出口王仁三郎　文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語25-3-121922/07海洋万里子 不意の客王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
地恩城
あらすじ
　地恩城では、貫州、武公や部下達が「ネルソン山の上方に見える諏訪の湖の女神の蜃気楼」など、いろいろ世間話をしている。
　そこへ、友彦がテールス姫と二人でやってきて、「黄竜姫と会わせろ」と言う。貫州たちは、友彦がテールス姫を踏みつける、蹴る、叩くと半死半生の目にあわせるが、友彦夫婦は感謝の祝詞を奏上して、無抵抗主義でなすがままになっていた。そこを通りかかった鶴公は友彦が来たことを黄竜姫に注進する。
　黄竜姫は「友彦に申し訳ないことをした」と心の鬼に責められていたところだったので、「友彦が供も連れずにテールス姫と二人だけでやって来た」と聞き、自ら門前に迎えに出た。
名称
貫州　武公　鶴公　テールス姫　友彦　マール　ミユーズ　黄竜姫
梅子姫　救世主　月光神　小糸姫！　心の鬼　スマートボール　瑞月　天地の神　分霊　ボール　万蔵！　ムカデ姫　妙州！　竜神
オーストラリヤ　自転倒島　感謝祈願の祝詞　敬神報国　神務　ジヤンナイ教　ジヤンナの郷　諏訪の湖　錫蘭島　体主霊従　地恩城　根底の国　ネルソン山　一つ洲　無抵抗主義　竜宮洲
 
本文    文字数=14951

第一二章　不意の客〔七五八〕

　心の鬼に責められて　　黄竜姫がその昔
　年も二八の花盛り　　大の男を素気無くも
　錫蘭島の山奥に　　義理も情も荒男
　淋しき閨の友彦を　　酒に酔はせて籠抜の
　憂目に会はせた古疵は　　女王となりし今日までも
　心の奥に蟠かまり　　悩み苦み居たりしが
　空澄み渡る中秋の　　月の光に照らされて
　棄てた男の心根を　　思ひ浮べて矢も楯も
　耐らぬばかり苦しみの　　雲に包まれ怖ろしく
　空を眺めて居る内に　　天空俄にかき曇り
　数多の鬼を引率れて　　鋼鉄の矛の雨降らす
　友彦幕下の鬼共が　　影に戦き千仭の
　谷間に忽ち顛落し　　続いて母の蜈蚣姫
　黄竜姫を救はむと　　階段降り踏みはづし
　同じく谷間に顛落し　　罪を償ふ谷の底
　ヤレ恐ろしや恐ろしや　　昔の罪の廻り来て
　根底の国に落ちたるか　　天地の神よ友彦よ
　妾の罪を赦せよと　　祈る折しも秋風に
　吹かれて落ち来る一葉の　　紅花の吾眼にヒラヒラと
　入るよと見れば夢醒めて　　仰げば元の高殿に
　梅子の姫や諸人と　　月の光を浴び居たる
　この正夢に小糸姫　　愈此処に三五の
　神の御前に手を合せ　　月光神に心より
　月見の無礼を謝しながら　　奥殿深く進み入り
　神の御前に太祝詞　　宣れる折しも貫州が
　息せき切つて駆来り　　夢の中なる出来事を
　誠しやかに宣りつれば　　黄竜姫は怪しみて
　スマートボールを門外に　　遣はし偵察せしむるに
　敵の攻め来し影もなく　　月の光は皎々と
　四辺隈なく照り渡る　　黄竜姫を始めとし
　貫州武公が胸の中　　まだ晴れやらぬ黒雲に
　疑心暗鬼を生み出し　　吾と吾手に悩みたる
　転迷開悟の物語　　横に臥しつつ瑞月が
　天井の棧を数へつつ　　形も円き餡パンを
　頬張り頬張り述べて行く　　黄竜姫が物語
　進むにつれて不思議なれ　　嗚呼惟神々々
