出口王仁三郎 文献検索

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物語34-1-21922/09海洋万里酉 孫甦王仁三郎参照文献検索
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第二章 孫甦〔九四三〕

 孫公は、笑ひ転けた途端に腰骨を岩角に強か打ち『ウン』と云つたきり人事不省になつてしまつた。房公、芳公の両人は周章狼狽き、谷水を汲み来つて顔にぶつかけたり、口を無理にあけて水を飲ませなどして種々と介抱を余念なく続けて居る。されど孫公は、だんだん身体が冷却するばかり、呼べど叫べど何の応答も無くなつてしまつた。黒姫は冷然として孫公の倒れた体を斜眼に見て居る。
房公『これ黒姫さま、孫公がこんな目に遇つて居るのです。なぜ神様に願つて下さらぬのか。早く数歌を歌ひ上げて魂返しをして下さい。愚図々々して居ると、此方の者にはなりませぬぞや』
 黒姫はニヤリと笑ひ、
『神様の戒めは、恐ろしいものですな。皆様これを見て改心なさい。長上を敬へと云ふ……お前は天の御規則を何と心得てござる。太平洋を渡る時から、この孫公は黒姫の云ふ事を一つ一つ口答へを致し、長上を侮辱した天則違反の罪が自然に報うて来たのだから、何程頼んだとて祈つたとて、もはや駄目だよ。……これ房公、芳公、お前も随分孫公のやうにこの黒姫に口答へをしたり、また悪口を云つたであらう。第二の候補者はどちらになるか知らぬでなア、オホヽヽヽ……エヽ気味のよい事だ。こんな事が無ければ阿呆らしくて神様の信仰は出来はしない。神が表に現はれて、善と悪とを立て別けると云ふ三五教の宣伝歌は、決して嘘ぢやありますまいがな。神は善を賞し悪を亡ぼしたまふと云ふ事は、いつもこの黒姫の口が酢つぱくなるまで教へてあるぢやないか。それだから神様は怖いと云ふのだ。あゝ惟神霊幸倍坐世』
房公『それでも黒姫さま、あまり冷酷ぢやありませぬか。神様は神様として、もしこの孫公が高山彦さまであつたら、黒姫さま、お前さまはそんなに平気な顔がして居られますか』
黒姫『高山彦さまに限つて、こんな分らぬ天則違反の行ひはなさりませぬ哩。滅多に気遣ひないから御心配下さいますな、ウフヽヽヽ』
芳公『オイ房公、黒姫には曲津神が憑依したと見える。さうでなくては肝腎の弟子が縡切れて居るのに、如何に無情冷酷な人間でもこんな態度を装ふ訳には行くまい。これから両人が両方から鎮魂責にして、黒姫の悪霊を放り出さうぢやないか』
房公『俺は孫公の介抱をする。まだ少し温みがあるから蘇生るかも知れない。お前は黒姫の曲津退治にかかつてくれ』
と云ひながら、房公は孫公の倒れた体に向つて一生懸命に鎮魂をなし、天の数歌を謡ひ出した。芳公は両手を組み黒姫に向つて『ウンウン』と霊を送つて居る。
黒姫『オホヽヽヽ、敵は本能寺にあり、吾敵は吾心に潜むと云つて、この黒姫が悪に見えるのは所謂お前の心に悪魔が棲んで居るのだよ。そんな馬鹿な芸当をするよりも早く神様にお詫をしなさい。この黒姫の腹立の直らぬかぎりは、房公だつてお前だつて孫公の通りだよ。さてもさても憐れなものだなア。心から発根の改心でないと、何程神様を祈つたとてあきませぬぞえ。これから何事も神第一、黒姫第二とするのだよ』
芳公『高山彦さまと元の通り御夫婦になられた時はどうなります。高山彦第三ですか、或は第二ですか、それを聞かして置いて頂かむと都合が悪いですからなア』
黒姫『今からそんな事を云ふ時ぢやありませぬ。孫公があの通り冷たくなつて居るのに、お前は何とも無いのかい』
芳公『さうですなア、黒姫さまが高山彦さまを思ふ位なものでせうかい。高山彦さまが第二ですか、第三ですか、但は機会均等主義ですか』
 黒姫はニヤリと笑ひ、
『極つた事よ。私のハズバンドだもの、オホヽヽヽ』
