出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語25-1-31922/07海洋万里子 いすかの恋王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
竜宮洲の地恩城
あらすじ
 宇豆姫は述懐の歌を歌い、憂いに沈んでいる。そこへ、スマートボールがやって来て、「清公の妻になってくれ」と頼むが、宇豆姫は「嫌だ」と答えた。スマートボールが「城内の噂では、宇豆姫は鶴公を憎み、清公に秋波を送っている」と言うと、宇豆姫は「気の合わない方と一生暮らすのは不快でたまらない」と答える。スマートボールは「宇豆姫にふられて、鶴公は悲歎のあまり首をくくろうとした」と言うと、宇豆姫は「自分は鶴公に言い寄られて、うれしくて、あんな態度をとってしまった。本当は鶴公と添いたい」と答えた。
 そこへ、黄竜姫がやってきて、宇豆姫に「清公と一緒になれ」と命じた。宇豆姫が悲歎にくれていると、鶴公がその声を聞きつけて介抱する。宇豆姫は鶴公に本心を告白した。二人はうれし泣きする。
名称
宇豆姫 金州 銀州 スマートボール 鶴公 鉄州 黄竜姫
五十子姫 今子姫 梅子姫 鬼熊別 鬼雲彦 大神 片彦 清公 釘彦 黒姫 クロンバー 小糸姫! 木の花姫 神素盞鳴大神 須勢理姫神 皇神 高山彦 天地の神 太玉の神 ブランジー 分霊 ムカデ姫 八乙女
天津祝詞 射場 エデンの園 顕恩郷 黄金の島 神界 神務 地恩郷 地恩城 バラモン教 波斯の国 竜宮
 
本文    文字数=25764

第三章 鶍の恋〔七四九〕

宇豆姫『神素盞嗚大神の  御言畏み顕恩の
 郷に現れます梅子姫  二八の春の花盛り
 木の花姫の一時に  匂ひそめたる唇を
 開いて宣らす三五の  神の大道に心より
 麻柱ひ奉りバラモンの  神の教を振り捨てて
 梅子の姫の侍女となり  貴の教の宇豆姫と
 慈しまれて仕へ居る  時しもあれや太玉の
 神の司の宣伝使  顕恩郷に現れまして
 鬼雲彦を初めとし  鬼熊別やその外の
 拗け曲れる枉人を  雲の彼方に逐ひ払ひ
 ここに太玉神司  顕恩郷に三五の
 教の射場を建て給ひ  妾は各々八乙女の
 神の司に従ひて  エデンの園に臨まれし
 五十子の姫や梅子姫  今子の姫と諸共に
 波斯の国原彼方此方と  教を伝ふ折柄に
 バラモン教の宣伝使  片彦釘彦その外の
 枉の司に捕へられ  棚無小舟に乗せられて
 荒波猛る海原に  押流されし恐ろしさ
 吾等四人は皇神の  救ひを求めて各自に
 天津祝詞を宣りつれば  万里の波濤も恙なく
 音に名高き竜宮の  黄金の島に上陸し
 小糸の姫と諸共に  地恩の郷に現はれて
 三五教の大道に  仕へまつれる折もあれ
 思ひがけなき蜈蚣姫  数多の供人引きつれて
 此処に現はれましましぬ  地恩の城は日に月に
 神の恵の加はりて  一度に開く兄の花の
 匂ふが如く栄え行く  アヽさりながらさりながら
 往く手に塞る恋の闇  千歳の松の鶴さまが
 月照る夜半に庭の面  彷徨ひ遊ぶわが姿
 認めて後より抱きつき  心の丈を繰返し
 誘ひ給ふ嬉しさに  胸轟きて何となく
 河瀬の鯉の一跳に  昇り詰めたる吾が恋路
 水泡と消えて跡もなく  云ひ寄る術も泣くばかり
 後に至りて吾心  天を仰いで悔めども
 心の中の曲者に  取り挫がれて胸の火の
 消ゆる術なき苦しさよ  妾が心を白雪の
 冷たき魔の手に捉へられ  退引ならぬ言の葉に
 解くる由なき冬の雪  心の色も清公が
 左守神を笠に着て  云ひ寄り給ふ苦しさよ
 情なく当りし恋人に  詫びる事さへ口籠り
