出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語22-3-91922/05如意宝珠酉 清泉王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
鷹鳥山
あらすじ
 高姫は玉を失った苦しさに、聖地を出て、鷹鳥山に三五教の教場を開き、鷹鳥姫となり、多くの信者を集めていた。
 カナンボールとスマートボールは鷹鳥姫をバラモン教に帰順させるため、清泉に水を汲みに来る鷹鳥姫の部下の玉能姫を捕まえようと企む。
 清泉には三人の美人(白狐の変化)が来ていたが、どれが玉能姫か判らない。スマートボールの顔には、カナンボールによって墨が塗られていたので三人の女は笑う。スマートボールが清泉で顔を洗うと、泉は真っ黒となり、それに浸かったものは真っ黒になる。それから、女達は消えた。
 カナンボールとスマートボールは喧嘩になり、清泉の中で転げまわって真っ黒になる。そこへ、熊公、蜂公、金公、銀公、鉄公がやって来た。金公、銀公、鉄公は、清泉の中で動いている人物を見て、「玉能姫がはまったので助けよう」と思い、泉に飛び込んだ。
 三人の女が現れ、金公、銀公、鉄公に礼を言い、顔の墨を流して白くした。女達と金公、銀公、鉄公は手を取り合い、鷹鳥山の頂上に向って行く。
名称
カナンボール 金助 銀公 熊公 スマートボール 鉄公 蜂公 女神 女神(1)? 女神(2)? 女神(3)?
旭 天津御神 厳の御霊 お玉 鬼熊別 鬼雲彦 黒姫 神素盞鳴大神 高倉 鷹鳥姫! 高姫 鷹依姫 玉能姫 大自在天 月日 転公 天地の神 英子姫 白狐 曲神 真黒黒助 ムカデ姫 八岐大蛇 悦子姫
アルプス教 裏坂の椿谷 大江山 鬼ケ城山 黄金の玉 金剛不壊 鷹鳥山 高春山 錦の宮 如意宝珠 バラモン教 再度山 魔谷ケ岳 三国ケ岳 五六七の神世 紫の玉 四尾山 六甲山 桶伏山
 
本文    文字数=23631

第九章 清泉〔七〇一〕

 天津御神の賜ひてし  生言霊の一二三
 四尾の峰の山麓に  厳の御霊と現はれて
 五六七の神世を造らむと  神素盞嗚の大神が
 生の御子と現れませる  八人乙女のその中に
 秀でて貴き英子姫  悦子の姫と諸共に
 錦の宮の九十  百千万の神策を
 幾億年の末までも  堅磐常磐に固めむと
 天津御神の神言もて  金剛不壊の如意宝珠
 黄金の玉や紫の  貴の宝を永久に
 秘め隠したる桶伏の  山の岩戸を何時しかに
 開きて茲に黒姫や  胸の動悸も高姫が
 玉失ひし苦しさに  天地の神に言解の
 言葉もなくなく高姫は  千々に心を砕きつつ
 夜に紛れて四尾の  山の麓を出立し
 六甲山の峰続き  蜈蚣の姫の一族が
 立籠りたる魔谷ケ岳  玉の行方は分らねど
 執念深き曲神の  八岐大蛇の計画と
 早合点の高姫は  鷹鳥山に小やけき
 庵を結び夜も昼も  鷹鳥ならぬ隼や
 鵜の目に隙を窺ひつ  水も洩らさぬ三五の
 教をここに経となし  緯さしならぬ身の破目を
 押開かむと村肝の  心に包み岩が根に
 二三の信徒伴ひて  時を待つこそ忌々しけれ。

 春の陽気も漂うて、山桜の此処彼処、お多福面ではなけれども、花より葉が前に出る、谷路伝うてスタスタと登り来る二人の男、山桜の古木の根元に腰打ち掛け、竹の子笠を大地に投げ棄てヒソビソ話に耽る。
