出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語22-5-191922/05如意宝珠酉 山と海王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
再度山 高砂 神島
あらすじ
 玉を守るため玉能姫は狂人となり、初稚姫はその娘のふりをした。二人は走り、佐田彦と波留彦が後を追う。途中で、ムカデ姫の部下の見張りに会うが、正体はばれなかった。
 一行は高砂から舟を出そうとするが、海が荒れ神様が渡海を禁じている日だったので船頭は舟を出さない。そこで、初稚姫が二百両で舟を買い、一同は海に出た。海はピタッと静かになった。
 島に着くと、玉能姫と初稚姫だけが山頂に登った。佐田彦と波留彦は同行を許されなかった。山頂では、厳の身魂と瑞の身魂の大神の童子五人と童女三人が玉を埋めた。
 玉を埋めると、神命により、一行は淡路島から再度山の麓へ向った。

名称
カナンボール 芸州 五人の童子 佐田彦 三人の童女 信州 スマートボール 船頭 玉能姫 初稚姫 波留彦 播州 ムカデ姫
厳の身魂 鬼熊別 大蛇 桑名の亀蔵 言依別命 猿田彦 鷹鳥姫 瑞の身魂 杢助
淡路島 天津祝詞 天の数歌 生田の森 五月五日 家島 自転倒島 神言 神島 神島丸 清泉 金剛不壊 神界 須磨 瀬戸の海 高砂 鷹鳥ケ岳 鷹鳥山 二度目の岩戸開き 如意宝珠 バラモン教 再度山 ミロク岩 紫の宝珠
 
本文    文字数=25088

第一九章 山と海〔七一一〕

 佐田彦は腰帯を解き、幾重にも包みたる玉函をクルクルと両端に包み、肩にふわりと引掛け得るやうに荷造りした。波留彦は驚いて、
『コリヤ佐田彦、大切な御神宝を、何だ、貴様の肌につけた穢苦き三尺帯に包むと云ふことがあるか、玉の威徳を涜すと云ふことを心得ぬか。さうしてその態は何だ。帯除け裸体になつて、みつともないぞ』
佐田彦『お前の帯を縦に引裂いて、半分くれなければ仕方がない。藤蔓でもちぎつて帯にしよう』
『エー、そんなことして道中が出来るか、みつともない。自分の帯は自分がして行け。神玉の御威徳を涜すぞよ』
『イヤ波留彦、さうでないよ。この山続きは随分バラモンの連中が徘徊してゐるから、貴重品と見せかけて狙はれてはならぬ。幾重にも包んだ宝玉、滅多に穢れる気遣ひはない。かうして往かねば剣呑だから』
『如何に剣呑だと云つて、そりや余りぢやないか』
『万劫末代に一度の大切な御用だ。二度目の岩戸開きの瑞祥を祝するため、言依別様がこの再度山の山頂で、二度とない結構な御用を仰せつけられたのだ。失策つては大変だから、かうして往くが安全だよ』
 波留彦は、
『なんだか勿体ないやうな心持がするのだ。しかしながら肝腎の宝を敵に奪られては一大事だから、そんならお前の言ふ通りにして行かう。サア、俺の帯を半分やらう』
と縦に真中からバリバリと引裂いて佐田彦に渡した。佐田彦は、
『イヤ、有難う。これで確かり腹帯が締つて来た。しかしながら玉能姫さま、初稚姫さま、貴女等はそんな綺麗な服装で御出になつては、悪漢に後をつけられては詮りませぬよ、何とか工夫をなさいませ』
玉能姫『ハイ、吾々二人は着物を裏向けに着て、気違ひの真似をして参りませう』
佐田彦『ヤー、それは妙案だ。流石は玉能姫様だ。サアサア、佐田彦が着替へさして上げませう』
と立ち上らむとするを玉能姫、初稚姫は首を左右に掉り、
玉能姫『イエイエ、滅相な、妾も玉能姫、自分のことは自分で処置をつけねばなりませぬ』
