出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語27-4-151922/07海洋万里寅 情意投合王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
琉球の島
あらすじ
 虻公(清彦)と蜂公(照彦)は生田の森で駒公から、「高砂洲に向った言依別と国依別を、高姫が従者を連れて追いかけた」と聞き、高姫を追いかけて船を出した。二人は途中の児島半島で難破していた照子姫と清子姫を助けて、無事、琉球島の那覇の港に到着した。一行は常楠の槻の洞穴で休んでいる。
 四人の男女は、長い航海のうちに、心をひかれていたが、清子姫は清彦、照子姫は照彦、清彦は照子姫、照彦は清子姫と思う人が違い複雑な関係であった。清子姫、照子姫は自分の思う人を打ち明けるが、男達は思う人が違うため受け入れられなかった。そこで、「言依別命に判断してもらいたい」と悩む。
 そこへ、高姫、春彦、常彦が言依別を探しにやって来る。高姫と清彦、照彦は対抗してやり取りをするが、「言依別は琉球の玉を手に入れて台湾に向った」と聞いて、高姫は台湾に向う。
名称
清子姫 清彦 高姫 常彦 照子姫 照彦 春彦
秋山彦 虻公! 梅子姫 国武彦命 国依別 黒姫 言依別命 木の花姫 駒彦 神素盞鳴大神 玉照彦 玉照姫 玉依姫 常楠 東助 豊国姫 蜂公! 日の出神の生宮 副守護神 行成彦命 若彦
淡路 生田の森 ウラナイ教 自転倒島 児島半島 諏訪の湖 瀬戸の海 台湾 高熊山 高砂洲 槻の洞穴 筑紫の洲 那覇の港 南米 錦の宮 比治山 比沼真奈井 兵庫 百日の水行 魔窟ケ原 麻邇宝珠 美斗能麻具波比 大和魂 由良の港 琉球 琉球の玉 竜の腮
 
本文    文字数=25382

第一五章 情意投合〔七九七〕

 虻、蜂の両人は生田の森に立寄り、駒彦に面会して、言依別の教主が国依別と共に高砂の島に神務を帯び、急遽聖地を立ちて出発せられ、瀬戸の海を、西南指して行かれたりと云ふ消息を、例の高姫が聞きつけ、春彦、常彦の一行三人、言依別の後を追ひしと聞きしより、茲に虻、蜂の二人は、取る物も取敢ず、一隻の軽舟に身を任せ、高姫が教主に対し、如何なる妨害を加ふるやも計り難しと、一生懸命に高姫の後を探ねて漕ぎ出し、児島半島の沿岸に差かかる時、暗礁に乗り上げたる一隻の船を見付け、何人ならんと星の光に透かし見れば、比沼の真奈井の宝座に仕へ居たる、清子姫、照子姫の二人であつた。
 茲に二人を我舟に救ひ上げ、半破れしその舟を見棄て、荒波を勢よく漕ぎつけて、漸く琉球の那覇の港に安着し、一行四人は何者にか引かるるやうな心地して、その日の夕べ頃常楠、若彦両人が一時の住居となしたる槻の木の洞窟の前に辿りついた。
 虻公は既に言依別命より清彦と云ふ名を賜り、蜂公は照彦と云ふ名を賜つて、准宣伝使の職に就いて居たのである。二人は思ひ掛なく言依別命に抜擢されたのを、この上なく打喜び、その師恩に酬いんため、言依別命に対しては、如何なる苦労も、仮令身命を抛つても惜まざるの決心をきめて居たのであつた。
 当の目的物たる高姫一行を、海上にて見失ひたれ共、照子姫、清子姫の遭難を救ひたるは、全く神の御摂理として稍満足の体であつた。
 この照子姫、清子姫はその祖先は行成彦命であつて、四代目の孫に当つて居る。神勅を受けて、比沼真奈井に豊国姫出現に先立つて現はれ、比治山に草庵を結び、時を待つて居たのである。そこへウラナイ教の黒姫に出会し、いろいろとウラナイ教の教理を説き聞かされ、半これを信じ、半これを疑ひ、何程黒姫が弁舌を以て説きつくる共、清子姫、照子姫は魔窟ケ原の黒姫が館には一回も足をむけず、また高姫などにも会はなかつた。ただ黒姫の言葉を反駁もせず、善悪を取捨して表面服従して居たのみであつた。この二女の黒姫に対する態度は、その時の勢上已むを得ず、これ以上最善の態度を執ることが出来なかつたのである。
