出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語22-5-171922/05如意宝珠酉 生田の森王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
生田の森の杢助館
あらすじ
 玉能姫と初稚姫は杢助の館を出て、再度山に登っていった。
 その後、国依別がやって来て、「杢助は太元教というものを樹てている。神様に対して失礼ではないか」と問う。杢助は、四本足となり、「宣伝使がよく訪ねてきて、飯を食い、金品を借用してゆくから困る。三五教の宣伝使は取り違えをしているものばかりだ。宣伝使は、いったん入信した者の宅に何度も訪問して、厄介をかけ安逸を求めているが、そんな時間があれば未信者の宅を訪問せよ。」と教える。
 国依別は次に、「若彦は熊野の滝で無言の荒行をしているが、理由を教えてくれ」と尋ねる。杢助は、「若彦がやってきたが、叱ったら何かを悟ったようだ」と言う。
 そこへ鷹鳥姫がやって来たので、国依別が四本足で応対し、四本足の応酬となる。
 本物の杢助が現れ、「高姫は飲み込んでいた玉をお初に吐き出さされてからダメになった。薄志弱行の守護神を追い出し、肉体もこの館を去れ」と言う。すると、高姫は物思いに沈む。国依別が「自分は玉の行方を知っている」と言うと、高姫は再び執着心を現わし、「二つの玉のうち、紫の玉は国依別にあげるから、玉のありかを教えろ」と迫る。
 国依別は嘘を言っていたのだ。
名称
国依別 鷹鳥姫 玉能姫 初稚姫 杢助
悪魔 お初! 狐 言依別 守護神 高姫! 鷹依姫 日の出神? 日の出神の生宮! 副守 副守護神 分霊 変性女子 本守護神 弥勒 ムカデ姫 黄金像 若彦
天津祝詞 アルプス教 生田の森 紀州 紀の国 熊野の滝 金剛不壊 三千世界 執着心 四本足 神界 神政 鷹鳥山 鎮魂 如意宝珠 バラモン教 不言実行 再度山 魔谷ケ岳 五六七神政 紫の玉 四尾山 霊界物語 利己主義 太元教
 
本文    文字数=28854

第一七章 生田の森〔七〇九〕

 三千世界の梅の花  薫りゆかしく実を結び
 四方の春野を飾りたる  桜も散りてむらむらと
 咲き乱れたる卯の花の  白きを神の心にて
 生田の森の片ほとり  花を欺く玉能姫
 初稚姫の二人連  初夏の景色を眺めつつ
 再度山の山頂に  神の御告を蒙りて
 登り行くこそ床しけれ。  

 杢助はただ一人神前に祝詞を奏上する折しも、門戸を叩き、
『頼まう 頼まう』
と訪るる一人の宣伝使があつた。杢助は神前の礼拝を終り、門の戸を開き、
『ヤア、其方は国依別の宣伝使、何用あつて杢助が館を御訪ねなさつたか』
 国依別はツと門の敷居を跨げ、杢助と共に座敷に通り、煙草盆を前に置きながら二人向ひ合せ、
『今日参つたのは余の儀ではござらぬ。あなたは折角三五教に入りながらこの頃の御様子怪しからぬ事を承はる。事の実否を探らむため、国依別宣伝の途中、紀の国より取る物も取り敢へず引返し、ここに参りました。あなたは太元教とかを立てて居られるさうだ。神様に対し御無礼ではございませぬか』
 杢助大口を開けて高笑ひ、
『何事ならむかと思へば、左様な御尋ねでござるか。杢助が折角の信仰を翻し、太元教を新に開いたのは余の儀ではござらぬ。その理由と致す所は、この杢助三五教の信者を標榜し居ると、腰抜の宣伝使や信者が、言依別様の御命令だとか何だとか言つて、旅費を貸せとか、履物を出せとか、いろいろ雑多の厄介をかけ、小便や糞をひりかけ後は知らぬ顔の半兵衛さん。それも一人二人なれば辛抱致すが、絡繹として蟻の甘きに集ふが如く、イナもう煩雑くて堪り申さぬ。杢助の家でさへもこの通りだから、その他の信徒の迷惑は思ひやらるる。それ故心の内にて三五教を信ずれども、表面は太元教と、見らるる如く大看板を掲げたのでござる。国依別殿、其方もその亜流ではござらぬか』
