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原著名出版年月表題作者その他
物語31-2-81922/08海洋万里午 人獣王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
日暮シ河
あらすじ
 国依別、エリナ、紅井姫の三人は日暮シ河の丸木橋のほとりに到着した。しかし、橋は地震のために落ちてしまっていた。そこで、三人はやむを得ず、橋のたもとの萱草の中で一夜を明かすこととなった。
 そこへ、秋山別とモリスが一行を追ってくるが、エリナと国依別が気味の悪い声を出すとおびえて逃げ去ってしまう。
名称
秋山別 エリナ 国依別 紅井姫 モリス
大天狗
アラシカ峠 アラシカ山 ウラル教 大地震 紅裙隊 日暮シ河 日暮シ山 ヒルの館
 
本文    文字数=13765

第八章 人獣〔八七四〕

 国依別の宣伝使は  紅裙隊を引率し
 ヒルの城下を立出でて  数多の人の病を
 鎮魂言霊の神術に  救ひ助けつ漸くに
 ヒルの城下を後にして  アラシカ峠に差かかり
 足並弱き紅井姫  エリナの二人を伴ひつ
 黄昏時に鬱蒼と  樟の大木の茂りたる
 神王の森に立寄りて  夜露を凌ぎ一夜さを
 明かさむものと三人が  樟の根元に腰をかけ
 息を休むる折柄に  暗の中よりフウフウと
 怪しの声は響き来る  暗の帳は深くして
 確にそれと分らなく  山犬どものざれ合ひか
 但は獅子のいがみ合ひ  何か知らねど近よりて
 調べて見むと星影に  すかして見ればこは如何に
 思ひも寄らぬ荒男  揉みつもまれつ搦み合ひ
 命カラガラ挑み合ふ  国依別は諾づいて
 吾れは御山の大天狗  神王の森の守護神ぞ
 不届き至極な聖場に  来りて喧嘩をなぜ致す
 何れの奴か知らね共  首筋つかむで樟の枝に
 股引裂いてかけてやろ  覚悟致せと呼ばはれば
 二人の男は驚いて  パツと二つに立別れ
 両手を土につきながら  ヒルの館に仕へたる
 秋山別と申す者  私はモリスと申します
 女房の選挙につきまして  競走次第に激烈と
 なつた揚句がこの通り  誠に済まぬ事でした
 これこれモウシ天狗さま  紅井姫を私の
 女房に与へて下さンせ  モリスの女房にやエリナ姫
 これを与へて下さらば  天下は忽ち太平に
 家庭の円満目のあたり  どうぞよろしう願ひます
 語ればモリスは首をふり  イエイエもうし天狗さま
 こンな男に紅井姫の  やうな美人は惚ませぬ
 どうぞ私に下さンせ  彼にはエリナで十分だ
 よろしく御さばき頼みますと  一心不乱に手を合せ
 頼み入るこそ可笑しけれ  吹き出すばかりの可笑しさを
 ヂツと怺へて国依別は  またもや天狗の作り声
 アラシカ峠を登り来る  二人の女を競走して
 勝つた者にはくれてやらう  決勝点に先着の
 勇士に紅井姫をやる  敗けた奴にはエリナ姫
 与へてやるから辛抱せよ  国依別の神司は
 俺が守護して望みの通り  谷の底へと放つてやらう
 一二三つ早行けと  その掛声に両人は
 先を争ひバラバラと  こけつ転びつ降り行く
 後に国依別は高笑ひ  アハヽヽヽアハヽヽヽ
 エリナ紅井お姫さま  今宵は実に面白い
 余興を見せて貰つたと  笑へば姫は驚いて
 妾は胸がドキドキと  怖い思ひをしましたよ
 あなたどうしてござつたか  本当に怖い天狗さま
 先づ先づ無事で目出たいと  未通娘の愛らしさ
 国依別は両人を  伴ひ此処を立出でて
 アラシカ山の山頂に  漸く登り傍の
 森林さして忍び入り  ここに一夜を明かしつつ
 旭の光を浴びながら  アラシカ峠の急坂を
 西南指して降り行く  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませよ。  

