出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語25-3-111922/07海洋万里子 風声鶴唳王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
地恩城
あらすじ
 地恩城では黄竜姫がムカデ姫梅子姫他の一行を従えて月見の宴を開いている。黄竜姫は「友彦が攻めてくる」という執着心が生んだ鬼に攻められて、身体震動して、高殿より転落して人事不省になった。ムカデ姫だけが気づいて助けようとしたが、他の者には分らなかった。黄竜姫の本守護神が元のところに残っていたからである。
 黄竜姫が澄み切った身体になったのを訝って他の者が聞くと、「自分は執着心の衣は、谷間に落ちて、白烟となって消えてしまった」、これは「月見の宴など開いたからで、宴を廃して神様にお詫びしよう」と言う。一同は天津祝詞を唱えお詫びをした。
 貫州、武公が「友彦が攻めてきた」と注進するが、偵察に出ても、何の兆候もない。やはり「友彦が攻めてくる」との心配から夢をみたのだった。
名称
宇豆姫 梅子姫 貫州 スマートボール 武公 鶴公 ムカデ姫 黄竜姫
鬼 鬼神 月光菩薩 郷人 月の大神 テールス姫 友彦 副守護神 本守護神 魔軍
天津祝詞 天の数歌 神言 言霊 シオン山 執着心 神界 ジヤンナの郷 地恩城 十曜の紋 ネルソン山 バラモン教 暴虎憑河 無抵抗主義 霊光
 