『そんな奴は三五教には一人もない筈です。大方バラモン教の奴が、三五教の仮面を被つて居るのでせう』
『バラモン教もチヨコチヨコやつて来る。しかしながら教の建て方が違ふものだから、先方も遠慮を致して居ると見えて、ただ杢助が忙しきタイムを奪つて帰る位なものだ。金銭物品まで借用しようとは申さぬ。宣伝使たる者は未だ教の及ばざる地方または人に対してこそ宣伝の必要あれ、一旦入信したる者の宅に何時となく訪問致し、厄介を掛け、安を求むる如きは、宣伝使の薄志弱行を自ら表白するものだ。そなたも杢助館に訪問する時間があらば、なぜその光陰を善用して、未信者の宅を訪問なさらぬか。半時の間も粗末に空費する事は、宣伝使として慎むべき事でせう。サア一時も早く帰つて下され。お茶を進ぜたいが、茶を飲ませては、信者の吾々忽ち貧乏神に襲はれねばならない。仮令番茶の一杯でも小判の端だ。それを進ぜた所で……何だ杢助は、折角訪問してやつたのに番茶を飲まして追ひ返した……と云はれては一向算盤が合ひ申さぬ。愚図々々してござると、第一タイムの損害、畳が汚れる。さすればまたもや表替をそれだけ早く致さねばならぬ道理だ。最早杢助は三五教に食はれ、飲まれ、借り倒され、逆様になつても血も出ないやうな貧乏になつてしまつた。こんな貧乏神の館へ出て来るよりも、巨万の富を積みながら、この世の行末を案じ、吾身の無常を託ちつつある憐れな精神上の極貧者は、世界に幾らあるか分らない。物質に富み、無形の宝に飢ゑたる人を求めて神の教を説き諭し、錆びず朽ちず、火に焼けず、水に流れぬ尊き宝を与へて、物質上の宝を自由自在に気楽に使用したがよからう。精神上の宝に充たされ、物質上の宝に欠乏を告げたるこの杢助の館に、宣伝使の必要は少しもござらぬ』
『あなたはこの春頃から心機一転、余程吝臭くなられましたなア』
『何だかお前さまの声を聞くと直に、この通り吝臭くなつたのだ。心貧しき力弱き其方の守護神が、杢助の体内に飛び込んで、斯様な事を吐ざいて居るのだ。この杢助は何にも知らぬ、早く国依別さま、心の貧乏神、柔弱神を追ひ出して、連れて帰つて下さい。杢助真に迷惑千万でござる。アハヽヽヽヽ』
と腹を抱へ、体を大きく揺つて、ゴロンと笑ひ転けてしまつた。
国依別『さうして初稚姫様、玉能姫様はどこへお出でになりましたか』
 杢助仰向になつたまま、足をニユーと天井の方に直立させ、
『初稚姫、玉能姫は「国」とか云ふ貧乏神がやつて来るから、憑依されてはならないと云つて一時ばかり前に逃げ出しました。折角結構な神様が杢助の館にお鎮まり遊ばすのに、腰抜神の貧乏神がやつて来るものだから、肝腎の玉能姫……オツトドツコイ魂までが脱け出してしまつた。オイ魂抜けの国依別、どうぞ早く帰つてくれ。この杢助もそなたの霊が憑つて、この通り四つ足になつてしまつた。その四つ足もまだ俯向いて居れば歩く事も出来るが、この通り腹と背中を換へてしまつては、何程藻掻いて見ても空を掻くばかり、畳に平張付いて動きが取れない。アヽ国依別、たまたま訪ねて来て、四つ足のお土産は真平御免だ。三五教の宣伝使がやつて来ると、手足を藻掻いても、どうしても、動きの取れないことになつてしまふ。馬に灸で貧窮だ。狐に灸で困窮だ。其方は牛に灸で何ぞモウギウな事がないかと思つて来たのであらうが、最早灸も茲まで据ゑられては、艾もあるまい。モグサモグサ致さずトツトと帰つたがよからう』
