出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語25-5-171922/07海洋万里子 森の囁王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
淡路東助館 生田の森
あらすじ
 高姫、黒姫、高山彦はアール、エースを連れて自転倒島へ帰り、淡路の東助館を訪れる。虻公と蜂公の門番は「誰も入れることはできない」と言う。また、玉については、虻公は「三つの玉はこの近くに隠してあるのに、オーストラリヤまで行って。ぐずぐずしていると、東助や国依別が掘り出して埋めかえる」と言う。高姫たちはしつこく迫る。虻公は諏訪の湖の五つの玉のこともしゃべる。
 高姫たちは、「まだ、中に入れて玉を探させろ」と固執するので、東助の妻のお百合が出て、「入りたかったら入ってもよいが、屋敷中、暗渠が掘ってあり、命が危ないがよいか」と言うと、高姫はあきらめて立ち去る。
 高姫一行は生田の森の杢助館にやってくる。館は国依別、秋彦、駒彦が留守を預かっていた。高姫達がやってきたので、国依別、秋彦は奥へ隠れ、駒彦が「婆、玉能姫やらいろいろな霊が懸っている」と、偽神憑りで応対する。高姫は国依別、秋彦が隠れているのを察知して奥に入ると、国依別、秋彦は四本足のマネをして応対する。高姫は「二人が本当に四本足になった」と心配して、天津祝詞を奏上する。
名称
アール 秋彦 虻公 エース お百合 国依別 黒姫 駒彦 高姫 高山彦 蜂公
愛三! 天津神 五十子姫 今子姫 宇豆姫 馬公! 梅子姫 栄三! 大化物 清公 国津神 国治立尊 クロンバー 小糸姫 言依別 酋長 四本足 守護神 武公 玉照姫 玉能姫 玉依姫 鶴公 東助 友彦 初稚姫 日の出神(高姫) 日の出神の生宮 ブランジー 変性男子 本守護神 杢助 八咫烏 竜宮の乙姫 霊魂 若彦
明石 天津祝詞 淡路 生田の森 家島 絵島! オーストラリヤ オセアニア 神島 紀州 黄金の玉 言霊 三十万年 三千世界 執着心 神界 諏訪の湖 洲本 聖地 雪隠 刹那心 瀬戸の海 太平洋 タカの港 地恩城 天眼通 馬関 一つ洲 再度山 無声霊話 神国魂 竜宮洲 竜宮の一つ洲
 
本文    文字数=27277

第一七章 森の囁〔七六三〕

 黄金の玉を紛失し、高姫に追放されて、オセアニヤの一つ島に玉の所在を探らむと艱難辛苦を冒して立向うた黒姫は、夫高山彦と共に、一つ島の酋長格となり、数多の土人を手なづけ、一時は武力を以て東半分の地に勢力を扶植しつつあつた。
 其処へ小糸姫、五十子姫、梅子姫、今子姫、宇豆姫の容色端麗なる美人現はれ来り、土人の崇敬殊に甚しく、高山彦、黒姫もこれを排斥するの余地なきを悟り、抜目なき両人は直に猫を被つて小糸姫が部下となり、遂には心より小糸姫に悦服し、地恩城にブランジー、クロンバーの職を務め、二年三年一意専心に玉の所在を、土人を以て捜索せしめつつあつた。されども玉らしき物は何一つ手に入らず、殆ど絶望の思ひに沈む時、高姫その他の一行が此島に来るに会し、最早本島に用は無し、仮令オセアニヤ全島を我手に握る共、三千世界の宝たる三つの神宝には及ぶ可らず。躊躇逡巡せば、また何人にか宝玉の所在を探られむと、高姫、黒姫、高山彦は、日頃手撫づけ置きたるアール(愛三)、エース(栄三)の二人を引連れ、稍広く大なる樟製の船に身を任せ、タカの港を秘に立出で、後白浪と漕ぎ出す。
