出口王仁三郎 文献検索

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物語34-2-101922/09海洋万里酉 空縁王仁三郎参照文献検索
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第一〇章 空縁〔九五一〕

 建野ケ原の神館は、風景よき小丘の上に小薩張として新しく建てられて居る。千年の老樹、鬱蒼として境内を包み、実に神々しき地点である。前は激潭飛沫を飛ばす深谷川が横ぎつて居る。朝から晩まで信徒の参集する者踵を接し、神の神徳は四方に輝き渡つて居た。
 館の奥の間には建国別の宣伝使脇息に凭れながら深き吐息をついて居る。襖をそつと引き開け、湯を盆にもつて淑やかに入つて来た絶世の美人は建能姫であつた。
建能姫『吾夫様、お早うございます。お湯が沸きました、どうぞ一つ召し上り下さいませ』
と差出す。建能姫の声にも気がつかぬと見え、目を塞ぎ黙念として何か冥想に耽つて居る。建能姫は少しく声を高め、
建能姫『モシモシ吾夫様、お湯が沸きました、召し上り下さいませ』
 この声にハツと気が付いたやうな面持にて、
建国別『ヤア其方は建能姫、お湯が沸きましたかな、有難う頂戴致しませう』
建能姫『吾夫様、貴方は妾の家にお越し下さいましてから、恰度今日で満一年になります。しかるにただの一度も妾に対し御機嫌のよいお顔を見せて下さつた事はございませぬ。妾も初の間は不束なもの故お気に召さぬかと存じ色々と気を揉みましたが、貴方様はいつも妾を可愛がつて下さいますので合点が行かず、何か深い秘密がお有りなさるのであらうと、常々に済まぬ事ながら御様子を伺つて居りました。しかる処或夜のお寝言に……父上母上に一目遇ひたい……とおつしやつた事が妾の耳に今に残つて居ります。どうぞ女房の妾に何の遠慮もいりませぬから、ハツキリとおつしやつて下さいませ』
と恐る恐る問ひかけたるに、建国別は、
『女房の其方に隠して居つて誠に済まなかつた。水臭い夫と恨んで下さいますな。貴女は由緒ある建日別命様の御息女、この建国別は父母両親の所在も分らず、まして素性は如何なるものか些とも見当が取れませぬ。今は建日別命様の後をつぎ、建国別と云ふ立派な名を頂き、尊き神様にお仕へをして居りますが、私の幼時は金太郎と云つて姓も知れず、人に拾はれ他人の情によつて、漸く三十五の今日まで成人して来ました。私の父母はもう今頃はこの世に生て居られるか、或は彼世の人になつて居られるか、何だか知らぬが、両親に遇ひたい遇ひたいと云ふ執着心がムクムクと腹の底より起つて来て、いつも知らず識らず顔がふくれ、不機嫌な顔をお前に見せました。どうぞ気を悪くして下さるな』
建能姫『勿体ない何を仰せられます。今日は夫の吾家に入らせられてより満一年の吉日、どうぞ機嫌をお直し下さつて、夫婦揃うて神様にお礼を申上げ、心祝ひに皆の役員信者に御神酒でも饗応申しませうか。神様のお蔭で貴方も御両親にキツトお遇ひなさる事が何れはございませう。どうぞそのやうに落胆せずに、潔く暮して下さいませ』
建国別『ハイ有難う、そんなら今日は機嫌よう神様にお礼を致しませう。さうして役員信者に御神酒を頂かしませう』
 建能姫は嬉し気に、いそいそとして酒宴の用意を役員の建彦に命ずべくこの場を下つてしまつた。
 後に建国別は双手を組み、両親の身の上及び建能姫の親切なる言葉に感謝の涙止め難く、教服の袖に時ならぬ夕立の雨を降らして居る。建能姫は襖を静に開き丁寧に両手をつき、言葉静に、
建能姫『吾夫様、建彦に今日の祝宴は一切命じて置きました。サア、妾と二人これから神前へお礼に上りませう』
 建国別は建能姫のやさしき言葉に満足の面を照しながら神殿深く進み入り、感謝祈願の祝詞を奏上するのであつた。玉を転す如き建能姫の声、音吐朗々たる建国別の祝詞の声と琴瑟相調和して、得も云はれぬ風韻が境内に隈なく響き渡り、神々しき光景が溢れてゐる。
 建彦以下の幹部役員を初め、数多の老若男女は早朝より詰めかけ、今日の祝宴に列すべく和気靄々として、境内の各所に三々五々群をなし、建国別夫婦の高徳を口々に讃歎して居る。上下一致相和楽して恰も天国浄土の趣が館の内外に十二分に溢れて居る。かかる処へ表門を叩いて入り来る男女二人の道者があつた。