『杢助さま、火の付いたやうな火急なお言葉、あなたは杢助さまではなくて、ヤイトをすゑる艾助さまになつてしまひましたなア。これはこれは真にアツイ御志……否御教訓、どつさりこの四つ足の守護神もヤイトを据ゑられました。それなら四つ足は唯今限り帰ります。あなたもどうぞ元の杢阿弥……オツトドツコイ杢助さまに帰つて下さい』
『ハイ有難う。それなら改めて国依別の宣伝使様、三五教の杢助改めて対面仕らう、今迄は四つ足同志の掛合でござつた。アツハヽヽヽヽ』
と笑ひながら起き直り、庭の泉に手を洗ひ、口を漱ぎ、礼装を着し、
『サア、国依別様、神前に拝礼致しませう』
と促しながら、拍手再拝、天津祝詞を奏上し始めた。国依別も杢助の背後に端坐し、恭しく祝詞を奏上し終つた。
杢助『国依別様、あなたはこれから何処へお出でになる心組ですか』
国依別『ハイ私の今迄の教は、実を申せば貴方の御宅に参り、一つお尋ねをせなくてはならない事があつたものですから、ワザワザやつて来たのですが、モウ申しますまい。これで貴方の深き御精神も了解致しましたから……』
『アツハヽヽヽ、若彦一件でお出になつたのですな。若彦は今紀州に居りますか』
『ハイ、紀州の熊野の滝で大変に荒行を致して居る事を聞きました。それで私は熊野の滝へ参つた所、若彦はただ一言も申さず、無言の行を致して居る。手真似で尋ねても文字を地に書いて糺して見ても、何の答も致さず、石仏同様、取り付く島もなく、鷹鳥山において何か感じた事があるのだらう、その峰続きに御住ひ遊ばす貴方にお尋ねすれば、様子は分らうかと存じまして参りました。しかしただ一言……杢助さま有難う………と若彦の言つた言葉幽に聞えたので、何もかも様子を御存じだらう。あの喧しやの若彦が、あの通り神妙になつてしまつたのは、貴方の感化によるのだと信じます。過去を繰返すは御神慮に反するでせうが、御差支なくば少しなりと御漏らし下さらば安心致します』
『若彦は鷹鳥山に立籠り、悪魔に憑依され、四つ足となつて門口まで参りました。私は「モウ一つ修業をして来い、四つ足に用はない………」と云つて、杓に水を汲んで犬のやうにぶつかけてやつたら、尾を掉つて駆け出したきりですよ。ヤツパリ若彦は人間らしう立つて歩いて居ましたかなア。イヤもう四つ足の容物ばかりで困つてしまひますワイ。アツハヽヽヽヽ』
『さうすると私もチヨボチヨボですな』
『チヨボチヨボなら結構だが、愚図々々すると、コンマ以下のチヨボチヨボに落ちてしまふから、気を付けねばなりますまい。お前さまも折角今、宣伝使に始めてなつたのだから、どうぞチヨボチヨボにならぬやうに願ひますよ。貴方がさうなると、私までも感染しては、最前のやうに二進も三進も行かぬ苦境に陥り、キウ窮言はねばなりませぬからな、アツハヽヽヽヽ』
『アツハヽヽヽヽ』
と笑ひ合ふ。門口へまたもや婆の声、
『生田の森の杢助さまのお宅は此処でございますか。チヨツト開けて下され』
杢助『国さま、またもやチヨボチヨボがやつて来たやうです。お前さま一つ私に代つて応対をして下さい。私は奥へ行つて少しく神さまに承はらねばならぬ事がございますから』
と云ひ棄て、慌しく姿を隠した。国依別はツと立ち、門口の戸をガラリと引開け、
『此処は太元教の御本山だ。何処の四つ足か知らぬが、トツトと帰つてくれ』
『何ツ、杢助が太元教を樹てたとは、噂に聞いたが、ヤハリ事実だなア。なぜ左様な二心をお出しなさるか』
