出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語31-3-201922/08海洋万里午 脱皮婆王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
焼野ケ原
あらすじ
 河は急流で渡れず、後へ引き返そうとすると、岩石が燃える炎に阻まれて、戻ることもできない。そんな二人をガリガリ亡者達が取り囲んで襲おうとする。二人は、川に飛び込んで逃げ、焼野ケ原にやって来る。そこでは、脱衣婆が因縁を説く。そうしていると、鬼が二人を火の車で迎えに来たので二人は震えあがる。
名称
赤鬼 秋山別 青鬼 ガリガリ亡者 脱衣婆 モリス
エリナ 閻魔大王 紅井姫 人鬼
シーズン河 三途の川 焦熱地獄 火の車 焼野ケ原
 
本文    文字数=13137

第二〇章 脱皮婆〔八八六〕

 二人は漸く広き河の辺に辿り着いた。見れば非常な広い河でしかも急流である。橋もなければ容易に渡る事は出来ない。後へ引返さむとすれば、岩石の炎は盛に燃えひろがり、道を塞ぎ、グヅグヅしてゐると、煙に包まれさうな勢である。『アヽ如何にせむ』と川端に二人は地団駄をふみ、遂には泣声を出して藻掻き出した。どこともなしに厭らしき声が聞えて来る。フツと見れば、渋紙のやうな肌をした赤裸の人間が肋骨を一枚々々表はしたガリガリ亡者である。一目見てもゾツとするやうな、厭な姿であつた。この亡者は赤裸ではあるが、男とも女とも少しも見分けがつかなかつた。ただ骸骨の上に渋紙のやうな色した薄ツペらな皮が、義理か役かのやうに包むでゐるのみである。
 秋山別は心の中に思ふやう……どうせ、こンな訳の分らぬ所へ来たのだから、ロクな奴は出て来る筈はない。余り気を弱く持つて居たならば、先繰り先繰りいろいろな奴が出て来て、何をするか分らない、強くなくては……と俄に決心の臍を固め、声も高らかに、
『オイ我利坊子、貴様は現世の奴か幽界の奴か、返答をせい。現世には貴様のやうな奴はメツタに見た事はないが、大方娑婆に居つて吾れよしの有り丈を尽した我利我利亡者の連中が、欲の川へ落込み濁流を呑ンで、こンな態になつたのだらう。一つ旅の慰みに貴様の来歴を聞かしてくれないか』
『俺は剛欲ハルの国、身勝手郡、吾れよし村の欲皮剥右衛門と云ふ男だよ。一人の男は同国同郡同村の金借踏倒しといふ亡者だよ。今冥途へ来てから、名を替へて、骨皮痩右衛門、墓原の骨左衛門となつたのだ。お前はアノ自称色男の秋山別、モリスの両人に違いあるまいがな』
『貴様どうして俺の素性を知つてゐるのだ』
『きまつた事よ。余り貴様がこの川上で立派なナイスのやうな化者を捉まへて、現を抜かしてゐるから、俺も金と色とにかけては、現界に居つた時から、天下無双の豪傑だつたが、俺の目の前で、余り巫山戯たことをしよるものだから、チツとばかり癪にさはり、ナイスが川の中へとつて放つたのを幸ひ、河童となつて、貴様の睾丸を引ちぎり、冥途の旅をさしてやつたのだ。アツハヽヽヽ』
『オイ、モリス、此奴が俺達の命を取つた餓鬼だと見えるワイ。サウもうこう白状致した以上は、了見ならぬ。バツチヨ笠のやうな、骨と皮との体をしよつて、洒落たことを致す亡者だナア。これから両人が踏みにじつてくれるから覚悟を致せ』
『アツハヽヽヽ、女に捨られ、命まで棄てた腰抜亡者の分際として、何を吐すのだイ。コリヤこの欲皮は貴様の見る通り、壁下地が表はれて、ニクもない可愛い男だが、しかし俺の体は満身骨を以て固めてあるのだぞ。亡者なぶりの骨なぶり、見事相手になるなら、なつて見よ』
 モリス始めて口を開き、
『コリヤ、我利々々亡者、欲皮剥右衛門とやら、俺を何と心得てゐるか』
『何とも心得て居らぬワイ。失恋狂の川はまり、土左衛門の成れの果て、恋の焔におひかけられて、その情熱を消すべく、この川辺まで逃げて来よつたモリスぢやない、亡者だらう。亡者々々致して居ると、この欲川はモウ容赦はならぬぞ。女の手を引張つて、都見物の亡者引のやうに、見つともない何の態だイ。チツとは恥を知つたが良からうぞ』
『何を吐しよるのだイ。貴様は欲の皮を剥いで、現界に居つた時は、人鬼と云はれて来た代物ぢやないか。その天罰が廻つて来て、河鹿か何ぞのやうに、川住居をしよつて、ガアガア吐すと、本当の蛙になつてしまうぞ。蛙の行列向う見ずと云ふ事があるぢやないか。蒸せ損ひの饅頭のやうに、かはばかりにへばりつきよつて、現界でも喰へぬ奴だつたが、ヤツパリ茲へ来ても骨だらけで、味もシヤシヤリもない喰へぬ代物だなア。しかしながら貴様も何時迄もこンな所に居つても仕方がないぢやないか。モリスさまに従いて来ないか。結構な結構な針の山か、血の池か、茨の林へ連れて行つて、蜥蜴の丸焼でも振れ舞うてやるからのウ』
