出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語29-3-131922/08海洋万里辰 愛流川王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
檪ケ原 アイル河
あらすじ
 高姫一行はアルの港を目指して、アルゼンチンの大原野の檪ケ原を東へ向った。
 途中、アイル河の川岸で一人の婆が、「爺が業病にかかっているので、助けてくれ」と頼む。高姫一行は婆の願い通り膿を口で吸ってやる。実は、この二人は木の花姫命が高姫の改心を試すために仕組んだものであった。高姫は完全に改心していた。
 一行はアイル河を鰐の橋で渡してもらい、進左退右の精神で玉の湖の左側を進む。
*金毛九尾の姿**
 それはそれは立派な八畳の間一杯になるような、長いうち掛けを着て真白な顔をして…(中略)…たちまち金毛九尾となり、尾の先に孔雀の玉のやうな光った物をたくさんにつけて天へ舞い上り……
名称
木の花姫命の化身 高姫 爺 常彦 春彦 婆 鰐
天津神 金毛九尾の悪狐 国津神 木の花咲耶姫大神 竜公 玉公 玉能姫 初稚姫 祝部の神 日の出神 日の出姫! 変性男子
アイル河 アリナの山 アルゼンチン アルの港 悔悟の花 檪ケ原 進左退右 天教山 常世の国 白楊樹 本守護神 竜宮の一つ洲
 
本文    文字数=20948

第一三章 愛流川〔八三五〕

 高姫は常彦、春彦と共にアルゼンチンの大原野、櫟ケ原を東へ東へと進み行く。アルの港までは殆ど三百七八十里もある。何程あせつても一ケ月の日数を費やさねば、アルの港へは行かれない。沢山の蜥蜴のノロノロと這つてゐる草野原を、萱の株を右に左に潜りつつ、天恵的に野辺一面に赤くなつて稔つて居る味の良き苺を食ひながら、草の枕も五つ六つ重ねて、稍樹木の茂れる地点まで出て来た。
 此処には相当に広い河が清く流れて居た。河の岸には行儀よく大王松や、樫などが生えて居る。河辺には桔梗の花女郎花の花などが時ならず咲き乱れてゐた。丁度内地の秋の草野のやうであつた。三人は河の辺に下り立ち、清泉に喉をうるほし、あたりの風景を眺めて、過来し方の蜥蜴や虻、蜂、金蠅のうるさかつたこと、苺の味の美味なりしと、黄紅青白紫その他いろいろの美はしき草花の処狭きまで咲き満ちて、旅情を慰めてくれたことなどを追懐し、神の恩恵の深きを感謝しつつあつた。
 其処へのそりのそりと草蓑を着け、編笠を被り、竹の杖をついた七十ばかりの婆アがやつて来た。三人は……ハテ斯様な所に人が住んで居るのかなア……と不審相に、婆アの顔を眺め入つた。婆アは三人を手招きしながら、一二丁上手の小さき草葺の家に身を隠した。
常彦『モシ高姫さま、あの婆アは何でせうなア。あの松の木の根元の小さな家へ這入つてしまひましたが、吾々三人を嬉し相な顔して手招きして居たぢやありませぬか。何でもあの婆アの配偶者が病気にでも罹つて居るので、吾々を頼みに来たのかも知れませぬよ。何はともあれ一寸立寄つて見やうではありませぬか』
高姫『あゝあ、玉公、竜公に別れてから、今日が日まで六日の間、人の姿を見たことはなかつたが、今日は珍しい、人間に会ふことが出来ました。ともかくあの婆アの庵まで往つて見ませう。しかしながら神様がどうして御試しなさるか分りませぬから、決して腹を立てはなりませぬよ』
常彦『ハイ承知致しました。絶対に腹などは立てませぬワ。安心して下さい。……なア春彦、お前もさうだろな』
春彦『ウン、私もその通りだ。高姫さま、サア参りませう』
 三人は漸くにして婆アの庵に着いた。婆アは嬉しさうに三人を出迎へ、
