出口王仁三郎　文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語31-3-181922/08海洋万里午 シーズンの流王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
シーズン河
あらすじ
　エリナもまた女権拡張の話を始める。秋山別がエリナに言い寄るが、「モリスも秋山別も、紅井姫が目当てで、自分は添え物だった」などと、二人に訓戒をし始める。モリスと秋山別はカツとなって、エリナに殴りかかる。エリナは反撃し、二人をシーズン河に投げ込んでしまう。
名称
秋山別　旭明神　エリナ？　紅井姫？　月日明神　モリス
楓別命
シーズン河　女権拡張　ヒルの都　婦人解放論
 
本文    文字数=12941

第一八章　シーズンの流〔八八四〕

　エリナはモリスの暗祈黙祷せる姿を嘲笑的に流し目に見やりつつ、秋山別に向ひ、
『オイ秋山君、君は紅井君をどうしたのだイ。まさか君の云ふやうに、シーズン河へ投身するやうな馬鹿な女でもあるまいがねー。もし僕だつたら、君のやうな蜥蜴君には命をすてるやうなこたア、馬鹿らしくて出来ないね、また君も君ぢやないか、あれほどスヰートハートしてゐた紅井君が水中に陥没したのだから、この際対岸の火災視して居る訳にも行かぬぢやないか。男子と云ふ者は随分無情冷酷なものだね、それだから吾々目ざめた婦人達は、婦人開放論を唱へたり、女権拡張を高唱したり、婦主夫従の法律を制定せむと躍起運動をやらなくちやならないやうになつて来たのだ。君も真に紅井君に同情をよせてゐるのならば、なぜ身を挺して水中に飛込み救ひ上げないのかイ。この渓流を眺めて恐ろしくなつたのだなア。実に卑怯な男だね。こンな男に狙はれた紅井君も迷惑だ。僕だつて、こンな男子と一日でも添はねばならぬと思や、紅井君ぢやないが、僕も一層の事淵川へ身を投げて死の神の手にキツスをしたくなつて来るよ。君も余程デレ助の割には、物の分らぬ人物だね』
『ヤアまた妙な事を口走り出したぞ。何でもこの辺には悪霊が沢山居ると云ふ事だから、可愛相に、憑依されたのだなア。オイオイ　モリス君、君もちつと心配してやつたらどうだイ。何程拝ンで居つたつて、この発動は容易に停電する気遣ひはないよ。君と僕と相提携してエリナ君を説服し、元のエリナの精神に立直してやらうぢやないか』
『オイ、秋山別、お前もヤツパリ感染して居るようだぞ。エリナさまと同じやうに君だの僕だのと、そンな言を使うない。今迄のやうに俺とか、わしとか、お前とか、貴様とか云つたらどうだい。そンな言を使ふと、俄に何だか二十世紀とか云ふ世の中が思ひ出されて来るワ』
『あゝさうだつたなア。ウツカリして居つて類焼の厄に会う所だつた。幸ひお前の蒸気ポンプがあつたために延焼の害を免れてマア結構だ。しかしエリナさまのこの発動は困つたものだね』
『皆さま、御心配して下さいますな。妾はおかげによつて、精神快活になりましたよ。どうして今のやうなハイカラな御転婆になつたのでせうか。わたし、お二人さまのお顔を見るのも恥かしうなつて来ましたワ。ホヽヽヽヽ』
と赤い顔をしながら、袖にてかくすその殊勝さ、何とも云へぬ趣がある。二人は恍惚として、エリナ姫を眺め居る。
　モリスは秋山別に向ひ、一寸腰を屈め、いと叮嚀な言葉で、
『秋山さま、今日は存じも寄らぬ事が出来まして、さぞさぞ御愁歎でございませう、御察し申上げます。折角茲まで漕ぎつけて、いよいよ夫婦結婚の式をあげようと云ふ間際になり、紅井姫さまは無情の風に誘はれて遠い国へ御旅立、さぞ御淋しうございませう。身につまされて同情の涙に堪へませぬ』