 やうやうにして太平洋の波濤を横断り、数多の島嶼を縫うて馬関を過ぎり、瀬戸の海に帰還し、淡路の洲本(今の岩屋辺り)に漸く船を横たへ高姫を先頭に一行五人、洲本の酋長東助が館を指して進み行く。見れば非常に宏大なる邸宅にして、表門には二人の門番阿吽の仁王のやうに儼然と扣へて居る。よくよく顔を眺むれば、生田の森の杢助館において出会した虻公、蜂公の両人である。
高姫『オヽお前は虻公、蜂公……どうしてマア泥棒がそこまで出世をしたのだい。日の出神の御入来だから、一時も早く館の主東助殿に、日の出神御光来だと報告をしておくれ』
と横柄に命令するやうに云ふ。
虻公『この頃は御主人はお不在でございますから、何人がお入来になつても、この門を通過さしてはならないと言はれて、かう我々両人が厳重に固めて居るのだから、日の出神さまであらうが、仮令国治立尊様であらうが、通す事は罷りなりませぬワイ。主人の在宅の時は門番は誰も居ないのだが、主人が一寸神様の御用で、何々方面へ御越し遊ばし、その不在中に戸惑ひ者……何々が四五人連でやつて来るから、決して入れてはならぬぞ。もし我命令を破つて門内に通すやうな事があつたら、その方は直に暇をくれる。さうすれば貴様も虻蜂取らずになつてしまふぞよ……と厳しき御命令だ絶対に通す事はなりませぬ……なア蜂公、さうぢやないか』
蜂公『さうだ、国依別さまが生田の森からお迎へにお出でた時、鷹姫とか、鳶姫とか、烏姫とか、黒姫とか云ふ奴がキツと此館へゴテゴテ言うて来るに違ひないから、一度でも顔見知つた虻公、蜂公を門番にして置くがよからう……と云つて、東助さまと相談の上、臨時門番を勤めて居るのだ。神様と云ふものは偉いものだ。チヤンと日の出神様のやうに、前に知つてござるのだから堪らぬワイ、アツハヽヽヽ』
 高姫少しく声を尖らし、
『泥棒上りの虻蜂の分際として、この結構な神柱を鷹だの、鳶だの、烏だのと、何と云ふ口汚い事を申すのだ。大方言依別の奴ハイカラから聞かされたのだらう』
虻公『そんなこたアどうでもよい。誰が言つたのか知らぬが、世界中知らぬ者はありますまい。つひこの近くに結構な玉が隠してあるのに、オーストラリヤ三界まで飛んで行くと云ふ羽の強いお前共だから、鳥に譬られても仕方があるまい。グヅグヅして居ると国依別や東助さまが玉の所在を嗅ぎ出して、またお前さまに取られぬやうにと宝の埋換を遊ばすと見え、何でも立派な玉が聖地へ納まるから、お迎へとか、受取りとかに行かはりました。お前さまの居らぬ間に聖地には……噂に聞くと、何でも近い内、五色の玉が納まると云ふ事、それなつと受取つて、またお前さまに隠さしたら、チツトは高姫、黒姫の病気も癒るだらうと、国依別さまが笑ひ半分に言つてましたよ。アハヽヽヽ』
黒姫『あの三つの御宝を、言依別がまた埋けなほすと云ふのかい、エーエ胸がスイとした。初稚姫のやうな小チツペや、玉能姫などが末代の御用をしたと思つて……三十万年未来までは何とおつしやつても申し上げられませぬ……なんて威張つて居つたのが……思へば思へば可憐らしいわいの。……それはさうと言依別の奴ハイカラ、クレクレと猫の目ほど精神が変るのだから、今度はまた国依別のヤンチヤや、船頭あがりの東助に御用をさすのらしい。コリヤうつかりとして居られますまい。……サア虻、蜂の御両人、そこまで聞いて居る以上は、モツと詳しい事を御承知だらう。お前は中々正直者だ、それでこそ御神業が勤まると云ふもの、サア私と一緒に聖地へ帰り様子を偵察して、末代の御神業に仕へませう。その代りこの高姫、黒姫の御用を聞けば、立派な御出世が出来まする。よろしいかな、分りましたか』