女『モシモシ、一寸この門を開けて下さいませぬか。妾は自転倒島より参りました黒姫と申す者でございます。火の国の高山彦の宣伝使が女房だとおつしやつて下されば、建国別様はキツとお会ひ下さるでせうから……』
 門番の幾公は高山彦の女房と云ふ声に驚き慌てて表門をサツと開いた。数多の参詣者の出入する門は横の方にある。この門はただ建国別個人としての住宅の門であつた。黒姫は、
『御苦労さま』
と云ひながらこの門内に慌しく進み入る。幾公は一人の男の顔を見て、
幾公『アヽお前は玉さまぢやないか。どうしてまたこのお方の御案内をして来たのだ』
玉公『チツと合点の行かぬ事があるのだ。ひよつとしたら建国別様のこの方はお母アさまかも知れないよ。それでともかくも御案内申したのだ』
と、耳の辺に口を寄せ他聞を憚るやうな面持にて囁いて居る。
幾公『それや大変だ。今日は建国別様の起し遊ばしてから満一年の祝宴が開かれてゐる処だ。こんな芽出度い場所へお母さまがお越になるとは益々もつて芽出度い事だ。オイ玉公お前どうぞしばらく俺に代つて門番をして居てくれ。俺はこれから建国別様にこの吉報を注進して来るから……』
と云ひ捨て黒姫に追ひつき行く。
幾公『モシモシ建国別のお母さま、ボツボツ来て下さい。私が先に御主人に御注進申上げ、お迎へに参ります。どうぞこの中門の傍に御苦労ながらしばらく立つて待つて居て下さいませ』
と早くも慌者の幾公は、建国別の母親と固く信じてしまひ、不遠慮に奥の間さして慌ただしくかけ込んだ。
 奥の一間には建国別夫婦、向ひ合ひとなつて祝の酒を汲み交はして居る。
建能姫『吾夫様、今日位気の何となく嬉しい時はございませぬなア。それについても貴方の御両親様がこの席にお出になり、親子夫婦がかうして睦じう直会のお神酒を頂くのならば、何程嬉しい事でございませう』
建国別『あゝさうですなア。しかし私は今神前に御祈願の最中、フツと妙な考へが起りました。私の両親はキツトこの世に生きて居て神様のために立派な宣伝使となり、活動して居られるやうな感が致しました。そうして今日は何となしに両親に会ふ手蔓が出来るやうな気分が浮いて来て、酒の味も一層よくなりました』
建能姫『それはそれは何よりも嬉しい事でございます。キツト神様のお引き合せで誠さへ積んで居れば、御両親様に御対面が出来ませう。妾も一昨年両親に別れ力と頼むはただ吾背の命ばかり、そこへ御両親様がお見えにならうものなら、どれほど嬉しい事でございませう。妾はキツト生の父母と思ひ、力限り孝養を尽しますからどうぞ御安心下さいませ』
と涙ぐむ。建国別は、
『ハイ有難う』
と云つたきり感謝の涙に咽び、無言のまま俯向いて居る。
 その処へ足音高く慌ただしく入り来るは門番の幾公であつた。ガラリと襖を無造作に引きあけ、片膝を立てたまま手をついて、ハアハアと息をはづませ、
幾公『もしもし御主人様、大変な事が出来ました。天が地となり、地が天になるやうな突発事件でございますよ』
 建国別は稍気色ばみ、忽ち立膝となり、
建国別『お前は門番の幾公、大変事が突発したとは何事だ。早く云つてくれないか』
幾公『ハイ、大変も大変地異天変、手の舞ひ足の踏む所を知らずと云ふ喜びが降つて来ました。お目出度うございます。御夫婦様お喜びなさいませ。あゝ嬉しい嬉しい目出度い目出度いおめでたい』
と手を拍つて立ち上り、キリキリと舞うて見せた。夫婦は合点ゆかず、ヂツと幾公の乱舞を見詰めて居る。
幾公『これはこれは御主人様、余り嬉しうて肝腎の申上げる事を忘れました。目出度い時には目出度事が重なるものですなア、貴方のお母さまが、建国別の館は此処か、一度会ひたいとおつしやつて、今、村の玉公の案内でお見えになりました。中門の口に待つて居られますから、どうぞ御夫婦様機嫌よくお出迎へ下さいませ。嘸お母さまもお喜びでございませう』
 建国別は、
『ハテナア』
と云つたきり双手を組みまたもや思案に沈む。幾公は焦慮さうに、
幾公『これはしたり御主人様、ハテナも何もあつたものですか。愚図々々して居られますと、お母さまが怒つて帰られたら、それこそつまりませぬ。喜びも一緒に帰つてしまひます。どうぞ早くお出迎ひなさつて下さいませ。中門の口に立つて居られますから……』
建能姫『御主人様、ともかくも貴方は此処に居て下さいませ。妾が実否を検べて参ります』