 時に豊国姫命の神勅、この二人に降り、諏訪の湖の玉依姫より麻邇宝珠を受取り、梅子姫その他一行が、由良の港の秋山彦が館に帰り来り、神素盞嗚大神、国武彦命の出でますと聞きて、二人は旅装を整へ、由良の港の秋山彦の館に出で来りし頃は、最早麻邇宝珠は聖地に送られ、神素盞嗚大神、国武彦命の御行方も分らなくなつた後の祭りであつたから、二人は時を移さず、陸路聖地に向ひ、錦の宮の玉照彦、玉照姫の神司に謁し、琉球の島に渡るべく、再び聖地を立ちて、玉照彦命の出現地なる高熊山に立籠もり、三週間の改めて修業をなし、木花姫の神教を蒙りて、意気揚々と山坂を越え、生田の森に立寄り、それより兵庫の港を船出して、琉球に向はんとし、神の仕組か、思はずも児島半島の手前において暗礁に乗りあげ、危険極まる所へ、三五教の新宣伝使、清彦、照彦の舟に助けられ、漸く那覇港に四人連れ安着し、槻の洞穴の前まで進んで来たのである。
 四人の男女は小さき船にて長途の航海をなす間、何時とはなしに意気投合し、互に意中の人を心に深く定めて居た。清子姫は清彦に、照子姫は照彦に望みを嘱して居た。しかるに清彦はまた照子姫に、照彦は清子姫に望みを嘱し、将来夫婦となつて神業に参加したく思つて居たのである。清彦は四十四五才、照彦は四十二三才の元気盛り、清子姫は二十五才、照子姫は二十三才になつて居た。年齢において二十年ばかり違つて居る。されど神徳を蒙りて誠の道を悟りたる清彦、照彦は、全身爽快の気分漲り、血色もよく比較的若く見え、夫婦として一見余り不釣合のやうにも見えなかつたのである。
 四人は一夜を此処に明かさんと、洞穴の奥深く進んだ。サヤサヤした葦莚の畳、土間に敷きつめられ、食器など行儀よく並べられてあつた。
清彦『あゝこれは何人の住家か知らぬが、穴居人種の多いこの島に、木株のこんな天然の館があるとは、大したものだ。何でもこれはこの辺りの酋長の住家か分らないぞ。斯様な所にうつかりと安眠して居る所へ、沢山の眷族を連れ、帰り来つて立腹でもしようものなら、どんな事が突発するか知れたものだない。入口は一方、グヅグヅして居ると、徳利攻めに会うて苦しまねばならぬ。コリヤ一人宛、互に入口に立番をし、もしも怪しき奴がやつて来たら合図をすると云ふ事にしようかなア』
照彦『それもさうだ。しかしながら先づ路々むしつて来たこの苺を夕食に済ませ、その上の事にしても余り遅くはあるまい。そろそろそこらが暗くなつて来たようだ』
と懐より火燧を取出し、そこらに積み重ねたる肥松の割木に火をつけ明りを点じ、夕食を喫し、家へ帰つたやうに気分になつて、四人は奥の方に安坐し、種々と感想談に耽つて居た。
清彦『こうして我々男女四人、この島に渡つた以上は、何れも独身生活は不便なものだ。恰度諾冊二尊が自転倒島に天降り玉うたやうなものだ。この大木を撞の御柱と定めて、……あなにやしえー乙女……とか…えー男…とか云つて、惟神の神業を始めたらどうでせう。……照彦さま、私は媒酌人となつて、清子姫様と結婚の式をあげられたらどうです。ナア清子姫さま、あなたも以時までも独身で斯様な蛮地に暮す訳にも参りますまい』
清子姫『ハイ、有難うございます。しかしながら少し考へさして頂きたうございます』
清彦『清子さま、あなたは照彦さまがお気に入らぬのですか』
清子姫『イーエ、勿体ない、左様な訳ではございませぬ』
と涙ぐまし気に俯むく。