 国依別は黄昏を幸ひ、ワザと杢助の声色を使つて居る。
『わしは鷹鳥姫だが、お前さまに一つ御礼を申さねばならぬ事もあり、御意見をせなくてはならぬ事があるからお訪ねしたのだ』
『何とかかとか口実を設けて、三五教の宣伝使や信者が、金を貸せの、履物を貸せ、飯を食はせ、茶を飲ませ、小遣銭を渡せと、まるで雲助のやうな事を吐し、小便、糞を垂れながして帰る奴ばかりだから、この杢助も愛想をつかし、心は三五教でも表は太元教と標榜して居るのだ。最早神の恵に浴し、神徳充実した杢助には意見は御無用だ。かかり合つて居れば大切なタイムまでも盗まれてしまふ。番茶一杯飲まれてもそれだけ欠損がゆく。身代限り、家資分散の憂目に遭はねばならぬから、一足なりとも這入つてくれな。お前に礼を言はれる道理はない。トツトと早く帰つたがよからう』
『何と云つても、そんな事を聞く以上は、ますます動く事は出来ぬ。コレ杢助さま、心機一転もあまりぢやないか』
『オイ、その心機一転だ。しばらくの間現はれて消える蜃気楼、名あつて実なき鷹鳥姫の宣伝使、それなら這入るだけは許してやらう。その代り番茶一杯飲ます事もせぬ。何程無料で湧いた水でも、飲ましちやそれだけ減るのだから、その覚悟で這入つたがよからう』
『大変貴方は吝坊になつたものだなア。執着心の大変に甚い方だ。御免なさい』
と蓑笠を脱ぎ棄て、ツカツカと座敷にあがる。国依別はまたもや煙草盆を前に据ゑ、杢助気取りになつて坐り込んだ。
鷹鳥姫『コレ杢助さま、お前さまは俄に小さい事をおつしやると思へば、体まで小さくなつたぢやないか』
 国依別はゴロンと仰向けになり、尻を鷹鳥姫の方に向け、手足をヌツと天井の方に伸ばして見せ、
『金剛不壊の如意宝珠の玉や紫の玉が喉から出てしまつたものだから、この通り瘠せて人間が小さくなり、元の杢助ではなうて杢阿弥。神徳も何もなくなつてしまひ、鷹鳥山で已むを得ず若彦、玉能姫を召し連れ、バラモン教の蜈蚣姫がてつきり隠して居るのに相違ないから、何とかして取返さねば聖地の役員信徒に対し合はす顔がないと、執着心に駆られ言依別の教主の篤き心を無にしてやつて居つた所、俄に山の頂に黄金の像現はれ、身の丈五丈六尺七寸、てつきり弥勒様の御出現、鷹鳥姫の信心の力によりて愈五六七神政の太柱を握つた。誠の霊地は四尾山麓ではない、鷹鳥山にきはまつたりと、鼻の鷹鳥姫が得意顔に雀躍りしながら、チヨツと薄気味悪さうに近付き見れば、黄金像は高姫の素首をグツと鷲掴み、猫でも放るやうにプリンプリンと、鷹鳥山の教の庭にドスンと落下し、人事不省となり、ピリピリピリと蛙をぶつつけたやうになつてしまひ、其処へこの杢助がやつて往つて、生命だけは助けてやつた。そのためにこの杢助は……コレこの通り足が上を向き背中が下を向いて、サツパリ自由の利かぬ四つ足になつてしまつたのだ。しかしながらこの杢助は信神堅固の勇士……こんな事になる筈はない。鷹鳥姫の副守護神が憑依したのだから、どうぞ早う、こんな……土産はスツ込めて下さい。なア鷹鳥姫さま、お前も却々執着心が酷いと見える。同じ四つ足でも下向いて歩けるものならまだしもだが、かうなつては天地顛倒、背中に腹を換へられて、どうしてこの世が渡られうか。……アツハヽヽヽヽ……。オイ笑ふ所か、高姫の守護神この国……オツトドツコイ神の国に出て来て、神の教を建てるなんて、あんまり精神が顛倒して居るではないか。元の杢阿弥の杢助の真心に立返り、早く副守護神を連れて帰つてくれ。杢助誠に迷惑だ。国、クニ、苦になつて仕方がない。よりにヨツて、別のわからぬ副守護神を連れて来るものだから、玉能姫さまも初稚姫さまも、チヤンと御存じ、どつかへ蒙塵遊ばしたぞ。杢助の本守護神も愛想を尽かして隠れてしまつたぞ。ウンウンウン』