 心の悩みを大空の  月に向つて歎つ折
 またもや一つの影見えて  吾手を掴み木下暗
 四辺憚り声ひそめ  吾は清公ブランジー
 左守神と選ばれし  栄の身なれど何時迄も
 一つ柱に三五の  道を支へむ事難し
 汝宇豆姫クロンバーの  神の司と成りなりて
 吾身と共に地恩城  三五教の神徳を
 天地四方に輝かし  開かば如何にと執拗に
 度重なりし口説ごと  断る力もないじやくり
 神に任せし身の上は  如何なる事の来るとも
 覚悟の前とは云ひながら  心に添はぬ夫を持ち
 長き月日を送るより  一層気楽に独身者
 やもめとなりて大神の  教に仕へまつらむと
 決心するはしたものの  清公さまの矢の使ひ
 引きてかやさぬ桑の弓  撥き返さむ由も無く
 如何がはせむと煩ひつ  憂目を忍ぶ折もあれ
 金銀鉄の三人は  かたみに妾の前に出で
 左守神の妻たれと  言葉尽して説き立つる
 嗚呼如何にせむ今の吾  千尋の海に身を投げて
 この苦しみを脱れむか  神の咎めを如何にせむ
 千思万慮も尽き果てて  今は苦しき板挟み
 恋しき人に肱鉄を  喰はせて御心怒らせつ
 心に合はぬ清公に  日に夜に口説き責められつ
 心の暗も知らぬ火の  砕けて落つる吾涙
 汲む人もなき地恩郷  あゝ惟神々々
 御霊幸倍坐まして  日夜に慕ふ鶴さまに
 夢になりとも吾思ひ  伝へ給へよ三五の
 道を守らす須勢理姫  神の命の御前に
 心を清めて願ぎまつる  朝日は照るとも曇るとも
 月は盈つとも虧くるとも  仮令大地は沈むとも
 鶴公さまに吾思ひ  通さにや置かぬ桑の弓
 女の思ふ真心は  岩をも射貫くと聞くからは
 通さざらめや吾が恋路  恋し恋しと朝宵に
 積る思ひの恋の淵  浮ぶ涙は滝津瀬の
 水に流してスクスクと  落ち行く末は海の原
 情も深き恋の海  男波女波を乗り越えて
 棚無船に梶を取り  太平洋の彼方まで
 互に手に手を取り交し  真の神の御教を
 開かせ給へ惟神  御霊幸倍坐ませよ』

と、四辺に人無きを幸ひ、宇豆姫は述懐の歌を歌つて胸の縺れを解かむとして居る。
 此処へ慌しく駆来れるスマートボールは、
スマートボール『コレハコレハ宇豆姫様、御機嫌は如何でございます。貴女のお顔は何処となく憂愁の色が漂うて居るやうでございます。如何なる事か存じませぬが、スマートボールの力に及ぶ事ならば、何なりと仰せ下さいませ』
と出しぬけの言葉に、宇豆姫は心の底まで見透かされたやうな驚きと、嬉しさをもつてスマートボールに向ひ、赭らむ顔に笑を湛へ、
宇豆姫『コレハコレハ何方かと思へばスマートさまでございましたか。御親切によくおつしやつて下さいました。余り神様の御神徳の無限絶対なる御仁慈を思ひ出し、感謝の涙に暮れて居りました。貴方も相変らず御壮健で御神業に御奉仕遊ばされ、何よりも結構でございます』
スマートボール『ハイ、有難うございます。私が唯今参りましたのは他の事ではございませぬ。貴女に折入つてお尋ね致したい事がございますので、失礼をも顧みずただ一人、男子の身を持ちながら女御一人の処へ参りました。貴女に取つては嘸々御迷惑にお感じなさるでせうが、決して私は不潔な心を持つて、女一人のお居間をお訪ねしたのではございませぬ。何卒悪からず思召し下さいませ』
宇豆姫『スマートさま、そのお心遣ひは御無用にして下さいませ。清廉潔白にして、信心堅固の誉高き貴方様、どうして左様な事を思ひませう。誰だつて貴方の行動を疑ふ者は有りませぬから、お気遣ひなさいますな。人間は平生の行ひが肝腎です。貴方の如く信用のある方なれば、何時お越し下さいましても些しも苦しうはございませぬ』