照彦『コレコレ清彦、御親切は有難いが、モウ結婚の事は言つてくれな。清子さまはこの照彦がお気に召さぬのだよ。無理押しに決行した所で、うまの合はぬ夫婦はキツと後日破鏡の歎きに会はねばならぬから、この話は止めて貰はう。就いては照子姫さまを、お前の奥さまに御世話したいと思ふのだが、どうだ』
清彦『それは実に有難い、しかしながら照子姫さまの御意見を承はりたい。その上でなくば、何とも返答する事が出来ないワ』
照子姫『照彦さまの御親切は有難うございますが、妾は何だか……どこがどうといふ事はありませぬが、清彦さまは虫が好きませぬワ。妾の意中の人は露骨に言ひますが、照彦さまでございます。あなたならばどこまでも、偕老同穴の契を結んで頂きたうございます』
照彦『コレハコレハ大変な迷惑でござる。実の所はこの照彦、清子姫様と夫婦の約束が結びたいのです。それに清子さまは何とか、かんとかおつしやつて、私を御嫌ひ遊ばすやうな形勢です』
 清子姫は『ホヽヽヽヽ』と袖で顔をかくし、
清子姫『妾も本当は清彦さまと夫婦になつて、神界の御用が致したうございます。照彦さまと夫婦になるのは、何だか身魂が合はないやうな気分が致します』
清彦『互に目的物がかう複雑になつて居ては仕方がない。ハテ困つたな。此方が好だと言へば向ふが嫌ひだと云ふ、此方が嫌ひだといへば一方が好だと云ふ。此奴アどうやら人間力で決める事は出来ないワイ。言依別命様でもござつたならば、判断をして定めて貰ふのだけれど、斯様な結構な洞穴館に、誰も居らぬことを思へば、言依別の神様は、琉、球の宝玉を手に入れ、早くも出発された後と見える。ハテ……困つたなア』
 四人は互に顔を見合せ、青息吐息の真最中、洞穴の入口に二三人の声が聞えて来た。清彦は耳敏くもこれを聞付け、
清彦『ヤアあの声はどうやら、高姫の声らしいぞ。一寸査べて来るから、三人仲よく待つて居て下さい』
と早くも洞穴の入口に立つた。
 外には高姫、春彦、常彦と共に怖相に洞穴を覗いて居る。月明かりに三人の顔はハツキリと見えた。されど高姫の方からは、清彦の姿は少しも見えない。清彦は傍の小石を拾ひ、左右の手に持つて中よりカチカチと打つて見せた。
高姫『大変な大きな洞空であるが、何かこの中に獣でも棲まつてゐるやうな気配が致しますぞ。……常彦、一寸お前、中へ這入つて調べて来て下さらぬか』
 清彦中より『カチカチカチ』、
常彦『ハハー、ここはカチカチ山の古狸が住居して居る洞穴と見えますワイ。……オイ春彦、お前、斥候となつて一つ探険して来たらどうだ』
春彦『お前に命令が下つたのだ。狸の巣窟へキ常彦が這入るのは当然だよ。マア君子は危きに近よらずだ。命令も受けないことを、危険を冒して失敗しては、それこそ犬に喰はれたやうなものだ』
高姫『春彦、お前も一緒に探険に這入つて来るのだよ』
春彦『たかが知れたこの洞窟、さう二人も這入る必要はありますまい』
高姫『アヽさうだらう。そんなら一人で良いから、春彦さま、お前豪胆者だから這入つて下さい』
 春彦頭をかきながら、
春彦『ヘー……ハイ』
とモジモジして居る。『カチカチ カチカチ ウー』と唸り声が聞えて来る。
春彦『モシモシ高姫さま、此奴ア一人ではどうしても往きませぬワ。あの声を聞いて御覧、数十匹の猛獣がキツと潜んで居ますよ。グヅグヅして居ると、一も取らず二も取らず虻蜂取らずになつてしまひますぜ』