と三歳児をたらすやうに、甘つたるい声を出して抱き込まうとする。
蜂公『グヅグヅして居ると、国依別が肝腎の御用をしますで、早うお帰りなされ。悪い事は言ひませぬ……(小声)とかう言うて門を潜らさぬやうに、追ひまくるやうにする俺の計略だ』
と小さい声で呟くのを、高姫は耳敏くも、半分ばかり聴き取り、
『コリヤ門番の古狸奴が、黒姫さまはお前にチヨロまかされても、世界の大門開きを致す日の出神の生宮は東助の門番位に誤魔化されはせぬぞ。黙つて聞いて居れば何を云ふか分つたものぢやない。察する所家島(絵島)か、神島四辺に隠し置いたる三個の宝玉を、我々が遠い所へ往つたのを幸ひ、ヌツクリと取り出し、初稚姫や玉能姫に揚壺を喰はし、この館に言依別、国依別、東助が潜んで、玉相談をやつて居る事は、日の出神の天眼通にチヤンと映つて居る。どうだ、虻、蜂、恐れ入つたか』
 虻、蜂一度に、
『アハヽヽヽ、エライ日の出神さまだなア。何もかもよう御存じだワイ』
高姫『定まつた事だ。世界見えすく水晶身魂の日の出神様のおつしやる事に間違ひがあつてたまらうか。……サアサア高山彦さま、黒姫さま、アール、エース、……虻、蜂両人を取押へてフン縛り、我々は奥へ進み入つて、三人の面の皮を剥いてやりませう』
高山彦『高姫さま、コリヤ……一つ考へ物ですな。多寡が知れた虻、蜂の門番、そんな秘密が分らう筈がない。グヅグヅして居ると、良い翫弄物にしられるかも知れませぬぞ』
高姫『そら何をおつしやる高山さま、千騎一騎のこの場合、チツト確乎なさらぬかいな。……黒姫さまも余程耄碌しましたね』
虻公『俺を取り押へるの、フン縛るのと、そりや何を言ふのだ、這いるなら這入つて見よ。危ない事がして有るぞ。忽ち神の罰が当つて、虻蜂取らずの目に会つても良けら、ドシドシとお通りなさい……と云ひたいが、金輪奈落この門を通しちやならぬと云ふ厳命を受けて居るのだから、表門は俺の責任があるから、入口は一所ぢやない。貴様勝手に這入つたがよからうぞ。この前にやつて来たお前に似たやうな宣教師は廁の中からでも逃げ出たのだから、裏の方へそつと廻つて、廁の下から糞まぶれになつて這入らうと這入るまいと、ソラお前の勝手だ。この門だけは、絶対に通る事は罷りならぬのだ。ウツフヽヽヽ。……三つの玉とか、五つの玉とか、今頃には聖地は玉の光で美しい事だらうな。初稚姫さまも、玉能姫さまも、余り欲が深過ぎるワイ。三つの玉の御用をしながら、今度また竜宮の一つ島で結構な玉を五つも手に入れて八咫烏とかに乗つて帰つてござるとか、ござつたとか云ふ無声霊話が、頻々と東助さまの館へかかつて来た。アヽさうぢや、杢助さまも結構な生田の森の館を棄てて聖地へ行かつしやる筈だ。初稚姫、玉能姫さまは、年は若うても、流石は立派な方だ。一度ならぬ、二度ならぬ、三千世界の御神業の花形役者だ。心一つの持様で、あんな結構な御用が出来るのだからなア。そこらの人、爪の垢でも煎じて飲んだら薬になるだらう。ウツフヽヽヽ』
高姫『誰が何と云つても聞くものか。そんな巧い事云つて、この館に高姫を入れまいと防禦線を張るのだらうが。そんな事を……ヘン喰ふ高姫でございますかい。そんならよろしい。裏門から這入つてやらう。さうすればお前の顔も立つだらう』