　御霊幸倍坐しませよ。　　

　　　○
　地恩城の城内の広場の木蔭に、貫州、武公の大将株を始め、門番その他一同、芝生の上に身を横たへ、或は坐りなどして雑談に耽つて居る。
　門番のマール（万蔵）は貫州に向ひ、
『モシモシ、ボールさま（組長の意）この間は友彦の軍勢がやつて来たさうですが、どうなりましたかなア』
貫州『お前の貫州する所でない。マールで蜃気楼のやうな話であつたよ』
マール『貴方の黄竜姫様への御報告は、マールで夢のやうだつたと言ふことですが、夢にしても大袈裟なことですな』
貫州『俺ばつかりぢやない。武公でさへも同じ夢を見たのだから、貫武一途だよ。どうしても嘘とは思へないものだから報告に及んだのだ。しかしながら俺達は、黄竜姫様の御身の上を案じ煩ひ奉つて居る忠臣だから、貴様の見る夢とは、稍選を異にして居るのだ』
マール『選を異にして居られるから、戦争の夢を御覧になり、戦々恟々として戦況を御報告なさつたのですなア。……武公さま、貴方も本当にそんな夢を見たのですか』
武公『俺は別に夢を見たと云ふ訳ではないが、常々そんな事が在りはせぬかと、案じて居つた矢先き、貫州が周章しく話したものだから、俺も夢か現か知らぬが、ツイ捲き込まれて報告に往つたまでだ。しかし軽信報告（敬神報国）の至誠の発露だから、黄竜姫様も別にお咎め遊ばさず、マア無事で事済となつたやうなものだ』
マール『そんならこれから貴方等両人に対し、蜃気楼ボールと云ふ尊名を奉ることにしませうかい。……のうミユーズ（妙州）』
ミユーズ『オウそれがよからう。蜃気楼と云ふやつは、少しくどんよりとしたやうなハツキリせぬ空に、空中楼閣が出来たり、松林が出来たり、人馬の往来する有様が映つて来るものだ。何時も春夏の頃になると、ネルソン山の上の方に蜃気楼が現はれ、色々の立派な女神の姿が見えたり、中には鬼や大蛇の姿が現はるる事がある。大方貫州さまは夢ではなくて、その蜃気楼を眺め、ビツクリして本真物ぢやと思つて報告しられたのだらう』
貫州『俺は自転倒島から此処へやつて来たものだから、空中にそんな物が現はれると云ふ事は、話は聞いて居るがまだ見た事はない。一遍見たいものだなア』
マール『この竜宮島には諏訪の湖と云つて、立派な金銀の砂を以て湖底を固めたやうな綺麗な広い水溜りがあり、其処に竜神や沢山の女神が現れて、色々の事を遊ばしてござる姿が、時あつて天上に映じ我々国人を驚かし給ふ事が度々ありますよ。しかしながら近年はどうしたものか、今迄のやうにさう度々現はれなくなつた。大方ネルソン山を向ふに越えた秘密郷へ、鼻曲りの友彦が往つたものだから、竜神が怒つて諏訪の湖の底深くお隠れ遊ばし、色々の神業を御中止になつて、蜃気楼が現はれないのかも知れない。本当に竜神も友彦のために、蜃気楼一転遊ばしたのかも知れないよ。アハヽヽヽ』
貫州『オイ向ふを見よ。噂をすれば影とやら、鼻先の赤い出歯の団栗眼の友彦に似た奴が綺麗な女を連れてやつて来るぢやないか』
武公『ヤア、ホンによく似た奴だ。しかし彼奴はジヤンナの郷で非常な勢で郷人にもてはやされ、殆どネルソン山以西は友彦の勢力範囲になり、言はば黄竜姫様に匹敵するやうな地位にまで進んだと言ふ噂だから、仮令此処へ来るにしても、十人や二十人の供を連れて来るべき筈だ。鼻の曲つた奴は広い世間には、二人や三人は無いとも限らぬ。よもや友彦ではあるまいなア』