と顔を隠す。五十の坂を越えた皺苦茶婆も、ハズバンドの事を云はれると少しく恥かしくなつたと見える。
 今まで打倒れて居た孫公は、房公の看病が利いたのか、但は御神力で息を吹き返したのか、俄に雷のやうな唸り声を立て出した。黒姫は真蒼な顔になつてその場にしやがんでしまふ。房公、芳公の両人はかつ驚きかつ喜び、雑草の茂る道端を右に左に周章へ廻る。孫公は益々唸り出した。さうしてツト自ら起き上り、道端の青草の上に胡坐をかき真赤な顔をしながら、への字に結んだ口を片つ方から少しづつ通草がはじけかかつたやうに上下の唇を開き初め、白い歯を一枚二枚三枚と露はし初めた。三人は目も放たず驚異の念にかられて孫公の口辺ばかりを見詰めて居ると、孫公の口は三十二枚の歯まで露出してしまつて、しばらくすると蟇蛙が蚊を吸ふ調子で、上下の唇をパクパクと動かした機みに上下の歯がカツンカツンと打あふ音が聞えて来た。黒姫はツト傍に寄つて、
『コレ孫公、喜びなさい、黒姫の鎮魂のお蔭で、死んで居たお前が甦つたのだよ。これからは黒姫に対しては、今までのやうな傲慢の態度をあらためなさいや』
房公『これ黒姫さま、鎮魂したのは私ですよ。お前さまは孫公が死ぬのは天罰だ、神が表に現はれて善と悪とを立別けなさつたのだと、さんざん理屈を云つたぢやありませぬか』
黒姫『お前が鎮魂しても、この黒姫の神力がお前に憑つたのだから、孫公が神徳を頂いたのだよ。きつとこの黒姫が神力によつて甦らせるだけの確信を持つて居たから、泰然自若として冷静に構へて居たのだ。覚え無くして宣伝使が勤まりますか、何事も知らず識らずに神様にさされて居るのだ。房公、お前の鎮魂で直つたと思つたら了見が違ひますぞえ。皆黒姫の余徳だから、皆慢心をしたり、黒姫より私は偉い、鎮魂がよく利くなどと思ふ事はなりませぬぞえ』
房公『まるで高姫のやうな事を云ふ婆アさまだなア。高姫と云ふ奴は人に命を助けて貰つて置きながら、いつも日の出神様がお前を使うて助けさしてやつたのだ、お礼を申しなさい……なんて、瀬戸の海の難船の時にも救うてくれた玉能姫にお礼を云はせたと云ふ筆法だな。矢張り高姫仕込だけあつて、負惜みの強い事は天下一品だ、アハヽヽヽ。年が寄つて雄鳥に離れると矢張り根性が拗けると見える。高姫だつて適当なハズバンドさへあれば、あんなに拗けるのぢや無からうに、人間と云ふ者は、どうしても異性が付いて居ないと妙な心になるものだ。黒姫さまを改心させるには、どうしても高山彦さまの顔を見せてあげなければなりますまい。俺だつてお鉄の顔を見るまでは、どうしたつて心がをさまらぬからなア、アハヽヽヽ』
黒姫『あまり口が過ぎるとまた孫公のやうな目に遇ひますぞや』
芳公『孫公のやうな目に遇つたつて構はぬぢやないか。お前さま達がヤツサモツサ騒いで居る間に平気の平左で幽冥界の探険をなし、平気の平左で甦つたぢやないか。俺だつてあんな死にやうなら何度もして見たいわ』
黒姫『罰が当りますぞや。好い加減に心を直しなさい。改心が一等だと神様がおつしやりますぞえ』
芳公『改心しきつたものが改心せよと云つたつて、改心の余地が無いぢやないか、オホヽヽヽ』
黒姫『これ芳公、お前はまた私の真似をして嘲弄ふのだな』
芳公『あまり好う流行る豆腐屋で、豆腐が切れたから仕方なしにカラ買ふのだよ。オホヽヽヽ』
 孫公は両手を組みそろそろ喋り出した。
孫公『アヽヽヽヽ』
黒姫『これこれ孫公、筑紫の岩窟は此処ぢやござりませぬぞえ。小島別の昔を思ひ出し、そんな……アヽヽヽヽなぞと云うと、悪の性来が現はれてアフンとする事が出来ますぞえ、ちつと確りなさらぬかえ』
孫公『アハヽヽヽヽ、オホヽヽヽヽ、ウフヽヽヽヽ、エヘヽヽヽヽ、イヒヽヽヽヽ』
黒姫『またしても、曲津がつきよつたかな。どれどれこの黒姫が神力によつて退散さして見ませう』
と云ひつつ青草の上に端坐し、両手を組み皺枯れた声で天津祝詞を奏上し始めた。孫公は大口を開いて歌ひ出した。