 国依別は漸くにして日の暮るる頃、二人の足弱き女を労はりながら、日暮シ河の丸木橋の畔まで辿り着いた。大地震のために橋はスツカリ墜落してしまひ、日暮シ河は滔々として濁水が流れて居る。止むを得ず、橋の袂の萱草の中に三人は一夜を明かす事となり、安々夢路を辿り居る。
 夜中頃と覚しき頃、二人の女はふと目をさまし、ガサガサとそよぐ萱の葉音に戦き、目を据ゑて窺ひ見れば、二人の荒男あたりをウロウロ迂路つきながら、
『オイ、モリス、あの天狗、とうとう俺等を馬鹿にしよつたぢやないか。あの時に天狗に魅まれさへしなかつたら、今頃には甘く追ひついて、此方の者にして居る所だつたのに、なア本当に馬鹿を見たぢやないか』
『それでもあの時に天狗が現はれなかつたならば、俺かお前か、どちらか命がなくなつてゐるのだぞ。マアおかげで二人共命だけは助かり、安全に此処迄捜索に来られたのだが、こう暗くなつては最早進む事も出来ないワ。大方国依別外二人の女は、余り遠くは行つて居ろまい。日暮シ山の岩窟へは、何程コンパスに撚をかけても、足弱の二人の女が従いてをるのだから、到底到着して居る気遣はないワ。やがて一時ばかりしたら月が出るから、一足でも先へ進まうぢやないか。キツとこの川堤を行きよつたに違ひないぞ』
『さうだらうかなア。しかし足を痛めて、この辺にすつこみて居やせまいかな。何だか人臭いやうな気がするぢやないかい、モリ公』
『そりやお前の神経作用だよ。決してこンな所に居るものかい』
『アノ国依別と云ふ奴、どこまでも癪に障る代物だから、何とかこらしめてやりたいと思うのだが、直に鎮魂とか、言霊とか云よつて、非常な力を出しよるから、一通りでは駄目だぞ。今度は甘く尾をふつて降参の体を装ひ、誠にすまぬ事を致しました。今後はスツパリ改心致しまして姫様始め皆さまにお詫に出ましたと、下から低う出て油断をさせ、小股を掬うて、ドサンと引くりかへし、その上から土足でギユツ ギユツとふみチヤクリ、腸を破つてしまうのだ。その後は此方の者だ。何と秋山別は妙案を出すだらう』
『妙案々々キツとウラル教から、軍師として招聘しに来るだらうよ。しかしながら此処で一つ選挙のしなをしをやらないと、またしても紛擾の種を蒔くやうな事では互の不利益だからなア』
『モウ、モリス、選挙は止めにせうかい。成功せない中から定めておいた所が仕方がないぢやないか。それより願望成就の上、ヂヤンケン坊なつと、籤引なつと、或は御神籤なつと、どんな方法でもあるから、その上の事にせうかい。今きまつてしまふと、当選者の方は活動する楽みがあるが、負た方は張合が無うて命がけの活動は出来ぬからのウ』
 紅井姫は二人の話を聞いて慄ひ上り、エリナの体に喰ひついて息をこらし居る。
 エリナは俄に作り声をしながら、萱の繁みに身を隠し、
『ホツホヽヽヽ』
と力のない厭らしい声で笑ひ出した。紅井姫はビツクリして、
『モシモシ姉えさま、勘忍して下さいな』
と泣き声になる。
『姫さま、御心配なさいますなや。エリナが一寸化者の真似して、彼奴等二人を追ひちらしてやるのですから』
『それでも、あなた、そンな声をお出しになると、妾怖うて堪りませぬワ。貴女が化者のやうに思はれてなりませぬもの』
『心配しなさるな。怖いこたありませぬよ。向方を怖がらしてやりさへすれば良いのです。これからエリナは、チツと厭らしい事を云ひますからその積りで居て下さい。キツと怖い事はありませぬからなア』
『それでもこンな怖い野原に寝てゐますのに、まだそンな声を聞かされては、髪の毛が縮むやうな気がして、怖くて堪りませぬワ』
『それほど怖ければ、エリナも止めておきませうかなア』
『どうぞ御頼みですから、厭らしい声は出さぬやうにして下さい』
と慄うてゐる。秋山別は小声になつて、
『オイ、モリス、何だか妙な声がしたぢやないか。気分の悪い晩だなア。こンな所に鶯の鳴く筈もなし、ホヽヽヽほンまに俺は気分がカブラカブラして、足が大根々々したよ。どうやら肝つ玉が洋行しさうだ、本当に気味の悪い夜さだなア』