スマートボール『ヤア、それで安心致しました。私は御存じの通りの周章者、円滑な辞令を用ひて遠廻しに貴女の御意中を探るやうな事は到底出来ませぬから、唐突ながら、手つ取り早くお伺ひ致したい事が有つて参りました』
宇豆姫『妾に対してお尋ねとは、それはどう云ふ事でございますか』
 スマートボールは頭を掻きながら、
『エー、実は………』
と云ひ悪さうにモジモジして居たが、かくてはならじと腹を据ゑ、
『宇豆姫さま………』
と改まつたやうな口調で切り出した。
宇豆姫『ハイ』
スマートボール『貴女の御存じの通り、この地恩城も三五教の大神の御神徳にて日に月に栄え、国民はその徳に悦服し、天下泰平に治まり、その上素盞嗚大神様の御娘子、梅子姫様を初め黄竜姫様の御母上まで、黄竜姫女王の神務を内助され、地恩城の組織は稍完全に定まりましたのは、お互に大慶の至りでございます。就きましては、今迄教務に老練なる高山彦様がブランジーの職に就かせ給ひ、黒姫様はクロンバーのお役を遊ばし、夫婦息を合して陰陽合体の神務に従事されて来ましたが、御両人が当城を出立遊ばしてより、清公様が左守神としてブランジーの職を継がせられ、大変に吾々までが喜んで居りまする。就てはクロンバーとして奥様を迎へねばなりませぬが、一寸人々の噂を聞けば、貴女様が清公さまの妻となり、クロンバーの職をお継ぎ下さるとの事、吾々はこれを聞いて衷心より歓喜の涙に打たれました。しかしながら人の噂は当にはなりませぬ。それ故失礼ながら、直接貴女様にお目にかかつて御意中を承はらむとお尋ね致した次第でございます。何卒御腹蔵なく私までお漏らし下さいますまいか』
 宇豆姫はさも迷惑さうな顔をしながら、
『左様な事、何方にお聞きなさいましたか。ほんに嫌な事でございますな』
『イヤ誠に恐れ入ります。失礼な事をお尋ね致しました。しかし貴女として、まさか……さう……ハツキリと、左様だと云ふ事はおつしやり悪いでせう。其処は人情ですから、矢張……ヤア分りました。さうすると貴女の御精神は、クロンバーの職にお就き下さるお覚悟と拝察致します。どうぞ私のやうな愚者なれど、末長く可愛がつて下さいませ』
 宇豆姫は周章て、
『モシモシ、スマートさま、滅相な事おつしやいますな。妾は清公さまの妻にならうなぞとは夢にも思つた事はございませぬ。どうぞ誤解の無きやうにお願ひ致します』
スマートボール『さうすると貴女はモウ好い年頃、何処までも独身生活を遊ばすお考へですか』
宇豆姫『ハイ……イヽエ』
とモガモガする。
スマートボール『ハヽヽヽヽ、流石は乙女心の恥かしさ、ハツキリとおつしやらぬワイ。三月の壬生菜と同じぢやないが、仕たし怖しと云ふ所ぢやな』
宇豆姫『オホヽヽヽ、好い加減な当て推量は止めて下さいませ。妾はまだ外に……』
スマートボール『エヽ、あなたはまだ外にとおつしやつたが、その次を続けて下さいませな』
宇豆姫『厭なこと、好い加減に堪忍て下さいな』
スマートボール『イエイエ、貴女の一身上の大事は申すも更なり、本城に取つて重大な問題ですから、どうぞハツキリと私まで云つて下さいませ』
宇豆姫『妾は嫌でございます』
スマートボール『これは迷惑、決して私は貴女に対して野心は持つて居りませぬ。また私のやうな軽薄な人間は嫌とおつしやるのは当然です』
宇豆姫『さう悪く気を廻して貰つては困りますよ。決して決してスマートさま、貴方を嫌ひと云つたのぢやございませぬ』
スマートボール『ハテ、合点のゆかぬ。さうすると権要の地位にあるブランジーの清公様を嫌ひとおつしやるのですか』
宇豆姫『ハイ、仮令天地が覆るとも、絶対に嫌でございます』
と思ひ切つたやうに、ハツキリと云うて退けた。
