出口王仁三郎 文献検索

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物語34-2-111922/09海洋万里酉 富士咲王仁三郎参照文献検索
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第一一章 富士咲〔九五二〕

 一方は巍峨たる高山を控へ、前には清流奔る幽谷流れ、一方は大原野を見晴らす絶勝の地点に建てられた建日館の別殿に、主客三人鼎坐してヒソビソと話に耽つて居る。
建国別『御老体の身を以て、よくもお訪ね下さいました。貴女も矢張り御子息の行方を探ねてお廻りになつてゐると云ふ事ですが、どうぞその事情をお差支なくば簡単に御明かし下さいませぬか』
黒姫『ハイ、妾は三五教の黒姫と申す者でございます。只今は自転倒島の錦の宮に仕へて居りまする宣伝使でございますが、或る事情のためにこの筑紫の島に遥々と三人の伴を連れ、夫の所在を探さむために参つたものでございます。さうした処、高山峠の頂上で五人の若い男が、いろいろと話をして居るのを承はれば、建日の館の建国別の宣伝使は本年三十五才、さうして両親の行方が分らず非常にお探しになつてると云ふ事を聞きましたので、妾も何とはなしに心動き、妾の捨てた子も本年三十五才、よもやその伜ではあるまいかと存じまして、御取込の中をも顧みず御邪魔を致しました』
建国別『貴女の夫と申すのは何と云ふお名でございますか』
黒姫『ハイ、高山彦と申します。この頃火の国の都において、三五教の宣伝をやつてござると云ふ事を承はりまして、其処へ探ねに行く道すがらでございます。さうした処、五人の男の話によつて、吾子の事を想い出し、よもや貴方が、若い時に捨てた子ではないかと思ひ、失礼をも顧みずお尋ねした次第です』
建国別『え、何と仰られますか。高山彦様が貴女の御主人とは、合点のゆかぬ事を承はります。高山彦様は実は私の御師匠様でございますが、神素盞嗚尊の御長女愛子姫様をお娶り遊ばし、今では夫婦睦まじく御神業に奉仕され、神徳四方に輝き渡り、飛つ鳥も落す勢でございます。どうしてまた高山彦様が貴女と云ふ正妻があるのに、奥さまを持たれたのでせうか。高山彦様は左様な天則違反的な行為をなさるやうなお方ではございませぬが、何かの間違ではございませぬか』
黒姫『自転倒島の聖地において、一寸の事から夫婦喧嘩を致しまして、それを機会に夫の高山彦は妾を振捨て、筑紫の島とかへ行くと云つて出たきり、今に何の便りもございませぬ。この島に駆け着いて人々の噂をきけば、貴方の仰せの通り、若い女房を持つて暮して居られるとの事、到底妾のやうな婆アが参りましても取あつて下さいますまい。しかし折角此処迄参つたのですから、一目なりと会ひ、言ひたい事も言ひ、先方の出様によつては妾も神の道の宣伝使、あとに何も残らぬやうに離縁をして貰ふ考へでございます。乍併途中において貴方の噂を聞き、もしや吾子ではあるまいかと思ふにつけ、気の多い夫よりも自分の腹を痛めた伜に出会ひ、老後をお世話になりたいものだと思ひ、失礼を顧みず御伺ひを致しました。しかし違ひますれば御許し下さいませ』
建国別『その御子息には何か目印でもございますか』
黒姫『はい、赤児の時で確り分りませぬが、確に背中の真中に白い痣があり、それが富士の山の形に似て居りますので、これは大方富士の山の木花咲耶姫様の御生れ替はりかもしれませぬと存じまして、富士咲と云ふ名をつけ……この子供は一寸様子あつて此処に捨てておきますから、どうぞ何れの方なりとも慈愛深きお方の手にかかり育てて下さいますやうに……と言つて少しのお金子を添へ名を書いて捨てました。それつきり伜はどうなつた事やら、若い時は伜の事も何かに紛れて忘れて居ましたが、こう年老るとそこらが淋しくなり、捨てた子はどうなつたかと明けても暮れても忘れた事はございませぬ。しかし失礼ながら貴方はさういふ印はございませぬか』
建国別『私も赤児の時に両親に捨てられた者でございますが、自分の背中は自分で見ませぬから何とも存じませぬ』
