出口王仁三郎 文献検索

リンク用URL http://uro.sblog.jp/kensaku/kihshow.php?KAN=31&HEN=2&SYOU=11&T1=&T2=&T3=&T4=&T5=&T6=&T7=&T8=&CD=

原著名出版年月表題作者その他
物語31-2-111922/08海洋万里午 売言買辞王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
日暮シ山
あらすじ
 アナンは国依別の前に来て、地べたに手をついて、やたらに国依別を拝み倒す。国依別が「マチとキジを出せ」と言っても、アナンは何かとごまかしてしまう。そこで、国依別が無理に中へ入ろうとすると、アナンは後ずさりして、間違って、マチとキジが落ちた落とし穴に嵌ってしまった。
 国依別は縄梯子をおろしてマチとキジを救うが、アナンは「エスが見つかってから助ける」と、そのままにしておかれた。
名称
アナン エリナ キジ 国依別 紅井姫 ブール マチ ユーズ
エス
ウラル教
 
本文    文字数=11645

第一一章 売言買辞〔八七七〕

 アナンはハル、ナイルの両人を先に立て、岩窟の入口に悠然として腰打掛けて待つて居る国依別外二人の前に来り、忽ち地ベタに手をつきながら、
『これはこれは、国依別の宣伝使様、よくこそ斯様な所迄御入来下さいまして、岩窟内一同恐悦至極に存じ奉ります。就いては今迄御無礼の御咎めもござりませうなれど、三五教の御教通り、ただ何事も神直日大直日に見直し聞直し、吾々の身の過ちは宣り直し下さいまして、仁慈無限の大御心を発揮し下さいまして、何事もあなた様の大御心によりて寛大なる御処置を取られむ事を神かけて念じ奉ります。あゝ惟神霊幸倍坐世』
と国依別を無暗矢鱈に拝み倒し、一口も不足を言はせないやうに、大手搦手より鉄条網を張つてしまつたのは、実に狡猾至極の曲者である。
『これはこれはアナンさまとやら、何時ぞやらは丸木橋の畔において、花々しく御奮闘遊ばされ、実にあなたの神謀鬼策には国依別感嘆の舌を巻いてござる。兵法の奥の手は三十六計の中、逃ぐるを以て第一とすとかや、世の中は勝たう勝たうと思ふによつて治まらない、あなた方のやうに、少数の敵に勝を譲り、恥かしげもなく算を乱して御遁走遊ばすその御勇気には、吾々も倣はなくてはなりませぬ。負て勝取るとやら、ネツトプライスの掛値なしの店よりも、ドツサリと負値を吹き立て、客に対しドツサリ負てやる店の方がよく繁昌致しますから、定めてウラル教もよくお負遊ばしたのでせう。それ故得意は億客兆来の御繁昌でございませう。イヤもう国依別、側へも寄れませぬ。どうぞ相変らず御店の繁昌するやうに、今度もキレーサツパリと御負下さいませ。あなたの方において、算盤が合はないから負ないとおつしやれば仕方がありませぬ。私は漆彦命となつて負かしてあげませう。チツとはうるし、否うるさくても、そこが何事も神直日大直日に見直し聞直し宣り直すのでございますからなア、ハヽヽヽヽ』
『ハイハイ、まだ御取引の御用命を蒙らぬ中から、負て負てとこ切り御便利を計つて居りまするから、何卒永当々々御贔屓のほどを御願ひ申します』
『時に吾々の参りましたのは、一つ売つて貰ひたい品物がございまして、ワザワザ当商店へ罷り越した、新得意でございます。どうぞ安く負て御譲り下さいませぬか』
『御註文の品物とは一体何物でございますか。動物か、植物か、器具か或は魚類か、貝類か、何なつと御註文次第、有さへすればただでも進ぜませう。しかしながら無いものは御免を蒙つておかねばなりませぬ』
『吾々の買ひ求めに来た者は動物や植物ではありませぬ。摺出しと、キギスと住家とでございますよ』
『へー、これはまた妙な御註文ですな。キギスなどはこの館には居りませぬ。摺火もなければ売るやうな家も生憎仕入れて居ませぬので、どうぞ外さまを御尋ねなさつて下さいませ。へー毎度有難う、御贔屓に預りまして……』
『毎度御贔屓と云ふが、今日始めて註文に来たのぢやないか』
 アナンは切りに腰を屈め、揉手をしながら、
『へー、これは商ひの習慣でございまして、始めての御客さまでも、毎度御ひいきに……と云ふ事になつて居りまする。どうぞマア奥へお這入り下さいまして、京の御茶漬けでもドツサリ食つて下さつて、御帰り下さいませ』
『最前の吾々が註文致した、キギスと云ふのは、三五教のキジ公の事だ。また摺出しと云ふたのはマチ公の事だよ。住家と云ふたのはエスと云ふ事だ。何時までも穴倉の中へしまひ込みておいても、余り利益にもなりますまい。新規流行のこの時節、寝息物になれば売れ行きが悪くなるから、買手のある中にお売りになる方がお店のお得だと考へますがなア』
『コレ計りは親方の意見を聞かねば、番頭の自由にはなりませぬから、一寸待つてゐて下さい。マア奥に旦那様がお茶でも立ててお待受でございますから、どうぞ何なら御這入りになつては如何でございます。たつて厭なお方に這入つて貰ひたい事もございませぬ……ではございませぬが』
『何はともあれ、奥へふみ込み、ブールの大将に直接面談を遂げ、三人の男を受取つて帰りませう。……サア姫様、エリナさま、私に従いて御出でなさりませ』