と云ひつつ、クルクルと帯を解き、裏向けに着物を着替へてしまつた。
 初稚姫もまた着物を脱がうとするを、玉能姫は少し首を傾け、
『一寸待つて下さい。気違ひが二人もあつては却つて疑はれるかも知れませぬから、貴方は気違ひの娘になつて下さい』
初稚姫『そんなら気違ひのお母さま。サア、何処なつと参りませう』
玉能姫『オイ佐田公、波留公、貴様は何処の奴だ。余程好いヒヨツトコ野郎だな』
佐田彦『これはしたり、玉能姫さま、姫御前のあられもない、何と云ふ荒いことをおつしやりますか』
『知らぬ知らぬ、アーア、こんなヒヨツトコ野郎の莫迦者と道伴れになるかと思へば残念だ。気が狂ひさうだ』
『玉能姫さま、今から気違ひになつて貰つては波留彦も堪りませぬで』
『伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ。大根役者が玉を持つ、コリヤコリヤコリヤ』
佐田彦『玉能姫さま、洒落もいい加減になさいませな。これから未だ沢山な道程、今から気違ひの真似して居つては怺りませぬで』
『なに、妾を気違ひとな。エー残念だ。バラモン教においてその人ありと聞えたる鬼熊別の妻、蜈蚣姫とはわが事なるぞ。汝は三五教の腰抜宣伝使、この蜈蚣姫が尻でも喰へ。残念なか、口惜しいか。あの詮らぬさうな顔付ワイの。オホヽヽヽ』
と臍を抱へて笑ひ倒ける。
佐田彦『アー、仕方がないなア、あんまり嬉しうて玉能姫さまは本当に逆上せてしまつたのだらうかなア、波留公』
玉能姫『定めて逆上せたのであらう。逆上せ切つた蜈蚣姫の再来が、お前の頭をポカンと波留彦だ』
と言ひながら波留彦の横面をピシヤピシヤと撲り、
『アハヽヽヽ』
と腹を抱へて笑ひ倒ける。
波留彦『なんぼ女にはられて気分が好いと言つても、キ印に撲られて怺るものか。さア行きませう、玉能姫さま、確かりなさいませ』
玉能姫『ホヽヽ、私は玉能姫ぢやないよ、狸姫だよ』
波留彦『エー、怪体の悪い、肝腎の御神業の最中にやくたいだなア。初稚姫さま、ちつと確かり言つて聞かして下さいな。コリヤ本当に逆上せて居ますで』
初稚姫『お母さま、往きませう』
とすがり付くその手を取り放し、
『エー、お前までが私を気違ひと思つて居るのかい。アヽ穢らはしい。こんな所には一時も居れない』
と二つの玉を包んだ帯を肩に引つかけ、山伝ひに雲を霞と走り行く。
 初稚姫は負けず劣らず、玉能姫の後に随ひ矢の如く走り行く。佐田彦、波留彦は遁げられては大変と一生懸命に後を追ふ。何時の間にか玉能姫、初稚姫の姿は見えなくなつた。
佐田彦『オイ、波留彦、大変なことが起つたものぢやないか』
『貴様が確り握つて居らぬから、到頭狸が憑りやがつて持つて去んでしまつたのだい。アヽもう仕方がない、神様に申訳がない。この絶壁から言ひ訳のために身を投げて死んでしまはうかい』
『さうだと言つて、そんな事をすれば益々神界の罪だよ』
と心配さうに悔んでゐる。
 向ふの木の茂みから、
『オーイ、波留彦さま、佐田彦さま、此処だよ此処だよ』
と玉能姫は呼んでゐる。
波留彦『ヤア、在処が分つた。気違ひ奴、あの禿げた山の横の小松の下に顔だけ出してゐよる、表から行くとまた逃げられては大変だ。廻り道をしてそつと捉まへようかい』
と二人は山路を外し、木の茂みの中を蜘蛛の巣に引つかかりながら、漸く玉能姫の間近に寄つた。
玉能姫『あの二人の御方、よう来て下さんした。たまたま御用を仰せつけられながら、玉能姫に玉を奪られて玉らぬだらう。さアさア初稚姫さま、あんなヒヨツトコ野郎に構はず行きませうよ。ホヽヽヽ』
