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原著名出版年月表題作者その他
物語31-1-51922/08海洋万里午 秋鹿の叫王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
ヒルの都
あらすじ
 紅井姫は19歳、国依別は40を2つ3つ越えていたが、球の玉の神徳で30前後の姿であった。
 紅井姫が一絃琴で国依別を恋する歌を歌っているところへ、本人がやって来て、「翌日館を発つ」と暇乞いをする。それを聞いた紅井姫は倒れて気を失ってしまう。国依別は介抱して、「人間は自分の思うようにならないものだと思えば、何事もあきらめがつく」と言ってやるが、姫は心残りのように見えた。
 そこへ、秋山別がやってきて、「国依別に不純なところがある」と責める。姫が「秋山別は嫌いだ」と言うので、秋山別は火鉢を取って国依別に殴りかかる。国依別が「明日発つつもりだ」と言うと、秋山別は治まるが、紅井姫が再度気を失って倒れてしまった。
名称
秋山別 国依別 紅井姫
楓別命 金勝要大神 国魂 言依別命 妙音菩薩 モリス
一絃琴 ウヅの国 球の玉 ハルの国 ヒルの館
 
本文    文字数=13294

第五章 秋鹿の叫〔八七一〕

 紅井姫は命にも代へて恋ひ慕つて居た初恋の国依別に介抱され、その嬉しさに病気は段々と軽くなり、殆ど全快に近付いた。紅井姫はまだ十九才の花盛り、国依別は早くも四十の坂を三つ四つ越してゐた。されど球の玉の神徳にてらされて、元気益々加はり、血色よく、一見して三十前後の若者とより見えなかつた。紅井姫は侍女を遠ざけ只一人、心淋しげに一絃琴を弾じ、心の丈を歌ひ居る。

『天と地との水火をもて  生れ出でたる人の身は
 如何でか神の御恵み  蒙らずしてあるべきや
 秋野にすだく虫の音も  木々に囀る百鳥の
 長閑な声もをし並べて  恋を語らぬものぞなき
 恋路に迷はぬ者あらむ  心の底の奥山に
 清く照りはふ紅井の  紅葉の色に憧がれて
 妻恋ふ鹿もある世の中に  国依別の神さまは
 どうしてかくも情ないぞ  此方が思へば先方の方で
 思ひ返さぬ恋の暗  迷ふ吾らの苦しみを
 折りあるごとに打明けて  語らむものと思へ共
 女心の恥かしく  汝が御身を思ふとは
 思ふ人には思はれじと  思ふは誰を思ふなるらむ
 あゝ惟神々々  結びの神の幸はひに
 紅井姫が真心を  国依別の御前に
 夢になり共知らせたい  目ひき袖ひきいろいろと
 遠くまはして知らせ共  野山の諸木か川の石か
 巌の如く頑として  歯節も立たぬ国依別の
 犯しがたなきその心  益々募るは恋の意地
 汝が身のためには吾命  仮令野の末山の奥
 屍を曝す世あり共  などか厭はむ一ことの
 汝が命の御口より  優しき言葉の花の色
 うつさせ玉へ紅井姫が  このいじらしき真心を
 知らぬ顔なる恨めしさ  それに引替へ朝夕に
 執念深くも附け狙ふ  厭な男の秋山別や
 内事司のモリスまで  言葉巧に言ひ寄りて
 秋波を送る厭らしさ  恋しき人は知らぬ顔
 生命かけての紅井の  吾言霊も木耳の
 少しも響かぬつれなさよ  金勝要大神の
 御霊幸はひましまして  添ひたく思ふ国依別の
 縁を結ばせ玉へかし  うるさき二人の恋心
 一日も早く皇神の  尊き御稜威を現はして
 思ひ切らせて玉へかし  あゝ惟神々々
 男と生れ女子と  生れ来るも神の世の
 深きえにしのあるものぞ  今に妻なき国依別の
 神の司よ紅井姫が  清き心の初恋を
 叶へて汝と吾と二人  国魂神の御前に
 手に手を取つて潔く  鴛鴦の契の礼参り
 一日も早く片時も  思ひを叶へ玉へかし
 あゝ惟神々々  御霊幸はひましませよ』