『そんならこの金借も伴れて行つてくれないか。ただで貰う事なら蜥蜴だつて、蛙だつて構うものか、又ただで案内してくれるのなら、仮令針の山でも血の池地獄でも構やせぬワイ。ともかく俺は貰ふ事が好きな性分だい。出す事なら舌を出すのも手を出すのも嫌ひな亡者さまだよ。サア早く行かう』
『こりや嘘だ、貴様のやうな者を道伴れにしてどうなるものかい。紅井姫がシーズン河へ飛込ンで、冥途の道に待つてゐるのだから、そのやうな者を連れて行かうものなら、それこそモリスの男前が下がつてしまうワイ』
『貴様は冥途へ来てまで二枚舌を使うのだな。徹底的な大悪人だ。ヨシ今金借さまがその二枚舌を抜いてやらう』
と云ふより早く、川縁の手頃の石をクレツとめくると、その下から、沢山の釘抜がガチヤガチヤするほど現はれて来た。金借亡者は、矢庭にこれを手に取り、モリスに向つて襲ひ来る猛烈な勢に、流石のモリスも堪りかね、忽ちザンブと激流に飛込み、
『秋山別早く来れ』
と云ひながら、抜手を切つて、流れ渡りに向う岸へヤツと取りつき、着物を脱ぎ棄て、力一杯圧搾し始めた。秋山別も辛うじて泳ぎ着き、これまた衣類を絞り、二人は川向うの二人の亡者に、腮をつき出し拳骨を固めて空をなぐり、十分に嘲弄しながら、一生懸命に何者にか引かるるやうな心地して、北へ北へと走り行く。
 何とも譬へやうのない不快な血腥い風が吹いて来る。油で煮られるやうな熱さを感じて来た。二人はヘタヘタになつて、どつか木の蔭があれば、休まうと、目をキヨロつかせ、そこらあたりを眺めて居ると、何とも形容の出来ない一本の木が枯葉を淋しげに宿して立つて居る。せめてはこの木蔭にと立寄つて見れば、厭らしい種々の毛虫がウジヤつてゐる。二人は肝を潰しながら、またもや焼きつくやうな大地の上を歩み出した。少しく前方に萱を以て葺いた小さい家が、珍しくもただ一軒建つて居る。これ幸ひと立寄つてソツと草で編ンだ戸の隙間から、中を覗くと、爺とも婆とも見当のつかぬ老人が唯一人、水涕をズーズーと垂らしながら、切りに草鞋を作つてゐる。秋山別は外から、
『モシモシお爺イさまかお婆アさまか、どちらかは知りませぬが、吾々は旅人でございます。余り暑いので、最早やり切れなくなりました。どうぞあなたの涼しい御宅で、しばらく休まして下さいな』
 小屋の中より皺枯れた声で、
『ここは焦熱地獄の八丁目だ。ようマア踏み迷うてござつた。閻魔大王様から、お前達二人が茲へ来るから、茲に待伏せして居れと御命令を受けて、二三日前から待つてゐたのだよ。好い所へ来てくれた。サアゆつくりと這入つて休息さつしやい。やがて赤鬼や黒鬼が火の車を持つて、お前達二人を迎へに来るから、マア楽みて待つてゐるがよからう。一度は火の車に乗つて見るのも面白からうぞや』
『モシモシそりやちつと困るぢやありませぬか。どうして吾々がそンな火の車に乗らねばならぬやうな悪い事を致しましたか。そりや大方人違ひぢやございますまいかなア』
『儂は焼野ケ原の脱皮婆アと云ふ者だ。三途の川には脱衣婆と云ふ者が居つて着物を脱がすが、そこを通る奴は罪の軽い連中だよ。この焦熱地獄の旅行する奴は最も悪い罪人が出て来る所だ。それだから、お前の肉の皮をスツカリ剥ぎ取つて、剥製にして黄泉の都の博物館に陳列し、皮を剥いだ後の肉体は火の車に乗せて、閻魔の庁へ送り、鬼共が喜びて、塩焼にして食てしまうのだから、心配することはない。今となつて心配した所で駄目だよ。チヤンときまり切つた運命だから……』
『お婆アさま、そりや本当ですかい。チツとモリスには合点が往きませぬがなア』
『合点が往かぬ筈だよ。合点の往かぬ事ばかりやつて来たのだから、無理はなけね共、もういい加減に因縁づくぢやと合点をせなきやならなくなつて来たよ。お前を迎へに来る火の車は自惚車といふ妙な脱線し転覆する車で危ないものだが、紅井のやうな赤い顔をして、目を剥いた女の鬼が一人、また少し年増のエリナと云ふ女鬼が一人、火の車を二つ持つて、お前を迎へに来る段取がチヤンと出来てゐるのだから、今の間なりと気楽に歌でも唄つておかつしやい。火の車が来たが最後、お前の体は不動さまのように、恋の情火が燃え立つて、熱い目に会はねばならぬのだからな。あゝ思へば思へば不愍なものだワイ。