『アハヽヽハツハ阿呆らしい  頭の光つたハズバンド
 高山彦の後追うて  烏のやうな黒姫が
 綾の聖地を後にして  荒浪猛る海原を
 荒肝放り出し三人の  伴を引き連れあら悲し
 仮令悪魔と云はれやうが  遇ひたい見たいハズバンド
 亜弗利加国の果までも  所在を探して尋ねあて
 ありし昔の物語  アラサホイサを云ひ出し
 飽迄初心を貫徹し  愛別離苦の悲しみを
 相身互に語らふて  愛想尽しを云うて見たり
 悋気喧嘩をして見よと  悪魔の霊にあやつられ
 泡を吹くとは知らずして  やつて来たのは憐なり
 あゝ惟神々々  あかん恋路に迷ふより
 諦めなされよ黒姫さま  亜細亜亜弗利加欧羅巴
 亜米利加国の果までも  後を慕うて見たところ
 所在の知れぬハズバンド  あかん目的立てるより
 足の爪先明かるいうちに  あきらめなさつて逸早く
 蜻蛉の島に帰れかし  阿呆々々と烏まで
 あすこの杉で鳴いて居る  相見ての後の心に比ぶれば
 遇はぬ昔がましだつた  あゝあゝこんな事なれば
 綺麗薩張り諦めて  綾の聖地におとなしく
 朝な夕なに神の前  仕へて居つたがよかつたに
 あゝあゝ何と詮方も  泣く泣く帰る呆れ顔
 あこがれ慕ふハズバンド  頭の長い福禄寿さま
 蜻蛉の島にござるぞや  蟹のやうなる泡吹いて
 あらぬ夫を探すより  早く諦め帰ぬがよい
 アハヽヽハツハ アハヽヽハー  呆れはてたる次第なり
 あゝ惟神々々  御霊幸倍ましませよ』

 黒姫はツト傍により、
『いづれの神様のお憑りか知りませぬが、今承はれば高山彦は蜻蛉島に居る、この亜弗利加には居ないとおつしやいましたが、それは本当でございますか。孫公に憑つた神様、どうぞ黒姫の一身上にかかつた大問題でございますから、好い加減の事を云はずとハツキリと云つて下さい。聞いて居ればアヽヽヽアとアア尽しでおつしやつたが、そんな事云うてこの黒姫をちよろまかし、アフンとさせむとする悪い企みぢやあるまいかな。飽きも飽かれもせぬ高山彦さまの行方、どうぞ明かに知らして下さい』

孫公『イヒヽヽヒツヒ イヒヽヽヽ  いつまで尋ねて見たとこが
 命に替へたハズバンド  居所分る筈はない
 色々雑多とイチヤついた  往とし昔を思ひ出し
 色に迷ふた黒姫さま  いかに心配遊ばして
 色まで青うなつて来た  異国の果てを探しても
 居ない男は居はせぬぞ  意外も意外も大意外
 命に替へた高山彦さまは  伊勢屋の娘の虎さまと
 意茶つき廻つて酒を呑み  意気揚々と今頃は
 石の肴を前に据ゑ  固い約束岩の判
 石に証文書き並べ  いよいよ真の夫婦ぞと
 朝から晩まで楽んで  意茶つき暮す面白さ
 伊勢の鮑の片思ひ  何程お前が探すとも
 高山彦は黒姫に  ただの一度も遇うてはくれぬ
 あゝ惟神々々  叶はぬならば逸早く
 綾の聖地に立ち帰り  意茶つき暮らす両人の
 生首ぬいてやらしやんせ  ウフヽヽフツフ ウフヽヽヽ』

黒姫『これ孫公、私を馬鹿にするのかい。本当の事を云うて下さい。これほど黒姫が一生懸命になつて尋ねて居るのに、ウフヽヽヽとは何の事だい。大方お前はこの二人の代物と腹を合せ、死真似をしたのであらう。ほんにほんに油断のならぬ代物だなア』

(大正一一・九・一二 旧七・二一 加藤明子録)



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