本文    文字数=11867

第一一章 風声鶴唳〔七五七〕

 蒼空一点の雲なく、星光疎にして中秋の月は中空に懸り、鏡の如き温顔をもて下界を照し給ふ。地恩城の棟に鏤めたる十曜の金紋は、月光に映じて目も眩きばかりなり。
 地恩城の女王黄竜姫は、梅子姫、蜈蚣姫、左守のスマートボール、宇豆姫を始め右守の鶴公、貫州、武公その他を従へ、高殿に登り月見の宴を開いて居る。果物の酒は芳醇なる香を放ち、柑子、バナナ、桃その他の木の実を麗しき器に盛り、一同歓を尽して月光を仰ぐ折しも、黄竜姫は忽ち顔色蒼白ざめ、身体頻りに動揺して、心中不安の雲に包まれし如き容態となれり。
 梅子姫、その他の人々の目には、中秋の月皎々と輝き、紺碧の空は愈高く、風は涼しく何とも云へぬ気分に包まれて居る。独り黄竜姫の眼に映じたるは、ジヤンナ郷のテールス姫の夫となり、三五の道をネルソン山以西に布き、旭日昇天の勢ありと称せらるる友彦を先頭に、数多の鬼の如き土人、怪しき黒雲に乗り、幾十万とも限りなく鋭利なる鎗を携へ、中空より地上を眺め、黄竜姫の頭上に向つて鋼鉄の矛を驟雨の如く降らせ、火の車を挽き連れ、青、赤、黒の鬼、虎皮の褌を締め、牛の如き角を生やし攻め来る恐ろしさに、身体忽ち震動して、高殿より終に顛落、人事不省に陥りける。
 蜈蚣姫は驚きてものをも言はず、老の身も甲斐々々しく階段を降り行く。されど梅子姫、スマートボールその他の面々には、黄竜姫の姿並に蜈蚣姫の姿は依然として高殿に月を賞するかの如く見え居たり。それ故蜈蚣姫の周章て階段を降り行きし事も、黄竜姫が高殿より墜落せし事も夢にも知らざりし。要するに黄竜姫、蜈蚣姫の本守護神は、依然としてこの高殿にそのままの体を現はし、嬉々として月を賞しつつありしなり。二人が身体に残れる執着心の鬼のためにかくの如き幻覚を起し、またその罪悪の凝固より成れる肉体は、副守護神の容器として高殿の下なる千仭の谷間に突き落されたるなりき。
 後に残つた黄竜姫の姿は、恰も鼈甲の如く身体半ば透き通りて一層の美を加へ、言葉も俄に涼しくかつ荘重を帯び来たりぬ。
梅子姫『黄竜姫様、不思議な事があるものでございますな。今迄の貴女のお姿とうつて変り、一入立派な御顔色、お身体の恰好までも、何処ともなく威厳の加はつたやうに思ひます。変ると言つても、かう迅速に向上遊ばすと言ふ事は、不思議でなりませぬ』
黄竜姫『ハイ、妾は勿体なくも三五教の神司となり、且地恩城の女王とまで上りつめ、稍得意の色を浮べ安心の気にうたれて、勿体なくも月の大神様を玩弄物か何かのやうに、酒肴を持ち出し月見の宴だと、花見か雪見のやうな畏れ多い事を何とも思はず始めましたが、忽ち大空の月光菩薩の御威勢に照らされハテ、済まない事をした、妾は今こそ飛つ鳥も落すやうな威勢でかうして此処に安楽に暮して居るが、月の鏡に妾の古い傷がスツカリ写つたやうな心持になり、月見どころか、穴でもあらば這入りたいやうな心持になり、悔悟の念に苦しむ時しも、満天の星は黒雲に包まれ月光は影を隠し四面咫尺暗澹となりしと思ふ間もなく、ジヤンナの郷に三五の道を伝ふる友彦は妾が昔彼に与へた凌辱の怨みを復さむと数多の鬼を従へ、天上より鋼鉄の矛を雨の如くに降らせ、火の車を以て我肉体を迎へ来るその恐ろしさ。罪にかたまつた肉体の衣を神様の御恵によつて剥ぎ取られ、また母上も子の愛に溺れ給ふ執着心の衣は、この谷間に落ちて白烟となり消え失せました。アヽかくなる上は最早妾の肉体には一点の雲霧も無く、正にこの中秋のお月様の如き身魂と生れ変つたやうでございます。それに就いては皆様、只今より月見の宴を廃し、神様にお詫を致しませう』
との物語りに梅子姫は感じ入り、自ら導師となつて高殿に端坐し、月光に向つて感謝祈願の神言を奏上し、月見に用ゐたる総ての器をこの高殿より眼下の谷底目蒐けて一品も残らず投げやり、今後は決して月見の宴をなさざる事を神明に約し、悄然として地恩城の奥殿に姿を隠し、再び一同打揃ひ天津祝詞を奏上する事となりぬ。
 地恩城の黄竜姫を始め、重だちたる幹部は奥殿に入り、祝詞を奏上し了つて神酒を頂き居る際、慌しく奥の間目蒐けて駆入り来る貫州、武公の両人は、息も絶え絶えに後鉢巻グツと締め、各自茨の鞭を握つたまま、
『申し上げます。タヽヽヽ大変でございます。御用意を遊ばしませ』
と息もつき敢ず泣声になつて言上する。
スマートボール『その方は貫州、武公の両人、大変とは何事だ。苦しうない、近く寄つて細さに物語つたがよからうぞ』
 貫州は両手にて胸を打ちながら、稍反身になつて、