 火の車別に地獄にやなけれ共
  己が作つて己が乗り行く

とか云つて、お前が作つた完全無欠な火の車だから、誰に遠慮も要らぬ。ドンドンと乗つて行かつしやれや。何事も世の中は自業自得だ。善因善果、悪因悪果、蒔かぬ種は生えぬとやら、自分が蒔いた種が成長して、花が咲き実がのり、また自分が収穫をせなくちやならぬ天地自然の法則だからなア』
『エー、秋山別は別に女に対し、恋慕は致しましたが、まだ生れてから、女一人犯したことはござりませぬ。何がためにそれほど重い罪を科せられるのでせうか。これ位な微罪を、さう喧かましく詮議立てをし、処罰をして居つたならば、地獄の牢屋もやり切れますまい』
『軽い罪は皆見のがして、三途の川で衣を脱がし、それから生れ赤子の赤裸にして、霊の故郷へ帰してやるのだが、お前のやうな罪人はどうしても帰す事が出来ないよ。また何程立派な審判の鬼だとて、中には盲もあるから、お前の罪は俺が聞いても、ホンの軽いやうに思ふが、火の車に乗せられて、焦熱地獄へ落してやらうと判決されたのだから、この婆アの力ぢやどうする事も出来ない。閻魔さまだつて直接に調べるのぢやないから、疎漏もあるだらうし、無実の罪で来て居る憐れな人間もチヨイチヨイあるやうだ。何程冥途の規則が立派に出来上つて居つても、それを運用する審判の鬼が盲だつたら駄目だからな。マア諦めるより仕方があるまいぞよ。上の大将からして、盲の幽霊ばかりだから困つたものだよ。この婆アもお前には満腔の同情を表してゐるけれど、上から押へられるのだから、どうする事も出来やしない。お前の言訳を一つでもせうものなら、それこそ大変だ。下の役の癖に上役の裁いた事を、何ゴテゴテ言ふかと云つて、一遍に免職さされてしまうのだ。さうすればお前が今渡つて来た欲の川に居つた我利々々亡者のやうに骨と皮とになつてしまはねばならぬ。アーア暗がりの世の中と云ふものは情ないものだわい』
と婆アさまは鼻をすすり、そろそろと泣き出した。
 かかる所へガラガラガラとけたたましき音を立て、いかめしき面した赤鬼、青鬼、金平糖を長うしたやうな金棒を携へ、二台の火の車を引つれて、この場に向つて勢よく駆けつけ来る。二人は『アツ』と驚きその場に倒れ伏しける。

(大正一一・八・二〇 旧六・二八 松村真澄録)



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