『これはこれは三五教の宣伝使様、ようこそ斯様な醜い茅屋を御訪ね下さいました。就いては折入つて御頼み申したい事がございますのぢや。何と人を一人助けると思うて、お聞き下さる訳には参りますまいかなア』
高姫『ハイ妾達の力に叶ふことならば、如何様なことなり共おつしやつて下さいませ』
婆『それは早速の御承知、有難うございます。実の所は宅の爺さまは最早八十の坂を七つも越え、来年は桝掛の祝ひをせうと思うて、孫や子供が楽んで居りましたが、とうとう今年の春頃から、人の嫌がる病気に取付き、あの爺は天刑病だから、村には置くことは出来ぬと云つて、このやうな一軒家の淋しい川の畔に形ばかりの家を造り、雨露を凌ぎながら、年の老つた婆アが介抱を致して居りまする。いろいろと百草を集め、薬を拵へて呑ましたり、附けたり致しましたが、病は日に日に重るばかり、体はずるけ、何とも言へぬ臭い匂ひが致し、沢山蠅が止まつて、女房の妾が見てさへもゾゾ髪が立ちまする。しかしながら、四五日以前から妙な夢を続けて見ますのぢや。その夢と申すのは、あのアイル河の畔に三五教の宣伝使が現はれて来るから、そのお方を頼んで癒して頂けとの女神さまの夢のお告げ、それがまた毎晩々々同じ夢を、昨夜で五つ夜さも見まするので、この茅屋から翡翆のやうに川ばかり眺めて待つて居りました。所が神様のおつしやつた通り、三人連れで立派な宣伝使様が御越しになり、川でお休みになつてるその姿を拝んだ時の嬉しさ、思はず熱い涙がこぼれました。就いては神様の仰せには、このずるけた病気でも、三五教の宣伝使がやつて来て、体の汁や膿を、スツカリ舐めてくれたならば、その場で全快するとおつしやいました。誠にかやうな事を御願申すは畏いことでございますが、神様の夢のお告げでございますから、お気に障るか存じませぬが、一寸申上げました』
 高姫しばらく差し俯むいて腕を組み、考へて居たが、
高姫『あゝよろしいよろしい、どんな膿でも汁でも、御註文通り吸ひ取つて上げませう。竜宮の一つ島で、初稚姫や玉能姫の一行が、癩病患者の膿血を吸うて助けた例しもある。サアお爺さまのお座敷へ案内して下さいませ』
婆『ハイ有難う、案内しませう』
と立あがり、奥の間へ進んで行く。奥の間と云つてもただ萱草の壁を仕切つただけで、二間作りの小さき家であつた。常彦、春彦も高姫と共に奥の間に従いて行く。見れば金色の蠅が真黒にたかつて居る。爺は仰向けに骨と皮とになつて、体一面膿汁を流し、蠅に吸はれたまま、半死半生の態で苦しんで居る。高姫は直に天津祝詞を奏上するや、数多の金蠅は一匹も残らず、ブンブンと唸りを立てて、窓の外へ逃出してしまつた。高姫は爺の体に口を当て、胸の辺りから膿血を吸ひ始めた。常彦は足から、春彦は頭から、汚な相にもせず、この爺さまを助けたい一杯に、吾れを忘れて、臭気紛々たる膿汁を平気で吸うて居る。
 爺イは『ウン』と云つて撥ね起来た。見れば不思議や、紫摩黄金の肌を現はしたる妙齢の美人となり、
美人『ヤア高姫、汝の心底見届けたり。我れこそは天教山に鎮まる木の花姫命の化身なるぞ。いよいよ汝はこれより天晴れ神柱として神業に仕ふることを得るであらう。まだまだ幾回となく神の試しに会ふことあらむ。そこを切抜けなば、真の汝の肉体は日の出神の生宮となりて仕ふるも難き事にあらざるべし。必ず慢心してはなりませぬぞ。また常彦、春彦も三五教の教を間違はないやうに、不言実行を第一とするがよろしいぞ。木の花姫が三人のためにかくの如く仕組んだのであるから、必ず今後とても油断を致してはなりませぬぞや』
 高姫外二人は『ハイ』と答へて平伏した。
 何処よりともなく、香ばしき匂ひ薫じ来り音楽の響き嚠喨として冴え渡り、涼しき風は窓を通して、三人の面を払ふ。
