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原著名出版年月表題作者その他
物語23-2-51922/06如意宝珠戌 親子奇遇王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
紀の国木山の里
あらすじ
 秋彦と駒彦は紀州の日高山にある竜神の宮にやって来て、竜神の柿を食べてしまう。すると、宮が鳴動して怒った。二人は逃げ出したが、途中で角を生やした鬼婆が洗濯をしている。駒彦と鬼婆が話をするが、駒彦の話を聞いて、婆は付け角を外し、二人を自分の家に誘った。婆は「自分の家は数日前に泥棒に入られ、娘が殺された」と言う。
 秋彦と駒彦は老婆の家へ行った。秋彦は不審に思い、家の外で見張りをしていた。駒彦は中に入り、老人の常楠と話をして、「自分の幼名は馬楠である」ということから、駒彦は常楠夫婦の息子であることが判明した。
名称
秋彦 お久 駒彦 常楠
天の真浦 馬楠! 馬公! お軽 鬼婆 大神 鬼子母神 言依別 鹿公! 嘲斎坊 天狗 松鷹彦 松姫 竜神
近江 宇都山 大津 岸和田 紀の川 紀の国 堺 佐野 武志の宮 鎮魂 浪速 比叡山 日高川 日高山 人の尾峠 枚方 深日 伏見 紫野 山城の国 淀川 和歌山
 
本文    文字数=18436

第五章 親子奇遇〔七一七〕

 三五教の宣伝使  秋彦駒彦両人は
 言依別の御言もて  天の真浦の宣伝使
 その心力を試さむと  人の尾峠の山麓に
 姿をやつして雪の空  茲に三人は宇都山の
 武志の宮の社務所に  しばし休らひ神司
 松鷹彦に巡り会ひ  秋彦駒彦両人は
 天の真浦を深雪降る  岸の上より突落し
 東を指して進み行く  神の恵に近江路や
 比叡山颪を浴びながら  大津伏見を乗り越えて
 小舟を用意ひ淀の川  川幅さへも枚方の
 浦に漸々舟止め  浪速の里を右に見て
 堺岸和田佐野深日  紀の川渡り和歌山を
 何時しか過ぎて日高川  やうやう川辺に着きにけり。

 日は漸くに暮れて来た。旬日の雨に川は濁水漲り、渡舟を出す由もない。二人は已むを得ず後へ引返し、日高山の山奥に滝ありと聞き、しばし川水の減くまで荒行をなさむと、月の光を力に、山奥深く進み入る。滝の辺には小さき祠があつて、竜神が祀られてある。この社の周辺には不思議にも立派な柿の実が、枝もたわわにぶら下つて居る。人も取らねば烏も取らない。竜神の最も寵愛の柿と称へられて居る。二人は夜中に人の足跡に研ぎすまされた路を辿り、漸く滝の傍に着いた。手早く衣類を脱ぎ棄て、滝水に体を清め、祝詞を奏上し終つて、社の前に端坐し、鎮魂の姿勢を執つた。たわむばかりの柿の枝は折柄の強風に煽られて二人の体を撫でて居る。二人は美味さうな匂ひに、鎮魂を終り、てんでにむしつて飽まで食つた。忽ち社殿は鳴動し始めた。その声は時々刻々に強大となり地響きがし出した。
秋彦『ヤアどうやら地震らしいぞ』
駒彦『ナアニ、地震ではない。余り烈しき鳴動で地響きがして居るのだ。それに就ても我々がこの柿を取つて食ふが早いか、この社殿が鳴動し始めたぢやないか。神様は惜んでござるのではあるまいかなア』
秋彦『ナニこれだけ沢山の柿、五つや十食つた所で、吾々でさへも惜まないのだから、まして神様は人間が喜んで食ふのを、御立腹なさる道理がない。人間が食ふために出来て居るのだ。そんな事は有るまい』
 社殿はますます鳴動烈しくなり、何とも知れぬ厭らしき声で呶鳴りつけられるやうな気がして、知らず知らずに二人は怖気づき、『惟神霊幸倍坐世』と称へながら、元来し路を倒けつ転びつ逃げて行く。夜は漸く明け放れた。谷川の清き水に衣を洗ふ白髪異様の婆がある。
秋彦『駒彦さま、向ふを見よ。出よつたぜ』
駒彦『ヤア本当に、怪体な奴が居るぢやないか。何か洗濯をして居るやうだ。この山奥に人家も無いのに、あんな年の老つた老婆が洗濯して居るとは、チツと合点が行かぬ、此奴ア何者かの化物かもしれないぞ。用心せなくてはなろまい』