と歌ひ終り、一絃琴を横に置き、木茄子の皮を剥き、一口喉をうるほしながら、またもや恋に悩みつつ、双手を組みて溜息をつき居たり。かかる所へ、国依別は数多の人々に鎮魂を施し、稍手すきになつたのを幸ひ、紅井姫の居間に休息がてら入り来り、
『紅井姫様、確に一絃琴の音が聞えて居りましたが、随分お上手でございますなア。どうぞ私にも聞かして下さいませぬか?』
 この言葉に紅井姫は、最前の歌を聞かれたのではあるまいかと胸を轟かせ、忽ち面部をパツと紅の色に染乍ら、
『ハイ妾の手慰びを残らずお聞きになりましたか?』
と恥かしげに俯むく。国依別は何げなう、無雑作に、
『イヽエ承はりませぬ。少しく手すきになりましたので、御機嫌を伺はふと思つて、長廊下を参りますと、あなたの御居間に琴の音が聞えて居ますので、どうぞ一つ聞かして頂きたいと思ひ、そこまで参りますと、早くもお琴の音は止まりました。残念な事を致しましたよ。モ一息早く伺へば、妙音菩薩の音楽が聞かれる所でございましたに』
 紅井姫は、
『ホヽヽヽヽ』
と袖に顔を当て、恥かしげに笑ふ。
『姫さま、永らく御厄介に預りましたが、明日は、お暇を頂戴して帰らうと存じます。就ては明朝早くなりますから、あなたの御休眠中にお目をさましてもなりませぬから、これきりでしばらくお目にかからないとも分りませぬ。ここで明日の御別れの御挨拶を致しておかうと存じます』
 紅井姫は俄に顔色を変へ、
『エヽ何と仰せられます。明日御帰りとは、そりやまた余りぢやござりませぬか。妾がこれだけ……』
『永らく御親切に預りましたが、これから、ハルの国を渡りウヅの国へ参り、言依別命様に会はなくてはなりませぬ。それまでに二三人の男を助けねばならぬ事がございますので、非常に心が急ぎますから、是非々々明日は出立を致さねばなりませぬ。永らく懇意に預りましたが、生者必滅会者定離、会ふは別れの始めとやら、どうぞ是迄の御縁と思召して下さいませ、貴女の御健全なやうに日に日に御祈りを致しますから、御病気の事なぞ、必ず御心配なさらないやうに頼みます』
 紅井姫は『エヽ』と云つた限り、その場に驚いて倒れむとし、忽ち目は眩み、耳は早鐘をつき心臓の鼓動烈しく、不安の状態現はれ来たる。国依別は……ハテ困つた事が出来たわい……と稍心配して居る。紅井姫は怺へ切れなくなつたと見え『ウン……』と一声その場に悶絶してしまつた。国依別は驚いて、直に、姫の手を取り、指先より息を吹きこみ、いろいろと介抱の結果、漸く姫は正気づきぬ。
『お姫様、お気が付きましたか。マア結構でございました。私も大変に心配致しましたよ。何事の御心配がお有りなさるか知りませぬが、世の中はどうしても、人間の思ふやうには行くものではありませぬ。何事も神様の御心のままによりならないものです。例へば夫婦の道だつて、添ひたひ添ひたひと思うてゐる女があつても、神の御許しがなければ添う事は出来ず、嫌いでならない女房を持つて、一生を不愉快に暮す者もあり、また好きな者同志が夫婦になり、一時は非常に楽しく暮して居た者が中途に邪魔が這入り、障害が出来などして、破鏡の歎きを味はふ者もございます。それだから人間は到底自分の思ふやうにならないものだと思つて居れば、何事も諦めが付くものでございます』
 紅井姫は恨めしげに国依別の顔を見つめ、何か云はむとして口籠るものの如く、上下の唇をビリビリと震はせゐる。
 国依別は紅井姫の背を撫でさすり、いろいろと慰めゐる折しも、俄に足音高く、隔ての襖を静に荒く引あけて、ヌツと首を出した秋山別は、
『ヤアお楽みの所へ、行儀も知らぬ不作法者がやつて参りまして、何とも早面目次第もございませぬ。しかしながら国依別さま、お前さまは誰に断つて姫様の御居間へお越しになつたのですか。御病気なればともかくも、この頃は最早全快遊ばし、お前さまの御祈念を御願する必要もなくなつた今日、何のため、姫様一人の居間へ御出でになり、その上お手を握り、背を撫で、何と云ふ不作法な事をなさいますか。不義は御家の御禁制、サアサア、この秋山別が現場を見着けた上は、如何に御弁解をなさらうとも、承知仕らぬ。今日限りこの館をトツトと退去なされ。ヒルの館の総取締秋山別が、職名によつて申付けまするぞ』