と嘲笑ひと共に掻き消す如く、またもや一目散に木の茂みを脱けて、何処へか姿を隠した。二人は一生懸命に追ひかける。初稚姫の計らひで処々に小柴が折つて標がしてある。
佐田彦『ヤア、流石は初稚姫さまだ。子供に似合はぬ好い智慧が出たものだ。俺達にこれを合図に来いと云つて、小柴を所々折つて標をつけておいて下さつた。オイ、これを探ねて走らうぢやないか、のう波留彦』
『オーさうだ』
と二人は捩鉢巻しながら、小柴の折れを目標に追ひかけて行く。
 鷹鳥ケ岳の山麓の松林に七八人の男、胡床を掻き車座になつて、ひそびそ話に耽つてゐる。
甲『オイ、大変に強い女もあればあるものぢやないか。俺達の兄分のスマートボールやカナンボールを苦もなく滝壺へ投げ込み、剰つさへ俺達を谷底へ投り込みやがつて、この通り痛い目に遇はせ、終局の果には蜈蚣姫の教主様まで、あんな目に遇はせよつた。彼奴は何でも偉い神様の再来かも知れないよ』
乙『なアに、彼奴は玉能姫と云つて鷹鳥山の鷹鳥姫の婢奴となり、清泉の水汲をやつて居つた奴だ。あの時は此方は女や子供と思つて油断をして居たから、あんな不覚を取つたのだ。何れ此辺へ迂路ついて来るかも知れない。なんでも彼奴を捉まへて三五教の宝の在処を白状させ、バラモン教へ占領せねば、到底この自転倒島においては俺達の教派は拡まらない、なんとかして、まア一度彼奴の行方を探ね、目的を達したいものだ』
丙『そんな危ないことは止しにせエ。生命あつての物種だ。蜈蚣姫さまでさへも彼奴の乾児がやつて来て、谷底へ放り投げたやうな強力が随いてゐるから、うつかり手出しは出来ないよ』
甲『ちよろ臭いことを云ふな。計略を以て旨く引張り込めば何でもない。俺が一つ智慧を貸してやらう』
丙『どうすると云ふのだい』
甲『貴様等二三人が俺と一緒に女に化けて鷹鳥山に乗り込み、三五教の求道者となつて誤魔化すのだ』
乙『貴様の面では女に変装したつて到底駄目だよ。貴様が変装したら、それこそ鬼婆に見えてしまふぞ』
甲『鬼婆でも、鬼爺に見えなければいいぢやないか。それで完全な女になつたのだ。善悪美醜は問ふところに非ず。俺は皺苦茶婆さまになつて入り込むから、貴様は皺苦茶爺になつて、杖でもついて腰を屈め、俺の後に踵いて来い』
乙『いつその事、堂々と男の求道者になつて行つたらどうだ』
丙『そんな悪相な面をして行かうものなら、忽ち看破されてしまふぜ』
 かく雑談に耽る折しも、向ふの方より一人の女、何か肩に引つかけ、髪を振り乱し、衣服を裏向けに着ながら、女に似合はず大股にトントンと此方に向つて来る。
 七歳ばかりの少女は、
『お母さま お母さま』
と連呼しながら後追ひかけ来る。またもや続いて二人の荒男、
『オーイオーイ。待つた待つた』
と一生懸命に息を喘ませ進み来る。
甲『アリヤ何だ、あた嫌らしい。髪を振り乱し着物を裏向けに着やがつて、褌に何だか石のやうなものを包んで走つて来るぢやないか。彼奴はてつきり気違ひだよ。気違ひに噛ぶりつかれでもしたら、まるで犬に喰はれたやうなものだ。オイ、皆の奴、すつこめ すつこめ』
『よし来た』
と林の草の中に小さくなつて横たはる。その前を踏まむばかりに玉能姫、初稚姫は、
『キヤア キヤア』
と金切声を張り上げながら通つて行く。二人の男汗を垂らし、
『オーイ、気違ひ待つた』
とまたもや一生懸命西方指して進み行く。一同はやうやう頭を上げ、
甲『ヤー何処の奴か知らぬが、女房が気が狂つたと見えて、偉い勢で追ひかけて行きよつた。可愛相に、あんな娘がある仲で、女房に発狂されては怺つたものぢやない。しかしなかなか別嬪らしかつたぢやないか』