秋彦『谷と谷とに挟まつた一筋路の所に居るのだから、どうしても通らぬ訳にも行かず、思ひ切つて行つて見ようかなア』
駒彦『何れ行かねばならぬ道程だが、マア一寸考へて行く事にせう。強く行くか、弱く行くか、それから一つ定めて行かうぢやないか』
秋彦『ともかく臨機応変、その時の都合にしよう』
と薄気味悪く、歩みもはかばかしからず、厭相に一歩々々進んで行く。見れば婆の頭の白髪から鼈甲のやうな角が前の方へニユーツと曲つて二本、高低なしに行儀よく八の字を逆様にしたやうに生えて居る。
秋彦『オイ駒彦、此奴ア弱く行けば付け込まれる。強く行けば怒つてかぶりつくかも知れない。ともかく滑稽で婆アの腮を解いて通る事にしようかい。それに就ては秋彦、駒彦では面白くない。元の馬公、鹿公に、名だけ還元して掛合つて見よう』
駒彦『それがよからう』
と小声に言ひながら、婆の間近に近寄つて来た。婆は聾と見えて、二人の足音に気が付かぬものの如く、一生懸命に血の付いた衣を洗うて居る。
秋彦『モシモシお婆アさま……コレお婆アさま』
と後の一声に力をこめて高く呶鳴つた。婆アさんは一生懸命に見向きもせず、洗うて居る。
秋彦『ハハア此奴ア聾だ。しかし随分厭らしい婆だ。彼処を渡らねば向うへ行く事は出来ず困つた事だなア。しばらく後へ引返し、婆アが洗濯を済まして帰るまで待つことにせうかい』
駒彦『イヤもう一歩も後へ帰る事は出来ない。あれだけ鳴動しられ、厭らしい声で呶鳴られては、堪つたものぢやないからな』
秋彦『それだと云うて進む訳にも行かず、進退谷まるぢやないか』
駒彦『そこが宣伝使だ。神様のお力で突破するのだ。鬼婆に喰はれた所で構はぬぢやないか』
秋彦『こんな奴に食はれて堪るものか。お道のために生命を棄てるのは苦しうないが、鬼婆の餌食になつちや宣伝使も駄目だ。聾を幸ひ、ソツと背後から往つて、婆を突つこかし、その間に駆歩で進まうぢやないか』
駒彦『オウさうだ。たかが知れた婆アの一人、此方は二人の荒男だ。しかしながら騙討は面白くない。婆アに断つて通らして貰はう。万一通さぬと言ひよつたら、その時こそ我々は死物狂ひだ』
と言ひながら、婆アの狭い谷川に塞がつて居る側近く寄り、俯いて居る腰を恐さうに押しながら、
駒彦『コレコレお婆アさま、此処を通して下さい』
と揺つて見た。婆アさまは驚いて二人の顔を打ちまもり、
婆『ヤアお前はそんな風をして、山賊を働いて居るのか。この婆はお前の見かけの通り何一つ持つて居ないぞ』
駒彦『オイ婆ア、お前は耳が聞えぬのか』
と耳の辺へ口を寄せ、力一杯呶鳴りつけた。婆アさんはビツクリして、
婆『エヽやかましいがな。聾か何ぞのやうに、そんな大きな声で耳のはたで云ふものぢやない。鼓膜が破れてしまうぢやないか』
駒彦『鬼婆ア、お前耳が聞えるのか』
婆『聞えるとも、耳の無いものならイザ知らず、この通り二つの耳があるぢやないか。聞えぬ耳なら、誰がアタ邪魔になる、顔の両側にひつつけて置くものかい。訳の分らぬ泥棒ぢやなア』
秋彦『これは怪しからぬ。我々を泥棒とは何の事だ』
婆『それでも蓑笠を着たり金剛杖を突いとる奴は皆泥棒だよ。この間もバラモン教の宣伝使ぢやとか云つて、老爺と婆アと娘と三人連れの所へ、二人の奴が泊り込み、夜の夜中を見済まして、この婆アや爺どのを柱にひつ括り、一人の娘を調裁坊に致し、年寄りの蓄めた金をスツクリふんだくり、終局にや娘を嬲殺しにして帰りやがつた。大方お前も其奴等の同類だらう。あんまり胸糞が悪いので、お前達二人がコソコソ話をやつて居つたが聞かぬ振りをして居つたのだ。モウこうなる上は讎敵の片割れだ。皺腕の続く限り格闘して喉笛の一つも喰ひ切らねば置かぬ。サアどうだ』
秋彦『これはこれは怪しからぬ事をおつしやる。しかしお前さまは頭に角を生やして居るからは、人を取り喰ふ日高山の鬼婆だらう』
婆『きまつた事だ。鬼婆だから角が生えとるのぢや。サア其処へ平太れ。この婆が荒料理をして娘の仇を討つてやらう』
