出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語25-3-91922/07海洋万里子 信仰の実王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
竜宮洲 諏訪の湖
あらすじ
 諏訪の湖は天国よりも清く、美しかった。清公、チヤンキー、モンキー、アイル、テーナの一同は思わず湖中に飛び込んだ。湖は思ったより浅く、一行は歩いて進んだが、急に深みにはまって人事不省となった。ところが、一同は神船に救いあげられ、北へ運ばれ、男島に下ろされた。
 男島には無数の金銀色の蛇がいた。一行は気を失っていたが、チヤンキーが気づくと、太い金色の蛇が清公の口に入っていた。チヤンキーは蛇を引き出そうと尻尾をつかんだら、飛ばされて、金銀色のムカデが数多いる女島へ飛ばされた。残った清公は苦痛もなく金竜の化身となった。
 女島では、チヤンキーを無数のムカデが取りまいたが、苦痛は感じず、チヤンキーも金銀色となった。そこへ、アイルも飛ばされてきて、ムカデに取りまかれた。
 金銀色の蛇はモンキーはよけていた。モンキーは「変化したほうがよかったのか、元の身体であるのがよいのか」と悩む。そのモンキーの前を、清公、チヤンキー、アイル、テーナの四人が女神の姿となり船に乗って通りすぎた。モンキーが自分の身を振り返ると、毛深く、嫌な汗の臭いを放出している。モンキーは「自分は間違っているのか」と瞑想にふける。
 そこへ、緑毛の亀が現れて、モンキーを招く。亀は女島に上陸して、木に登った。モンキーも続いた。モンキーは「あゝ何事も一切万事、神に任せれば良いのだ。郷に入っては郷に従えということがある。蛇の島へ来れば蛇と一つの心になり、ムカデの島へ来ればムカデの心になって済度をしてやらねばならぬ」と悟る。
名称
アイル 清公 金銀色の蛇 金銀色のムカデ チヤンキー テーナ モンキー 緑毛の大亀
アイルテーナの女神 悪神 悪魔 アポールの女神 五つの御玉 宇豆姫 鬼 大蛇 木の花姫 猩々 守護神 瑞月 高姫 玉依姫 天狗 諾冊二尊 日の出神 狒々 平和の女神 変性男子 曲津霊 ムカデ姫 無尽意菩薩
天津祝詞 男島 自転倒島 神言 カリヨウビンガ 言霊 執着心 神界 真如の月 諏訪の湖 諏訪の里 セーラン山 善悪不二 タカの港 地恩城 鎮魂 天国 パイン ヒルの郷 ヒルの港 魔窟ケ原 瞑想 女島 目無堅間の神船 竜宮 竜宮海 竜宮館 六合 和田の原
 
本文    文字数=23641

第九章 信仰の実〔七五五〕

 三五教の太柱  変性男子の系統を
 唯一の頼みと経緯に  我儘気儘を振舞ひし
 天狗の鼻の高姫が  部下と仕へし清公の
 左守神と現はれて  鰻上りに上り詰め
 恋の瀬川の宇豆姫を  妻となさむと企み居し
 カラクリがらりと相外れ  地恩の城の頂上より
 大地に急転直下せし  名誉を元に返さむと
 執着心のほとぼりに  胸を焦がして清公が
 チヤンキーモンキー二人連れ  タカの港を立出でて
 屋根無し船に身を任せ  心に荒波立てながら
 暗に紛れて和田の原  誠明石のヒル港
 誠魔言の取違ひ  日の出神のその昔
 現はれませる山奥の  酒の泉の湧き出たる
 その滝壺に現はれて  大蛇の荒びを眺めてゆ
 転迷開悟の花咲かせ  生れ赤子と蘇生り
 ヒルの郷人二人まで  旅の御供と定めつつ
 セーラン山の山続き  深き谷間を打渉り
 虎狼や鬼大蛇  狒々猩々の集まれる