 不図頭をあぐれば、こは如何に、茅屋もなければ、爺婆の姿も女神の姿もなく、依然として、河の辺にウツラウツラと昼船を漕いで居た。
 高姫は吐息をつきながら、
高姫『あゝ今のは夢であつたか、大変な結構な御神徳を夢の中で頂きました。夢なればこそ、あんな事が出来たのだらう。イヤイヤ実際にあの心にならなくてはなりますまい。あゝ有難い有難い』
と切りに独言を云つて居る。
常彦『高姫さま、私も夢を見ましたよ。随分虫のよい夢でした。春彦と三人、それはそれは汚い病人の介抱をさせられ、膿血を吸はされましたが、何ともかとも知れぬ甘露のやうな味がして、夢中になつて吸ひ付いて居ると、汚い爺だと思つたら、天教山の木の花咲耶姫様、醜の極端から美の極端まで見せて頂きました。……高姫さま、貴女もさういふ夢でしたか、……春彦、お前の夢はどうだつたい』
春彦『イヤもうチツトも違ひはない。三人が三人ながら同様の夢を見たと見える。不思議なこともあるものだなア。あの汚い病人はキツと俺達の心の映像かも知れないよ。あのやうな汚いむさくるしい吾々の身魂を、木の花咲耶姫大神様が、俺達が病人の膿血を吸うたやうに、身魂の汚れを吸ひ取つて下さるに違ひないワ。あゝ実に畏いことだ。コリヤキツと人のこつちやない、吾々の魂を見せて戴いたのだらうよ。なア高姫さま、さうぢやございますまいか』
高姫『それはさうに間違ございませぬワ。神様から御覧になつたら、妾の身魂は汚れ腐り、ズルケかけて居るでせう。あゝ惟神霊幸倍坐世。諸々の罪穢れを払ひ玉ひ清め玉へ』
と一生懸命に俄に合掌する。
常彦『高姫さま、貴女は何と云つても、変性男子の系統だから、汚れたと云つても、ホンの一寸したものですよ。あの汚れやうは吾々の身魂の映写に違ありませぬ』
高姫『モウ変性男子の系統などと言つて下さるな。妾のやうな者を系統だなぞと申さうものなら、それこそ変性男子様の御神徳を傷つけます。この後は決して変性男子の系統なぞとは申しませぬから、あなたもどうぞ、その積りで居つて下さい』
春彦『それでも事実はヤツパリ事実だから仕方がありませぬワ』
高姫『系統なら系統だけの行ひが出来なくては恥かしうございます。妾が天晴れと改心が出来、誠が天に通じ、大神さまから、系統だけの事あつて、何から何まで行ひが違ふ、誠の鑑ぢや……とおつしやつて下さるまでは、妾は系統所ぢやありませぬ。変性男子様の御徳を傷つけるやうな者ですから、どうぞしばらく系統呼はりは止めて下さいませ』
春彦『変れば変るものですな。毎日日日系統々々の連発を御やり遊ばしたが、改心と云ふものは恐ろしいものだなア。そんなら私もこれから貴女に対し、態度を変へませう』
高姫『ハイ妾からも変へますから、どうぞ上下なしに、教の道の姉弟として交際つて下さい。今迄のやうに弟子扱をしたり、家来扱は決して致しませぬ』
常彦『私もその積りで交際さして頂きます。しかし日の出神の生宮の件はどうなさいましたか』
高姫『モウどうぞそんな事は云うて下さいますな。日の出神さま所か、金毛九尾が、妾の肉体に憑いてをつて、あんな事を言はしたり、慢心をさしたのですよ。櫟ケ原の白楊樹の下で、スツカリ妾の肉体から正体を現はして脱けて出ました。それ故、今日の妾は誠の神様の生宮でもなければ、悪神の巣窟でもございませぬ。これから、本守護神にしつかりして頂いて、天晴れ神様の御用に立たねばなりませぬ』
常彦『あゝそれは結構ですな。私がアリナ山の頂きから東の方を眺めて居りましたら、櫟ケ原から、金毛九尾の悪狐が、黒雲に乗り、常世の国の方を目蒐けて、エライ勢で逃げて行きました。大方あの時に貴女の肉体から退散したのでせう』