スマートボール『ハテナ、実際当つて見なくては分らぬものだ。人の噂と薩張り裏表だ』
と呟く。
宇豆姫『どんな噂が立つて居りますかなア』
スマートボール『余り貴女に対して気の毒だから、もう云ひますまい』
宇豆姫『チツとも構ひませぬから云うて下さいませ。お願ひでございます』
スマートボール『城内の噂では、貴女はあれだけ人気のある鶴公さまを蛇蝎の如く忌み嫌ひ、権要の地位にある左守神の清公さまに秋波を送り、非常に御熱心だと云ふ噂が立つて居りますよ。蓼喰ふ虫も好き好きとやら、何程地位が高くても、あれだけ大勢の者が忌み嫌ふ清公さまに電波をお送り遊ばすとは、貴女の日頃の立派なお心に照り合して、些しも合点が参らぬと思うて居りました。しかしながら、今おつしやつたお言葉が真実としますれば、何事も氷解致しました』
宇豆姫『ハイ、有難うございます』
スマートボール『貴女は意中の人があれば、女房におなりなさるのでせうな、神の道は女としては夫を持つのが本当です。どうぞ私に包まず匿さずおつしやつて下さいませ。どんな斡旋でも致しますから』
宇豆姫『ハイ、有り難うございます。どうも不束な妾、何程此方から恋しい意中の人があつても、先方様にそれだけのお心が無ければ、到底末が遂げられませぬから、マア今の処、妾の夫になつて下さると云ふ人はございますまい。妾の好いと思ふ方は先方からエツパツパーとお出かけ遊ばすだらうし、先方様から妾をお望み下さる方に限つて妾の方から虫が好かず、どうも思ふやうに行かないものです。何と云つても長い一生の間暮さねばならぬ夫婦の間柄、気の合はぬお方と一生暮すのは不快で堪りませぬ。女は夫に絶対服従すべきものだと云ひますが、妾としては些しく道理に合はないやうに思ひます。夫が如何なる事を云つても、妻として絶対服従を強らるるのは残酷です。夫婦は互に意見を交換し、相携へて行かねばならぬもの、しかるに世間の夫婦を見ますると、女房は殆ど夫の奴隷か、玩弄物のやうな扱ひを受け、夫がどんな不始末な事を致しても、妻としてこれを云々する権利もなく、まさか違へば髻を掴んで打ち打擲をされ、不貞腐れ女、不柔順な妻と無理やりに醜名を着せられ実に無告の民も同様でございますから、妾は夫を持つならば、この間の消息をよく弁へた、物事のよく分つた方と夫婦になり、円満なホームを作り、神界の御用に面白く嬉しく、潔く奉仕する事の出来る夫を持ちたうございます。男女同権と云つて、男子も女子も同じ神の分霊、どちらも無ければなりませぬもの、しかるに夫婦となれば、最早同権ではありませぬ。夫唱婦随と云つて夫によく仕へ、何事にも服従するのが妻たるの道、しかしながら無理解な夫に無理難題を強られ、夫の権利を振りまはされては不快で耐りませぬから、心の底より妻の境遇を憐れみ、同情心をもつて添うて下さる夫が持ちたいのでございます』
スマートボール『成るほど、承はれば御尤も千万だ。吾々は未だ妻を持つた事もなし、夫婦の味は知りませぬが、女の心理状態はそんなものでございますかなア。ヤアもう承はつて人情の機微を窺ふ事が出来ました。しかし貴女の最前のお言葉に、意中の人は先方から応じない……との意味を漏れ承はりましたが、意中の方と云ふのは何方でございますか』
宇豆姫『ハイ……』
と云つて俯いたまま、顔を匿す。
スマートボール『貴女、意中の人にエツパツパーをやられた時のお心持は、どんなにありましたかな。女の心も、男の心も同じ事、意中の女に撥かれた男は、層一層残念なものですよ。七尺の男子が女のために肱鉄を喰はされ、天地の神に対して合す顔が無いと云うて、庭先の松で、首を吊らうとした立派な男がありますよ。しかもその男は貴女に撥かれて……』
