に障つて仕方がないワ』
房公『オイ虎の野郎、貴様は猛獣のやうな名だが、割とは気の弱い奴だ。俺が天狗の孫だと思つて、お追従に一足よりない草鞋を放り出しよつたのだなア。貴様の草鞋も大方破れてるぢやないか。俺がこの草鞋をはいてやつたら貴様どうする積りだ。訳の分らぬ馬鹿者だなア』
虎公『オツトお出でたな、天狗の孫どん……草鞋の一足位無くなつたつて、足の片つ方位千切れたつて、こたへるやうな哥兄さまだと思つて居るのか。天狗の孫でさへ草鞋が切れて吠面かはきやがつた位だのに、この虎公は真跣足でこの坂を下るのだから、天狗の孫よりも余程偉いのだよ』
房公『アツハヽヽヽ此奴ア面白い、これから俺の家来にしてやらう。チツとその代りに辛いぞ』
虎公『何が辛い、俺達は神様の生宮だ。この世に辛い事も、怖い事も知らぬと云ふ金剛不壊の如意宝珠見たやうな肉体だからなア』
芳公『オイ虎、貴様に一つ問ひたい事があるが白状するかどうだ』
虎公『白状せいとは何の事だ。丸で俺を科人扱にして居やがるのだなア』
芳公『きまつた事よ、世界の人間は何奴も此奴も祖神さまの目から見れば科人ばかりだ。碌な奴ア一匹だつて居るものぢやない。皆四つ足の容器ばかりぢやからなア。貴様のやうに折角人間に生れながら、四つ足のやうな名をつけやがつてトラ何の事だい』
虎公『アハヽヽヽ馬鹿にしやがるワイ。ヨシ気に入つた。貴様こそ俺の特別の兄弟分だ。大方貴様は婆の後を追ひかけて来たウルサイ代物だらう』
芳公『さうだ、その婆の所在を知つてゐるなら、包まずかくさず、一々芳公の前で白状致せと云ふのだ。知らぬの何のと、薄情な事吐すと、鬼の蕨が貴様の横つ面へ御見舞申すぞ』
虎公『アハヽヽヽ一寸此奴、味をやりよるワイ。貴様一体どこの馬の骨だ』
芳公『俺かい、俺は自転倒島の芳公と云つたら誰も知る者は知る、知らぬ者は一寸も知らぬ、天下無双の豪傑だよ。摩利支天さまにさへ相撲とつて負けたことのない哥兄さまだからなア』
虎公『貴様、摩利支天とどこで相撲とつたのだ。何程法螺吹いても、其奴ア通用しないぞ、摩利支天に負けぬと云ふ奴が三千世界にあるものか。そんなウソいふと、貴様、死んだら目がつぶれ、物も言へぬやうになり、体が動けなくなつてしまふぞ』
芳公『俺は摩利支天の木像と相撲とつたのだ。一つ突いてやつたら、一遍に仰向けにこけるのだけれど、腕が折れたり指が取れたりすると面倒だからなア。それで怺へてやつたのだ』
虎公『アハヽヽヽ大方そんな事だと思ふて居つたよ。しかし芳公、貴様も小相撲の一つも取れさうな体をしてゐるが、相撲とつたことがあるのか』
芳公『あらいでかい、相撲道の名人だ。自転倒島の横綱芳野川と云つたら俺のことだ。貴様の耳は余程遅手耳だなア』
房公『オイ虎公、この芳公はなア、随分口は達者だが、相撲にかけたら、随分惨めなものだよ。芳野川なんて、ソラ隣に住んで居つた相撲取のことだ。此奴ア鍋蓋と云ふ力士だ。取つたが最後、すぐに仰向くといふ代物だからなア』
虎公『オウ一つ鍋蓋、この虎ケ岳と一勝負、此処でやらうぢやないか』
芳公『オウ面白からう。やらぬ事はないが、こんな石原では面白くねえ、少し平地へ行つて、更めて取る事にしようかい。俺は今日から漆山と改名するから、俺に触つたらすぐに負けるから、その覚悟で居つたがよいワイ』
虎公『うるさい漆山だなア』
房公『オイ虎ケ岳、こんな漆山と相撲なんか取るものぢやない。貴様の沽券が下がるよ。此奴ア、相撲取つて、ついぞ勝つたことのない奴だからなア』
芳公『喧しう言ふない。俺ん所のお滝が何時もなア……角力にや負けても怪我さへなけりや、晩にや私が負けて上げよ……と吐しやがるのだから、何と云つても色男だ。貴様なぞの燕雀の容喙すべき所ぢやない。弱い奴ア弱い奴らしくスツ込んでをれ』
房公『オイ鍋蓋、貴様は聖地で宮相撲のあつた時どうだつた。鬼ケ岳と貴様と取つた時、たしか二番勝負だつたなア』
虎公『ソラ面白い、その時の勝負を聞かしてくれ、どうだつた、キツと負けただらう』
房公『その時はこの鍋蓋奴……』
と言はうとする。あわてて口に手を当て、
芳公『コリヤ天機洩らす可らずだ。言はいでも分つてるワイ。互角の勝負だつたよ』
虎公『さうすると一番宛勝つたのだな』
芳公『初の勝負には都合が悪うて、この鍋蓋が鬼ケ岳に負けたのだ。次の勝負には、向うが勝つたのだ。つまり先に俺が負けて、此度は先方が勝つたのだよ』
虎公『アハヽヽヽ大方そんな事だと思つて居つた』
房公『余り相撲の話で、黒姫の所在を白状さすのを忘れて居つた。サア切り切りチヤツと申上げぬか』
虎公『喧し言ふない。俺の行く所へ従いて来さへすれば分るのだ。何事も三五教は不言実行だからなア。詞多ければ品少し……と云ふことがある、黙つて従いて来い』
と云ひながら、虎公外三人は二人の先に立ち、急坂を下り、稍緩勾配の曲り道になつた所より坂路を左に越え、小さい山の尾を二つ三つ廻つて建日の館へ指して進み行くのであつた。

(大正一一・九・一三 旧七・二二 松村真澄録)



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