甲『この通り四方の山々新装をこらし、春の英気を含んで、木々の木の芽は時々刻々に際限もなく新芽を吹き出し、常世の春を寿ぎ、花は笑ひ、鳥は歌ひ、実に何とも云へぬ気分になつて来た。しかしながら吾々の奉ずるバラモン教も、一時は大江山の鬼雲彦さまが鬼ケ城山の鬼熊別と南北相呼応して、遠近を風靡さした隆盛に引き替へ、今日のバラモン教は恰度冬が来たやうなものだなア。吾々は三国ケ岳の砦を三五教のために取り毀たれてより、一旦本国へ帰り、時を待つて捲土重来せむものと、蜈蚣姫様に幾度諫言を試みたか知れなかつたが、どうしてもお聞きなさらず、またもやアルプス教の鷹依姫と共に、大自在天様の御威徳を発揮せむと主張し、この魔谷ケ岳にお越しになつてから早三月も経つた。しかしながら高春山の没落以来影響を受け、折角集まつて来た信者も、日向の氷の如く、日に日に消滅の運命を繰返し、吾々の知つた事か何ぞのやうに蜈蚣姫の御大将の不機嫌、日夜の八当り、実に困つたものぢやないか。今日は何とか一つお土産を持つて帰らねば、あの難かしい顔が元の鞘に納まらない、何とか良い名案はあるまいかなア』
乙『名案と云つて、吾々の智嚢の底を搾り切つた上の事だから、モウこの上逆様に振つても虱一匹産出……否落ちて来る気遣ひがない。要するに非常手段を用ゐるより方法はあるまいよ。鷹鳥山の鷹鳥姫は相当な年増で、蜈蚣姫と同じやうな年輩だが、まだ此方へ現はれてから幾らにもならぬのに大変な勢だ。何時も四つ時からかけて鷹鳥山の岩の根に道を説く鷹鳥姫の庵に通ふ老若男女は非常なものだ。何でも鷹鳥姫は紫の玉、金剛不壊の宝珠を腹に呑み込んで居ると云ふ事だから、一つ彼奴を直接行動で何々してしまへば、後はバラモン教の天下だ。それに就て、彼が股肱と頼む玉能姫と云ふ頗る美人が居る。先づその女から巧妙く説きつけて、此方のものにしさへすれば、鷹鳥姫に接近の機会を得ると云ふものだ。大樹を伐る者は先ずその枝を伐る……』
『将を射むとする者は先づその馬を射ると云ふ筆法だな。しかしさうウマく計画通りに行くだらうか。当事と牛のおもがひは向ふから外れると云つて、実に不安心なものだ』
『その玉能姫は何時も谷川に水を汲みにやつて来るさうだ。表口へ廻れば沢山の参詣者だから、到底目的は達し得なからうが、玉能姫は裏坂の椿谷の清泉に何時も下り立ち、霊泉を汲みに来ると云ふ事を探知して居るのだ。あの水は何でも非常な薬品を含んで居る。それを御神水だと云つて、鷹鳥姫が数多の者に与へるので、凡ての病気は奇妙に全快するさうだ。これを鷹鳥姫の奴、御神力だと称し、股肱の臣たる玉能姫にソツと汲ませ、神前に供へさせて置くさうだ。第一玉能姫を巧妙く此方の手に入れて、その上で本城へ駆け向へば、成功疑なしだよ。サア清泉まで僅か二三丁だ。早く行かう』
とカナンボール、スマートボールの両人は、崎嶇たる谷道を笠を手にしながら、チクチクと登り行く。
 カナン、スマートの両人は鷹鳥山の清泉に漸く辿り着いた。急坂を太き竹製の手桶を両手に提げ、背恰好、容貌、寸分違はぬ三人の女、ニコニコしながら二人の前に現はれ来り、
甲女『あなたは、バラモン教のカナンさまでせう』
カナン『御察しの通りカナンです。此奴ア、スマートと云つて、私の乾児です。どうぞこの面をよくお目に止められまして、お忘れなきやうに……』
『ホツホヽヽヽ、忘れようと云つたつて、そのお顔がどうして忘れられませう』
スマート『オイ、カナン、一目見てさへ、かう云ふ美人が忘れられぬと云ふのだから、大した者だらう』
『ホヽヽヽヽ』