駒彦『コラ婆、何を吐しやがるのだ。俺は三五教の馬公と云ふ宣伝使だぞ。泥棒なんて……馬鹿にするな。さうして貴様の娘なればヤツパリ鬼娘だらう。日頃人を喰ふ酬いで吾子を取られたのだらう。鬼子母神と云ふ奴は、千人の子が有る癖に、人の子を奪つて喰ひよつた奴だが、ある時に神様から、千人の中の一人の子を隠されて、朝から晩まで泣き通し、それから…わしは千人も子がある中にタツタ一人失つてもこれだけ悲しいのだ、まして人間は三人や五人、多うて十人位の子を一人取られたら悲しからうと云つて、改心しよつて立派な仏になつたと云ふ事だが、貴様も子を取られて悲しい事がわかれば、これから人間の子であらうが、親であらうが、決して取り喰うてはならぬぞ』
婆『ホヽヽヽヽ、わしを鬼婆と云ふのか、そしてお前は三五教の宣伝使ぢやなア、宣伝使なら、鬼婆か普通の婆アか分りさうなものぢやないか』
駒彦『それでも頭に角の生えてる奴は鬼ぢやないか。俺はこう見えても、元は馬さんと云つて、紀の国の生れ、様子あつて都へ出で、立派な宅に召使はれ、追々出世し、今は押しも押されもせぬ宣伝使様ぢや。どうして見損ひをするものかい。そんな有耶無耶の事を言つて、俺を誤魔化さうと思つても駄目だぞ』
婆『ナニツ、お前は紀の国の生れ……都へ奉公に行つて居つたと……それは妙な事を聞くものだ。さうしてお前の名は馬ぢやないか』
駒彦『さうぢや、馬と云つたのぢや。それがどうしたと云ふのだい』
婆『一寸此方に心当りがあるから、婆の宅まで来て貰へまいかな』
秋彦『オイオイ駒彦、しつかりせよ。計略に懸るぞよ』
婆『疑ひなさるな。爺イと婆アと二人暮しだ。一人の兄は幼い時に天狗にさらはれて、何処かへ連れて行かれたきり今に帰つて来ず、一人の妹娘は泥棒に二三日前生命を奪られ、爺婆二人が面白からぬ月日を送つて居るのだ。小さい宅だけれど、滅多に食はうとも、呑まうとも云はぬ。尋ねたい事が有るから来て下され』
 駒彦は双手を組み首を傾け、婆アの顔を熟々と眺めて居る。
駒彦『オイ婆ア、その角は何時から生えたのかい』
婆『オホヽヽヽ、あまり泥棒が出て来よるので、用心のために鹿の角を頭にひつ付けて鬼に見せて居るのだ。それこの通り……』
と無雑作に二本の角を引むしつて見せる。
秋彦『アハヽヽヽ、ヤアこれで一寸は安心だ。さうするとヤツパリ鬼婆ではなかつたらしいな。コレコレ婆アさま、お前のお宅は何処だ』
婆『そこへニユツと突き出て居る大きな岩を、クルツと廻ると、炭焼小屋のやうな家がある。そこが妾の住家だ。この村は七八軒の所だが、近所へ行くと云つても一里位行かなならぬのだから不便なものだ。サアどうぞ婆の宅まで来て下さい』
駒彦『何はともあれ、お婆アさま、従いて参りませう』
 婆はニコニコしながら先に立ち帰つて行く。駒彦は何か心に当るものの如く首を頻りに左右にかたげながら従いて行く。あとより秋彦は不審相に二人の姿を看守りつつ、二三間遅れて、厭相に進んで行く。山の鼻にヌツと突出た岩の麓を廻はると、七八間向うにかなり大きな草葺の家が建つて居る。婆アさまは駒彦に向ひ、
婆『あれが妾の家だ。どうぞ今晩はゆつくり泊つて往て下されや』
 秋彦は『なんだ、合点がゆかぬ事だなア』と呟きつつ、不安の念に駆られ、手を組んで細路に佇立して居る。婆アさまは半破れた戸をガラリと開き、
婆『サアサアお若い衆、這入つて下さい』
駒彦『ハイ有難う』
と後を振り返り見れば、四五間あとに秋彦は手を組み思案らしく佇んで居る。
駒彦『オイ秋彦、早う来ぬか。何して居るのだ』
秋彦『俺は外から警固して居るから、貴様用心して中に這入れ。釣天井でも有つてバサンバサンとやられちや大変だから、よく気を付けて這入れ。俺はサア事だと思つたら、直に飛び込んで讎敵を討つてやるから……マア予備として、俺は外に待つて居る』
駒彦『そんならよろしう頼む』
と閾を跨げ屋内に姿を隠した。爺イさまは目も疎いと見え、ヨボヨボしながら奥の間から現はれ、
