出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語27-2-71922/07海洋万里寅 猫の恋王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
綾の聖地
あらすじ
 玉照姫は初稚姫、玉能姫、お玉に紫の玉を守らせながら自分の館に帰った。一同も自分の館に帰ることとなった。
 高山彦が旅装を調え出かけようとした時、夜叉のようになって帰った黒姫と門口でバッタリ会った。黒姫が癪を起して倒れてしまったので、高山彦は介抱する。気がついた黒姫に、高山彦は「自分は竜宮の一つ洲、筑紫の洲へ行く」と言うと、黒姫は懐剣を抜き「自殺する」と騒ぐ。しかし、高山彦は「お前に添うておれば、この世の中で敵を作るばかりだ。改心して、世間の人に可愛がられてくれ」と言い残し立ち去ろうとするが、黒姫が追いすがるので当身をくらわし、後を玉治別に頼んで立ち去った。
 錦の宮の神司は玉照彦と玉照姫、英子姫が臨時教主、東助が総務兼教主代理、高山彦、秋彦、友彦、テールス姫、夏彦、佐田彦、お玉は聖地で幹部となった。玉能姫は生田の森へ戻り駒彦と共に神業に従事。言依別は、国依別とともに高砂洲へ渡った。
 高姫は春彦と常彦を連れて、玉を探しに高砂洲へ行くことになった。杢助は五十子姫、亀彦、音彦、黄竜姫、ムカデ姫その他を率いて斎苑の館へ向った。梅子姫は二、三の供を従え、コーカス山へ登った。黒姫は高山彦の言葉を信じて、竜宮洲をめざして聖地を立ち去った。
名称
アール エース お玉 黒姫 高山彦 玉照姫 玉能姫 玉治別 初稚姫
秋彦 五十子姫 梅子姫 お玉 音彦 亀彦 国依別 言依別命 駒彦 佐田彦 鷹依姫 竜国別 玉照彦 玉能姫 常彦 テールス姫 天魔 東助 友彦 夏彦 春彦 英子姫 ムカデ姫 杢助 竜宮の乙姫 黄竜姫
生田の森 斎苑の館 ウブスナ山 コーカス山 三忘 高砂洲! 筑紫の洲 南米 錦の宮 反魂歌 波斯の国 紫の玉 竜宮の一つ洲
 