と掛合ふ所へ、東助の妻お百合は門口の喧しき声に気を取られ、座を立ちて一人の侍女と共にこの場に現はれ来る。
虻公『これはこれは奥様、よう来て下さいました。三五教のヤンチヤ組の高姫一行がお出でになりやがつて、この門を通せとおつしやりやがるのです。どう言つて謝絶つても、帰らうとおつしやりやがらず、それほど這入りたければ、友彦のやうに廁の穴からでも這入れと云つてゐる所でございます。この御館は表門ばかりで、裏門と云へば雪隠の穴ばかり、そこからでも這入らうと云ふ熱心な方ですから……どうでせう、御主人はあれだけ厳しくお戒めになつて居ますけれども、そこはまた臨機応変、どつと譲歩んで通してやつたらどうでせう』
お百合『これはこれは高姫様御一行でございますか、噂に承はつて居りましたが、ホンに立派なお方ばかり、ようお入来なさいました』
高姫『私はおつしやる通り、高姫、高山彦、黒姫の三人でございます。何時やらは御主人の東助どんに、家島まで送つて貰ひ、アタ意地くねの悪い、私の家来の清、鶴、武の三人を自分の船に乗せ、私を家島に島流しも同様な目に会はし、その後と云ふものはイロイロ雑多とこの高姫を苦めて下さいまして、実に有難うございます。そのお蔭で余程私は身魂磨きをさして頂きました』
お百合『どう致しまして、お礼には及びませぬ。苦労の塊の花の咲く三五教でございますから、貴方のやうな肝腎のお方を改心させる御用を勤めた私の主人は、謂はば高姫のお師匠さま格ですな。オツホヽヽヽ』
高姫『何と、理窟も有れば有るものだな。海賊上りの東助の女房だけの事あつて、巧い逆理屈をお捏ね遊ばす。こんな立派な館を建てて、酋長々々と言つて居つても、人品骨柄の下劣な事、破れ船頭が性に合ふとる。海賊をやつて沢山な宝を奪ひ取り、財産家となつて、栄耀栄華の有りたけを尽し、今度は三つの御神宝にソロソロ目を付け出した大泥棒の計画中だらう。何と云つても奥へ踏み込み、言依別、国依別を助けて失敗をさせないやうに注意するのが男子の系統の高姫の役だ。サア案内をなされ』
お百合『そんなら開放致しませう。自由自在御勝手にお探し遊ばせ。この館は四方八方蜘蛛の巣の如く、到る所に暗渠が掘つてございますから、うつかりお這入りになると生命がお危なうございますぞ。これほど広い屋敷でも、安心して歩行ける所は、ホンの帯ほどより有りませぬ。それも生憎東助殿が絵図面を持つて出て居られるものですから、私達は庭先だとて迂濶り歩けないのでございます。それだけ前に御注意申し上げておきます』
虻公『日の出の神の天眼通様、貴女はよく御存じだらう。サア、トツトと早くお入りなされ』
 高姫は双手を組んで思案に暮れながら、一生懸命に祈願を凝らし出した。稍あつて高姫は、
『あゝ此処にはヤツパリ居りませぬワイ。……サア黒姫さま、高山彦さま、一時も早く生田の森へ参りませう。彼の方面に三箇の宝玉が現はれました。私の天眼通にチヤンと映つた。早く往かないとまたチヨロまかされると大変だ』
お百合『どうぞ、さうおつしやらずと、御ゆつくり遊ばしませ』
高姫『ヘン京のお茶漬は措いて下されや』
とプリンプリンと肩や尻を互交ひに揺りながら、磯端の船に身を任せ、アール、エースの両人に艪櫂を操らせ、一目散に再度山の峰を目標に漕いで行く。

 執着心に搦れて  玉を抜かれた高姫や
 黒姫二人の玉探し  太平洋の彼方まで
 心焦ちて駆け出だし  どう探しても玉無しの