爺『アー婆か、よう帰つてくれた。どうも寂しくて困つて居つた。あまり帰りが遅いので、またもや泥棒に出会したのではなからうかと、気が気でなかつた。しかしお前の背後に誰か従いて来て居るぢやないか。ウツカリした者を引張つて来ると、またこの間のやうな目に会はされるぞ。性懲りもない、道行く人間を掴まへて、善根だの、宿をしてあげようのと云ふものだから、あんな事が起るのだ。モウ今日は、お前が何と云つても私が承知をせぬ。……どこの方か知らぬがトツトと帰つて下され』
婆『爺さま、一寸この人は合点のいかぬ事があるので連れて帰つたのぢや。妾だつてモウ懲りてるから、滅多な奴を連れて帰りはせぬ。この人は馬とか云ふ男ださうな、伜の名も馬だから、何とはなしに恋しくなつて連れて帰つたのぢや。ヒヨツとしたら、子供の時に天狗に浚はれた馬ぢやなからうかと、心の故か思はれてならないから……』
爺『さう聞くと何だか恋しいやうな気がする。コレコレ馬さまとやら、足をしもうて上つて下さい』
駒彦『ハイ有難うございます。私も一人者でございます。何だかこのお婆アさまが恋しくなつて参りました』
と云ひ云ひ足をしもうて座敷にあがる。秋彦はコハゴハながら門口までやつて来て、様子を考へて居る。
爺『お前は馬さまと云ふさうだが、一体何処の生れだ』
駒彦『ハイ私は余り小さい時で、しつかりは記憶しませぬが、何でも日高川の畔だつたやうに幽かに覚えて居ります。しかしながらそれも夢だか現だか分らないのです。天狗にさらはれて山城の国の紫野の大木の上に引掛けられて居つたのを、そこの酋長が認めて助けて下され、それから其処の家の子となつて育つて来た者でございます』
爺『わしは常楠と云ふ者だ。さうして婆アはお久と云ふ者だが、両親の名は覚えて居るかい』
駒彦『何分子供の事で分りませぬが、御主人様のお言葉には、私の守り袋に、常とか久とか云ふ印があり、私の名は馬楠と書いてあつたさうで、主人は馬公馬公とおつしやつたのだと聞いて居ります』
爺『ナニ、常に久、馬楠と書いてあつたか。そんならお前は私の伜ぢや。ようマア無事で居つて下さつた』
と両人は取付いて泣きくづれる。
駒彦『あゝ何だかさう聞くと、御両親のやうにも思ひますが、しかし私の体には一つの特徴があります。それは御存じですか』
爺『特徴と云ふのは、お前は小さい時から睾丸が人よりは優れて大きかつた。睾丸ヘルニヤとか云ふ病気ださうで、大変に吾々両親は心配をして居つたのだ。お前、睾丸はどうだな』
駒彦『ハイ仰せの如く人一倍大きいのです。松姫館で大金だと言はれて引張られた時には随分困りました。そこまで話が合へば全くあなたは御両親に間違ありますまい。あゝよう無事で居て下さつた』
と駒彦もホロリと涙を流す。お久は、
お久『せめて二三日前にお前が帰つてくれたなら、妹のお軽もあんな目に会うのではなかつたぢやらうに……あゝ残念な事をした。お前の行方を探したさ、若いうちに夫婦が交る交る紀の国一面を歩いて見たが、どうしても行方が知れず、こう年が寄つては歩く事も出来ぬので、人さへ見れば吾家に泊つて貰ひ、何かの手懸りもがなと、善根宿をして居つたのだ。さうした所がエライ泥棒を泊めて、妹の生命を取られてしまうたのぢや。あゝ可哀相に……妹が生て居つたら恋しい兄に会はれたと言うて、どれほど喜ぶ事であらう。アーア、ア』
と婆アは泣き沈む。常楠爺イも、駒彦も共に涙に暮れ、鼻を啜つて居る。秋彦はこれを聞くより走り入り、
秋彦『ヤア駒彦、お芽出度う。お前が何時も両親に会ひたい会ひたいと云つて居つたが、思はぬ所で親子の対面が出来た。これも全く大神様のお恵みだ。お前ばかりか、俺も嬉しい。アヽ神様有難うございます』
と涙声になつて、両手を合せ、ちぎれちぎれに咽びながら、感謝の祝詞を奏上する。屋根には熊野烏の群七八羽、松魚木に止まつて声を嗄らして悲しげに『カワイカワイ』と啼き立てる。天井に鼠の鳴き声『チウチウチウ孝行々々』と聞え来たる。

(大正一一・六・一〇 旧五・一五 松村真澄録)



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