建国別『御苦労だが貴方往つて来て下さい、仮令真偽は分らなくとも御丁寧に奥へお通し申しゆつくりと話を承はりませう。可成人の耳に入らないやうにして下さい』
建能姫『ハイ承知致しました。それなら妾がお迎ひに参ります……これ幾公や、お前この事は真偽の分るまで誰人にも云つてはなりませぬよ』
 幾公は頭を掻きながら、
幾公『ハイしかしながら、あまり嬉しいので四五人の連中に喋つてしまひました。もう今頃は建彦の幹部にも耳に入り、やがてお祝にテクテク詰めかけるでせう。今更口留する訳にもゆきませず、どうしませうかなア』
建能姫『何とまア気の早い男だなア、万一人違ひで、真実のお母さまで無かつた時はお前どうなさる積りかえ』
幾公『真実でも嘘でもお母さまはお母さまですよ。この幾公だつてお母さまが無いのだもの、烏がカアカア云ふ声を聞いても懐かしくなるのだから、嘘でも真実でも構ひませぬ。お母さまと聞いてこれがどうしてヂツとして居れませうか』
建国別『ハヽヽ困つた男だなア。これ幾公、お湯を一つ汲んでおくれ』
幾公『お湯を汲んでお母さまに上げるのですか。余り門口では失礼ぢやありませぬか。折角探ねてお出になつたお母さまに、乞食か何ぞのやうに門口でお湯を上げるなんて些と失礼ぢやございませぬか』
建国別『分らぬ男だなア。お湯を私に汲んでくれと云ふのだよ』
幾公『一寸お待ちなさいませ。親より先へお湯を頂くと云ふ、そんな不道理な事がありますか。今までは御両親の行方が分らないものだから、この家の大将で貴方が一番先にお湯なり御飯なりお食り遊ばしたのだが、もう今日となつては長上をさし置いて貴方が先へお茶を飲むと云ふ道理はありますまい。そんな事で三五教の宣伝使が勤まりますか』
建国別『ヤア、長々とお前のお説教で私も感心した。そんならお湯を頂く事だけはしばらく見合して置かう』
幾公『遉は三五教の宣伝使建国別命様、物の道理がよく分ります哩。さうだからこの幾公も貴方の抱擁力の偉大なるに平素から感服して、門番を甘んじて勤めて居るのです。これから御免蒙りまして、お母さまをお迎ひに参つて来ます……サア建能姫様、早くお出でなさいませ。お母様が門の外で痺を切らして待つて被居いますよ』
建能姫『左様ならば吾夫様、一寸お迎へに行つて来ます。幾公、あまり喋らないやうにして下さいや』
幾公『ハイハイ委細承知致しました。サア参りませう』
と建能姫をつき出すやうに捉しながら中門のそばまでやつて来た。幾公は中門を無造作にパツと開き、
幾公『お母さま、長らくお待たせ致しました。サアどうぞお入り下さいませ。これは建能姫と云ふ女房でございます。どうぞ実の吾子のやうに可愛がつてやつて下さいませ。建能姫も一寸聞いて居ましたら、建国別様の御両親が見えたら、生の父母のやうに思うて孝養を尽くすと云うてくれました。どうぞ気兼は入らぬから吾子の家へ帰つたと思うて、気楽にお入り下さいませ』
建能姫『これこれ幾公、お前それは何を云ふのですか』
幾公『ハイ、私は御主人の代りに参つたのですから、一寸代弁を致しました。これ建能姫殿、早くお母さまに御挨拶をしやいのう』
建能姫『ホヽヽヽヽ、仕方のない男だなア……もしもし旅のお方様、ようこの破家をお訪ね下さいました。内密にお伺ひしたい事がございますから、どうぞお入り下さいませ』
黒姫『ハイ有難うございます。私も筑紫ケ岳の高山峠の頂きで、一寸此方の御主人の事を承はり、些しばかり心に当る事がございまして、火の国の都に参ります途中、この村の玉公と云ふお方に案内されてお邪魔を致しました。左様なら遠慮なう通らして頂きませう』
と建能姫に従つて奥に姿をかくす。
幾公『まア何と上流社会の挨拶と云ふものは七面倒臭いものだなア。俺だつたら出遇ひ頭に……ヤアお前は、ヤア、貴方は吾夫建国別さまのお母さまであつたか、ヤアお前は嫁御であつたか、思はぬ所で遇ひました。お母さま、嫁女などと手つ取り早く名乗つてしまふのだがなア。まだこれから奥へいつて徳利に詰めた味噌を剔りだすやうな辛気臭い掛合が初まるのであらう、繁文縟礼を忌み簡明を尊ぶ世の中に、サテモサテモ上流の家庭と云ふものはどこまでも旧套を脱し得ないものと見える哩』

(大正一一・九・一三 旧七・二二 加藤明子録)



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