本文    文字数=9510

第七章 猫の恋〔七八九〕

 玉照姫は紫の宝珠を初稚姫、玉能姫、お玉の方に守らせながら、我館に帰らせ給うた。幹部を始め一同は更めて天津祝詞を奏上し一先づ各自の宿所に帰る事となつた。
 高山彦は一旦館へ立ち帰り旅装を整へ、アール、エースの二人と共に早々館を立ち出でんとする時しも、髪振り乱し夜叉の如くに帰つて来た黒姫と門口でピツタリ出会した。南無三宝一大事と高山彦は裏口より駆出さんとする。黒姫はこの場に倒れて癪を起してフン伸びてしまつた。流石の高山彦もこれを見捨て逃げ出す訳にもゆかず、
高山彦『エース、水だ。…アール、癪だ』
と呼ばはりながら介抱して居る。
 黒姫は目の黒玉を何処かへ隠してしまひ、白目ばかりになつて「フウフウ」と太い息をして居る。エース、アールは口に水を含んで無性矢鱈に面部に吹き付ける。高山彦は口を耳にあてて反魂歌の「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、百、千、万」を数回繰返した。黒姫は「ウン」と呻きながら、
黒姫『ア、何方か知りませぬが、よう助けて下さつた』
と四辺をキヨロキヨロ見廻して居る。
高山彦『ア、黒姫、気がついたか。マアマアこれで安心だ。これから高山彦はお前と縁を断り、竜宮の一つ島か、但は筑紫の島へ玉探しに行くから、これまでの縁と諦めて下さい』
 黒姫は怨めしさうに、
黒姫『高山さま、お前も余りだ。妾の今卒倒したのもお前の心が情無いからだよ。刃物持たずの人殺、冥土の鬼にエライ成敗を受けなさるのが…妾や…それが悲しい。神の結んだ縁ぢやもの、どうぞモ一度思ひ直して下さいませ』
高山彦『何と言つても男の一旦口から出した事、後へひく訳にはゆかぬ。先は先として一先づこの場は離別を致す。黒姫、さらば……』
と立ち去らんとする。黒姫は隠し持つたる懐剣、ヒラリと引き抜き、
黒姫『高山彦さま、永らくお世話になりました。妾の恋は九寸五分、最早この世に生て望みなし。妾は此処で潔く自害を致し、貴方を怨める魂魄凝つて鬼となり、屹度素首引き抜いて見せませう。アヽ惟神霊幸倍坐世』
と喉にピタリと当てて見せた。
高山彦『自殺は罪悪中の罪悪だ。これ黒姫さま、何程九寸五分だつて胸の方では喉は斬れませぬよ。随分芝居がお上手ですね。そんな事にチヨロマカされる高山彦ではござりませぬワイ。アツハヽヽヽ』
黒姫『エー、残念や、口惜しい。そんなら本当に斬つて見せようか。斬ると云うたら屹度斬つて見せませう』
高山彦『一旦断つたこの縁、再びきられる道理があらうか。最早お前と俺との二人の間には何の連鎖もない。赤の他人も同様だ。勝手にお斬りなさいませ』
黒姫『そりや聞えませぬ高山さま、天ケ下に他人と云ふ事は無いもの……と三五教の御教、お前はそれを忘れたか。憐れな女を見殺しにする御所存か、それほど情ないお前ではなかつたに、如何なる天魔に魅られたか。お前の言葉は鬼とも蛇とも悪人とも譬方なき無情惨酷さ、死んでも忘れは致しませぬぞや』
高山彦『イヤ、もう神界のためには家を忘れ、身を忘れ、妻子を忘れるとかや。男子は戦場に向ふ時には三忘が肝腎だ。……黒姫、さらば……』
と行かんとする。
黒姫『コレコレ、アール、エースの両人、高山さまの足に確り喰ひついて居るのだよ。屹度放しちやなりませぬぞえ』
 二人は高山彦の両足に喰ひ付きながら、
アール『アヽア、犬も喰はぬ夫婦喧嘩の犠牲に供せられ、随分勤め奉公も辛いものだなア』
高山彦『こりやこりや、アール、エースの両人、早く放さぬか』
黒姫『決して放しちやなりませぬぞ。コレコレ高山さま、男は閾を跨げるや否や七人の敵があると云ふ事を知つて居ますか』
高山彦『アハヽヽヽ、イヤもう御親切な御注意、有難うございます。誠一つの心で居れば、世界は敵の影を見たいと言つても見る事は出来ない。山河草木、人類鳥獣魚鼈に至るまで、皆我々の味方ばかりだ。人を見たら泥坊と思へ等と云ふ猜疑心に駆られて居る人間の目には、何もかも敵に見えるだらうが、我々は神様にお任せした以上一人の敵も無い。お前に添うて居ればこの世の中で敵を作るばかりだから……どうぞ心配して下さるな。お前もこれから改心をして、世間の人に可愛がられてくれ。それが高山彦の別れに臨みお前に与ふる大切な餞別だ。高姫さまにもどうぞよく言うて置いて下さい。必ず必ず執着心を出してはなりませぬぞ。今日から心を改めて本当の生れ赤子になり、仮にも竜宮の乙姫等と大それた事を言はないやうにしなさい。左様なればこれにて……黒姫さま、お暇致します』
黒姫『高山さま、そりや貴方、本性でおつしやるのか。芝居ぢやありますまいなア』
高山彦『本性で無うて何とせう。夫婦の道は人倫の大本だ。それを別れようと言ふ高山彦の胸の裏、些とは推量してくれ。……さあアール、エース、これから行かう。……黒姫さま、これにてしばらくお別れ致します』
と慌しく駆出す。
 かかる処へ走つて来た玉治別、
玉治別『ヤア、高山さま、愈御出でですか』
高山彦『ハイ、何分よろしう願ひますよ』
黒姫『何と言つても放しはせぬ』
と獅噛みつく。高山彦は「エー面倒」と当身を一つ喰はすや否や、黒姫は「ウン」とその場に大の字に倒れてしまつた。
玉治別『何と高山さま、乱暴な事を致しますな』
高山彦『かうして置かねば仕方が無いから……この間に私は身を隠すから、後は頼みますよ。かうして此処を拇指でグツと押して貰へば息を吹き返す……玉治別さま、此処だよ。どうぞ二十分ばかり待つとつて下さい』
玉治別『承知致しました』
 「左様ならば」と高山彦は二人を伴ひ、足早に何れへか姿を隠した。玉治別は時期を見計らひ高山彦に教はつた局を拇指に力を入れてグツと押した。「ウン」と息吹き返した黒姫は四方をキヨロキヨロ見廻し、
黒姫『アヽ残念や、到頭逃げられたか。エー仕方がない。……お前は玉治別さま、ようマア助けて下さつた』
玉治別『高山彦の奴、怪しからぬ乱暴な男だ。永らく添うて来た女房に当身を喰はして息を止め、筑紫の島へ逃げて行くとは不届き千万な者だ。お前さまもこれで目が醒めただらう。虎、狼と一緒に寝るやうなものだ。私もお前さまを活かさうと思つて、何程骨を折つたか分りませぬ。到頭局が分つて活を入れた時、貴女がもの言うたのも皆神さまのお蔭、アヽ勿体ない。これから一切の執着を捨てて大神さまに感謝祈願の祝詞を奏上しませう』
 「ハイ、有難う」と黒姫は玉治別と相並び、拍手の声も淑やかに錦の宮の方面に向つて感謝祈願の言葉を奏した。
 因に言ふ、錦の宮の神司は従前の通り玉照彦、玉照姫の二人相並ばれて御神業に奉仕され、英子姫選ばれて言依別命の不在中教主の役を勤めらるる事となつた。そして東助は教主代理兼総務となつて聖地に仕へた。
 高山彦、秋彦、テールス姫、夏彦、佐田彦、お玉の方は聖地にあつて幹部の位置を占め神業に従事しつつあつた。玉能姫は生田の森の館に帰りて駒彦と共に神業に従事する事となつた。また言依別命は国依別と共に南米、高砂島に渡り、鷹依姫、竜国別の行衛を探ね、旁宣伝のために出張さるる事となつた。
 高姫は言依別命の後を追ひ四個の玉を取り返さんと、春彦、常彦の二人を引き率れ、高砂島に行く事となつた。杢助は初稚姫、玉治別、五十子姫、亀彦、音彦、黄竜姫、蜈蚣姫その他を率ゐ、波斯の国のウブスナ山脈斎苑の館を指して行く事となつた。梅子姫はコーカス山に二三の供者を従へ途々宣伝をしながら登らせ給ふ。黒姫は高山彦が竜宮島または筑紫の島に逃げ去りしと聞き、一方は玉の詮議を兼ねて夫の行衛を捜査すべく聖地を後に、三人の供者を従へ出発する事となつた。

(大正一一・七・二四 旧六・一 北村隆光録)



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