 魔窟ケ原を宣伝歌  歌ひながらに進み行く
 石の枕に雲の屋根  露の褥も数越えて
 心も光る玉野原  天空海濶限りなき
 金砂銀砂を布き詰めし  諏訪の里にと着きにける
 木の花姫の御化身  巨大の狒々に村肝の
 心の玉を洗はれて  一行五人天地の
 神の恵を覚りつつ  心も勇み身も軽う
 紺青の波を湛へたる  玉依姫の永遠に
 隠れ玉ひし諏訪の湖  五つの御玉の底深く
 納まる竜宮の岸の辺に  心洗ひし清公が
 チヤンキーモンキー始めとし  アイル、テーナの五柱
 祠の前に着きにける  頃しもあれや天上に
 黒雲忽ち顕現し  見る見る四方に拡大し
 満天墨を流すごと  黒白も分かずなりにける
 あゝ惟神々々  御霊幸はひましまして
 心の雲霧吹き払ひ  天津御空も国土も
 清く涼しく天津日の  輝き玉ふ清明の
 天地に還し玉はれと  五つの口に宣る祝詞
 声も涼しく唱ふれば  あゝ訝かしや黒雲の
 中より出でし一塊の  火光は忽ち目の前に
 雷鳴の如き音響と  共に轟然落下して
 一度に開く木の花の  四方に散るよと見る間に
 さしも暗黒に包まれし  六合忽ち朝日子の
 伊照り輝く世となりぬ  五人は我に立返り
 諏訪の湖面を見渡せば  紺青の波キラキラと
 魚鱗の如く日光に  輝き閃く崇高さよ
 遥に向方の島影ゆ  現はれ出でたる純白の
 真帆や片帆の数多く  此方に向つて進み来る
 その光景は春の野の  青野ケ原に蝶々の
 花に戯れ翩翻と  舞ひ狂ひたる如くなり
 この世を造りし神直日  心も広き大直日
 ただ何事も人の世は  直日に見直し聞直し
 身の過ちは宣り直す  三五教の神の道
 鬼も大蛇も曲津霊も  我の身魂を外にして
 神の造りしうまし世に  影も形も白煙
 消ゆる思ひに充たされて  天地万有自ら
 至善至美なる神の世と  変りし如き心地しつ
 五人は衣服を脱ぎ捨てて  湖水の中に一時に
 ザンブとばかり飛び込めば  姿は忽ち水底に
 消えて跡なき泡沫の  夢か現か幻か
 神ならぬ身の如何にして  知る由もなき御経綸
 仰ぐも高し久方の  神の心の万分一
 竜宮海の底の底  深き仕組の玉手箱
 開いて述ぶる物語  竜宮館の教主殿
 奥の一間に瑞月が  心天高く日を照らし
 心の海に三五の  真如の月を浮べつつ
 御国を思ふ真心を  雲井上に留五郎
 神の大道を亮めて  世人導く神界の
 鑑を照らす真澄空  ただ一言も漏らさじと
 鉛筆尖らし松村が  心を籠めて記し行く
 引きて帰らぬ桑の弓  桑の机にもたれつつ
 無尽意菩薩を傍らに  侍らし誠を述べ立つる
 愈茲に五五の巻  稍半まで書きしるす
 神の出口の因縁を  開く常磐の松風に
 身も魂も清々と  語り行くこそ芽出度けれ

   ○
 清公ほか四人は諏訪の湖の畔の小さき祠の前に端坐し、天津祝詞を奏上し、数歌を歌ひあげ、終つて紺青の波漂へる諏訪の湖の岸辺に立ち、際限もなき広き湖面を崇高の気に打たれて眺め入つた。忽ち心機一転して、天国よりも清く美はしき感想に打たれ、一同は期せずして、衣類を脱ぎ、湖中に向つてザンブとばかり、何気なく飛び込んでしまつた。千尋の深き水底と思ひきや水溜りは思うたよりも浅く、七尺乃至八尺の肉体の、浅きは臍あたりまで、深きは首のあたりまで位よりなかつたのに、再び驚きながら神言を奏上しつつ、波を押し分けて北へ北へと進み行く。
 摺鉢のやうになつた湖底に足を辷らせ、茲に五人は一時に水底深く落ち込み、一旦は人事不省の厄に会うた。折柄浮かび来る金銀を鏤めて造りたる神船に救ひ上げられ、北へ北へと運ばれた。