 力も落ちて捨小舟  高山彦等と五人連れ
 折角永の肝煎りも  泡と消えゆく波の上
 誠明石の向岸  浪の淡路の島影に
 船を漕ぎつけ東助が  館の門に走せついて
 虻と蜂との門番に  上げつ下しつ、揶揄はれ
 心を焦ちて高姫は  またもや玉に執着を
 益々強く起こしつつ  再度山の山麓の
 生田の森へと急ぎ行く。  

 生田の森の杢助館には、国依別、秋彦、駒彦の三人が、臨時留守居役として扣へて居た。
国依別『玉能姫さまもこの館をお立ちになつてから、随分月日も経つたが、どうやら今度は竜宮の一つ島から結構な宝を受取つて、聖地へお帰りになると云ふ事だ。何れ初稚姫様、玉治別も一緒だらう。何時までも私もかうしては居られないから、聖地へお迎へに行かねばならぬから、……秋彦さま、駒彦さまと両人で此館を守つて居て下さい。直にまた帰つて来ますから、……』
秋彦『ハイ承知致しました。しかしながら万々一、例の高姫一行が帰つて来て、国依別さまは何処へ行つたと尋ねた時には、何と云つてよろしいか、それを聞かして置いて貰ひたいですなア』
国依別『滅多に高姫は帰つて来るやうな事はあるまい。しかし万一来たならば、一層の事、事実を以て話すのだな』
秋彦『そんな事話さうものなら、高姫は気違になつてしまひますよ。三つの玉の所在は分らず、それがため一生懸命になつて居る矢先、またもや結構な五つの玉を、同じ竜宮島から、初稚姫様や玉能姫さまが頂いて帰つたのだと言はうものなら、大変ですからなア』
駒彦『オイ秋彦、取越し苦労はせなくても良いよ。その時はその時の事だ。……国依別さま、何事も刹那心で我々はやつてのけますから、御安心下さつて、どうぞ一時も早く聖地へお迎へに行つて下さいませ』
国依別『それぢや安心して参りませう』
と話して居る。窓を透かしてフト外を見れば、夜叉のやうな顔した高姫、黒姫、高山彦外二人、此方に向つて慌しく進んで来る。
駒彦『ヤア国依別さま、秋彦、あれを見よ。呼ぶより誹れだ。高姫が血相変へて帰つて来よつた。三人がかうして居ると面倒だから、先づこの駒彦が瀬踏みを致します。あなた方二人は奥へ這入つて、様子を考へて居つて下さい。私が一つ談判委員になりますから……サアサア早く、見つけられぬ内に……』
と促せば、国依別、秋彦はニタリと笑ひながら、次の間に入り、火鉢を中に松葉煙草を燻べて様子を考へて居た、漸く近付いて来た高姫、表の戸を叩いて、
『モシモシ頼みます』
 中より駒彦はワザと婆アの作り声をし、
『この山中の一つ家を叩くは、水鶏か、狸か、狐か、高姫か……オツトドツコイ鳶か真黒黒姫の烏の親方か、ダ……ダ……ダ……誰だい』
 外から高姫、婆声を出して、
『誰でもない、日の出神の生宮だ。早く戸を開けぬか』
駒彦『今は日の暮だ、日の出神は朝方に出て来るものだ。蝙蝠の神なれば戸を開けてやるが、日の出神なればマアマア御免コウモリだよ。オツホヽヽヽ』
高姫『此館には国依別と云ふ奴ハイカラが留守番をして居る筈だが、お前は一体、何と云ふ婆アだ。根つから聞き慣れぬ声だが、誰に頼まれて不在の家を占領して居るのだ』