高姫『その虻蜂で思ひ出したが、彼奴は何でも言依別命から、清彦、照彦と云ふ名を頂き宣伝使になり、飽迄も我々に反抗的態度を執ると云つて居たさうだが、今どこにどうして居るだらう。言依別命がこの琉球へ渡り、琉と球との宝玉を手に入れ、自分の隠した七個の玉と共に、高砂島へ持ち渡つて、高砂島の国王となる計画だと聞いて居る。自転倒島ではこの高姫の日の出神の生宮が、目の上の瘤となつて思はしく目的が立たぬので、高姫の居ない地点で野心を遂行すると云ふ考へで、大切な宝玉を盗み出し、自転倒島を立去つたのだから、仮令言依別、天を翔けり地を潜るとも、草を分けても探し出し、宝玉を取返し、さうして彼が面皮を剥いて、心の底より改心さしてやらねば、我々の系統としての役目が済まぬ。アヽ年が寄つてから、またしてもまたしても海洋万里の波を渡り、苦労を致さねばならぬのか。これも全く言依別の肉体に悪の守護神の憑依してゐるからだ。……アヽ惟神霊幸倍坐世。一時も早く言依別の副守護神を退却させ、誠の大和魂に立返つて、日の出神の命令を聞くやうにして下さいませ』
と半泣声になり、鼻を啜つて両手を合せ、一生懸命に祈願して居る。清彦はこの態を見て俄に可笑しくなり「プーツプーツ」吹き出し、終ひには大声をあげて、
清彦『ワツハヽヽヽ』
と笑ひ転けた。
高姫『誰だ。日の出神の生宮が神界のため、一生懸命御祈願を申し上げてるのに、ウフヽアハヽヽヽと笑ふ奴は……よもや狸ぢやあるまい。何者だ。サアこうなる上は高姫承知致さぬ。この入口を青松葉でくすべてでも往生さしてやらねば措かぬ。……コレ常彦さま、春彦さま、そこらの、青いものを持つて来なさい。コラ大変な劫経た古狸が居るのだ。四つ足が劫経ると人語を使ふやうになるからなア』
 清彦俄に女の声を出し、
清彦『コレハコレハ高姫様、常彦、春彦の御両人様、遠方の所遥々とよくこそ御越し下さいました。ここは琉球王の仮館、木の丸殿と云ふ所でございます。王様は……言依別神様とやらが、自転倒島から遥々御越しになり、琉と球との宝玉を御受取り遊ばし、台湾に一寸立寄り、それから南米の高砂島へ御越しになりました不在中でございます。妾は虻……オツトドツコイ、危い猛獣毒蛇の沢山に棲息するこの島に留守を守つて居る大蛇姫と云ふ、それはそれは厭らしい女でございます。サア御遠慮は要りませぬ。この洞穴には沢山な古狸や大蛇が住居を致し、今日の所綺麗な男が二人、綺麗な女が二人、四魂揃うて守護を致してをります。しかしながら何れも本当の人間ではございませぬ。皆化物でございますから、そのお心算で御這入りを願ひます。メツタにあなた方を塩をつけて頭から咬んだり、蛇が蛙を呑むやうにキユウキユウと呑み込むやうな事はござりませぬ。如意宝珠の玉でも呑み込むと云ふ不可思議力を備へた貴女、早く御這入り下さいませ』
高姫『這入れなら這入つてもあげませう。しかし一遍外へ姿をあらはし、案内をなさらぬか』
清彦『外へ出るが最後、虻公の正体が現はれますワイ。アツハヽヽヽ』
高姫『最前から何だか可笑しいと思つて居つた。お前は淡路の東助の門番をして居つた泥坊上りの虻公ぢやないか。どうしてまたこんな所へやつて来たのだ。お前はドハイカラの教主から、清彦と云ふ名を貰うたぢやないか。自転倒島では最早泥坊が出来ないと思うて、こんな所まで海賊を働き漂着して来たのだらう。サアお前一人ではあるまい、大方蜂も来て居るだらう。その他の同類は残らず此処へ引張つて来なさい。天地根本の誠の道を説いて聞かせ、大和魂をねりなをして助けて上げよう。事と品によつたらこの高姫が家来にしてやらぬ事もない』
清彦『今お前さまに這入られると、実は困つた事があるのだ。今日は情意投合……オツトドツコイ情約履行をしようと云ふ肝腎要な吉日だ。お前さまのやうなお婆アさまは我々壮年者の心理は分るまい。あゝエライ所へエライ奴が来たものだ。月に村雲花に嵐、美人の前に皺苦茶婆ア……』
と小声に呟いた。高姫はこの言葉の一端を耳に入れ、