高姫『あゝさうでしたか。恐ろしいものですなア。妾の肉体を離れる時にチラツと姿を見せましたが、それはそれは立派な八畳の間一杯になるやうな長い裲襠を着て真白な顔を致し、ヌツと妾の前に立ちましたから、……おのれ金毛九尾の悪狐奴と睨みますと、忽ち金毛九尾となり、尾の先に孔雀の尾の玉のやうな光つた物を沢山につけて天へ舞上り、北の空目蒐けて逃げて行きました。大方その時の事を御覧になつたのでせう。あゝ恐ろしい、ゾツとして来ました。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』
常彦『時に高姫さま、この大河をどうして渡りませうか。橋もなし仕方がないぢやありませぬか。翼があれば飛んで行けますが、この広い深い流川、しかも急流と来て居るのだから、泳ぐ訳にも行かず、困つたものですワ。どうしませう』
高姫『神様に御願するより途はありませぬ。これも一つは神様のお試しに会うとるのですよ。ともかく神を力に誠を杖に、渡つて見ませう。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』
と高姫は一生懸命に川の面に向つて祈願をこらした。不思議や幾丈とも分らぬ大の鰐数多重なり来り、見る見る間に鰐橋を架けた。三人は天の与へと雀躍し『惟神霊幸倍坐世』を一心に唱へながら、鰐の背を踏み越え踏み越え、漸くにして向うの岸に達した。
常彦『あゝ有難い、おかげで楽に渡して貰うた。かうなつて見ると、余り鰐さまの悪い事も言へませぬな』
高姫『ホヽヽヽヽ』
春彦『祝部の神さまが、どこやらの海を渡る時におつしやつたぢやないか。鰐が悪けりや、甘鯛鱒から蟹して下さい、ギニシイラねばドブ貝なとしなさい……とか何とか云つて、魚尽しを唄はれたといふ事が、霊界物語に書いてあつただらう』
常彦『ソリヤお前違ふぢやないか、鰐が悪けりや……だない、鰐に悪けりや、甘鯛鱒からと云ふのだ。甘鯛鱒とは魚の名だが、実際は謝罪りますと云ふことを、魚にもぢつたのだよ。アハヽヽヽ』
高姫『サア皆さま、行きませう』
と先に立つて、青草の茂れる野を東へ東へと進んで行く。今迄執着心に捉はれて居た高姫の眼には、森羅万象一切悪に映じてゐたが、悔悟の花が心に開いてから見る天地間は、何もかも一切万事花ならざるはなく、恵ならざるはなく、風の音も音楽に聞え、虫の音も神の慈言の如く響き、野辺に咲き乱れた花の色は一層麗しく、楽しくかつ有難く、一切万事残らず自分のために現はれてくれたかの如くに、嬉しく楽しく感じられた。
 三人は宣伝歌を歌ひながら、焼きつくような空を、草を分けつつ苺の実をむしり喰ひ、神に感謝し、殆ど七八里ばかり、知らぬ間に面白く楽しく進んで来た。ハタと行詰つた原野の中の大湖水、人も居らねば舟もない。またもや三人は茲で一つ思案をせなくてはならなくなつた。紺碧の水を湛へたこの湖は幾丈とも計り知られぬ底無し湖の如くに感ぜられた。
常彦『一つ逃れてまた一つとはこの事だ。この前は何と云つても、向う岸の見えた河なり、そこへ沢山の鰐さまが現はれて橋を架けて下さつたので、無事に此処まで面白く楽しく旅行を続けて来たが、此奴アまた際限のない大湖水、湖水の周囲を廻つて行くより仕方がありますまい。高姫さま、どう致しませう。この湖を真直に渡れば余程近いのですが、さうだと云つて、湖上を渡ることは出来ますまい。急がば廻れと云ふ諺もありますから、廻ることに致しませうか』
高姫『さう致しませう。無理に神様にお願をして最前のやうに橋を架けて貰ひ、御眷属さまに御苦労をかけてはなりませぬ。自分の事は自分で埒をようつけぬような事で、到底世を救うと云ふ神聖な御用は勤まりませぬからなア』