建能姫『妾が何時もお背を流しますが、本当に美しいお身体で、黒子一つ無く灸の痕一つありませぬ。まして痣等は何処にもございませぬ』
黒姫『あゝさうですかな。さうすると矢張り妾の尋ねる富士咲ではございますまい』
建国別『何かその時の印に、物品でもお添へになつた事はありませぬか』
黒姫『別に何も添へた事はございませぬ。守袋に木花咲耶姫の御神号を入れ、富士咲と云ふ子供の名前を入れたばかりでございます』
建国別『さうすると私は貴女の伜ではございますまい。私が捨てられた時には、一つの守刀が添へてあり、その守刀に真珠を以て十の字がハツキリと記してございました。その守刀は今に所持して居ります。さうして刀の根尻に「東」といふ字と「高」といふ字が幽かに現はれて居ります。これを証拠に両親を探ねむと、十五六才の頃よりそこら中を駆け巡り、フサの国から自転倒島へ渡り、遂にはこの筑紫島へ参りまして、高山彦様の弟子となり宣伝使に仕立上げられ、昨年の今日この館の養子となつたものでございます』
 黒姫は手を組みしばらく思案に暮れて居る。
建国別『何か貴女にお心当りはございますまいかな』
黒姫『ハイ、真珠で十の字を記した守刀、それに東に高の印、ハテ合点のゆかぬ事があるもだなア』
 建国別は畳みかけたやうに、
『貴方は世界を宣伝してお歩きになつたさうですから、何か心当りはございませぬか。仮令間違でも構ひませぬから、少しでもかかりがあればおつしやつて下さいませ。今日はどうしても吾両親に由縁ある人が見えるやうな気がしてならなかつたのです。そこへ貴女がお越しと聞き、ヒヨツとしたら吾恋しき母上ではないかと喜んで居ましたが、実に残念な事でございます。乍併これも何かの御縁でございませう。若い夫婦の気楽な家庭ですからどうぞ御遠慮なく何時までも御逗留して下さいませ。何だか因縁ある方のやうな気がしてなりませぬから……』
黒姫『ハイ、有難うございます。乍併どうしても一度は高山彦様にお目にかからなくてはなりませぬから、また御縁がありますれば御世話になりませう。乍併少しばかり何だか心当りがあるやうな気も致しますが、今俄に思ひ出せませぬから、ユツクリと考へ直して御返事を致しませう』
 黒姫はある機会に高姫の昔の述懐談を聞いて居た。
 その言葉の端に、
……自分も若い時、親の許さぬ男を持ち子を孕んでそれを捨児にした……といふやうな事を聞いたやうに思ふ。高姫さまは今まで十の字の印をつけてござつたさうだが、三五教へ這入つてから十曜の神紋に変へられた。よもや高姫様の子ではあるまいか、いやいや、うつかりした事を口走つて迷惑を掛けてはならない、高姫さまは今は何処にござるやら、根から消息は分らない。うつかりした事を云つて、行方分らぬ人を探ね、建国別様が苦労をなさつて、折角会うた処で今のやうに間違つて居るやうな事では相済まぬ、知らぬと云つた方がお互のために安全だらう……
と心に打諾き黒姫は言葉を改めて、
黒姫『どうも心懸りがございませぬ。乍併貴方様の御物語を聞きました上は十分気をつけて考へておきませう。もし貴方の御両親に相違ないと云ふ方に会ひましたら、直様にお知らせ致しませう』
建国別『はい、有難うございます。どうぞよろしく御願致します』
建能姫『何分御存じの通り、不運な夫でございますから、どうぞ黒姫様、御心当りがつきましたらお知らせ下さいませ。御願申上げます』
 黒姫は身につまされて返す言葉も無くさし俯向いて居る。さうして心の裡に思ふやう、
『あゝ親子の情と云ふものは何処の国に行つても同じ事だなア。建国別様が両親に憧憬れて、朝夕心を配り遊ばすやうに、吾子もまたこの世に生きて居るならば、定めし両親を慕うて居るであらう。両親のない子は其処に倒けて居つても、起してくれる者がないと云ふ事だ。あゝ思へば思へば若気の至りとは云ひながら罪な事をしたものだ。こんな罪の深い身を以て、三五教の宣伝使となり、黄金の玉の御用をしようなどとは実に思ひ違ひであつた。神様から玉を隠されたのも無理はない』
と口には出さねど心の中に懺悔の波を漂はして居た。
 かかる処へ建彦は数多の幹部を引連れドヤドヤとこの場に現はれ来り、丁寧に両手をつき、
