出口王仁三郎 文献検索

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物語34-1-11922/09海洋万里酉 筑紫上陸王仁三郎参照文献検索
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第一章 筑紫上陸〔九四二〕

 黄金の玉の所在をば  捜して四方を彷徨ひし
 三五教の黒姫は  玉に対する執着を
 漸く払ひ自転倒の  神の御国の中心地
 綾の聖地に立帰り  しばらく吾家に潜みつつ
 麻邇の宝珠の間違ひに  二世を契りし吾夫の
 高山彦と衝突し  離縁騒ぎが持上がり
 高山彦は聖地より  筑紫の島へ行かむとて
 執念深く付きまとふ  妻黒姫を振棄てて
 ドロンと姿を隠しける  恋しき夫に捨てられし
 黒姫今は矢も楯も  堪らぬやうになり果てて
 玉の捜索第二とし  夫の所在を探らむと
 皺苦茶だらけの中婆が  心猿意馬に煽られて
 万里の波濤を打渡り  心を尽し身を尽し
 命の限り筑紫潟  行方は確に不知火の
 海の底まで探らむと  孫、房、芳の三人を
 伴に従へ由良の海  真帆を孕みて漕ぎ出す
 日本海をかけ離れ  太平洋を横切りて
 竜宮島の沖を越え  印度の洋を右に見て
 筑紫の島の東岸に  漸く渡り着きにけり。