 湖中に浮かべる夫婦島の一角に救ひ上げられ、五人の肉体はそのまま自然に気の附くまで棄て置かれたのである。酷熱の太陽は焦げつく如く、赫々と照り輝けども、老樹鬱蒼として天を封じたるこの浮島は、涼風颯々として徐に吹き来り、夏の暑さを少しも感じなかつた。此島には大小無数の金銀の蛇空地なきまでに遊び戯れて居る。五人は金銀の蛇、畳の目の如く地上を包んで居るその上に救ひ上げられ、しばらくは何も知らずに、睡眠を恣にして居た。
 清公は稍太き金色の蛇に、口をポカンと開けて居たその隙間より這ひ込まれ、胸苦しさに目を醒まし、『キヤツ キヤツ』と叫んだ声に驚いて、チヤンキー、モンキー、アイル、テーナの四人は始めて気が附き、附近を見れば金銀の索麺を敷いた如く、億兆無数の蛇樹上にも樹下にも、木の幹にまで一面に包んで居る。清公の口には金色の太き蛇、七八分まで口より這ひ込み、僅に七八寸ばかり尻尾の先を余し、尾は前後左右にプリンプリンと活動し、尾の先にて耳の穴、鼻の穴、目などを無性矢鱈に掃除して居る。チヤンキーはその尾を掴み蛇を引出し、清公を助けむと猿臂を伸ばして尾を掴んだ途端に、ビンと撥ねられて、隣の島に投げ送られた。
 一方の島には金銀の蜈蚣数限りもなく、蓆を布いた如く、沢山の足をチヤンと揃へて、地上を包んで居る。樹上にも木の幹にも金銀色の蜈蚣、空地もなく巻きついて居た。見る見る二三尺の長き蜈蚣は、ゾロゾロとチヤンキーの身体に這ひ上がり、空地なく身体を包んだ。されど不思議にも少しの痛みも苦みも感ぜず、ただ少しばかりこそばゆい感じがしだし、蜈蚣の足や舌を以て体を舐め始め出すに従れ、こそばゆさは益々その度を増し、遂には笑ひ止まず、腹を抱へて蜈蚣原に七転八倒するに至つた。この島を女島と云ふ。一方の清公が金色の蛇を呑んだ島を男島と云ふ。
 清公は俄に身体黄金色と変じ、両眼より金剛石の如き光を放ち、口をもがもがと動かせながら、何か言はむとするものの如く、七八寸口から出て居た尻尾は、何時の間にか腹中深く納まつてしまつた。清公は顔色輝き、層一層荘厳の度を加へ、身長も一尺ばかり高く延び、体の総体その太さを増して来た。物をも言はず清公はアイルの首筋をグツと掴み、女島に向つて猫の児を投げるやうに手もなく投げ移した。チヤンキーが俯むいて笑つて居る背中の上に、フワリと馬に乗つたやうに落ちて来た。蜈蚣は忽ちアイルの全身を包んだ。アイルもまた俄に際限もなく笑ひ出した。見る間に蜈蚣は体一面に焦げつくやうになつて、両人の体は全身蜈蚣の斑紋に包まれてしまつた。チヤンキーは始めて口を開け、
『あゝ地恩城の蜈蚣姫の代りに蜈蚣彦が両人揃うた。……オイ、アイルさま、かう体が蜈蚣に変化した以上は、モウ仕方がない。一生この島の守護神となつて暮らせと云ふ神様の思召しかも知れないよ。しかしながら、昔諾冊二尊が自転倒島へ御降りになつた時には、陰陽揃うて夫婦の契を結び、山、川、草、木をお産みになつたのだが、我々は男ばかりだから国生みもする訳には行かず、つまり態よい島流しになつたのではあるまいかなア』
アイル『サア何だか知らぬが、何とも言へぬ好い気分ぢやないか。何れどちらかが女になるのかも知れないよ。しかしこの島は女島と云ふからは、二人ながら女にならうも知れぬ。さうすれば尚々妙な事になつてしまふ。しかし何時も俺は女に何故生れて来なんだかと始終小言を言つて居つたから、言霊の幸はふ国だと云ふからには、御註文通り女に変化するかも知れぬ。さうすれば所謂平和の女神となつて、お前はチヤンキー、俺はアイル、アイルチヤンキーの女神として後世に謡はれるやうになるかも知れないよ』