建彦『大先生御夫婦様、今日は御目出度うございます。何からお喜び申してよろしいやら、吾々初め館の者共は実に抃舞雀躍の態でございます。今日は日頃お慕ひ遊ばす御母上がお見えになりましたさうで、こんな喜ばしい事はございませぬ。一同に代つてお祝ひ申上げます』
と云ひながら、今度は黒姫の方に頭を転じ、丁寧に再拝し、
建彦『貴女様は大先生の生みの御母上でありましたか。ようまあ御入来下さいました。私等一同は大先生の御恩顧に日夜預つてる者でございます。どうぞ御見捨てなく末長く可愛がつて下さいませ』
建国別『これ建彦、俺の母上が見えたのではない。黒姫様と云ふ三五教の宣伝使がお見えになつたのだよ』
建彦『え、何とおつしやいます。お隠しになつてはいけませぬ。確にお母上と云ふ事を一同承知して居ります。もはや隠れもなき館内一同の者の喜びでございますから、そんな意地の悪い事をおつしやらずに、明かにおつしやつて下さいませな』
建国別『そんな事を誰に聞きましたか』
建彦『はい、門番の幾公が確に相違ない、貴方のお話を聞いたと云つて、駄賃とらずの郵便配達をやりましたので、やがてこの村からもお祝ひに来るでせう』
建国別『これ建彦、そりや大変だ。全く間違ひだつたと云つて取消して下さい。村人に沢山お祝に来られては迷惑だからなア』
建彦『もはや公然発表を致しまして、続々とお祝に見えますから、この際取消しなんか出来ませぬ。神様の館から間違つた事を触れ廻つたと云はれては、それこそ信用に関はります。そんな事仰せられずに、間違つて居つてもいいから御母さまにして置いて下さい。何れ誰かのお母さまでせうから……』
建国別『困つた奴だなア。幾公を一寸呼んでくれ』
 幾公は大勢の中から屁垂つて居つた頭をヌツと上げ、
幾公『はい、幾は此処に居ります。幾久敷う御目出度うございます。もし間違ひましたら幾重にも御免し下さいませ。行方も知れぬ吾子の後を探ねて御入来遊ばしたお母さま、どうぞ大切にして上げて下さいませ。何程お隠し遊ばされても、貴方の御様子から考へて見ますれば、御親子の間柄に相違ございませぬ』
建国別『ハテ困つた事が出来たわい。……黒姫様、どう致しませうかな』
黒姫『妾のやうな者が突然参りましてお館に御迷惑をかけ、何とも済まぬ事でございます……もしもし幾公さまとやら、妾は黒姫と申す者でございます。よくよく調べて見ますれば、妾の息子ではなかつたので、実の処互に顔を見合してガツカリして居た処ですよ。どうぞお館の迷惑にならぬやう、直様お取消を願ひます』
幾公『何とまあ親子心を協して堅く締結したものだなア。何とおつしやつても以心伝心、教外別伝、不立文字だ。御両人の歓びの色が相互の顔にホノ見えて居りますぞえ。こんな目出度い時に、そんな悪戯をして吾々をじらすものぢやありませぬ。………コレコレ建彦さま、何とおつしやつても御親子だ。唇歯輔車の間柄だ。きつても絶れぬ親子の仲、堪へきれない歓びの色が、先生御夫婦の顔に、現はれて居るぢやありませぬか』
建国別『本当に困つた事が出来たわい、なア建能姫、どう致しませうか、黒姫さま、妙な事になつて来たぢやありませぬか』
黒姫『本当に間違へば間違ふものですな。これだから世間の噂と云ふものはあてにならないと云ふのですよ。……幽霊の正体見たり枯尾花……と云つて、道聴途説と云ふものはあてにはなりませぬ。一犬虚に吠へて万犬実を伝ふとやら、実に人の噂と云ふものは恐ろしいものです。人の口に戸を閉られないとは此処のことですな』
幾公『何処迄も白々しい、さうじらすものぢやありませぬ。あつさりとして下さいな。建彦さま、早く早くお祝の用意だよ。ここの先生は意地が悪いからな。あんな事云つて吾々をアフンととさす悪い洒落だよ』
 かかる処へ小間使のお種が慌しく走り来り、
お種『御主人様に申上げます。只今三五教の宣伝使黒姫様のお伴だとか云つて二人の若い男が御入来になりました。どう致しませうか』
建国別『一時も早く此処へ御通し申せ!』
 お種は『はい』と答へて引き下る。

(大正一一・九・一三 旧七・二二 北村隆光録)



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