と腹を抱へて女は蹲む。
スマ『コレコレお女中さま、何をお笑ひなさる。どつか私の顔に特徴がありますか……どつかお気に入つた所がございますかなア』
カナン『オイ、スマート、貴様は余程良い馬鹿だなア。一寸水鏡に照らして見よ。随分立派な顔だぞ』
 三人の女は、一度に臍を抱へて笑ひ倒ける。
『ハテナ』
と不審そうにスマートは清泉に顔を照らし眺めようとする。見られては大変と言はぬばかりに、カナンは手頃の石を拾ふより早く泉の中へ投げ込んだ。忽ち波立ち、スマートの顔は細く長く横に平たく、前後左右に随意活動、伸縮自在、真黒けの姿が映る。
スマート『何だかチツとも見えないワ。この泉には黒ん坊の霊が浮いて居るぢやないか』
カナン『アハヽヽヽ、俺も可笑しうてカナンワイ、のうスマート』
とまた笑ふ。三人の女は益々笑ひ倒ける。スマートは合点行かず、波の静まつたのを見定め、またもや覗きかける。カナンは石を投げ込む。スマートは、
『馬鹿にするない。何故水鏡を見ようと思ふのに、邪魔をするのだ』
『貴様の顔を貴様が見ると、俺も一寸カナン事があるのだよ。アハヽヽヽ、随分黒う人だなア』
『何だか俺の顔は今朝から鬱陶敷て仕方がない。スマートな気がせないよ。実際はどうなつたのか』
『お目出度い奴だ。蜈蚣姫さまが何方へ向いとるか分らぬやうにと、墨を塗つて置かしやつたのだ。貴様の顔一面墨だらけだよ。俺は面黒くてカナンボールだ』
『そりや大変だ。スマートも一つ此処で手水を使はうかなア』
『イヤイヤそんな事しようものなら大変だぞ。貴様は注意が足らぬので、三国ケ岳で玉の在処をお玉の方に知らした奴だと蜈蚣姫さまに睨まれて居るのだ。大変な恥辱を与へよつた……蜈蚣姫の顔に墨を塗りやがつたから、あの玉を奪り返すまではスマートの顔に墨を塗つて置くのだから……と云つてな、貴様が酒に喰ひ酔うて寝てる間に、ペツタリコと左官屋を遊ばしたのだ』
『そりや余り殺生ぢやないか。かう云ふナイスにそんな面を見られては堪らない。スマートはあんな黒い奴だと、三人女の印象に何時までも残つちや堪らない。一つ墨を洗ひ落して、好男子振りを認めて置いて貰はぬと詮らぬからなア』
と無理矢理に水を掬ひ、顔の垢を落す。どうしたものか、さしもに清冽なる泉は墨を流した如く真黒になつてしまつた。三人の女は、
『あれ、マアどうしませう』
と顔をかくす。スマートはスツカリと墨を落した。生れ付きの好男子である。
スマート『オイ、カナン、俺の顔を塗りよつたのは、蜈蚣姫さまぢやなからう。貴様は怪体な御面相だから、俺と一緒に歩くと目立つと思つて悪戯をしたのだらう』
カナン『マアどうでも好いワ。すべて神の道に在る者は、犠牲的精神が肝腎だから、誰がしたにもせよ、俺がした事にして置けば良いのだよ』
『ともかく、三人のお方、貴女は玉能姫さまとか云ふ方ぢやありませぬか。どうぞスマートを鷹鳥山へ連れて往つて下さいますまいかな』
甲女『ホヽヽヽヽ、あなたのやうな瓜実顔を連れて帰らうものなら、青物屋と間違へられますわ。カナンさまの南瓜顔、どうぞそればかりは勘忍へて頂戴な』
カナン『オイ女、南瓜とは何だ。瓜実顔とは何ぢや。馬鹿にするない。八百屋ぢやあるまいし、サアもうかうなつた以上は、否でも応でも、魔谷ケ岳へ担げて帰る。覚悟をせい』
乙女『誰が汚らはしい。お前のやうなヒヨツトコに担がれて行く者がありますかい』