駒彦『オツホヽヽヽ、私かいな。私は国依別の妾だ。雀百まで牡鳥忘れぬと云うて、棺桶へ片足を突込んで居る鰕腰の婆アでも、姑の十八を言ふぢやないが、昔は随分あちらからも此方からも袖を引かれ、引く手数多の花菖蒲、それはそれは随分もてたものだよ。残りの色香は棄て難く、どこやら、好い匂ひがあると見えて、色の道には苦労をなされた国依別さまが、ゾツコンわたしに惚込んで五十も違ふ年をしながら朝から晩まで大事にして下さるのだ。思へば思へば私のやうな運の好い者が何処にあらうか。男やもめに蛆が湧くと云ふが、女やもをほど結構なものはないワイの。お前はどこの婆アだか知らぬが、余程よい因果者と見えて、その面は何だい。汐風に吹かれ顔の色は真黒け、何方が黒姫だか、アカ姫だかテント見当の取れぬお仕組だ。オツホヽヽヽ。お気の毒様ながら、婆ア一人暮し、お茶一つ上げる訳には行かぬから、トツトと帰つて下され』
 高姫は戸の節穴から一寸中を覗き、
『日の暮れの事とて確実は分らぬがお前は婆アの仮声を使つて居るが男ぢやないか。チツと怪しいと思つて居た。白状せぬかい。日の出神の眼を晦ます事は出来やしないぞ』
 駒彦ヤツパリ婆の仮声を出して、
『言霊は女で体は男だ。変性男子の根本の生粋の神国魂の御身魂だよ』
高姫『ヘンお前は元は馬公と云つた駒彦だらう。馬い事言つて私達を駒らさうと思つても、日の出神は……ヘン、そんな事では困りませぬワイ。グヅグヅ申さずに、サツサと開けなされ』
駒彦『アツハヽヽヽ、とうと日の出神に発見せられました。……叩けば開く門の口。叩いて分る俺の口。サツパリ化けが現はれたか。三千世界の大化物も薩張駄目だ』
と無駄口を叩きながら、ガラリと戸を押開け、駒彦は腰を屈め、揉み手をしながら女の声を使ひ、
『これはこれは三五教にて隠れなき御威勢の高き、変性男子の系統の高姫様、黒姫様、高山彦様の御一行、よくよくお訪ね下さいました、私は若彦の妻玉能姫と申す者、何時も何時も結構な御教訓を賜はりまして有難うござります。紀州において高姫様に夫婦対面の所を見付けられ、イヤモウ赤面を致しました。オツホヽヽヽ』
高姫『コレ駒彦さま、人を馬鹿にするのかい。大きな口を無理におチヨボ口にしたり、玉能姫の仮声を使つて何の態だ。婆になつたり、娘になつたり、この頃はチツとどうかしとりますな』
『ハイ、大にどうかしとります。何分三箇の玉は紛失致し、玉能姫に、折角御用を承はりながら、蛸の揚壺を喰はされ、この頃また五つの玉が聖地に這入つたとやら云ふ事、それでこの駒彦も気が気でならず心配をして居ると、最前のやうに黒姫とか云ふ婆アの霊が憑つたり、玉能姫の霊が憑つたり、時々刻々に声までが変ります。ハイハイ誠に面目次第もござりませぬワイ。アツハヽヽヽ』
と肩を揺る。黒姫は、
『お前さまは黒姫の霊が憑つたとおつしやつたが、それは誰の事ですか。聞捨ならぬ今のお言葉…』
と鼻息を荒くする。
『駒彦の身魂は神が御用に使ふて居るから、イロイロの霊魂が憑るぞよ。駒彦が申しても駒彦が云ふのでないぞよ。口を借るばかりであるぞよ。駒彦を恨めて下さるなよ。何事も神の仕組であるぞよ。駒彦は何にも知らず…ウンウン』
 ドスン、バタンと飛びあがつて見せた。
黒姫『エー馬鹿にしなさるな。しかしこの館はお前一人かな』
駒彦『一人と言へば一人、大勢と言へばマア大勢だ』
黒姫『その大勢は何処に居るのだい』
駒彦『何を言うても神様の容器に造られたこの肉体、天津神、国津神、八百万の神が出入り遊ばす駒彦の肉の宮、チヨコチヨコ日の出神もおいで遊ばすなり、竜宮の乙姫さまもチヨコチヨコ見えますぞよ。真の乙姫はこの頃は駒彦の肉の宮に宿換を致したぞよ……とおつしやつて結構な玉を見せて下さいますワイ。ここにも現に天火水地結の五つの玉が、ヤツパリ……ヤツパリぢやつた。マア言はぬが花ですかいな』
