出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語29-2-71922/08海洋万里辰 牛童丸王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
テルの街道
あらすじ
 高姫を追いかけている常彦と春彦は大歳の神の化身の牛童丸から「アリナの滝まで乗ってゆけ」と牛をもらう。
 二人が高姫に追いつくと、高姫はごねて牛を追い返してしまう。三人は歩いて蛸取村までやって来た。
名称
牛童丸 高姫 常彦 春彦
艮の金神? 大歳の神 猿世彦 日の出神の生宮 弥次彦 与太彦
アリナの滝 コシカ峠 高砂洲 蛸取村 如意宝珠 御年村
 
本文    文字数=13542

第七章 牛童丸〔八二九〕

 高姫は長途の旅を思ひ切つて駆け出し、喉は渇き、身体は疲れ、止むを得ず、路傍の樹蔭に身を横たへ、細谷川に喉をうるほし、蔓苺をむしつて食ひ、一夜をここに明さむと、小声になつて、天津祝詞を奏上しゐたり。
 常彦、春彦の二人は十丁ばかり遅れたまま、一生懸命に身体をはすかひに、余り広からぬテルの街道を南へ南へと走つて行く。里の童が夕暮に牛を川に入れ、その背に跨つて、横笛を吹きながら帰つて行く。常彦は一生懸命に吾前に牛の居ることも気がつかず、ドスンと牛の尻に頭突を持つて行つた。牛は驚いて飛び上り、背に乗つてゐた童は忽ち地上に顛落し、ムクムク起上り、牛の綱をグツと握りながら、
童児『オイ、どこの奴か知らぬが気をつけぬかい。貴様の目玉は節穴か』
と、小さき童に似ず大胆にも大の男に向つて呶鳴りつけたる。
常彦『これはこれは誠に日の暮の事と云ひ、チツと気が急きましたので、牛の尻餅を突きました。どうぞ御勘弁下さりませ』
童児『コリヤ謝つて事が済むと思ふか。人を牛々云ふやうな目に合はしやがつて、ただ一言の断り位でこの場を逃ようとしても、牛叶はぬぞ。オイ、そこに一寸平太れ!』
常彦『ハイ、そんなら平太りますワ。どうぞこれで勘忍して下さい』
童児『お前ばかりではいかぬ。モ一人の蜥蜴のような顔した奴、そいつも坐れ!』
春彦『なんとマア、小つぽけなザマして、大人に向ひ御託をほざく奴だなア。俺は別に突当つたのぢやない。俺迄が謝つてたまるかい』
童児『お前も同類だ。グヅグヅ云ふと牛にケシをかけ突殺してやろか。俺は身体は小つこうても、俺の家来の牛は大分に大きいぞ』
常彦『モ牛モ牛、童児さま、モウいゝ加減に了見して下さいなア』
童児『俺の正体を誰ぢやと思うてるか。それを当たら許してやらう』
常彦『ハイ、確かにお前は牛童丸さまぢやございませぬか。高砂島には、えてしては、牛童丸と云ふ神さまが現れて、牛に乗つて横笛を吹いてゐられると云ふことを聞きました』
童児『牛童丸は何神の化神か、知つて居るだらうなア』
常彦『ハイ、知つて居ります。御年村の百姓、自称艮の金神さま……とは違ひますか』
童児『私は百姓の神だ。大歳の神の化身だよ』
春彦『ハアそれで常彦があなたの牛にぶつかり、背中から童児を大歳の神さまですか、アハヽヽヽ。但は小つこいザマして、大きな人間をオウドシの神さまだらう』
童児『お前は春彦と云ふ男だなア、一寸ここへ来い。お前にやりたい物がある』
春彦『ハイ有難う。出すことなら、舌を出すのも、手を出すのも嫌だが、貰ふ事なら、犬の葬斂でも、牛の骨でも頂きます』
と子供だと思ひ、からかひ半分に童児の前にすり寄つた。童児は横笛を逆手に持ち、春彦の横面を目蒐けて、牛の背中から、
牛童『大歳の神が横笛を以て、お前の横面を力一杯春彦だよ』
と首がいがむほど叩きつけ、
牛童『モ一つやらうか』
と平然として笑つて居る。