『これは心得ぬあなたの御言葉。国依別があなたの目からは不義者と見えますかナ』
『見えるも見えぬもない、現に今姫様の御体に手をさへたぢやないか』
『コレ秋山別、人様に向つて、さうズケズケと御無礼な事を申す者でない。妾が今急病を発し、苦みて居た所を通りかかつて苦悶の声を聞き、助けに来て下さつたのだよ。どうぞお前も疑を晴らして御礼を云うて下さい』
『何とお姫様、あなたもこの頃は随分旅の方になられましたねえ。国依別さまのお仕込で、イヤもう秋山別もあなたの言霊には、ヘヽ閉口致しますワイ』
『コレ秋山別、お前は妾を足袋の型と今言つたが、そりやまたどういふ訳だい。知らしておくれ』
『中々この頃はお姫様もお口が上手にお成り遊ばし、御弁解が甘くて足袋の型で中々手に合はぬと言つたのですよ。アハヽヽヽ』
『秋山別さま、必ず御心配下さいますな。国依別もいよいよ明日より出立致しますから、何分姫様もお弱い体、どうぞ気を付けて上げて下さいませ』
『仰せまでもなく、昼夜の区別なく、姫様の御体を大切に保護を致すこの秋山別、御注意は御無用でございます』
と憎々しげに言ふ。
『いよいよ明日は国依別様、お立ちでございますか。余り意地くねの悪い秋山別が、いつもあなたの御心を損ねまして、実にお気の毒で申訳がございませぬ。これもヤツパリ妾の罪でございますから、どうぞ秋山別が悪いとは思召さず、妾をお叱り下さいませ』
『これはしたり、お姫さま、これほど親切に、身命を賭して貴女様の事ばかり思つて居る秋山別を、意地苦根悪い男とは、チと聞えぬぢやありませぬか。大方国依別さまに入れ智慧をして貰ひなさつたのでせう』
『其様な御無礼な事を云つてはなりませぬ。何と云つても、妾は国依別さまが命がけの好きなお方、お前はゲヂよりも嫌ひだよ。総取締の役でありながら、お道の方はそつち除けにして、妾の側ばかり、間がな隙がな、厭らしい目附をしてお出でだから、妾も穴でもあれば、お前が来る度に、這入りたいやうな心持がして、病気が段々重くなるばかりだよ。それで兄さまに一伍一什を申上げたら、今に秋山別を放り出して、外の者と入れ替へするから、しばらく辛抱せよとおつしやつたよ。モウこうなつては仕方がないから、包まず隠さず、露骨に言つて上げるからお前も良い加減に諦めたが良からう。女の部屋へ男の来るものではない。サア早く彼方へお行き、御用が支て居るぢやないか』
『チヨツ、エヽ仕方がない、何程親切を尽しても、私の心は汲み取つて紅井姫かなア。ナニ此処を追出されるのなら、モウ破れかぶれだ、恋の叶はぬ意趣返しに、一つ国依別のドタマをかちわつて、恨を晴らしてやらう』
と云ひながら、傍の火鉢を取るより早く、国依別目がけて打つける。国依別はヒラリと体をかはし、
『アハヽヽヽ、危ない危ない、秋山別さま、姫さまのお言葉を真に受けてはいけないよ。口で悪言うて心でほめて、蔭の惚気がきかしたい……と云ふ筆法だから、安心なされませ。何と云つても国依別は明早朝ここをお暇せなくてはならないのだからなア』
 秋山別は嬉しさうに、
『国依別様、失礼を致しました。これも一時の狂言でございますから、必ず悪く取つて下さいますな。どうぞウーンとやられちや大変ですから、お腹が立ちませうが、どうぞそこは神直日大直日に見直し聞直し、宣り直して下さいませ』
『左様な事で腹の立つやうな国依別ではございませぬ』
『どうしても、あなたは可憐な私を捨て、明日お立ちでございますか?』
『ハイ、折角お馴染になつて、実に残り多うございますが、神界の御用が急ぎますから、今晩は楓別命様にトツクリと事情を申上げ、お暇を頂戴致す考へでございます』
 紅井姫は『アツ』と叫んでまたもやその場に打倒れ、前後不覚に陥りにける。

(大正一一・八・一八 旧六・二六 松村真澄録)



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