 高姫得意顔になり、
『それ、黒姫さま、高山彦さま、私の天眼通は違ひますまい。キツと生田の森に隠して有るに違ひないと言つたぢやありませぬか。東助館にグヅグヅして居ようものならまた後の祭になる所だつたが、かう自分の口から白状した以上は、てつきり玉の所在はこの館に間違ない。……サア駒彦、モウ叶はぬ。綺麗サツパリとその玉の所在を系統の肉体にお明かしなされ』
駒彦『玉の所在は竜宮島の諏訪の湖、玉依姫命さまが、モウ時節が到来したから、身魂の立派な守護神に渡したい渡したいとおつしやるので、玉照姫様の御命令により、言依別神様から、東助さまや国依別さまに……お前受取りに往つて来んか……と云つて御命令が下つたさうです、私も御用に行きたいのだが怪体の悪い、留守番を命ぜられ、指を啣へて人の手柄を遠い所から傍観して居るのだ。本当に羨ましい事だワイな』
高姫『そりやまた本当かい。モウ既に聖地へ納まつたと云ふぢやないか』
『何分、時間空間を超越した神界の御経綸だから、過去とも未来とも現在とも、サツパリ凡夫の我々にや分りませぬワイ。アツハヽヽヽ』
高姫『どうやら奥の間に人の気配がする。煙草を吸うて居るのか、煙管で火鉢をポンポン喰はして居るぢやないか。松葉臭い薫がして来出した。誰が居るのだ、白状なされ』
『ハイ鼠が二三匹奥の間に暴れて居るのでせう』
『それでも煙が出るぢやないか』
『鼠が煙草を吸うて居るのでせうかい』
 高姫はスタスタと奥の間の襖を引き開けて飛びこみ、二人の姿を見て、
『これはしたり、国依別、秋彦の両人、卑怯千万にも不在を使ひ、奥の間に姿を隠し、我々を邪魔者扱になさるのかーツ』
と言葉尻に力を入れ、角を立てて呶鳴りつけた。国依別は杢助流にグレンと仰向けにひつくり返り、手と足を上の方にニユウと伸ばし、
『チユウ チユウ チユウ』
と鼠の鳴き声をして見せる。秋彦はまたグレンと転倒り、同じく手足を天井の方へニユウと伸ばし、
『クツクツ キユツ キユツ キユツ』
と脇の下に笑ひを抑へて居る。高姫は、
『何と云ふ不作法な事をなさるのだ。四足の真似をしたりして、本守護神が現はれたのだ。アヽ隠されぬものだ。身魂と云ふものは……日の出神の御威光に照らされて、この憐れな態、こんな身魂を言依別の奴ハイカラが信用して居るのだから……本当に悲しくなつて来た。幹部の奴は色盲ばかりだから、人物を視る目が無いから困つたものだ。誠のものは排斥され、こんな者が雪隠虫の高上りをするのだからなア』
国依別『チウ チウ チウ』
秋彦『クウ クウ クウ』
国依別『サツパリ………身魂がチウクウに迷うて居るワイの、ウツフヽヽヽ。キユツ キユツ キユツ キユツ』
と体一面に笑ひを忍んで、波を打たせて居る。
高姫『コレコレ黒姫さま、高山彦さま、一寸来て御覧、大変な事が出来致しました。天が地となり、地が天となり、サツパリ身魂の性来が現はれて、足が上になつて歩く人間が現はれました。どうぞ皆さま、やつて来て天津祝詞を奏上し、元の人間になるやうに拝んでやつて下さい。あゝ惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』
と気の毒さうな顔して、一生懸命に祈願をこめて居る。

(大正一一・七・一二 旧閏五・一八 松村真澄録)



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