チヤンキー『馬鹿言へ、アイルチヤンキーの女神と云ふやうなものが何処にあるか。アイルテーナの女神と言へば昔から聞いてるがなア』
『それなら男島に残つてる奴と俺と合せばアイルテーナだ』
『俺も今日限りチヤンキーと云ふ名を返上して、アポールと云ふ名に改名しよう。アポールの女神は、所謂アテーナのまたの御名だ』
 かく話す折しもまたもや、清公に掴まれて投げ送られたテーナは、二人の前に空を切つて降つて来た。
チヤンキー『アイルテーナ、……此奴ア不思議』
とソロソロ地金を現はし、洒落気分になつて無駄口を叩きかけた。テーナはものをも言はず俯むいて、膝頭を打つたと見え顔を顰めながら撫でて居る。蜈蚣はそろそろテーナの全身を包んだ。テーナは向脛を打つた時のやうに痛さうなこそばゆさうな、痛さとこそばゆさが一つになつたやうな声で、泣きと笑ひの中間的声を出して『キユーキユー』と脇のあたりを鳴らして居る。
 男島におけるモンキーは、
『モシモシ清公大明神、お前は金竜の化神となつてしまひ、三人の奴まで皆金銀の蜈蚣の衣服を着て、平和の女神だとか何とか威張つて居るが、このモンキー一人はどうして下さるのだ。始めの間は蛇や蜈蚣を見てゾツとし、罪の重い奴がこんな所へ来たものだから、蛇や蜈蚣に責められて苦しむのだと思ひ、アーア俺だけはヤツパリ盗んで来た船を返しに往つた正直者の発頭人だから、蛇も蜈蚣も如何ともする事が出来ないのだと、稍得意気分になつて居た。がしかしながら、誰も彼も金銀の体になり、余り苦痛さうにもないのを見ると、何とはなしに、自分も羨りくなり当然の肉体が却て罪の塊のやうな感じが致しますワ。一体何方が善ですか。万一四人の者、神の冥罰に触れてこんな態になつたのならば、我々は友人のために充分の謝罪を神界へ致さねばならず、また四人が神徳を蒙りて出世をしたのならば、我々も同じく出世をするやうに願つて頂かねばなりませぬ。善悪不二と云ふ事は予て聞いて居りました。しかしながら神が表に現はれて、善と悪とを立分けると云ふ以上は、今立て分けられた五人は、どちらが善か悪か、どうぞ聞かして下さいませ』
と一生懸命に手を合せ、清公の前に平伏して頼み入る。清公は口をへの字に結び、目ばかりギロギロさせながら一言も答へず時々二つの鼻の穴から、フウフウと荒い息を吹き出すのみである。モンキーの傍二尺ばかりの四方は、何故か、金銀の蛇近寄り来らず。かうなるとモンキーも神に嫌はれて居るのか、好かれて居るのか、少しも合点がゆかぬ。已むを得ず稍自棄気味になつて、島中を歩行き始めた。蛇は先を争うて、モンキーに踏まれまじと慌ただしく路を開くその怪しさ。
 一時ばかり島を彼方此方と金銀の蛇を驚かせながら、或る美はしき金色燦爛たる苔の生えた岩の側に辿りつき、恰好の休息所と岩上に身を横たへ、頬杖を突き、思案に暮れて独言を言つて居る。
モンキー『あゝサツパリ善悪不可解だ、鬼も大蛇も悪魔も、すべて自分である。自分を離れて極楽もなければ地獄もなし、また神もなければ鬼もない…………と酒の滝壺の大蛇に向つて清公が宣伝歌を歌つた時、大蛇は忽ち小さくなつて消えてしまつた。さうすれば尚々合点のゆかぬはこの島へ来てからの出来事だ。清公始めその他の連中は残らず、金銀の蛇や蜈蚣に全身を取巻かれ、神に救はれたのか、棄てられたのか、チツとも訳が分らなくなつてしまつた。さうして我々の身辺には蛇も蜈蚣も近寄らず疥癬患者が来たやうに、皆吃驚したやうな調子で路を開けてくれよる。