『コレコレ杢助さま、お前さまは何とした情ない事になつたのだい。結構な三五教を見限つて太元教なんて、そんな謀叛を起すものだから、天罰で四つ足になつてしまひ、肩身が狭う小さくなつたのだよ。それだから油断は大敵、改心なされと云ふのだ。何程大持てにモテる積りでも、大モテン教だ。早く改心なされ、神様は人間が子を思ふと同じ事、片輪の子や悪人ほど可愛がらつしやるのだから、わしもこんな悲惨な態を見て、このまま帰る訳にも行かぬ。サアこれから鎮魂をして誠の教を聞かしてあげよう。エーエー困つた事が出来た。この高姫の守護神が憑つたのだなどと、よう言へたものだ。悪神と云ふ者は、どこどこまでも抜目のない奴だ。到頭守護神の悪の性来を現はしよつたか。アーア杢助さまの肉体が可哀相だ。オイ四つ足、杢助さまの肉体を残してトツトと魔谷ケ岳へ帰つておくれ。愚図々々吐すと、日の出神の生宮が承知を致さぬぞや』
『この杢助は最早お前さまの副守になつてしまつた。お前さまは何時も口からものを言はず、ものを尻で聞いたり人の言葉尻を取り、尻でもの言ふから、屁理屈ばつかりだ。鼻持ならぬ匂がする。何程三五教でも尻の締りがなければヤツパリ穴有り教ぢや。終局には気張り糞を放つて、この通り四つ足に還元してしまふ。早く杢助の肉体から退かぬかいなア。杢助は大変な御迷惑様だ。アツハヽヽヽヽ』
と自ら可笑しさを耐へ、忍び笑ひに笑ひ、体中に波を打たせて居る。
『なんだ。低い所から声が出ると思へば、暗がりで分らなかつたが、お前さま失礼な寝て話をすると云ふ事があるものか、チト失敬ぢやないか』
『霊界物語でさへも、寝て足を上げたり、下したりして言ふぢやないか。お前さま位な四つ足に話すのは寝とつて結構だよ』
『到頭変性女子の四つ足の守護神が現はれましたなア。早く改心をなさらぬと、頭を下にし足を上にして、ノタクラねばならぬ事が出来致すぞよと、大神様のお筆にチヤンと誡めてあります。鼻を撮まれても分らぬほど身魂が曇つて居るものだから、お前さまは天と地と間違へて居るのではなからうか。どうやら足が天井の方を向いて居るぢやないか』
 国依別は、
『アーア、悪性な守護神を連れて来て私に憑すものだから、段々足が上へあがり頭が下になつてしまひ、手で歩かねばならぬやうになつて来たぞよ』
と云ひながら逆立になり、両の手で座敷を歩いて見せた。七手ばかり歩いた途端に、体の中心を失つて、高姫の頭の上へドスンと倒れた。
『コレコレ杢助さま、妾にはそんな守護神は居りませぬぞえ。日の出神様に、何時までもそんな巫山戯た態をなさると承知なさらぬぞ。あゝモウ駄目だな。初稚姫さまも玉能姫さまも逃げて行かつしやる筈だワイ。わしも鷹鳥山を断念し、此処迄来るは来たものの、こんな悲惨な幕を目撃しては、帰りもならず、居る事も出来ず、困つた事だ。ドレこれから神様に御願して助けてやつて貰はう。仕方がない』
 国依別は、
『不言実行だよ。高姫さま』
とからかふ所へ、手燭を左の手に持ち、ノソリノソリとやつて来た真正の杢助、
『ヤアお前は鷹鳥姫によく似た化物だなア。此処にも一人、お前の分霊が倒れて居る。ヤアもうこの頃は沢山の狐が人間の皮を被つて、杢助を誤魔化しに出て来よるので油断も隙もあつたものでない』
『ヤアお前さまは本当の杢助さま。どうしてござつた』