『ハイ有難う存じます。紅井の花も半開にして散りました。無情の嵐に吹かれて、手もなく打おとされ、実に残念でございます』
と鼻をすする。
『モシ秋山さま、あなた紅井姫様を本当に女房にする御考へでしたか』
『ハイ寝ても醒めても吾目にちらつき、一刻も忘れた事のない紅井姫さま、実に残念な事を致しました。ヒルの都の楓別さまがこの事をお聞き遊ばしたら、嘸お歎き遊ばす事でございませう』
『あの方を本当の紅井姫様と秋山さまは思つてゐらつしやいますのですか。あの方は旭……否々旭の直刺す、夕日の日照らすヒルの国の紅井姫によく似た御方でございますが、妾の考へでは少しくお背が高いやうな気が致しまして、どうも合点が参りませぬワ』
『ハイ何分十九の花盛り、背の伸びる最中ですからなア。若い女と云ふ者は、三日見ぬ間に桜哉で、見違へるように変るものでございます。私は決して外の方とは思ひませぬワ』
『そんならエリナの私はどう見えますか』
『秋山の目にはどうも見えませぬな。別に変つた所もないやうです』
『折角此処まで御伴願ひましたが、これで妾はお暇致します。お二人共、御機嫌よく御修業遊ばし、天晴れ立派な男となつて、ヒルの国へ帰り、元の如く神界の御用を勤めて下さいませ、左様ならば……』
と足早に立つて行かうとするのを、モリスは周章てて、
『モシモシ、エリナさま、一寸待つて下さい。私が此処迄はるばるやつて来たのは、何のためか、貴女御存じでせうなア』
『ハイよく存じて居ります。あなた方御二人様は恋の虜となつて、紅井姫様を女房にせうと、昼も夜も争ひ、修羅をもやしてござつたのぢやございませぬか。私はホンのあなたの目から副産物位に見做されて居つたはした女でございますよ。あなた方も当の目的物たる紅井姫様が、こうお成り遊ばした以上は、最早女に対する執着心も離れたでせう。妾はあなた方に対して何の関係もない者でございますから、お先へ、すまぬ事ながら、御免を蒙りませう。男の方と伴らつて歩いて居ると、また世間が何とかかとか噂を立て、うるさくて堪りませぬから、浮名を立てられ濡れ衣を着せられない中に、茲を妾が立去つた方が、双方の利益でございませう』
『エヽ一寸待つて下さい。秋山別も茲までこうして参りましたのも、あなた方のお後を慕ひ、夫婦の約束を結び、円満なる家庭を作り、神業を勤めようと思つて、参つたのでございますから、ここで御別れするのは、実に本意なうございます。サア、エリナさまこれからあなたは秋山別の宿の妻、余り悪うもございますまいなア』
『ホヽヽヽヽ、おいて下さいませ。あなたは紅井姫様に一生懸命におなり遊ばし、死ねば諸共死出の山、三途の川も手を引いてなぞと、おつしやつて、姫様をお口説き遊ばした事がございませう。それだけ思ひ込ンだ姫様が現在、この谷川に身を投げてお死くなり遊ばしたのを、救ひ上げるといふ親切も無ければ、遺骸を捜し出して叮嚀に葬ると云ふ誠もなく、今お死くなりになつたばかりの最中に、私に向つて何と云ふ事をおつしやるのですか。それだから男と云ふ奴は仕方のないものだ……と云つて女の方から注意人物視されるのですよ。ヘン阿呆らしい、当座の花にしておいて、妾を玩弄物になさらうと、御考へになつても、そンな馬鹿な女は広い世界に半人だつてありさうな事はございませぬよ。そンな馬鹿な事は言はずにおきなさいませ。紅井姫様に対してもお気の毒ですワ』
『決して決して、左様な水臭い心ではございませぬが、何程悔みたとて、焦つたとても、一旦死ンだ人は帰つて来る道理もございませぬ。私が涙をこぼして泣かうものなら、それこそ紅井姫の魂は宙宇に迷うて、行くべき所へもよう行かず、苦労をなさるのが気の毒でございます。それ故私がフツツリと思ひ切つて上げた方が、姫様の執着が残らないで、早く成仏遊ばす事だらうと思ひ余つての親切、腹の中で涙を流して表面はこう綺麗に賑やかさうに言つて居るのですよ。どうぞ恋しい女に別れた私の心、推量なさつて下さい』