春彦『そんなら、右へ行きませうか、左へ行きませうか』
高姫『進左退右と云ふ事がありますから、左へ廻つて行くことに致しませう。警察の交通宣伝だつて、左側通行を喧しく云つて奨励しとるぢやありませぬか。サアかうおいでなさいませ』
と高姫は先に立ち、草野を分けて進んで行く。それより殆ど一里ばかり前進すると、天を封じた椰子樹の森があつた。日は漸く暮近くなつた。此処で三人は足を伸ばし、蓑を敷き、ゴロリと横たはつて一夜を明かす事としたりける。

 執着心の権化とも  人に言はれた高姫が
 転迷開悟の花開き  天教山の木の花姫の
 神の命の隠し御名  日の出姫の訓戒に
 心の駒を立直し  誠の道に乗替へて
 草野ケ原を進み行く。  森羅万象悉く
 濁り汚れて吾れ一人  天地の中に澄めりとて
 鼻高々と誇りたる  高姫司も鼻折れて
 見直す世界は天国か  浄土の春と早替り
 草木の色も美はしく  風の声さへ天人の
 音楽かとも感ぜられ  草野にすだく虫の音も
 神の慈音となりにけり  高姫常彦春彦は
 草鞋脚絆に身をかため  心も急ぐ膝栗毛
 アイルの河の岸の辺に  しばし息をば休めつつ
 清き流れを打眺め  天地の神の御恵を
 讃美しゐたる折柄に  見るも汚なき蓑笠に
 身を包みたる婆アさまが  忽ち茲に現はれて
 三人の前に手を伸ばし  差招きつつ川上の
 松の根元に建てられし  醜けき小屋に入りにける。
 茲に高姫一行は  老婆の後に従ひて
 賤が伏屋に来て見れば  老婆は喜び手を合せ
 妾が夫は八十の  坂道七つ越えました
 人の厭がる天刑の  病に罹り村外れ
 淋しき河辺に追ひ出され  老の夫婦の憂苦労
 天教山に現れませる  木の花姫の夢枕
 夜毎々々に立ち玉ひ  三五教の宣伝使
 日ならず此処に来るらむ  汝は彼を呼び寄せて
 夫の悩む膿汁を  吸うて貰へば忽ちに
 本復するとの神の告げ  誠に済まぬことながら
 老の願を聞いてよと  誠しやかに頼み入る
 高姫、常彦、春彦は  何のためらふ事もなく
 膿に汚れし老人の  身体全部に口をつけ
 天津神たち国津神  憐れ至極なこの人を
 何卒救ひ玉へよと  心に祈願をこめながら
 力限りに吸ひ取れば  豈計らむや悪臭の
 鼻さへ落むと思はれし  その膿汁は甘露の
 露の如くに香ばしく  麝香の匂ひ馥郁と
 実に心地よくなりにける。  不思議と頭を擡ぐれば
 天刑病と思ひたる  爺は何時しか霊光の
 輝き亘る神人と  姿を変じこまごまと
 三五教の真髄を  説き諭しつつ忽然と
 煙の如く消え玉ふ  高姫、常彦、春彦は
 ハツと驚き目をさまし  見れば以前の川の辺に
 眠り居たるぞ不思議なれ。  夢の中なる教訓を
 吾身に省み宣り直し  アイルの河を如何にして
 向うの岸に渡らむと  神に祈れる折柄に
 祈りは天に通じけむ  八尋の鰐は幾百とも
 限りなきまで川の瀬に  体を並べて橋作り
 三人をここに安々と  彼方の岸に渡しける。
 天地の恵に咲出でし  百花千花の香に酔ひつ
 足も軽げに七八里  進みて来る前方に
 紺青の波を湛へたる  思ひ掛なき大湖水
 茲に三人は立止まり  協議の結果高姫の
 差図に従ひ湖畔をば  左に取りて一里半
 椰子樹の蔭に身を休め  神の恵の有難き
 話に一夜を明しける  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませよ。  

(大正一一・八・一二 旧六・二〇 松村真澄録)



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