『どうしてもござらぬ。最前から闇に紛れて、四つ足同志の珍妙な芸当を拝見致して居つたのだ。何でもタカとか鳶とか、クモとか国とか云ふ怪体な代物が、断りもなく杢助の身魂や住家を蹂躙し、エライ曲芸を演じて居つた。まるでこの化物は鷹鳥山の鷹鳥姫に似たやうな脱線振りを、遺憾なく発揮しよるワイ。アツハヽヽヽヽ』
 国依別は、
『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ』
と笑ひながらムツクと起き、ワザとカンテラの前に顔を突き出し、鷹鳥姫に俺の首実験せよと言はぬばかりにさらけ出した。
『何ぢや。お前は国依別の理屈言ひの宣伝使ぢやないか。みつともない、四つ足の真似をしたり………チツト慎みなさい。モシモシ杢助さま、これでも分りませうがなア。サツパリ正体が現はれて、御覧の通り本当に悲惨なものでございますワイ。こんな精神病者を、お前さまもお預りなさつて、大抵のこつちやございますまい』
杢助『今の今迄何ともなかつたのですが、お前さまが持つて来た……否お前さまの執着とか名のついた副守護神が憑つたのですよ。アヽ、どうやら、私も変になつて来た。体中にウザウザと毛が生えるやうな気分が致しますワイ』
国依別『杢助さま、国もどうやら茶色の毛が生え出して来ました。風邪を引いたのか、俄に腹の中でコンコンと咳をして居ます。今晩と云ふ今晩は実に不思議な宵ですな』
『なんとお前さま達は、これほど神界が御多忙なのに、気楽な洒落をなさつて日を送りなさるのは、チツト了簡が違やしませぬか。利己主義の守護神が極端に発動して居りますなア、妾の守護神が憑依したなんて、ヘンようおつしやりますワイ。これから日の出神様が御神力を現はして見せませうか。そこらが眩うて目もあけて居られぬやうになりますぜ』
 杢助は笑ひながら、
『「何を言つても、私は折角呑み込んだ二つの玉を、杢助の娘のお初に叩き出されてしまつたものだから、サツパリ腰は抜け、鷹鳥山もサツパリ駄目になり、これから何処へ迂路ついて行かうか。若彦は姿を隠すなり、せめて杢助さま宅へでも往つて……この間はエライ御世話になりました……と御礼をきつかけに、何とかよい智慧を借りたいものぢやと、ノコノコやつて来て見れば杢助さまはござらつしやらず、理屈言ひの捏廻し上手の国依別が人を嘲弄しやがる。エーこの上はどうしたらよからうかなア。アンアンアン」……かう云ふ声は杢助の言葉ではござらぬ。鷹鳥姫の薄志弱行と名の付いた守護神が、私にこんな事を囁かすのだ。早くこの守護神を放り出し、自分もこの館を放り出て、どこかへお道のために行つて貰ひたいものだ。杢助も大変に迷惑だ。アツハヽヽヽ』
 高姫はしばらく腕を組み、首を頻りに振り、思案に沈む。国依別は、
『あの高姫さまの心配さうな顔、どうしたら元の通りになるだらう。………オウ分つた、あの玉の在処を知らしてやりさへすれば、元の日の出神の生宮で威張れるだらう、さうすりやキツト全快するに定つて居る。ヤツパリ言ふまいかなア。また呑まれ、今迄のやうに噪がれると困る、当るべからざる万丈の気焔を吐かれると、側へも寄りつけないやうになるから……』
『何、宝珠の行方を、お前知つて居るのかい』
『知つて居らいでかい、国さまだもの』
『そんならお前が妾を困らさうと思つて隠したのだなア。油断のならぬ男だ。サア杢助さま、蛙は口からわれと吾手に白状しました。締木に懸けても言はしめて、玉の在処を探して見ませうかい』
杢助『サアどうだかなア。大方蒟蒻玉か何ぞと間違つて居るのだらう。それが違うたら瓢六玉か、狸の睾玉位なものだ。アツハヽヽヽ』
国依別『ナアニ杢助さま、本当に玉の在処を発見したのですよ。これから私がコツソリとその玉を拾ひあげ、高姫さまぢやないが、腹へ呑み込んで、一つ大日の出神となる心算だ………オツト失敗つた。高姫さまの居る所で言ふぢやなかつたに………秘密が暴露したワイ、アハヽヽヽ』
