出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語33-1-21922/09海洋万里申 灰猫婆王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
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ウヅの都
あらすじ
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本文    文字数=11598

第二章 灰猫婆〔九一七〕

 カールは高姫の無遠慮にも奥の間にかけこみしを怒りながら、自分も奥の間に到つて見れば、豈計らむや、松若彦、高姫の姿が見えない。ふと開け放つた窓より外を覗き見れば、一丁ばかり距離を保つて、二人はマラソン競走の真最中であつた。
カール『何とマア、我の強い婆アだなア! 後追つかけて引つ掴まへ、散々に懲らしめてやりたいは山々だが、俺が今ここを飛出せば、サツパリ不在となつてしまふ。あれだけ距離を保つて居る以上は、ヨモヤ追つ着きはせまい。その間に松若彦様はどつかへ隠れられるだらう。俺も臨時留守番を頼まれて来た以上は一刻の間も、この家を空にしておく訳には行くまい。アヽ残念だ……』
と呟きながら、玄関口に帰つて来た。そこへ慌ただしく常彦、春彦の両人、駆け来り、
常彦『ヤアこれはカールさまですか。一寸御尋ね致しますが、ウチの高姫さまは御越しにはなりませぬか』
カール『ハイ、お越しか怒りか知りませぬが、随分に妙な事が起りましたよ。今裏の広道で、松の木と鷹とのマラソン競走が行はれて居ますワイ』
春彦『鷹は羽があつて空中を翔るでせうが、松が走るとはチツト合点が往かぬぢやありませぬか』
カール『今日は余りお目出たい日だから、山川草木皆踊り狂うて、喜んでゐます。私だつて常彦……オツトドツコイ、常の日とは違ひ、春彦……また違うた……春の花咲くやうな陽気な気になつて、勇んで居ります。常は尻の重い私でも、今日は何となしに気もカール、足もカールになりました。アハヽヽヽ』
常彦『それはさうと、私方の大将、高姫さまはどうなりましたか』
カール『どうもかうもなりませぬワイ』
春彦『お出でになつたか、ならぬか、ハツキリ言つて下さいな』
カール『ハイ、お這入りになりまして、すぐ裏口から御出になりました。大島が入口、出口が元で、竜宮館が高天原と定まりたぞよ。アツハヽヽヽ』
常彦『まるでキツネ彦が狐にだまされたやうな心持になつて来た』
カール『松若彦の世になるぞよ、末広き末子姫、国依別命と今夜は、愈々夫婦におなり遊ばすぞよ、霊と霊の因縁が寄合うて、この身魂はこの身魂、あの身魂はあの身魂、これとこれと夫婦、あれとあれと夫婦と、身魂の因縁性来を検めて、結婚な結婚な結婚式が今晩は始まり、高砂やこの浦舟に帆をあげて、と云ふ所だアハヽヽヽ。イヤもう目出たいの、目出たうないのつて、開闢以来の御目出たさだ……コレ常彦、春彦、御両人、お前さま達は何と心得ますか』
常彦『本当に結構な事ですなア。しかしながら結構だとは申されませぬワイ……ナア春彦、一寸面倒いからなア』
カール『あなた方御両人は、今度の結婚が御気に容らないのですか』
常彦『イエイエどうしてどうして、大賛成です。しかしながら夜前も、夜中時分に高姫さまに叩き起され……お前の感想はどうだ……と尋ねられたので、国依別さまもエライ人だと思うて居つたがヤツパリ偉い御方だと、うつかり蝶つた所、それはそれはエライ権幕で大変な不機嫌でした。それから高姫さまは夜の明けるまで一目も寝ず、奥の間でブツブツと独言を云つて言依別がどうの、松若彦がどうのと、ハツキリは分らぬが、大変にこぼしてゐました。私も夜明け前になつてからグツと寝てしまひ、目をあけて見れば、高姫さまのお姿が見えない、コリヤ大方、松若彦様の御宅へ出て来て、またもや生れつきの持病を起し、鉈理屈をこねて困らせてゐるに違ひない、こんな目出たい事にケチつけてはたまらないから、何とか吾々両人が、高姫さまに出会つて、御意見を申したいとの一心から、手水もつかはず、朝飯も食はず、周章狼狽、取る物も取りあへず此処まで駆けつけた次第でございますワイ』
春彦『本当に困つたお婆アですワイナ。私も永らく自転倒島から此処までついて来ましたが、それはそれは随分でしたよ』
カール『アハヽヽヽ、ずいぶんジヤジヤ馬ですなア。しかしながらあのままにして置いたら、この目出たいお日柄を目出たくないやうな事に潰してしまふか分りませぬから、コリヤかうしては居られますまい……常彦さま、お前はここの留守をして居て下さい。私は松若彦様の後を追つて行く、春彦は高姫さまの後を追つて行くと云ふ事にしてカール、春彦両人が第二のマラソンをつづけませうかい』
常彦『何分よろしう頼みますよ……カールさま、春彦さま、サア早く往つて下さい。キツト捨子姫様か、言依別様の御宅に間違ひないから……』