『ナアニ心配すな、アリヤ鳩の爺イだよ。野鳩がこの辺に寝てゐるのだが、年がよつて歯が抜けたと見え、あンな声を出しよるのだよ』
 国依別は最前から目をさまし、双方の様子を聞きゐたり。
『ハテ面白い、此奴一つおどかして、帰なしてやらねば、未通育ちの姫さまが、また怖がつて仕方がない』
と小声に囁きながら、芒の株を力一杯、ガサガサガサと揺つて見せた。秋山別は肝をつぶしドスンと腰を下し、
『ギヤハヽヽ、抜けた抜けたア、一寸来てくれやい』
『何が抜けたのだ』
『腰だ腰だ、どうしても歩けないワ。何だか怪体な者が居よるぢやないか。昨夕の天狗なら一寸も怖い事ないが、あンな厭らしい声を出しよると厭らしくて仕方がないワ、モリ公、お前も怖からふ』
 モリスは何となく心淋しくなり来たり、しかし無理に空元気をつけて、震ひ声を出し、
『オイ、アヽヽ秋山別、ナヽヽ何がそれほど怖いのだ。天下無双のヒーロー豪傑、ヂヤンヂヤヘールのモリスさまが、ゴヽござるぞよ。バヽ化者位、仮令千匹や万匹出て来た所で、チツとも怖くない事はないワイ、チヽヽチツとしつかりせぬかい』
『ギヤツハヽヽヽ、ギユフヽヽヽ、ギヨツホヽヽヽ』
と国依別の怪声。
『モリス、それまた出よつたぞ。益々怪体な声を出すぢやないか』
『さうだ、ギヤフアハヽヽなンて人をギヤフンとさす化者の計略だらう……ヤイ化者、ギヨホヽヽヽて何ぢやい、その位な事でこの方はギヨツとはせぬぞよ。ギユフヽヽヽなンてそら何ぢや。ギユーと云はさうと思つたつて、そンな事がこたへるやうな俺と思ふか。バヽ馬鹿らしい。今日は日が悪いから、また明日に出直せよ』
 紅井姫小声で、
『なア姉えさま、どうしましよう。あンな事姉さまがおつしやるものだから、本まの……本まものが出たぢやありませぬか、妾怖いわ』
 エリナ小声で、
『姫さま、心配なさいますな。ありや国依別さまがあんな事を言つてるのですよ。化者でも何でもありませぬから』
『姉さま、どうぞ御頼みですから、国依別さまに、あンな事言はないやうに止めて下さいなア』
『マア良いぢやありませぬか。妾がかうしつかりと抱へて上げますから、さう震はずに、気をしつかりなさいませ』
 国依別萱をガサガサと揺りながら、怪しい作り声をして、
『ホーホーホホホー、アホ アホ アホ アホ アホ、アヽヽホヽヽキヽヽホヽヽヤホヽヽマホヽヽワホヽヽケホヽヽホホホイケキヨ、モーホ、リーホ、スーホ、ホホホーホーケキヨ、ケツキヨ ケツキヨ ケツキヨ、ニヤーン、モウ モウ、ワン ワン ウー、ヒン ヒン ヒン』
『オイ、モリス、いよいよ怪しからぬ事になつて来たぞ。鳥だと思へば猫の声を出しよる、猫かと思へば牛犬狼虎に馬、オイどうぞ頼みだ、俺を負うて逃げてくれぬかい。腰が立たぬワイ……』
『オヽヽ俺だつて、腰が怪しくなつて来たワイ。足だつて細かう動き出すなり、お前所か、俺の身が持てぬのだイ』
『なんぼ利己主義が発達した世の中だとて、チツとは秋山別にも同情してくれたらどうだ』
『俺だつてシンパシーの涙に暮れては居るが、かうなつては如何ともする事が出来ないぢやないか。心臓寺の和尚奴が無茶苦茶に早鐘をつきよつて、何所ぢやないワイ。俺やモウ人の事所ぢやない、四這になつて逃げ出すワイ』
とワナワナする足を、犬のやうに四這となり、ガサガサと元来し道へ這ひ出した。秋山別も余りの怖さに、腰の痛いのを打ち忘れ、無理無体にモリスの後に従いて、無暗矢鱈に這ひ出し逃げ出す。
『アハヽヽヽ、オイ秋山別、モリスの両人さま、アラシカ峠の大天狗またの御名は国依別命、紅井姫様のお伴をしてエリナさまと三人、此処に休息して居るから、チツと来たらどうだ。よい取持をしてやらうかなア』
 両人は益々驚き、
『ヤアバヽ化者奴、国依別の声色を使ひよつた。コラ大変だ』
と無性矢鱈にガサ ガサ ガサ ガサと四這になつて、力限りに逃げ出して行く。

(大正一一・八・一八 旧六・二六 松村真澄録)
(昭和九・一二・一七 王仁校正)



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