考へれば考へるほど、俺の精神が神の御心に叶うて居るのか、或は四人の連中の方が良いのか、どうしても合点がゆかない。我輩に神徳が有つて蛇や蜈蚣が恐れて逃げるのか、或は威勢に恐れて避けて居るのか、此奴も一つ考へ物だ。諸善竜宮に入り玉ふと云ふ以上は、この竜宮島に悪神は一柱も無い筈、仮令金銀の色をして居つても、蛇に蜈蚣と云ふ奴、余り気分の良いものだない。しかし此島の蛇も蜈蚣も悪魔のやうな感じもせぬ。悪魔でなければ諸善神の化身であらう、この点が一向合点の行かぬ所だ。清公だとて余り神様に好かれるやうな至善至美の人間でもなし、また俺だとて神様が恐れて逃げなさるやうな御神徳があらう筈もなし、また蛇が悪魔であるとすれば、我々の神徳に恐れて逃げるやうな蛇には力も徳もないのだ。ヤツパリ竜宮は竜宮式だ。薩張五里霧中に彷徨して、見当の取れぬ仕組の実地を見せて貰うたのだらうか。あゝどうしたらこの解決が附くだらう。初の間は金銀の蛇、一二尺づつ遠慮したやうに先を争うて逃げて居よつたが、何時の間にか見渡す限り、俺の周囲には、一匹の蛇も居なくなつてしまつた。蛇に好かれるのも余り気分の良い話ではないが、この通り敬遠主義を執られるのも、何だか面白くないやうな気分がする。あゝ到底人間の理智では解るものでない。先づ神様に天津祝詞を奏上し、悠くりと心を落着けて、鎮魂三昧に入つたならば、何とかこの解決がつくであらう。あゝ惟神霊幸倍坐世』
と、拍手をなし、祝詞を、声限り奏上し終つて、またもや岩上に端坐し、腕を組み考へ込んだ。
 モンキーは岩上に双手を組み、首を垂れ、善悪の解決に心身を傾注する時しもあれ、美妙の音楽眼下に聞ゆるに驚き、目を開いて眺むれば、金銀珠玉を以て包まれたる、厳はしき漆塗の船に、得も言はれぬ崇高なる女神舵を操り、清公、チヤンキー、アイル、テーナの四人、赤裸の筈の男が、何とも知れぬ麗しき薄衣を身に着け、身体は水晶の如く透明に清まり、各自に横笛、笙、ひちりきを吹き、美はしき纓絡の附いた冠を頭に戴き、愉快気に波面を進み行く光景が、パインの繁みを透かしてアリアリと現はれた。モンキーは思はず『アツ』と叫んだ。四人は金扇を拡げ、モンキーに向つて『早く来れ』と差招きながら、微妙の音楽の声諸共に、紺青の波の上を悠々として彼方の島影に姿を隠しける。
 モンキーは太き息を吐きながら、我身を振り顧れば、赤銅のやうな黒赤い肌に毛をボウボウと生やし、得も言はれぬ汗臭い、厭な臭気が放出して、我と我が鼻をつく。
『あゝヤツパリ俺の方が間違つて居たのかい。こりやモ一つ考へ直さなくちやなるまいぞ』
と岩を離れて磯端に走り寄り、全身を清め、再び磯端に端坐して瞑想に耽りゐる。
 涼風颯々と面を吹くさま、得も言はれぬ気分となつて来た。向ふの島影を見れば、金砂青松絵の如く展開し、名も知れぬ羽毛の麗しき鳥、迦陵頻伽か孔雀か鶴か、確とは分らねど、長閑な声を放ちて天国の春を歌ふものの如く感じられた。金銀珠玉を鏤めたる白帆をかけた神船は或は一つ、或は三つと、時々刻々に眼下の波面を過ぎ行く。されどモンキーの方には一瞥もくれず、素知らぬ顔して進み行く船のみである。モンキーは益々合点ゆかず、心中稍不安を感じて恨めしげに、四人の船の姿の隠れた方面の空を眺めて佇み居る。