『神政成就の御宝、一日も早く現はして御用に立てねばなりますまい。三五教は日に日に衰へて行くぢやありませぬか』
『ヤツパリ国の夢やつたかいな………イヤイヤ夢ではない、現実だ。しかし高姫さまの前では夢にしとかうかい。鷹鳥姫が忽ち玉取姫に早変りすると、折角発見した私の功績が無になる。言依別の神様に御褒めの言葉を戴き、それから三五教の総務になつて、日の出神の生宮を腮で使ふと云ふ段取だ。高姫さま、お気の毒ながら時世時節と諦めて下さい。あゝこんな愉快な事があらうか』
『本当にあるのなら、二つの玉を、一つお前に上げるから、一つは妾に手柄を譲つて下さい。別に呑み込んでしまふのぢやないから………』
『何でも呑み込みのよいお前さまだから剣呑なものだ。それなら一つ相談をしよう。紫の玉はお前さまが預るとして、私は金剛不壊の如意宝珠を預かる事にしよう。それさへ決定れば、何時でも知らしてあげる』
『そりやチツト虫がよすぎる。金剛不壊の如意宝珠は、永らく妾の腹の中に鎮座ましました宝玉だ。謂はば妾の生御魂も同然だ。お前さまは紫の玉で辛抱しなさい』
『滅相な、鷹鳥姫がアルプス教の御本尊として居た位な紫の玉は、如意宝珠に比べては余程劣つて居る。身魂相応だから、お前さまが紫の玉だ。私は何と云つても如意宝珠を取るのだから、さう覚悟しなさい』
『エー訳の分からぬ男だなア。モウかうなる以上は何と云つても承知せぬ。奴盗人奴が、サア引摺つて往つてでも在処を白状させる』
『世界見え透く日の出神さまの生宮が、私のやうな人間を連れて行かねば、玉の在処が知れぬとは、実に気の毒なものだなア』
『妾の悪口を言ふのなら辛抱もするが、畏れ多い、日の出神様の悪口まで言ひよつたなア、サアもう了簡ならぬ』
といきなり胸倉をグツと取つて締めつける。国依別は、
『何ツ、猪口才な高姫の奴』
とまた胸倉を取り、両方から睨み合つて、真赤な顔を膨らして居る。杢助は、
『コレ高姫さま、国依別さま、お鎮まりなさい。同じ三五教の宝、誰が手に入れても同じ事ぢやないか』
高姫『イエ、こんな奴に如意宝珠の玉を弄らさうものなら、それこそ穢れてしまひます。どうしてもかうしても、一歩譲つて紫の玉だけは発見した褒美としてなぶらしてやるが、仮令天が地になり地が天となつても、如意宝珠ばかりは、こんな奴に持たして堪らうか……』
国依別『ナアニ発見主は俺だ。先取権があるのだから、グヅグヅ云ふと、二つながら俺が預るのだ』
『何ツ、玉盗人の分際として広言を吐くか』
と高姫は組んづ組まれつ、座敷中をのたうち廻り、終局には金切声を張上げて、汗みどろになつて大活動を始めて居る。杢助は、
『コラコラ国依別さま、お前、本当にその玉の在処を知つて居るのか』
『ナアニ発見したら……と云ふ話です。夢にでも見たら俺が見つけたのぢやから、如意宝珠の玉を俺が預ると云つたばかりです。まだ皆目在処は分らぬのです、アツハヽヽヽ、あまり一生懸命で嘘が真実になつてしまつた。アツハヽヽヽ』
『何ツ、お前嘘を云つたのか。なアんの事だいな。あーア、要らぬ苦労をやらされてしまつた。そこらが茨掻だらけだがな』
杢助『アツハヽヽヽ、また執着と云ふ魔が憑いて、面白い演芸を無料観覧させてくれたものだな、アツハヽヽヽヽ』
と腹を抱へて笑ふ。

(大正一一・五・二八 旧五・二 松村真澄録)



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