 此処は建日の港と言ひ、その昔日の出神、面那芸司、祝姫司の宣伝使が上陸された由緒深き港なりけり。
 黒姫は三人の従者と共に麻邇の玉の所在や、黄金の玉の所在を捜索すると云ふは、ただ単に表面の理由であつて、その実玉に対しては、既に執着心を殆ど脱却してゐたのである。ただ高山彦に衆人環視の前にて夫婦の縁を切られ、その恥を雪がむとする一念と、高山彦に対する未練とが一つになりて、心猿意馬は忽ち頭を擡げ、この老躯を駆つて、結構な聖地を後に、再びかかる野蛮国へ連れられて来られたのである。黒姫は高山彦が仮令大蛇に還元しようが、鬼にならうが、または石の唐櫃に隠れて居らうが、女の意地、どうしても一度面会して、心に堆く積れる鬱憤の塵を晴らし、都合好くば、再び旧交を温め、夫婦となり、手に手を取つて聖地に帰り、高姫その他の面々に、自分の意地はこの通りと見せてやらねば、今まで尽して来た尽力が無になる。自分の面目玉は丸潰れである……と妙な所へ脱線して、恋と云ふ悪魔に取ひしがれ、殆ど半狂乱の如く、目は釣上り、頬は痩こけ、顔色青ざめ、実に物凄い面相になつて居た。
 孫、房、芳の三人は、黒姫に色々と甘言を以て操られ、ここまで従いては来たものの別に宣伝の目的もなければ何の楽みもない、ただ一日も早く高山彦の所在を探ねて、黒姫と共に自転倒島へ帰りたいのが胸一杯であつた。黒姫もまた宣伝使の身でありながら高山彦の捜索に心魂を奪はれ、ただ一日も早く夫に会はせ給へと、朝夕祈願するのみで、道を宣伝すると云ふその使命は殆ど忘却して居た。老婆の恋に狂うた位始末に了へぬものはない。黒姫がこの建日の港に着くまでには幾度となくあちらの島へ寄り、此方の島へ寄り、厳しい捜索をやつて居たため、余程日子を費やしてゐる。殆ど一年ばかりかかつた。
 さうして船は二三回難破し、便宜の方法にて舟を買つたり、拾つたりしながら、漸くここへ辿り着いたのである。その間には随分背中に腹の替へられないやうな憂目に遭ひ天則違反的行動をも続け、島に繋ぎありし、何人かの舟をソツと失敬して、乗つて来た事もあるのであつた。
 三人の従者は黒姫に随従して却て宣伝使として数多の黒姫の矛盾を目撃してゐるので、聖地を出た時の黒姫に対する信用と、今の黒姫に対する態度とは、ガラツと変つてゐる。黒姫は要するに口ばかりの人間で、行ひの伴はざる執念深き悪垂れ婆アと云ふ観念が、三人の胸に期せずして兆してゐる。それ故日を逐うて黒姫を軽蔑し、今は容易に黒姫の命令に服しないやうになつて居る。のみならず却て事に触れ物に接し、からかつて見ては、黒姫が喜怒哀楽、愛悪欲の面部の色に現はるるを見て、せめてもの旅の慰みとしてゐた位である。しかしながら乗り掛けた舟、途中に引返す訳にも行かず、幾分か神様の教が三人共腹に浸み渡つてゐるお蔭で、太平洋の真ん中へ出た時分から、三人はヒソビソと囁き合ひ、一層の事黒姫を海の中へ放り込んで、素知らぬ顔で自転倒島へ帰らうかとまで、孫公が発起で相談した事もあつた。されどそんな無茶な事をすれば、忽ち天則違反の大罪を重ね、如何なる厳罰に神界から処せらるるやも計り難しと、直日の魂の閃きに見直し宣り直し、厭々ながら、万里の波濤を艱難辛苦してここまで従いて来たのである。
 黒姫一行は舟を乗りすて、建日の港に上陸し、激潭飛沫の渓流を遡り、四方の風景を眺めながら、草を分けて細き谷道を登つて行く。比較的人通りが多いと見えて、羊腸の小径が九十九折に白く光つて居る。
孫公『黒姫さまのお蔭で、思はぬ絶景を見せて貰ひました。際限もなき海原を日に照りつけられ、汐風に晒らされ、雨に当てられ、丸で渋紙さまのやうになつてしまつた。黒姫さまは元から烏のやうな御方だから、余り目立たぬが、俺達は自転倒島へ帰つて、宅のお安にこの面を見せようものなら、どれだけ悔むであらう。それを思へば残念で堪らぬワイ。これと云ふも、元を糺せば黒姫さまが、余りハズバンドに魂を抜かれて居るものだから、こんな結果になつてしまつたのだ……なア芳公、房公、お前の顔も随分黒くなつたよ。貴様とこのお滝やお鉄が、さぞ悔む事だらう。今から思ひやられて、可哀相なワイ』
芳公『ナアニ、俺ン所のお滝も房公ンとこのお鉄も、元より覚悟して居る筈だ。お滝の奴、俺の出る時に、名残惜さうに、俺の背中をポンと叩きやがつて……コレコレこちの人、お前さまは黒姫さまのお伴に行くのだから、顔の色まで黒姫さまの感化を受けて来なあきませぬぞえ。心の中まで黒うなつて来なさいと吐きやがつた。けれど俺は心の中だけは真平御免だ。アハヽヽヽ』
孫公『心の中まで貴様の嬶が、黒姫さまのやうに黒くなつて来いと云うたのは一つの謎だよ。貴様は何時も箸まめな奴だから、朝から晩までお滝と二人が、犬も喰はぬ悋気喧嘩ばかりやつて、生疵の絶間なし、近所合壁に迷惑をかけた代物だ。それだから黒姫さまが高山彦を慕ふやうに、このお滝に一心になれ、さうしてお滝のためには仮令千里万里の山坂を越えても、敢て厭はぬと云ふ熱心な情の深い男になつて来なさい、黒姫さまの貞節を学んで、それを妾にソツクリそのまま行うてくれ……と云ふ虫の好い謎だ。貴様の嬶アも中々行手だ。余程貴様とは智慧が優れて居るワイ。アハヽヽヽ』