と涙をふき、
『これほど心底の深い男を夫に持つ女房はさぞさぞ幸福でせう。エリナさま私の心が分りましたら、一滴同情の涙を注いで下さい。そして私のこの悲しみを慰めるために、二世も三世も変らぬ夫婦ぢやと、一口おつしやつて下さいませ。さうすれば私は申すに及ばず、紅井姫様が何程お喜びなさるか知れませぬ。エヽ悲しくなつて来た。あゝどうせうぞいなア』
とワザと泣いて見せる。
　エリナは冷やかに笑ひながら、
『それだから腰抜男は困るのですよ。女一人位にその態は何ですか。本当に厭になつてしまつた。モリスさま、お前さまも、こンな腰抜男と何時迄も一所に歩いてゐると馬鹿にせられますよ。いい加減に思ひ切つて大活動をなされませ。何ですか紅井姫様に現を抜かし、二人の男が恋を争ひ、終局の果には、秋山別に甘く丸めこまれ、エヽそンなら一人の女に二人の男、体を割つて分ける訳にも行かないから、当座の鼻塞ぎに、エリナでも女房にせうか、そしてしばらく辛抱をするのだ、などと虫のよい考へを以て、ようマアはるばると、阿呆らしうもない、こンな所迄お出でになりましたなア。何程エリナが馬鹿な女だつて、そンな間に合ひに使はれてなりますか。余り馬鹿にして下さるなや。エリナだつて矢張性念もありますよ。紅井姫様とどれだけ、どこが違つて居りますか。ただ人間のきめた貴族とか平民とかの階級に高下があるだけぢやありませぬか。いい加減に目を醒まして、こンな馬鹿な事はおよしなさいませ。まだ女に対して云々するだけの、あなたの体に資格が付いてゐませぬよ。エリナが別れに臨ンで、お前さま達の前途のために訓戒しておきますワ』
　モリスはあはてて、
『モシモシあなた俄かに御心変はりがしたのですか。そンな筈ぢやなかつたになア』
『モリスさまの勝手に御定めになつた夢の中のエリナは女房だつたさうですねエ』
『イエ、どうしてどうして夢所か一生懸命ですよ。さう悪く取つて貰つちや困ります。どうぞ私の女房になつて下さいな』
『男の方から女房になつて下さいな……などと頼むやうな腰抜男は、頭から嫌ひですわいな』
『コレコレ　エリナ殿、その方は吾々の眼鏡にかなつた女だから、秋山別が抜擢して、吾宿の妻にして遣はす。一旦女房と致した以上は、少々の瑕瑾や失敗位は、神直日大直日に見直し聞直し宣り直す位の雅量を持つて居るこの秋山別、実にエリナ姫殿も仕合せでござらうなア』
『えゝおきなさいよ。ヒヨツトコ男の腰抜野郎ばかりが、二人もこンな処に迷ひ込ンで来て、アタ態の悪い、いい加減に恥を知りなさい、馬鹿だなア。君もモチと気の利いた男だと思つてゐたのに、余りの腰抜野郎で、僕も愛想がつきた。川の中へなと、身を投げて死ンだ方が、社会のためだらうよ』
　秋山別、モリス両人はムツと腹を立て、
『言はしておけば、際限もなく、裸一貫の丈夫に向つて、罵詈雑言、モウこの上は了見致さぬ。二人の男に一人の女だ。サア覚悟せよ』
と鉄拳を固めて左右より打つてかかるを、エリナは右にすかし、左に避け、遂には秋山別の首筋を掴むでシーズン河の激流へザンブとばかり投げ込みにけり。
『何、猪口才な』
とモリスは力限りに打つてかかるを、エリナは、『エヽ面倒なり』とまたもや首筋を引掴み、激流目がけて、ザンブとばかり投げ込み、煙となつて、自分もその場に消え失せにけり。
　二人は激流に呑まれ、その姿さへ見えずただ激流の音のみ聞へける。

（大正一一・八・二〇　旧六・二八　松村真澄録）
（昭和九・一二・一九　於富山市　王仁校正）



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