宇豆姫『エヽ何と仰せられます。妾に撥かれて首を吊りかけたとは、それは本当の事でございますか』
スマートボール『白ばくれ遊ばしてはいけませぬ。現に貴女は撥いたぢやありませぬか。撥かれた男はこの庭先の松で、プリン プリンと空中活動を開始して居た。私はフト通り合せて、驚いて命を救つた哀れな男がございます』
宇豆姫『エヽ……』
と云つた限り、また俯く。
スマートボール『貴女は右守神鶴公さまを月照る夜半に、素気なくも蜂を払ふやうな目に遇はせ、恥を掻かせたのでせう、その男が寝ても覚めても貴女の事を思ひ詰め、この頃は貴女が清公さまの女房になられるとの噂を聞き、真実に可憐さうに、大悲観の極に落ちて居ますよ。貴女も余つ程罪な方ですな』
宇豆姫『エヽ、あの鶴公さまが、そんなに御熱心でゐらつしやるのでございますか』
スマートボール『貴女のお嫌ひな鶴公さまが、そこまで執着があるとお聞きになつては、聊か御迷惑でせうな』
宇豆姫『どうしてどうして御勿体ない。妾はあんなお方に、仮令半時なりとも添うて見たうございますワ』
と真赤な顔をして、思ひ切つたやうに云ひ放ち、クレツと後を向き顔を匿した。
スマートボール『ヤア、それでやつと安心しました。流石は貴女お目がよう利きます。恋も其処までゆけば神聖ですよ。屹度私がお力になつてこの恋を叶へさせますから、御安心下さいませ』
宇豆姫『…………』
 かかる所へ、金、銀、鉄の三人を従へ入り来つた黄竜姫は、言葉静に、
『宇豆姫様、……ヤア貴方はスマートボールさま、御都合の悪い所に参つたのではありますまいかな。お話がございますれば、しばらく彼方に控へて御遠慮致しますから、御両人、お話を済ませて下さい。妾は次の間に控へてお待ち申して居ります』
 この言葉を聞いた宇豆姫は容を改め、襟を正し、座を立つて下座に坐り、
宇豆姫『コレハコレハ、女王様、よくこそ被入せられました。どうぞ此方へ御着座下さいませ』
黄竜姫『左様なれば着座致しませう。時に宇豆姫様、貴女に折入つて申上げたい事がございますから、……スマートボール、しばらく席をお外し下さい。金、銀、鉄の三人もしばし遠慮召されや』
 スマートボールは、
『ハイ、承知致しました』
と素直にこの場を立ち退いた。三人も次の間に姿を隠した。しばらく両人の間には沈黙の幕が下りた。屋外には嵐の音轟々と鳴り渡り、庭園に咲き乱れたる花弁を惜気もなく散らして居る。晃々たる太陽の光は戸の隙間より細く長く線を引き、煙のやうな塵埃がモヤモヤと飛散して居るのが、キラキラと日光に輝いて不知火の如く見えて居る。
黄竜姫『モシ宇豆姫さま、御覧遊ばせ。かくの如く咲き乱れたる百の花に向うて、日天様が晃々と輝きたまふにも関はらず、雲も無きに暴風吹き荒み、落花狼藉、庭の面は一面に花蓆を敷き詰めたやうではございませぬか。実に花永久に梢に止まらむとすれど嵐来つてこれを散らす。樹木静ならむとすれど風止まず、子養はむとすれども親待たずとかや、世の中はある程度までは、吾々人間の自由には成らぬものでございますな。夫婦の道だとて同じ事、自分の添ひたいと思ふ夫に添へなかつたり、自分の嫌で耐らぬ男に一生を任さねばならぬ事は、まま世界にある習ひでございます。何事も天地の間に生れた以上は、神様の大御心に任し、どう成り行くのも因縁と諦めて我を出さぬのが天地の親神様に対して、孝行と申すものではございますまいか』
と遠廻しに網を張つて居る。その言葉を早くも感づいた宇豆姫は、ハツと胸を躍らせながら素知らぬ顔にて、
宇豆姫『女王様の仰せの通り、世の中は人間の勝手にはならぬものでございます』
と僅に応酬した。
黄竜姫『今改めて黄竜姫が、宇豆姫に申し渡す事がございます』