高姫『ナニ、美人に皺苦茶婆アと言つたなア。コリヤ何でも秘密の伏在するこの洞穴、モウかうなる以上は強行的に押入り、隅から隅まで調べてやらねばなるまい。ヒヨツとしたら天火水地の宝玉も隠してあるか分らない。…常彦、春彦、妾に続け』
と言ひながら、清彦が「待つた待つた」と大手を拡げて遮るのも聞かず、むりやりに飛び込んでしまつた。
 奥には肥松の明りが瞬いて居る。三人の顔はハツキリと輪廓まで現はれて居る。
高姫『コレハコレハ皆さま、御楽しみの最中、御邪魔を致しまして申訳のない事でございました。花を欺く美男子と美人、そこへ白髪交りの歯脱婆アが参りまして、嘸、折角の興がさめた事でございませう。この洞穴に似合はぬ……お前さまは美しい方だが、この島の方か、但は、虻、蜂の両人に拐かされてこんな所へ押込められたのか、様子がありさうに思はれる。サア包まずかくさずおつしやつて下さい。日の出神の生宮がこの場へ現はれた以上は、虻、蜂の両人位何と云つても駄目ですよ』
 清子姫、照子姫両人は行儀よく両手をつき、
両女『ハイ有難うございます。聖地において御高名著しき、あなた様が高姫様でございましたか。妾は比沼の真奈井の宝座に仕へて居りました清子姫、照子姫の両人でございます』
高姫『かねがね黒姫さまから承はつて居つた、比治山の隠家にござつた淑女はお前さまの事であつたか。どうしてまたかやうな所へお越し遊ばしたのだ。大方虻、蜂両人の小盗人に拐はかされて、こんな所へ来なさつたのだらう。グヅグヅして居ると此奴ア○○をしかねまい代物です。最前も小声に情約履行の間際だとか何とか吐いて居ました。サア、妾が来た以上は最早大丈夫、高姫と一緒にこの琉球の島を探険し、結構な宝玉の所在を求め、言依別の後を追うて、その七つの宝玉を手に入れて聖地に帰り、大神様の御神業をお助けしようではありませぬか』
 二人は顔赭らめて、無言のまま俯いて居る。清彦は高姫の胸倉をグツととり、
清彦『コラ婆ア、小盗人とは聞捨ならぬ。三五教の宣伝使清彦、照彦の両人だ』
高姫『ヘン、馬鹿にするない。お前達が胸倉を取つて威喝した所で、そんな事にビクとも致す高姫ぢやありませぬぞ。虻、蜂の小泥坊が恐ろしくて、こんな所まで活動に来られますかい。今は宣伝使でも、昔はヤツパリ泥坊をやつて居たぢやないか』
清彦『昔は昔、今は今だ。改心すればその日から真人間にしてやらうと神様がおつしやるぢやないか。俺が泥坊なら高姫は大泥坊だ』
高姫『オイ常彦、春彦、何をグヅグヅして居るのか、高姫がこの通り胸倉を取られて居るのに平気で見て居ると云ふ事がありますか』
常彦『左様でございます。あなたも余り我が強いから、神様が清彦さまの手を借つて身魂研きをなさるのだと思つて、ジツとして御神徳を頂いて居ります。……なア春彦さま、キツと善が勝つと神さまがおつしやいますから、今善悪の立別けが始まるのですで……高姫さま、シツカリやりなさい。……清彦さま、何方も負けて下さるなや』
 照彦はムツクと立上り、行司気取りになつて、そこにあつた芭蕉の葉の端をむしり唐団扇のやうな形にして、右の手に捧げ、
照彦『東西……東は高姫山に、西イ清彦川……何れも一番勝負、アハヽヽヽ』
と笑つて居る。高姫は金切声を出して、爪を立て、一生懸命に掻きむしらうとする。強力な清彦に両方の手首をグツと握られ、如何ともすること能はず、目ばかり白黒させ前歯のぬけた口から、臭い息と唾とを盛に吐き出して、清彦の顔に注いでゐる。清彦も堪りかねえ両方の手をパツと放した。照彦は中に割つて入り、
照彦『御見物の方々、この勝負は照彦が来年までお預かりと致します』
高姫『清子姫さま、照子姫さま、お前さまは、こんな乱暴な男を何と思うてゐられますか』