芳公『俺やモウそんな事を聞くと、女房が恋しうなつて来た。翼でもあれば、このまま翔つて帰りたいのだがなア』
孫公『何と云つてもこうなりや、モウ仕方がない。黒姫泥棒の乾児になつたやうなものだから、毒を喰はば皿まで舐れだ。ともかく高山彦のハズバンドに出会あうて、ヤイノヤイノの乱痴気騒ぎを一幕か二幕見せて貰ひ、その後には吾々が居中調停の労を執り、夫婦が機会均等主義を発揮して、目出たく自転倒島へ凱旋遊ばすまでは、離れる事は出来ない因縁がまつはつてゐるのだ。今ヤツと建日の港へ着いたばかりだ。今頃に望郷の念に駆られては駄目だぞ。自転倒島の人間は何時も望郷心が強いから大事業は到底成功出来ないのだ。こうなつた以上は、嬶の一人や二人どうでも好いぢやないか。都合が好ければこの筑紫島に永住して大事業を起し、一生自転倒島へは帰らないと云ふ決心が肝腎だ』
芳公『お前は女房のお安を、始めから嫌つて居るのだから、自転倒島に未練はなからう。俺はあれだけ親切な、惚切つた女房が、膝坊主を抱いて俺の帰るのを、今か今かと神様に願かけて待つてるのだから、そんな無情な事は出来ない。一日も早く帰つて、女房の喜ぶ顔を見るのが俺の唯一の楽みだ。世の中に夫婦位大切なものはない。何程こんな所で成功をしたと云つても、女房子と一生あはれぬやうな所で、何が面白い』
孫公『アハヽヽヽ、毎日日日あれだけ憎相に云うて喧嘩をしながら、矢張あんなやん茶嬶が恋しいのか。恋といふものは分らぬものだなア』
房公『ソリヤその筈だ。黒姫さまでさへも、云うと済まぬが、夕日の影干しのやうな無恰好な禿頭の爺を、こんな所まではるばる尋ねて来やつしやるのだもの、夫が女房を慕ふのは当然だ。俺ン所のお鉄でもそれはそれは親切なものだよ。孫公ン所のお安は、余り親切にないのは、つまり孫公が悪いのだ。女と云ふものは、男の方から親切に真心を以て可愛がつてやれば、どうでもなるものだ。貴様のやうに、女房を家の道具だとか、器械だとか、産児機だとか云つて、虐待するやうな事では、目つかちの女房だつて、夫を親身になつて思つてはくれないよ。チツと黒姫さまに倣つて、お前も女房を大切にしたらどうだい。こんな遠方まで来た土産として、女房に対する親切を益々濃厚に持ち直して帰るが、何よりの女房への土産だよ……なア黒姫さま……』
と舌をニユツと出し、頤をつき出して、稍嘲弄的に目を注ぐ。黒姫は始めて口を開き、
黒姫『お前さま達三人は自転倒島を出た時は、随分誠実な熱心な信者であつた。それがどうしたものか、一日々々と誠がうすらぎ、遂には妾にまで、軽侮の目を以て見るやうになつたぢやないか。何のためにお前さまは遥々と修業に出て来たのだい。これから先は建日別命が昔脂を取られた筑紫峠の谷間の岩窟があるから、今の中に心を直しておかぬと、昔の小島別のやうに脂をとられて、ヘトヘトになりますぞえ。今の間に改心をしなされ』
孫公『アハヽヽヽ黒姫さま、改心する人は吾々三人ばかりですか? まだ外に一人、第一に改心をせなくてはならぬ婆んつがある事をお忘れになりましたか?』
黒姫『改心し切つた者が、どうして改心する余地がありませうか。お前さまはこの黒姫の行ひを見なさつたら、大抵分るだらう』
孫公『惟神だ、天の与へだ……と云つて、人の舟を黙つてチヨロまかし、それに乗つて来るのが誠ですか。あんな事が、改心し切つた人の行ひとすれば、吾々よりも泥棒の方が余程改心しとるぢやありませぬか』
黒姫『エヽ、ツベコベと小理屈を言ひなさんな。途中に船が破れて、進退これ谷まつた時に、主のない船がそこへ流れて来たのは、所謂天の与へだよ。諺にも天の与ふるを取らざれば、災却て身に及ぶと云ふ事があるぢやないか。神は人間になくてならぬものを与へ給ふと云ふ聖者の教がある。船一艘が大切か、吾々四人の生命が大切か、よく事の軽重大小を考へて御覧なさい。機に臨み変に応ずるは、即ち惟神の大道だよ。こんな事が分らぬやうな事で、ようお前さまも、三五教の信者ぢや、宣伝使の卵ぢやと云つて、こんな所まで従いて来ましたな、オツホヽヽヽ』
孫公『呆れて物が言へませぬワイ。しかしながら、お前さまが夫のためには大切な神務も忘れ、宣伝を次にし、あれほど気違のやうになつて居つた黄金の玉の事をケロリと忘れて、大勢の前で肱鉄砲をかましてくれた高山彦さまを慕ふその貞節には実に感心だ。大に学ぶべき点がオホアリ大根だ。アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、ウツフヽヽヽ、エヘヽヽヽ、イヒヽヽヽ』
黒姫『コレ孫公、お前はこの年老を嘲弄するのかい』
孫公『岩屋の神さまがソロソロ孫公さまに憑つて、言霊を始めかけたのだよ。ウフヽヽヽ』
と笑ひこける。途端に路傍の尖つた石に腰を打つけ『アイタタ』と云つたきり、真青な色になり、顔をしかめ、目を塞いで、人事不省になつてしまつた。

(大正一一・九・一二 旧七・二一 松村真澄録)



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