貫州『ソレでもよく見よ。友彦に間違ひないやうだ。彼奴は今迄の地金を出して、ジヤンナの郷人に愛想をつかされ、居たたまらなくなり、テールス姫と手に手を取つて駆落と出掛け、地恩城へ救援軍を願ひに来たのか、但は居候に舞ひ込んで来居つたのに間違ひあるまいぞ』
武公『果して友彦だつたらどうする考へだ』
貫州『無論の事、寄つて集つて懲しめのため打ちのめすのだ。何程無抵抗主義の三五教と言つても、あんな奴を門内に入れて耐るものかい。黄竜姫様に対し、どんな事をし居るか分つたものでない。また黄竜姫様も、あんな男が仮令一年でも夫であつたと、人に思はれては恥かしいと御気を揉まれるに定つて居る。それにまた嬶アを連れて来て居るから、そんな事が分らうものならまたもや悋気の角を生やして、どんな騒動をおつぱじめるか分らないから、ともかくこの門内に一歩たりとも入れてはならぬ。先年のやうに放り出してしまふに限る』
と話合ふ所へ夢でもなく現でも蜃気楼でもなく、本当の友彦はテールス姫とただ二人スタスタとこの場に近づき来り、
友彦『ヤア貫州さま、武公さま、久し振りで、御機嫌よろしう』
貫州『ヤア矢張り貴様は友彦だな。日頃の地金を出して、又候土人の奴に愛想をつかされ、ノソノソとやつて来たのだらうが、この城門は我々の勢力圏内に置かれてある関所だから、通す事は罷りならぬ。折角だがトツトと帰つてくれ』
友彦『左様でございませうが、今日の友彦は今までの体主霊従の友彦と違ひますから、御心配なく通過させて頂きたい』
マール『モシモシ、ボールさま、こんな奴は絶対に通す事は出来ませぬなア』
貫州『オウさうだ。金輪際通す事は出来ぬ。諦めて帰つたがよからうぞ』
友彦『その御疑ひは御尤もながら、我々はジヤンナイ教を立替へ、大慈大悲の三五教の教を立て、今日の所大変な勢力になりましたので、同じ一つ島における神様の御道、黄竜姫様に一切報告し、その部下に使つて貰ひ、全島を統一して頂かうと態とに供をも連れず、女房のテールス姫とただ二人遥々参りました。どうぞ黄竜姫様に御面会叶はねば、強つてとは申しませぬ。左守様になりとも会はして頂きたうございます』
マール『ヤイヤイ友彦、供を連れずにやつて来たと今言つたが、友に供が要るかい。テールス姫だとか言つて、妙なアトラスのやうな面した女房が、それほど有難いのか。鼻の赤い奴や、顔の斑に赤い奴が勿体なくも地恩城にやつて来て、左守様に御面会を願ひたいとは、そりや何を戯けた事を吐くのだ。チツト貴様、面と相談して見ろ』
テールス姫『友彦さま、サーチライス地恩城、エツプツプ、エツパエツパ、パーチクパーチク、イツパーパー』
と土人語で囀つて居る。この意味は……友彦の救世主を、地恩城の門番が、訳も分らずに我々を軽蔑して入門を拒絶して居るが、決して躊躇に及ばぬ、ドシドシ這入りませう……との意味であつた。友彦は、
『貫州、武公その他の方々、話は後で分りませう。ともかく左守様に御面会の上………』
と言ひながらテールス姫の手を引き、表門に向つて進み行かむとする。貫州、武公は、
貫州『コリヤ大変だ、貴様を入れてなるものか……』