乙『さうだなア、可愛相なものだ。先へ行つたのはあれの爺だらう。後から行く奴はヒヨツとしたら下男かなんかだらうよ。何はともあれ、どえらい勢だつた。まるきり夜叉明王が荒れ狂うたやうな勢だ。マアマア俺達は無事に御通過を願うて幸ひだつた』
と話してゐる。しばらくすると蜈蚣姫は、スマートボール、カナンボールその他拾数人の部下を引連れ、一生懸命にこの場に駆け来り、五六人の姿を見て、
『オイ、お前は信州、播州、芸州の連中ぢやないか。なにして居る。今此処へ玉能姫が通つた筈だがお前は知らぬか』
信州『最前から此処で一服して居ましたが、玉能姫のやうな奴は根つから通りませぬで。髪振り乱した気違がキヤアキヤア云つて通つたばかり、後から爺が可愛相に汗をブルブルに掻いて追つかけて行きました』
『どうしても此処を通らにやならぬ筈だが、ハテ不思議だなア。それなら大方杢助館へでも廻つたのだらう。一体何処へ行きよるのか。皆の奴、かうしては居られない。再度山の山麓、生田の森に引返せ』
と慌しく呼ばはつた。スマートボールを先頭に全隊引率れて、東を指して一生懸命バラバラと走り行く。
 梢を渡る松風の音、刻々に烈しくなり、瀬戸の海の浪は山嶽の如く吼り狂うてゐる。玉能姫、初稚姫は漸々にして高砂の森に着いた。四辺に人なきを幸ひ、乱れ髪を掻き上げ、顔を立派に繕ひ、着物を脱ぎ替へ、元の玉能姫となつてしまつた。息急き切つて走り来つた佐田彦、波留彦はこの姿を見て、
佐田彦『ヤー、玉能姫さま、気がつきましたか。大変心配でしたよ』
玉能姫『オホヽヽヽ、お約束通り上手に気違に化けたでせう。須磨の浜辺の難関を、あゝせなくては通過が出来ませぬからなア』
佐田彦『イヤもう恐れ入りました。流石言依別命様が御見出し遊ばしただけあつて、佐田彦如き凡夫の到底及ばぬ智慧を持つてゐなさるなア』
波留彦『本当に七尺の男子波留彦も睾丸を放かしたくなつて来ました。アハヽヽヽ』
佐田彦『それにしても初稚姫さま、小さいのによく踵いてお出でなさいましたなア。何時もお父さまに甘へて負はれ通しだのに、今日はまたどうしてそんな勢が出たのでせう』
『神様が私を引つ抱へて来て下さいました。あの大きな神様が御目に止まりませ何だか』
『さう聞くと何だか大きな影のやうなものが、始終踵いて居たやうに思ひました』
『かげが見えましたか。それが神様の御かげですよ。オホヽヽヽ』
『子供の癖によく洒落ますなア。シヤレ シヤレ恐れ入りましたものでござるワイ』
『サア、これから高砂の浜辺へボツボツ参りませう。幸ひに日も暮れました』
と玉能姫は先に立つ。三人は欣々と後に随ひ、浜に立ち向ふ。
 五月五日の月は西天に輝き、薄雲の布を或は被り或は脱ぎ、月光明滅、四人が秘密の神業を見え隠れに、窺ふものの如くであつた。鳴門嵐の暴風は遠慮会釈もなく海面を撫で、山嶽の如き荒浪は立ち狂ひ、高砂の浜辺に押寄せ、駻馬の鬣を振つて噛みついて居る。
 佐田彦は、猿田彦気取りで先に進み、船頭の家を叩き、
『モシモシ、船頭さま、これから家島へ往くのだから、船を出して下さいな。賃銀は幾何でも出しますから』
 船頭は家の中より、
『何処の方か知らぬが、何を呆けてゐるのだ。レコード破りの荒浪に、どうして船が出せるものかい。こんな日に沖に出ようものなら、生命がいくつあつても堪るものでない。マア、二三日風の凪ぐまで待つたらよからう』
 佐田彦は小声で、
『ハテ、困つたなア。吾々はどうしても家島へ渡らねばならないのだ。せめて中途の神島までなつと送つてくれないか』