 忽ち足許の水面より緑毛の亀、忽然として浮び出で、見る間に島へ駆け上り、一生懸命に走り出せば、モンキーはその亀の後に従いてスタスタと走り行く。亀は益々速力を速め遂には大木の幹に掻きつき二三間ばかり攀つた所で、どうした機みか、手を放し大地に顛倒した。モンキーも亀に添うて大木に駆け登つた。亀が落ちたのを見て、自分もまた手を放し、地上に顛落し、強たか頭を打ち『惟神霊幸倍坐世』と云ひつつ、手の掌にて息を吹きかけ、創所を二三回撫でまはせば、痛みは頓に止まりぬ。亀は腹を上にし、四つの足で空を掻いて藻掻いて居る。これを見たモンキーは、またもや地上に背を附け、手足を上げて空を掻き、亀の真似をして居る。亀はカタリと音をさせて起き上り、またもやノタノタと反対の方面に走り出す。モンキーも同じくクレリと体をかはし、音がせぬので口で『カタリ』と云ひながら亀の後に引添うて、今度は四這になつて従いて行く。
 亀は矢庭に湖面に向つてドブンと飛び込むを見て、モンキーもまた四這のまま、湖水の中にドブンと飛び込み見れば、亀は頭をあげて悠々と水面を泳いで居る。モンキーはまた亀の後に従いて首をあげたままに泳いで行く。手足は倦くなり、最早この上十間たりとて泳げなくなつてしまつた。亀はモンキーの追ひ付き来るを待つものの如く、ポカンと浮いたまま、首を伸ばして後を振りかへつて居る。モンキーはその間に亀に追付き、甲の両側に両手をかくれば、亀は水中深く潜り出した。死物狂ひになつて両手を甲に掛けたまま水底に続いて行く。
 フト目を開き見れば、自分の体は亀と共に、女島の磯端に上つて居た。金銀色の蜈蚣の一面に並んで居るその上を、亀は容赦なく這ひながら、島山の頂を目蒐けて進み行く。数多の蜈蚣は、今度は蛇のやうに避けず、足許をウザウザさせ亀の後に、一生懸命に追うて行く。
 亀はまたもや大樹の枝に登つてしまつた。モンキーもまた大樹の枝へ亀の後に添うて登りついた。眼下の水面を見渡せば、霞むばかりに高き島山の頂上の大木の梢から水面を見た事とて非常に恐ろしい。亀はまたもや水面を目蒐けて、首をすくめながら落ち込んだ。モンキーは死物狂になりて水面を目蒐け、身を躍らし、頭を下にしたまま、飛び込んでしまつたと思つてハツと気が付けば、モンキーは金色の亀の甲に跨がり、紺碧の湖面を、悠々として泳いで居た。亀は何時しか容積を増し船の如く大きくなり、知らぬ間に金銀珠玉を鏤めた目無堅間の神船になつて居る。船は艪を漕ぐ人も無きに、自然に動き出し、四人が進んだ方面を指して辷つて行く。モンキーは始めて悟つた。
モンキー『あゝ何事も一切万事、神に任せば良いのだ。郷に入つては郷に従へと云ふ事がある。蛇の島へ来れば蛇と一つの心になり、蜈蚣の島へ来れば蜈蚣の心になつて済度をしてやらねばならぬ。蛇を呑んでも構はぬ、体を巻きつけられても、救ひのためには厭ふ所でない。蜈蚣が我々の肉体を嘗めたがつて居るならば、何程厭らしくても舐めさしてやるのが神の慈悲だ。神心だ。我々は理智に長けて、神の慈悲心を軽んじて居た。最早かうなる以上は、何事も神様のままに、お任せするが安全だ。……惟神霊幸倍坐世……と口任せのやうに唱へて居たが、今迄は何事も頭脳で判断をし青人草倣ひの行ひをやつて居たのが誤りだ。あゝ神様有難うございます。どうぞ清公その他の一行に、一時も早く面会の出来まするやう、御取計らひ下さいませ。モウこの上は一切万事、貴神にお任せ致します』
と悔悟の涙をしぼり、湖面に向つて合掌し天津祝詞を奏上して居る。
 何処よりともなく、以前の如き美妙の音楽聞え来り、麝香の如き風湖面を吹いて、その身は忽ち薄物の綾錦に包まれ、天上を行く如き爽快なる気分に酔はされて居た。
 あゝ惟神霊幸倍坐世。

(大正一一・七・一〇 旧閏五・一六 松村真澄録)



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