春彦『モウモウ沢山でございます。随分お前さまは小さい癖に、エライ力だな。これだけの腕があれば、大の男を捉まへて嘲弄するのも無理はないワイ。それだから神さまが何程小さい者でも侮ることはならぬ、どんな結構な方が化けてござるか知れぬぞよ……とおつしやつたのだ。……オイ常彦、モウいゝ加減にこらへて貰つて、行かうぢやないか』
常彦『さうだな。……モ牛モ牛牛童丸様、そんならこれでお別れ致します』
牛童『待て待て、お前達両人にモ一つ大きな物をやりたいのだ』
春彦『イヤもう結構でございます。モウあれで沢山でございます。この上頂きますと、笠の台が飛んでしまひます』
牛童『イヤ心配するな。この牛をお前にやるから、アリナの滝まで乗つて行け。大変に足も草疲れてゐるやうだから……。そして高姫はこれから十丁ばかり南へ行くと、小川がある。その小川を左にとつて十間ばかりのぼると、そこに高姫が休んで居るから、この牛に乗つて、川をバサバサと上つて行け。左様なら……』
と云ふかと見れば、最早童児の姿は見えなくなり居たり。
常彦『オイ春彦、どうだ。俺が突当つたばかりで、こんな結構な乗物を頂戴したぢやないか。サアこれから二人共この牛の背中に跨つて往かうぢやないか』
春彦『お前は結構だが、俺は横笛でなぐられ、痛くて仕方がないワ』
常彦『ナニ、神の恵の鞭だよ。牛童丸様になぐられたのだから、余程貴様も光栄だ。これが高姫にでも撲られたのだつたら、それこそ腹が立つてたまらぬけれど、何しろ神様が、春彦モウ別れるのか、おなぐり惜しいと云つて、お撲り遊ばしたのだよ。サア早く乗らう。牛と見し世ぞ今は恋しき……と云つて、今が一番結構かも知れぬぞ。据膳食はぬは男の中ぢやない。サア早く乗つたり乗つたり』
春彦『コシカ峠の弥次、与太の夢のやうにまた牛に乗つて、牛の奴から小言をきかされるやうな事はあろまいかな』
常彦『心配するな』
と云ひながら、ヒラリと背に跨つた。春彦は牛の綱を引きながら、南へ南へと進み、遂に童児の教へた細谷川を左に取り、川を溯りて、高姫の休んでゐる二三間側まで進み、『オウオウ』……と牛を制し、ヒラリと飛び下り、
春彦『モシモシ牛さま、エライ御苦労でございました。モウどうぞお帰り下さいませ』
牛『ウン ウン ウン ウウー』
と山もはぢけるやうな声を出して唸り立てる。高姫はウツラウツラ夢路を辿つてゐたが、この声に驚いて目を覚まし、巨大の牛の両側に常彦、春彦二人の立つてゐるを見て、
高姫『お前は常、春の二人ぢやないか。何だ、そんな大きな物を引つぱつて来て……また道中で百姓の宝を何々して来たのだらう。どこまでも泥棒根性は直らぬと見えるワイ。さうぢやからこの高姫がお前のやうな者を連れて歩くと、神徳がおちると云うたのだよ。エヽ汚らはしい、トツトと帰つてくれ。ツユー ツユー ツユー』
と唾を吐き出して、二人にかける真似をする。
常彦『高姫さま、心機一転もそこまで行けば、徹底したものですなア。モウ私はお前さまになんにも言ひませぬ。玉の所在もお前さまの心を見抜いた上で知らしてあげたいと思つてゐたが、さう猫の目のやうにクレクレクレと変るお方は険呑だから、これきり秘密は云ひませぬから、その積りでゐて下さい』
高姫『オイ常、ソラ何を言ふのだい。大それた日の出神の生宮に向つて、言うてやるの、言うてやらぬのもあるものか。妾が知らぬやうな顔して気を引いて見れば、エラソウに恩に着せて、序文や総論ばかりを並べ、肝腎の中味は水の中で屁を放いたやうな掴まへ所のないことを云ふのだらう。日の出神様から、玉の所在はチヤンと聞いたのだ。モウお前さまに用はない、一生頼みませぬ。トツトと妾の目にかからぬ所へ往つておくれ』
常彦『高姫さま、さう啖呵を切るものぢやありませぬよ。腐り縄にもまた取得と云つて、私にでも頼まねばならぬことが、たつた今出て来ますから、余りエラソウなことは云はぬがよろしからうぜ』
高姫『エヽうるさい』