『なんと言つてもこの時化には船は出せないよ。桑名の徳蔵ならばイザ知らず、俺達のやうな普通の船頭では、到底駄目だよ。こんな日に船を出す位なら、家もなんにも要つたものぢやない。そんな分らぬことを言はずと、二三日待つたがよからうに』
『どうしても出してくれませぬか、仕方がない。それなら船を貸して下さいな』
『滅相もないことおつしやるな。船でも貸さうものなら商売道具を忽ち滅茶々々にされてしまうて、女房や子の鼻の下が乾上がつてしまふ。一つの船を慥へるにも百両の金子が要るのだ。自家の身代はこの船一つだ。マア、そんなことは絶対に御断り申さうかい』
『未だ外に船頭衆はあらうな』
『この浜辺には二三十人の船頭が居る。しかしながら開闢以来、この荒浪に船を出すやうな莫迦者は一人も居りませぬワイ。今日は五月五日、菖蒲の節句、神様が神島から高砂へ御出で遊ばす日だから、尚々船は出せないのだ。仮令浪はなくとも今日一日は、この海の渡海は出来ないのだ。暮六つから神様が高砂の森へお越しになるのだ。モー今頃は神島を御出立遊ばしてござる時分だよ。何としてそんな処へ行くのだい』
『俺は家島へ行くのだ。浪の都合で一寸御水を頂きに神島へ寄りたいと思ふのだよ』
 船頭は不思議な奴が出て来たものだと呟きながら表に立出で、
『ヤー、見れば若い御女中に娘さま。お前さま等も御一行かな』
玉能姫『ハイ、左様でございます。どうぞ船を御出し下さいませ』
 船頭頻に首を振り、
『アーいかぬいかぬ、途方もないこと云ひなさるな。男でさへも行かれぬ処へ、妙齢の女が渡ると云ふことは到底出来ない。平常の日でも女は絶対に乗せることは出来ませぬワイ』
初稚姫『小父さま、そんならその船を売つて御呉れぬか』
『売つてくれと云つたつて、中々安うはないぞ。百両もかかるのだから』
『それなら小父さま、二百両上げるから、お前の船を売つておくれ』
『百両の船を二百両に買つて貰へば、船が二隻新調出来るやうなものだ。それは誠に有難いが、しかしながらみすみすお前さま達を海の藻屑となし、鱶の餌食にしてしまふのは何程欲な船頭でも忍びない。そんなことは言はずに諦めて帰つて下さい。男の方なら二三日したら船を出して上げよう』
『女はどうしていけないのですか』
『アヽ、いけないいけない。理屈は知らぬが、昔から行つたことがない島だから』
佐田彦『船頭さま、そんなら時化が止んでから明日でも俺達が勝手に漕いで行くから、二百両で売つて下さい』
『百両のものを二百両に売ると云ふことは、大変に欲張つたやうで気が済まぬが、しかし船を売つてしまへば、次の船が出来るまで徒食をせねばならぬから、貯蓄の無い俺達、そんなら二百両で売りませう』
『有難い、そんなら手を打ちます。一、二、三』
と船頭と佐田彦は顔を見合せ、手を拍つてしまつた。
 初稚姫は懐より山吹色の小判を取出し、
『サア、小父さま、改めて受取つて下さい』
と突き出す。船頭は検めて見て、
『ヤー、有難う、左様なら。モウ一旦手を拍つたのだから、変換へは利きませぬよ』
と言ひ捨て、恐さうに家に飛び込み、中よりピシヤンと戸を閉め、丁寧に突張りをこうてゐる。波は益々猛り狂ふ。
『アヽこの船だ。サア皆さま、乗りませう。ちつと荒れた方が面白からう』
と佐田彦は先に飛び込んだ。三人も喜んで船中の人となつてしまつた。
佐田彦『サア、波留彦、櫂を使つて下さい。俺は船頭だ。艪を漕いで行く。随分高い浪だよ』
とそろそろ捩鉢巻になつて、艪を操り始めた。
 月は雲押し開きて利鎌のやうな光を投げ、四人の乗つた神島丸を照して居る。不思議や暴風は忽ち止まり、浪は見る見る畳の如く凪ぎ渡つた。二人は一生懸命に櫂を操りながら、沖に浮べる神島目標に漕ぎ出した。漸くにしてミロク岩の磯端に横付けになつた。