『我々両人、地恩城の城門を、スマートボールの命令により数多の部下を監督し、用心堅固に守る折しも遥に聞ゆる鬨の声、何事ならむと高殿に一目散に駆登り、月の光に照らして向ふをキツと眺むれば、十曜の紋の旗印、瓢箪形の馬標は幾十百とも無く樹々の間に間に出没し、赤鉢巻に赤襷、数多の駒に跨りて鬨を作つて攻め寄せ来るその勢ひの凄じさ、敵は何者ならむと斥候を放ち、よくよく見れば豈図らむや、曩に城外に投げ出されたる元のバラモン教の友彦、ジヤンナの荒武者共を引率れ、黄竜姫に厳談せむと呼ばはりながら、猛虎の勢にて攻め来る。味方は薄衣綾錦、数万の敵軍は甲冑に身を固め小手脛当て、鋭利の武器を携へ旗鼓堂々と攻め寄せ来る物々しさ。吾々両人は、味方の奴輩残らず駆り集め、寄せ来る敵に向つて言霊戦を開始し、天の数歌歌ひ上げて両手を組み、指頭より五色の霊光を発射し敵の魔軍に向つて防ぎ戦へ共、彼も強者、言霊を以て応酬し、その上鋭利なる武器を携へ、時々刻々に近寄り来る危さ。日頃無抵抗主義の地恩城なれども、かくなる上は最早詮なし、武器に代へて所在小石を引掴み、押し寄せ来る敵軍に向つて雨霰と乱射すれば、敵は雪崩をうつて一二丁ばかり一旦ドツと引き上げしが、またもや鬨を作つて、暴虎憑河の勢恐ろしく、口より火焔を吹きながら、青、赤、黒の鬼神共先頭に立ち、雷の如き怪声を放ちて攻来る。味方は僅に三百有余人、死力を尽して挑み戦へども、敵は名に負ふ大軍、瞬く間に縦横無尽に薙立てられ、無念ながらも我々両人、敵を斬り抜け漸くこの場に立ち帰り候ほどに、この処にござあつては御身辺危ふし、一時も早く裏門より、山伝ひにシオン山の方面指して落ち延び給へ。サア、早く早く』
と身を慄はし、左右の手を打ち振り打ち振り注進に及ぶその怪しさ。スマートボールは合点往かず、
『只今まで高殿において月見の宴を催し居たりし我々、敵の押寄せ来る気配あれば何とか神界より御示しあるべき筈、さても合点の往かぬ事であるワイ。……もうし黄竜姫様、梅子姫様、如何思召し給ふや、合点の往かぬ両人が注進』
と二人の顔を打ち見守り、稍不安の面持にて胸を躍らせて居る。黄竜姫は悠揚迫らず、
『あいや、スマートボール、……貫州、武公の両人を我前に伴ひ来れ』
との厳命にスマートボールは両人の手を引き、黄竜姫の膝下に導いた。二人は頭を垂れ、猫に追はれし鼠の如く畏縮して慄ひ上つて居る。
黄竜姫『あいや、貫州、武公両人、只今汝が注進せし事は過去の出来事なりや、将未来の事なるか、但は現在の事か、明瞭に答弁せよ』
武公『ハイ、過去の事や未来の出来事ならば我々は決して斯様な心配は致しませぬ。既に城内の者共は殆ど滅亡致し、我々両人もかくの如く顔に手疵を負ひし以上は、只今の事、今や……アレアレあの通り間近くなつた声、人馬の物音、今に友彦、鋼鉄の矛を打振ひこの場に攻め寄せ来りますれば、どうぞ一時も早く裏門より逃げ延びて下さいませ』
黄竜姫『あいや、スマートボール、其方は表門に行つて実否を調査し来れ』
 スマートボールは『ハイ』と答へて立ち上らむとする。貫州はその裾を掴んで、
『モシモシ左守様、お待ち下さいませ、衆寡敵せず、飛んで火に入る夏の虫、決して悪い事は申しませぬ。……黄竜姫様、早く早く御用意遊ばしませ』
梅子姫『今武公の言葉におひおひ近づく鬨の声、人馬の物音と申したが、天地は至つて静寂、何の声も無いではありませぬか』
武公『ソヽヽそりや何をおつしやいます。あの声が分りませぬか』
と顔色変へて落ち付かぬ気に、震ひ震ひ答へる。
 スマートボールは貫州の手を振り放し、一目散に表門に現はれ見れば、月は皎々と輝き猫の子一匹其辺に見えぬ。『ハテ不思議』と高殿に登り四方をキツと見渡せば山はコバルト色に蒼ずんで一点の白雲もなく、山の尾の上の輪画は一入瞭然として、淋しき中に得も言はれぬ雅味を漲らして居る。スマートボールは悠々として奥殿に帰り来り、二人の前に立現はれ、矢庭に平手を以て貫州、武公の横面を二つ三つピシヤピシヤと打てば、二人は初めてポカンとしたやうな面を曝し、
両人『ヤア……これはこれは不躾千万にも女王様の御殿に何時の間にか侵入致し、実に申し訳なき事でございます。どうぞお許し下さいませ』
と平伏する。
蜈蚣姫『ほんにほんに、妾の荒肝を取りかけよつた。お前は一体何と言ふ事を言つて来るのだ。大方夢を見て居つたのだらう』
両人『ハイ、今考へて見ますれば、夢の連続的行為でございました。あまり友彦が出て来る出て来ると心配して居つたものですから、ドエライ夢を見たのでございませう……あゝ惟神霊幸倍坐世』
と両手を合せ、
両人『マアマア夢で結構でございました。……皆さま、お目出度う、お祝ひ申します』
 黄竜姫、梅子姫、宇豆姫一度に吹き出し、
『プツフヽヽヽ、オホヽヽヽ』
 館の外には皎々たる明月輝き、松虫、鈴虫、蟋蟀、螽斯の声賑しく聞えて居る。

(大正一一・七・一〇 旧閏五・一六 北村隆光録)



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