と無理に行かうとするを、アナンは大手を拡げて、
『モシモシそれは余り理不尽と申すもの、しばらくお待ち下されば、教主の御許しが出ますから、それまで余り永くとは申しませぬ。しばらくお待を願ひます』
 国依別は、
『イヤ、少しも猶予はならぬ。邪魔めさるな』
と進み入るを、またもやアナンは大手を拡げて、『待つた待つた』と後退りしながら、行手に塞がり、過つてキジ、マチの落込める落し穴へ真逆様に自分も落ち込みにける。
『ヤア自分の作つた陥穽へ自分がはまるとは、実に天罰と云ふものは恐ろしいものだナ。しかしチツとも油断は出来ない。……紅井姫様、エリナ様、国依別の歩いた足跡より外を歩いちやいけませぬよ。大変な危険区域ですから……』
と云ひながら、陥穽を上から覗き込めば、穴の底にキジ、マチの両人が今おち込みしアナンを引捉へ、
『サア、アナン、貴様も此処へ落込みし以上は、最早叶ふまい。一時も早く俺達を救ひ上げるやうに、大将に歎願致せばよし、グヅグヅ致すと、生首を引抜いてしまうぞ。モウ大丈夫だ、上から何を落としよつても、貴様の体で受ければ好いなり、良いものが降つて来たものだ。万一腹が減れば貴様の肉を食つてやるなり、何と云つてもモウ此方のものだ。アツハヽヽヽ』
と笑ひながら、空を仰ぐ途端にふと目に付いたのは国依別の宣伝使であつた。キジ公は思はず、
『ヤア宣伝使様、よう来て下さいましたナア』
『今日か今日かとマチ公はマチかね山の時鳥、マチに待つたる今日の吉日、アナ有難やアナ尊や、アナ嬉しやなア。穴の中へアナンがまた降つて来ました。モシ宣伝使様、あなたさへ御越し下さらば最早千人力です。どうか、梯子をかけて下さいませ。梯子が無ければ、太い綱を吊りおろして下さらば、それに縋つて上ります』
『永らくの御隠居、さぞ精神修養が出来たでせう。実に国依別はお羨ましう存じますワイ』
『何事も善意に解釈すれば、陥穽だつて、別に苦しいとは思ひませぬ。本当に神様の御蔭で、キジ公も結構な魂研きをさして頂きました』
『それほど結構ならば、モウしばらく御両人共、そこで徹底的の修業を遊ばしては如何ですか』
『イヤもうこれで一寸一服さして貰ひまして、また更めて荒行にかかりますから、どうぞ一刻も早く吊り上げて下さいませ。しかし、このアナン殿は今這入つたばかしですから、上げては気の毒です。せめて四五年も、実地修行の出来るまで、この井戸の底で断食修業をさしてやりませう。……なア、アナン、それが結構だらう、吾身を抓つて人の痛さを知れ……と云ふ事がある、吾々も永らく結構な深い、冷たい陥穽の御世話に預つて、この御恩は忘れられませぬワイ。己の欲する所はこれを人に施せ、欲せざる所は人に施す勿れ……と云つて、吾々は大変にこの陥穽の底が気に入つたから、アナンさまにも御神徳の丸取りをせずに、分配してあげませうかい』
『誠に済まぬ事を致しました。どうぞ今迄の事は一条の夢とお忘れ下さいまして、このアナンをあなたと一所に引上げて貰ふやうに国依別さまに、お願ひ下さいな』
『ヤアそれは願つてあげませう。しかし何時上げて下さるかはキジ公が保証する事は出来ませぬよ。人間は刹那心が大切だ。マアゆつくりと気を落着けて居られたがよからう。泰然自若として山岳の動かざるが如し底の大度量がなくては、ウラル教の幹部は勤まりますまい、アハヽヽヽ』
 かく云ふ中、国依別は縄梯子を捜し出し、パラリと吊り下ろせば、一番にキジ公は、猿の如く縄梯子を伝ひあがる。次で、マチ公が上がつて来た。今度はアナンが一生懸命に縄梯子に手をかけ、二段三段上がつた所を、キジ公縄梯子の結び手をプツツと切つた。アナンは再び井戸の底にドスンと音を立てて尻餅をつき、
『助けてくれい、助けてくれい』
と叫んで居る。キジ公は上から、
『助けてやらぬ事はないが、それには一つ註文がある。その註文に応ずるかどうだ』
『ハイハイ、何事も御註文に応じます。最前も国依別様に無類飛切り、めちやめちやの投売を致しますと、約束しておきました。ドツと負ておきますから、精々御註文を願ひます。その代り、私を井戸から上げて下さるでせうなア』
『負る品物を上げるといふ事があるかい。就いては註文の次第は、エスの所在はどこだ。それをキツパリと白状するのだ。さうせなくてはキジ公も助けてやる事は出来ぬワイ』
『エスさまですか、そりや私では分りませぬ。ブールの大将に聞いて下さい。大将が秘密にして居りますから、吾々の窺知を許しませぬ』
 国依別は言も急がしげに、
『キジさま、マチさま、サアこれから気をつけもつて奥へ参らう。……アナンさま、しばらくそこで修業をなさいませ。キツと救ひ上げますから、しかしながらエスの所在が分り次第助けますから、それまでそこで御辛抱をなさいませや。何か御入用の物がございますれば、何なりと遠慮なくおつしやつて下さいませ。石の団子でも、砂の握り飯でも、蛔蟲虫の素麺でも、御註文次第、勉強して御安く差上げますワ、アハヽヽヽ』
と笑ひながら、教主の居間を指して、三男二女の一行は足許に気をつけながら、進み行く。

(大正一一・八・一九 旧六・二七 松村真澄録)
(昭和九・一二・一七 於七尾市 王仁校正)



オニドでるび付原文を読む    オニド霊界物語Web