玉能姫『皆さま、御苦労でした。貴方等二人は此処に待つて居て下さい』
佐田彦『イエ私も御供を致しませう。これだけ篠竹の茂つた山、大蛇が沢山に居ると云ふことですから、保護のために吾々両人が御供致しませう。言依別の教主様より「両人の保護を頼む」と云はれたのだから、もし御両人様が大蛇にでも呑まれてしまふやうなことが出来したら、それこそ申訳がありませぬ。是非御供を致します』
初稚姫『その大蛇に用があるのだから、来て下さるな。大蛇は男が行くと大変に腹立てて怒るさうですから』
波留彦『大蛇でも矢張り女が好いのかなア。こうなると男に生れたのも詮らぬものだ』
玉能姫『さア、初稚姫さま、参りませう。御両人の御方、決して、後から来てはなりませぬよ。用が済んだら呼びますから、それまで此処に待つてゐて下さい』
 二人は頭を掻きながら、
佐田彦『エー仕方がない。役目が違ふのだから、そんなら神妙に待つて居ます。御用が済んだら呼んで下さい』
玉能姫『ハイ、承知しました。どうぞ機嫌よう待つて居て下さいませ』
と初稚姫の手を把り、篠竹を押分け山上目蒐けて登り行く。
 辛うじて二人は山の頂に到着した。五六歳の童子五人と童女三人、黄金の鍬を持つて何処よりともなく現はれ来り、さしもに堅き岩石を瞬く間に掘つてしまつた。
初稚姫『アー、貴女は厳の身魂、瑞の身魂の大神様、只今言依別命様の御命令によつて、無事に此処まで玉の御供をして参りました。さア、どうぞ納めて下さい』
 五人の童子はにこにこ笑ひながら、ものをも言はず一度に小さき手を差出す。初稚姫は金剛不壊の如意宝珠の玉函を取り、恭しく頭上に捧げながら五人の手の上に載せた。十本の掌の上に一個の玉函、忽ち五瓣の梅花が開いた。童子は玉函と共に、今掘つたばかりの岩の穴に消えてしまつた。
 三人の童女はまたもや手を拡げて、玉能姫の前に進み来る。玉能姫は紫の宝珠の函を取り上げ、恭しく頭上に捧げ、次で三人の童女の手に渡した。童女はものをも言はず微笑を浮べたまま、玉函と共に同じ岩穴に消えてしまつた。玉能姫は怪しんで穴を覗き見れば、童男、童女の姿は影もなく、ただ二つの玉函、微妙の音声を発し、鮮光孔内を照らして居る。
 二人は恭しく天津祝詞を奏上し、次で神言を唱へ、天の数歌を歌ひ、岩蓋をなし、その上に今童女が捨て置きし、黄金の鍬を各自に取り上げ、土を厚く衣せ、四辺の小松をその上に植ゑて、またもや祝詞を奏上し、悠々として山を下り行く。
 玉能姫は、
『お二人さま、えらう御待たせしました。さア、もう御用が済みました。帰りませう』
 佐田彦、波留彦両人は口を揃へて、
『それは結構でございました。御目出度う。これから私等が一度登つて来ますから、しばらく此処に待つて居て下さいませ』
初稚姫『モー御用が済みましたのですから、一歩も上つてはなりませぬ。さア帰りませうよ』
佐田彦『折角此処迄苦労して御供をして来たのだから、埋めた跡なりと拝まして下さいな』
 初稚姫は首を左右に振つてゐる。玉能姫を見れば、これまた無言のまま首を左右に振つてゐる。何処ともなく雷の如き声、
『一刻も猶予はならぬ。これより高砂へは寄らず、淡路島を目標に再度山の麓に船をつけよ。サア、早く早く』
と呶鳴るものがある。この言葉に佐田彦、波留彦は、
『ハイ、畏まりました』
と玉能姫、初稚姫を迎へ入れ一生懸命に艪櫂を操りつつ、再度山の方面指して帰り行く。

(大正一一・五・二八 旧五・二 外山豊二録)



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