スマート『ますます貴様は七尺の男子を、馬鹿にするのだな。こりや、俺を誰様と心得て居る。バラモン教の蜈蚣姫が左守の神と聞えたる、スマートさまぢやぞ。かう見えても何から何まで、知らぬ事のないチヤアチヤアだ。玉能姫、覚悟をせい』
甲女『本当の玉能姫が……それだけよく分るお前さまなら……どれだか当てて御覧……』
スマート『一人は玉能姫、二人はお化けだよ』
甲女『どれがお化けで、どれが本物ですか』
『オイ、カナン、此奴三人共引括つて伴れて帰らう。どれがどうだか余りよう化けて居よつて、見当が取れぬぢやないか』
『さうだなア。しかしかう云ふ美人を担いで帰ぬと、途中でまた魔がさし、中途でボツたくられると困るから、幸ひこの泉の水を塗り付け、真黒けにして帰らうかい。宅へ帰つて軽石や曹達で擦れば、現在のやうな綺麗な面になるのだからのう……オイ女、此処へ来い。一つお黒いを塗つてやらう』
 三人の女一度に、
『ホツホヽヽヽ』
と笑ひこける途端に、シユウシユウと立ち昇る白煙、忽ち四辺を包んでしまつた。二人は息も詰るやうな苦しさにその場にパタリと倒れた。三人の女は真黒の水を手桶に掬ひ、二人の顔から手足一面に注いだ。両人は焼木杭のやうな色になつて、その側に倒れたまま気絶して居る。三人の女は、
『旭さま……月日さま……ヤア高倉さま……さア帰りませう』
と互に白狐と還元し、魔谷ケ岳の蜈蚣姫が館を指して進み行く。
 此処へ上つて来たバラモン教の部下四五人、
甲『オイ、スマートにカナンの大将は、この鷹鳥山の庵へ進むべく、教主の命を奉じて登つた筈だが、どうなつただらう。最早日も暮れかかつて居る。何とか便りがありさうなものだなア』
乙『折角働いて、これから休まして貰はうと思つて居るのに、大将が帰りが遅いものだから、こんな危険区域へ派遣されて、堪つたものぢやない。この山は随分恐ろしい化物の出る所ぢやから、迂濶して居ると、またこの間のやうに真黒黒助の怪物が出て、目玉を剔り抜かれるか知れやしないぞ。転公は目玉を抜かれたきり、たうとうあの通り不自由な盲目となつてしまつた』
甲『なアに、あれは黒ン坊の化もんぢやない。この森林を暗がり紛れに歩きやがつて、松の枯枝に目玉を突当て飛び出たのだ。目を突くが最後其辺が見えなくなつたものだから、黒ン坊の化物が目を剔つたなどと云つてるのだ。用心せないと、どんな目に遇ふかも知れないぞ』
乙『イヤイヤ、松の木ぢやない。本当に黒ン坊が出たさうだ。用心せよ。そろそろ暮れかかつたからなア』
と云ひながら登つて来る。カナンはフト気が付き見れば、赤裸にしられた真黒の男が傍に横たはつて居る。
『オイ、スマート、何処へ往つた。早く来てくれ。この間転公の目を抜きよつた黒ン坊の化物が、茲に一匹横たはつて居よるワイ。オーイ、早よ来ぬかい』
 スマートはこの声にムクムクと動き出した。
『ヤア、お前の声はカナンぢやないか』
『オウさうだ。貴様は化物だらう。また目をとらうと思つて出よつたのだらう。その手は喰はぬぞ』
『貴様こそカナンに化けた黒ン坊だ。俺が了簡せぬのだ。覚悟せい』
と足許のガラガラした石を拾つて投げつける。カナンもまた石を拾つて投げつける。双方より石合戦の真最中、
『アイタヽヽ』
『アイタヽヽ』
と云ひながら大格闘を始め、真黒けに濁つた清泉の中へ組んづ組まれつ、ドブンと落込んだ。薄暗がりに上つて来た五人の男、
甲『オイ、何だか妙な音がしたぢやないか』