と、マール、ミユーズその他の人々に目配せした。マールを始め一同は友彦の後より追ひ縋り、寄つて集つて二人をその場に突き倒し、踏む、蹴る、殴く、殆ど半死半生の目に遇はせた。友彦夫婦は少しも抵抗せず、一同が打擲するままに身を任せ両手を合せて感謝祈願の祝詞を奏上して居た。一同は余り友彦夫婦が従順なるに、少しく小気味悪くなり、友彦の言葉につれ、貫州、武公始め一同は、大地に蹲踞みながら声を揃へて感謝祈願の祝詞を唱へて居る。
　右守の鶴公は門内の木蔭を逍遥し居る折しも、門外に当つて大勢の祝詞の声が聞えたのを訝かりながら、声を尋ねて表門を潜り、門前の密樹茂れる広き林に立出で、一同の姿を認めて此処に現はれ来りて、友彦が大勢の中に交りて祝詞を奏上するを見て大いに驚き、無言のまま、踵を返し奥殿深く黄竜姫の前に進みこの由を委曲に報告した。黄竜姫は驚くかと思ひの外、ニツコリとして、
『右守殿、友彦が御入来になつたとやら、お供の方はいづれ沢山お在りでせうな』
鶴公『ハイ、別に供らしき者はございませぬ。見慣れぬ女の方がただ一人、大方噂に高きテールス姫でせう』
『ハテ不思議な事もあるものだ。あれだけ勢力を得たる旭日昇天の友彦さまが、供をも連れず夫婦連お越しになつたとは、一体どうした訳だらう』
鶴公『私の察する所、友彦さまはまた例の地金を現はし、土人に愛想をつかされ夫婦手に手を取つて、此処へ命からがら逃げ来られたものと思はれます。如何致したらよろしうございますか。御指図を願ひます』
『決して決して左様な事で御入来になつたのではありますまい。妾は少し心に当る事がある。ともかくオーストラリヤにおける三五教の太柱、敬意を払ふために、黄竜姫の妾門外にお迎ひに参りませう』
鶴公『右守として申上げます。苟も地恩城の女王たる御身を以て、軽々しくお出で遊ばすは、御威勢にも関りませう。どうぞこの事ばかりは御中止を願ひたう存じます。私がお迎へ申して参りますから、奥殿にお待ち下さいますやうにお願ひ申します』
　黄竜姫は首を左右に振り、
『イエイエ、同じ天地の分霊、人間に上下の区別はない。また今、友彦様はジヤンナの郷の国人を主宰する立派な御方とお成り遊ばし、妾は地恩城の女王とまで成つて居るのも、浅からぬ因縁でせう。仮令一ケ年でも夫婦となつた間柄、お迎ひ申上げねばなりますまい』
と蜈蚣姫、梅子姫のこの場に在らざるを幸ひ、自らスタスタと門前に現はれ、友彦が端坐する傍に寄り添ひ、
『妾は地恩城の黄竜姫、昔の小糸姫でございます。友彦様並びにテールス姫様、サアどうぞ妾と共に奥殿にお進み下さいませ』
　友彦はこの声にフト見上ぐれば、昔の面影アリアリと顔の何処やらに残つて居る小糸姫なので、……友彦はハツと頭を下げ恭しく両手をつき、
友彦『これはこれは女王様、勿体ない斯様な所までお出で下さいまして、……これなるは私が女房テールス姫と申すもの、今は熱心な三五教の信者として、友彦が神務を力限り補助致すものでございます。申上げたき事は山々ございますが、しからば奥殿にて悠々と申上げませう』
テールス姫『女王様、始めてお目にかかります。何分よろしくお願ひ致します』
と友彦に連れられ、黄竜姫の後に従いて門内深く姿を隠した。右守の鶴公は不承不性に三人の後に従ひ行く。貫州、武公その他一同は、夢か現か幻かと、互に顔を見合せ呆れて再び言葉もなく、空行く雲をアフンとして眺めて居る。

（大正一一・七・一〇　旧閏五・一六　谷村真友録）



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