 両人は「合点だ」と尻ひつからげ、裏口より大股に大地をドンドンドンと威喝させながら、一生懸命に駆出した。
 二人は二三丁ばかり駆出した。そこには横幅三間ばかりの深い川が流れてゐる。さうして丸木橋が架つて居た。川は深い割には水は少く、ほとんど向脛の半分ばかり没する位な浅き流れであつた…………フト見れば一本橋は脆くも落され、高姫は川底に大の字となつて、フン伸びてゐる。これは松若彦が高姫の追ひ来るのを防がむために、臨時に一本橋を落しておいたのである。高姫は頭を前にして、力一杯走つて来たその惰力で、俄に立とまる事を得ず、止むを得ず、橋なき川と知りながら、落込んでしまつたのであつた。二人は、
『ヤア、コリヤ大変だ』
と辛うじて川に下りたち、高姫の人事不省となつてゐる体を引かたげ高姫の臨時館へ送り届け、いろいろと介抱をし、祝詞を奏上し、鎮魂を施した。漸くにして高姫は息を吹き返し、あたりをキヨロキヨロ眺めてゐる。
カール『モシモシ高姫さま、お気がつきましたか、大変なお危ないこつてございました。マアマア私や春彦、両人が、後から従いてゐたものだから、あなたの貴重な命が御助かり遊ばし、こんな目出たい事はございませぬワイ』
高姫『ハイ、それは有難うございます……と御礼を申したらお前さまのスツカリ壺にはまるだらうが、ヘンさうは往きませぬぞや。何だか後から人が突くやうに走つたと思うて居つたら、カール、お前は私の後を追つかけて来て、あの丸木橋の下へ突込んだのだな。この高姫だとて橋のない川を渡らうとするやうな馬鹿ぢやありませぬワ。何だか余り後から突きよつたものだから、とうとうその勢ひに落込んでしまつたのだ。あんな深い川へはまつたのが分つたと云ふのは怪しいぢやないか、お前は松若彦の御贔屓を志て、私を突きはめたのだらう。オツホヽヽヽ、悪を企んでも忽ち露はれませうがな』
春彦『高姫さま余りぢやありませぬか、現に私が証拠人です。折角命を助けて貰ひながら、何と云ふ無茶な事をおつしやるのですか』
高姫『オツホヽヽヽ、同じ穴の狐同志が同盟して、甘い事をおつしやいますワい。何程あの川のやうな深い企みをしても、知慧の流が浅いのだから、直に底が見えましてな、ホツホヽヽヽ』
カール『何とマア小面憎い婆アだなア。俺も最早愛想が尽きて来た』
高姫『さうだらう さうだらう、小面憎い婆アで愛想がつきたものだから、突き落したのだな。カールは口から、吾と吾手に白状しましたねエ』
春彦『アーア、モウ情ない……これ、カールさま、どうぞ私に免じて、御腹が立つだらうが怺へて下さいや』
高姫『コレ春公、怺へてくれと云ふのは、ソリヤ見当違ひぢやありませぬか。大それた日の出神の生宮………とも云ふべき、この高姫をこんな目に合せておいて、なぜ低頭平身、おわびをせないのか、チツト方角違ひぢやありませぬか』
春彦『知りませぬワイ。お前のやうな疑ひの深い悪垂れ婆アは、今日限り絶交だ、カールさまに対して申訳がないから……人の命を助けてやつて、あやまらねばならぬ法がどこにあるものか、おまけに吾々が突き落したなどと、無理難題を云ふにもほどがある』
高姫『謝罪らな、あやまらぬでよい。殺人未遂罪で告発するからその積りでゐなさいや』
カール『高姫さま、あなたは余り俄にあんな所から転倒なさつたものだから、精神が逆上してるのでせう。マア気を落ち着けてよく物の道理を考へて御覧なさい。私はこれから御暇いたします』
高姫『ヘン、口と云ふものは重宝なものですなア、甘い事云つて逃げようとしても、逃がしませぬぞや。人殺し奴が!』
春彦『エヽもう俺も堪忍袋の緒が切れた。たとへ天則違反になつても、カールさまに対して申訳がない、覚悟せい!』
と云ひながら、其処にあつた木株の火鉢を取るより早く、高姫目がけてブチつけようとする。この時カールはあわてて、
カール『ヤア春さま、まつた まつた』
と抱きとめる。春彦は、
春彦『オイ、カールさま、構うてくれな。おりやモウ死物狂ひだ』
と火鉢を両手に、頭上高くふり上げたまま、目を怒らしてゐる。高姫は、
高姫『ヘン、春の野郎、何をするのだ。そんな事でビクつくやうな高姫ぢやありませぬぞえ。悪い事をした言訳のテレ隠しに、そんな狂言を、二人が腹を合せてやつた所で、計略の奥の奥まで、チヤンと見えすいた高姫、そんな威喝は駄目ですよ。オホヽヽヽ』
 春彦益々怒り、
『モウ了見ならぬ』
と高姫の頭に投げつけようとする。カールは力一杯春彦の捧げた両手を握つてとめやうとする。火鉢はいつの間にかひつくり返り、三人の頭の上は灰だらけになり、真黒けの黒猫になつて、目も見えぬままに金切声を張り上げ掴み合うてゐる。この所へ言葉も静に、
『御免なさい』
と云ひながら、門口の戸を開けて入り来る一人の立派な男ありき。これは言依別命なりける。

(大正一一・八・二四 旧七・二 松村真澄録)



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