清子姫『ハイ、御二人共申分のない、立派なお方でございます。中にも清彦さまはどこともなしに虫の好く御方ですよ。なア照子姫さま』
照子姫『あなたの御言葉の通り、御二人とも本当に立派な方ですワ。妾は何だか照彦さまの方が、中でもモ一つ立派な方だと思ひます、ホヽヽヽヽ』
と俯むく。
高姫『清彦が妾の胸倉を取つたのも道理、二人の男に二人の女、好いた同志が今晩こそは、この離れ島で何々しようと思うてる所へ、この婆アがやつて来たものだから腹が立つたでせう。御無理もありませぬ。しかしながら縁と云ふものは汚いものぢやな。行成彦命の系統をうけた御両人さまが、人もあらうにこんなお方の女房にならうとは、イヤモウ理外の理、高姫感じ入りました。しかし言依別命さまは此処へ来られたか、御存じでせうな』
 清子姫、照子姫一時に、
両女『ハイ、おいでになつた相でございます』
清彦『おいでになるはなつたが、竜の腮の二つの玉を手に入れ、意気揚々として、遠の昔台湾島へ行き、それから南米の高砂島へ渡られたといふことだ。我々もその琉と球との二つの玉を手に入れるためにやつて来たのだが、一足遅れたために、後の祭り、せめても腹いせに男女四人が、撞の御柱を巡り合ひ、美斗能麻具波比をなせと宣り玉ひ、この島の守り神とならうと思つて居る所ですよ』
高姫『何とお前は男にも似合はぬ、チツポけな肝玉だな。この広い世界にこんな島を一つ治めて満足してゐるやうな事では、到底三千世界の御用は出来ませぬぞや。しかしながら身魂相応な御用だから、何程烏に孔雀になれと言つたつてなれる気遣ひはなし、仕方がないなア』
と揚げ面し、冷笑を浮べて居る。
照彦『高姫さま、余り見下げて下さいますな。私だつて琉と球との玉を手に入れ、言依別さまの隠された七つの玉を、仮令半分でも探し出し、そして、高砂島は申すに及ばず、筑紫の島から世界中の覇権を握る位な考へは持つて居るのだが、肝腎な琉と球との宝玉を言依別に取られてしまつたのだから、後を付け狙うと云つても見当がつかぬだないか。それだから百日百夜水行でもして、二夫婦の者が玉の所を探しに行かうといふ考へだ。百日の水行をすれば世界が見えすくと三五教の神様がおつしやるのだから、玉の所在はもとより、言依別の行方も分るのだ。あなたは日の出神の生宮なら、猶更分るでせう』
高姫『きまつた事だよ。分かればこそ、ここまで従いて来たのだ……サア言依別命、余り遠くは行くまい。グヅグヅしてるとまた面倒だ。……常彦さま、春彦さま、早く参りませう。なる事ならば、照子姫さま、清子姫さま、あなただけは私のお供なさいませぬか。虻、蜂両人の女房になるのは一つ考へ物ですで』
清彦『エーまた婆アの癖に構ひやがる。サア早く出て行け』
高姫『出て行けと言はなくても、こんな所にグヅグヅしてをれるか。……サア常彦、春彦、早く早く』
とせき立てて、立ち去らうとする。
常彦『モシモシ高姫さま、何程急いだつて、なるやうにより成りませぬで。今夜はここで宿めて貰つて、明日の朝ゆつくり行きませうか……ナア春彦、お前も大分に草臥れただらう』
春彦『草臥れたと云つた所で、船の中に浮いて居るのだ。目的が立つてから、何程ゆつくり休まうとままだ。サア行かう』
と厭さうにしてる常彦の手を取り、引摺るやうにして、高姫と共にこの洞穴を脱け出し、路々祝詞を奏上しながら、苺や石松の茂る珊瑚岩の碁列せる浜辺を指して一目散に駆つけ、乗り来し船に身に任せ、一生懸命南を指して大海原を漕ぎ出した。

(大正一一・七・二七 旧六・四 松村真澄録)



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