常彦『そんなら、この牛に乗つて、一口一両の、ア、リ、ナーへお先へ失礼致しますワ。私は途中で牛童丸さまに一伍一什教へられ、お前さまのここに居ることも、チヤンと知らして貰ひ、結構な四足の乗物まで頂戴して来たのだから、一寸も草疲れはせぬ。モウ十日ばかりアリナーまでかかるけれど、これで乗つて行けば三日ばかりで行ける。……ぢやお先へ、高姫さま……アバヨ』
 またもや牛に跨がらうとする。高姫はコリヤ大変と、慌しく起上り、常彦の腰をグツと引掴み、
高姫『待つたり待つたり常彦、妾が悪かつた。さう腹を立てて下さるな。一寸お前がどう云ふか知らぬと思つて気を曳いて見たのだよ』
常彦『また何時もの筆法ですかな。その手は食ひませぬワ。……サア春彦、お前も乗つてくれ。……高姫さま、お先へ、如意宝珠、その他の御神宝を頂いて帰ります。アリヨース』
高姫『コレ常公、春公、待てと言つたら、待ちなさつたらどうぢや、さう高姫を嫌つたものぢやないぜ』
と円い目をワザと細うし、おチヨボ口を作つて機嫌をとる。月夜でスツカリは分らねど、言葉の云ひ方から、スタイルでそれと肯かれた。
高姫『モウ牛は帰つて貰つたら如何です。却て修業にならぬかも知れませぬで』
常彦『アヽさうだなア。そんなら牛さま、モウ帰つて下さい』
 牛は常彦の一言に泡の如くその場に消え失せけり。高姫はこれを見て、稍安心の胸を撫で下し、ソロソロまた強いことを言ひかけた。
高姫『何程お前の足が達者でも、私には従いて来られますまい。それだから慢心はなさるなと始終教訓してゐるのだよ』
常彦『また高姫さまは弱味をつけ込んで、そんなことをおつしやる。アヽこんな事なら、牛に帰つて貰ふのぢやなかつたに。……モシモシ牛さま、モ一遍こちらへ帰りて下さい。そして牛童丸のおつしやつたやうに、アリナの滝まで連れて行つて下さいな』
と当途もなく叫んだ。呼べど叫べど梨の礫の何の音沙汰もない。
常彦『アヽ折角牛さまに助けて貰うたと思へば、明日はまた砂つぽこりの道を、親譲りの交通機関に油でもかけてテクらねばならぬかいな。……牛と見し世ぞ今は恋しき……と云ふ歌の心が、今は事実となつて来たワイ』
高姫『オツホヽヽヽ、そら御覧、驕る平家は久しからず、……と云つて、何時迄も柳の下に鰌は居りませぬぞや。お前のやうな人を連れてゆくのは手足纏ひだが仕方がない。そんならドツと張込んで、お供を許してあげよう。サアゆつくりと此処で休みなさい』
春彦『そんな事を言つて、俺達がグウグウ休んでる間に、ソツと高姫さまが抜け出し、先へ行つて、玉をスツカリ取つてしまはつしやるのだなからうかな』
常彦『ウン、まさか、そんなこともなさるまいかい。ともかく私の聞いて居るのはまた外にあるのぢやから、さう心配したものぢやないワイ』
高姫『お前達はそれだからいかぬと云ふのぢや。心を疑ふといふ事は神界で大変な罪ですよ。疑を晴らして、綺麗さつぱりと改心なされ、改心が出来ねば御供は許しませぬぞや』
常彦『ハイ改心致します』
高姫『春彦もさうだらうな』
春彦『尤も左様でございます』
 かく話す所へ大杉の枝の梢から何者とも知れず、
『高姫々々、常彦コツコ、春ヒコツココ』
と梟鳥のような声でなき出した。
 高姫うす気味悪くなり、スゴスゴと座を立ちて、元来し道へ逃出した。二人も薄気味悪く高姫の後に従ひ、テルの街道へ出て、三人は一生懸命に南へ南へと眠い目を俄にさまし、トボトボと歩み行く。
 草を褥に木株を枕に芭蕉の葉をむしつて夜具に代用しながら、七日ばかりを経て漸く、猿世彦の奇蹟を残した蛸取村の海岸に出た。この時既に日は西山に没し、二日の月は西方の波の上近く浮いたやうに見えてゐる。三人は月に向つて合掌し、天津祝詞を奏上し、天の数歌をうたひながら、夜中をも屈せず、アリナの滝を目当にトボトボと進み行く。

(大正一一・八・一一 旧六・一九 松村真澄録)
(昭和一〇・六・七 王仁校正)



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