乙『さうだなア。一つ調べて見ようか。何でもこの辺には鷹鳥姫の庵に仕へて居る、玉能姫と云ふ美人が、チヨコチヨコ現はれるさうだから、ヒヨツとしたら、水汲みに来やがつて薄暗がりに過つて、ドンブリコとやつたのかも知れないぞ。蜈蚣姫さまが彼奴さへ手に入れば、後はどうでもなるとおつしやつて、カナン、スマートの大将に言ひつけてござる位だから、俺達が手柄をして彼奴等の上役にならうぢやないか。この清泉へ今頃に水汲みに来る奴は、玉能姫より外にありやせぬぞ』
丙『オイ、愚図々々云つて居ると、水を呑んで死んでしまつたら何にもならぬぢやないか。サア早く助けてやらう』
と清泉の傍に五人は探り探り立ち寄つた。余り深くない泉の中、二人の黒ン坊は組んづ組まれつ無言のまま掴み合うて居る。黒さは益々黒く、腸まで浸み込んでしまつた。
甲『コレコレ、玉能姫さま、お危ないこつてございました。サア私が助けてあげませう。余り暗くつて一寸も分らぬ。それにお前さま黒い着物を着て居るものだからサツパリ見当が付かぬ。私の声のする方へお出でなさい』
 横幅三間縦五六間の泉の中で、バサバサと一生懸命に格闘して居る。黒い水は両人の耳の穴に吸収され、知らぬ間に聾になつて居る。目玉まで真黒け、一寸先も見えなくなつてしまつた。
乙『オイ、玉能姫にしてはチツと様子が違ふぢやないか』
甲『何、何時も三人同じやうな別嬪が此泉へ現はれると云ふ事だ。大方一人陥つたので二人が助ける積りで飛び込んで居るのだらう。同じ人を助けるのにも、あゝ云ふ美人を助けるのは気分が良い。……「どこのお方か知りませぬが、大切な生命をお拾ひ下さいまして、この御恩は忘れませぬ」……とかなんとか言つて、俺達に秋波を送るのは請合だ。三人の女を三人寄つて助ける事にしよう。皆同じ別嬪だから、甲乙がなくて後の争論も起らず、大変都合が好い。……オイ、熊、蜂、貴様は其処に番ついて居れ。吾々三人が功名手柄をするのだから……』
と囁いて居る。黒い影はビシヤン、バシヤンと相変らず向ふの方で水煙を立てながら格闘を続けて居る。清泉の真黒けになつた事は、薄暗がりで少しも五人には気が付かなかつた。甲は真裸となつて救い出さむと飛び込んだ。乙丙も吾劣らじと飛び込み、
『コレコレお女中、玉能姫さま、私が助けてあげませう』
と進み行く。此奴も真黒けになり、三人共盲聾の真黒けの体に変じ、五人は互に同志打を始めて居る。夜は追々と暗の帳が深く下りて来た。熊公は、
『オイ蜂、コラ一体どうなるのだらうなア。オイ、金公、銀公、鉄、何してるのだ。玉能姫はどうなつたのだ。良い加減に上つて来ぬか。温泉か何ぞへ這入つたやうに気楽さうに泉の中で意茶付いとるのだな。……オイ早くあがらぬかい』
と呼べど叫べど、盲聾の真黒黒助には少しも分らず、遂には甲乙丙の区別を取違へ、一生懸命に格闘して居る。この時以前の女神またもやパツとこの場に現はれた。さうしてアークライトのやうな光は頭上に輝いて来た。五人の目は、始めてボーツと明りが見えて来出した。
カナン『ヤア此奴あ失策つた。何時の間にか美人がまたやつて来よつた。オイ、スマート、こんな所で喧嘩をして居る時ぢやない。何だ、貴様の姿は真黒けぢやないか。矢張りスマートぢやなからう。化衆ぢやなア』
スマート『貴様はカナンの声を使つて、馬鹿にするな。……コリヤ女、俺達をこんな所へ落しよつて、高所で見物すると云ふ事があるかい』
 金、銀、鉄の三人も女神の姿に驚いて俄に這ひあがつた。
甲女『危い所をお助け下さいまして、お蔭で助かりました。この御恩は決して忘れませぬ』