と儼然として立ち上り、最も荘重な厳格な口調にて、
黄竜姫『この地恩城は、清公を以て左守神と神定め、ブランジーの職を授けたる事は、和女の既に知らるる所、就てはクロンバーとして和女を清公が妻に定めまする。黄竜姫の申す事、よもや違背はありますまい。サア直様御返事を承はりませう』
 宇豆姫は胸に警鐘乱打の響き、地異天変突発せし狼狽へ方をジツと耐へ、さあらぬ態にて胸撫で下し、
宇豆姫『ハイ、有り難うございます。不束な妾の如き者を、勿体無くもクロンバーの位置に据ゑ、畏れ多くも驍名隠れ無き清公様の妻にお定め下さいました仁慈無限の思召し、早速お受致しますのが本意ではございますが、どうぞしばらく御猶予を下さいませ。熟考した上で御返事を致しませう』
黄竜姫『黄竜姫が心を籠めた夫婦の結婚、一時も早く良き返事をして下されや』
宇豆姫『ハイ、ともかくも熟考の上御返事を致しませう』
 黄竜姫は些しく言葉を強め、
黄竜姫『もはや熟考の余地は有りますまい。神様のため、お道のため、身命を捧げた貴女、仮令少々お気に足らぬ所があつても、其処を耐へ忍ぶのが三五の道の教ゆる所、必ず必ずお取り違ひのないやうに……』
と退つぴきならぬ釘鎹、進退維谷まつた宇豆姫は、何の答もないじやくり、涙を呑み込む哀れさよ。
黄竜姫『一時の猶予を致しまする。その間に良く熟考をなさいませ。本末自他公私の大道を誤らないように、くれ呉れも注意して置きます』
とまた一つ千引の岩の重石をかけられ、宇豆姫は、煩悶苦悩の極に達し、慄い声になつて、
宇豆姫『黄竜姫様の御親切、有り難う存じます。しばらくの御猶予をお願ひ致します』
と僅に口を切つた。黄竜姫は莞爾としてこの場を悠々と立ち去る。
 後に宇豆姫ただ一人、夢か現か幻か、夢ならば早く覚めよと、とつおいつ、思案に暮れて居たりしが、
宇豆姫『嗚呼矢張夢ではない。アヽどうしようぞ。どうしてこれが耐へられよう。神様の御為、お道のためとは云ひながら、妾ほど因果なものが世に在らうか。何故に男に生れて来なかつただらう』
とワツとばかり、大河に濁水氾濫し、堤防を崩潰せし如く、一度にどつと涙川、身も浮くばかり泣き叫ぶ。廊下を通りかかつた右守神鶴公は、耳敏くもこの声を聞きつけ、何事の変事突発せしかと慌しくドアを押開け進み入り、
『モシモシ、宇豆姫様、どうなさいました。腹が痛みますか……介抱さして下さいませ』
と親切に後に廻つて横腹の辺りを抱へた。癪を止むる男の力、恋の力と一つになつて宇豆姫は一生懸命、
『これがお手の握り納め』
と云はぬばかりに、日頃恋慕ふ右守神の手も砕けむばかりに力限り握り締め、涙の顔を振り上げて、鶴公の顔を打ち眺め、
宇豆姫『鶴公様、どうぞお許し下さいませ。情無き女と御蔑み、御恨み遊ばしたでございませう。妾の心は決して貴男様を忌み嫌つて居るのではございませぬ。余りの嬉しさと驚きに、御無礼の事をいつぞやの夜致しました。御無礼のお咎めも遊ばさず御親切に御介抱下さいまするお志、妾はこのまま息が絶えても、最早この世に恨みはございませぬ』
とまたもや咽び泣くその可憐らしさ。
鶴公『アヽそのお心とは夢にも知らず、情無い貴女と、今の今迄恨んで居りました。どうぞお許し下さいませ。仮令貴女と偕老同穴の契は結ばずとも、そのお言葉を一言承はつた上は、私は最早何一つ恨みはございませぬ。アヽよくおつしやつて下さいました』
と両眼に涙を浮べ目をしば叩き、声を出して男泣きに泣く。割りなき恋路の二人の男女他の見る目も哀れなり。

(大正一一・七・七 旧閏五・一三 加藤明子録)



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