金『ハイハイ、滅相もない。しかし何時お上りになりました。私は貴女をお助けしたいと思うて、この通り飛び込み大活動を致して居りました。……それはまア結構でした。しかし御礼を言はれるのはチツと不思議だ。救ひ上げた覚えがないのだから』
乙女『銀さまとやら、あなたは妾を救うて下さつた御恩人ですよ』
丙女『鉄さま、よう助けて下さつた』
鉄『へー、有難う……ナニ、滅相な、何方を言つて良いか訳が分らぬやうになつて来たワイ、助けてあげたやうにも思ふし、助けてあげないやうにも思ふし、……こりやマア、どうなつたのだらう』
甲女『金さま、お前さまは、何とした黒い姿にならしやつたのだ。妾、残念でございます』
 金助始めて気が付き体を見れば、空地なきまで墨の化物のやうになつて居る。銀、鉄はと見れば、これも真黒黒助。
金『ヤア、この光に照らし見れば、誰も彼も何故かう黒くなつたのだらう』
甲女『妾の生命の御恩人、金さま、銀さま、鉄さま、どうぞ此方へ来て下さい。妾が拭き取つてあげませう』
と雪のやうな手を延べ、四辺の草をむしつて牛馬の行水でもさせるやうに、カサカサと擦り始めた。金、銀、鉄の三人は、元の黒ン坊が黄疸を病んだやうな肌、忽ち純白色となつてしまつた。
乙女『ホツホヽヽヽ、綺麗だこと。三人さま、一寸御覧なさいませ。玉子のやうな綺麗な肌付におなりなさいました』
 三人はフト自分の体を見て、純白色に変じて居るのに且驚き且喜び、天にも昇る心地して、思はず手を拍ち飛び上つた。三人の女は美はしき衣を各々取り出し、金、銀、鉄の三人に着せた。何とも云へぬ立派な好男子になつてしまつた。カナン、スマートは真黒けに染つたまま恨めしさうに眺めて居る。
甲女『スマートさま、カナンさま、随分お黒うおなりやしたネー。妾はかうして三人の美しき殿御を持ちました。羨りい事はございませぬか』
と嬉しさうに手を取つて、
『サア、金さま、銀さま、鉄さま、かう舞ふのだよ。妾とダンスを致しませう』
と三男三女は手を握つてキリキリと舞うて見せる。二人は這ひあがり、指を啣へて、
カナン『アーア、夢かいな。夢なれば結構だが、こんな真黒けになつてしまつては、宅へ帰つて嬶アにだつて追払はれてしまふワ』
熊、蜂『オイ金、銀、鉄、貴様等は三人の美人を助けて、そんな陽気な事をしやがつて俺達を馬鹿にするのか。チツと俺にも分配したらどうだ』
金『生憎三人の美人だから、パンか何かのやうに割つて与へる訳にも行かず、まあ時節を待つのだなア。カナンにスマートの御大将でさへも、あの通り黒ン坊になつてしまつたのだから、その事を思へば貴様はまだ元の生地のまま保留されて居るのだから、せめてもの喜悦として、グヅグヅ言はぬが得だらう。俺はこれからこのナイスと共に鷹鳥山に立向ひ、鷹鳥姫様にお目にかかつて、御馳走に預かつて来る。まアゆつくり黒い水でも飲んで、俺達の凱旋祝の準備でもして居てくれ。カナン、スマートの御大将、アリヨース。サアサア三人の御姫さま、こんな所で黒ン坊を眺めてゐても殺風景です。どつかへ転地療養と出かけませうか』
甲女『新婚旅行と洒落て、これから鷹鳥山、再度山、魔谷ケ岳、六甲山と、天然都会を漫遊致しませう』
カナン『オイ、金公、待たぬかい』
と呶鳴つて居る。忽ちアーク灯のやうな光はブスツと消えた。六つの白い姿は闇に浮いたやうに山上目蒐けて薄れ行く。

(大正一一・五・二六 旧四・三〇 松村真澄録)



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