出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語21-4-171922/05如意宝珠申 酒の息王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
高春山の岩窟
あらすじ
 アルプス教の仮本山、高春山の岩窟では、鷹依姫がテーリスタンとカーリンスに向って「酒をやめるよう」に言っている。二人は教主の鷹依姫を批判し、「高春山も三五教に攻撃されて終りだ」と自棄酒をあおっている。
 そこへお初がやって来て、「彼らを杢助の子分にする」と言う。二人は、子分になることを決心して、高姫と黒姫を岩窟から解放しようとする。
名称
お初 カーリンス 鷹依姫 テーリスタン
黒姫 高姫 大自在天大国別命 杢助
天の森 アルプス教 大谷山 高春山 二〇三高地 バラモン教 飛行船 文化生活 紫の玉 湯谷ケ嶽
 
本文    文字数=10612

第一七章 酒の息〔六九一〕

 アルプス教の仮本山と聞えたる、高春山の山巓の岩窟に数多の部下を集めて、大自在天大国別命の神業を恢興せむと、捻鉢巻の大車輪、心胆を練つて時を待ち居るアルプス教の教主鷹依姫は、額の小皺を撫でながら、長煙管をポンとはたき、股肱の臣なるテーリスタン、カーリンスの二人を膝近く招き、口角泡をにじませながら、
『これテーリスタン、カーリンスの二人、お前も好い加減に酒をやめたらどうだえ。どうやら大切なアルプス教の秘密書類を紛失してから、廻り廻りて三五教の手に入つて居るやうな感じがして仕方がない。何程要害堅固に固めて居つても、あの地図を見られたが最後、この本山は没落するより仕方がない。こんな危険な場合に何時迄も酒ばかり飲んで、管を巻いて居る時ぢやありますまい。チツトしつかりして下さらぬとこの城が維持ませぬぞえ』
 テーリスタンはヅブ六に酔ひ、巻き舌になつて、
『そんな事に抜目のあるやうなテーリスタンとは、ヘン、チツト違ひますワイ。あんまり天下の勇士を安く買つて下さるまいかい。私も張り合ひがござらぬワ、なア、カーリンス』
『オーさうともさうとも、年老りの冷水と云つてナ、冷水をあびせ掛けられると、折角酔うた酒までが醒めてしまふワ。俺達が酒を呑むのは酔うて管を巻き、浩然の気を養ふためだ。このきつい山坂を日に何回となく、上つたり下つたり耐つたものぢやない。偶高姫が乗つて来た飛行船を占領し、ブウブウとやつたと思へば深霧のために方向を失ひ、大谷山の横つ面に打つ付けて割つてしまひ、その時にアタ怪体の悪い、大切な肱を折り、漸く今旧のものになりかけた所だ。それでも時々物を云ひよつて、冷たい朝になるとヅキヅキと痛むのだ。これだけ命を的にアルプス教のために活動して居るのだ。酒の一杯や二杯飲んだつて、それがナナ何だい。鷹依姫の御大将、人の頭に成らうと思へば、マチツト大きな心にならつしやい。イチヤイチヤ云ふと誰も彼も愛想を尽かして、遁げてしまふぢやないか、ナア、テーリスタン』
『お前達はそれだから酒を飲ますと困るのよ。酒位はチツトも惜くはないが、後が八釜敷いので困ると云ふのだ。今にも三五教へ首を突込んだとか云ふ、豪傑の杢助でもやつて来たら、それこそ大変ぢやないか』
『何、そんな心配がいりますか。それは老婆心と云ふものだ。まだ大将は中婆さんだから、中婆心位な所で止めて置いてくれるといいのだけれど、余り深案じをなさるから、却つて計画に齟齬を来し、鶍の嘴ほどすることなす事が食違ふのだ。杢助だらうが雲助だらうが、あんなものが五打や十打束になつて来たつて何が恐いのだ。そんな事で天下万民をバラモン教乃至アルプス教へ、入信させて救ふ事が出来るものか』
『お前達は今日にかぎつて、何時もの謹厳にも似ず、教主の私に、反抗的態度をとるのかい』
『別に反抗も服従もありませぬワイ。心の欲するままに酒が言はせて居るのだ。「辛抱してくれ酒が言ふのぢや女房共」と云ふ冠句を何処やらで聴いた事がある。決して肉体が言つて居るのぢやありませぬよ。酒が云ふのですから酒を叱つて下さい。酒と云ふものは好いもの……悪う……ヤツパリないものだ。アヽ、サーサ浮いたり浮いたり、瓢箪ばかりが浮き物か、俺達の心も浮物だ。三ぷん五厘に浮世を暮し、浮世トンボの楽天主義、これでなければ人間は長命は出来ないなア。お婆アさま、そんな小六ケ敷い顔をせずと、チツトはお前さまも酒でも飲んで、雪隠の洪水では無いが糞浮になつて見たらどうだいなア』
 鷹依姫は面を膨らし、一生懸命に二人を睨め付けて、
『お前達二人はこの大勢の団体を、統率して行かねばならぬ役目でありながら、何といふ不心得の事だえ。お前達はアルプス教の教主を軽蔑するのかナ』
『どうでバラモン教の脱走組だから、支店や受け売か或は意匠登録権侵害教だ、何処に尊敬する価値がありますかい。今迄は猫を被つて居つたが、肝腎の紫の玉は高姫に呑んでしまはれ、黒姫と高姫は中々豪のものだから、針の穴からでも、出ようと思へば出るといふ魔力のある奴だ。彼奴がアーして神妙に百日も物を喰はずに平然として居るのは、何か心に頼む所があるからだ。愚図々々して居るとこの館は三方から三五教に攻撃せられ、蟹の手足をもいだやうな、身動きもならぬ憂目に逢ふのは目睫の間に迫つて居る。エーもう雪隠の火事だ。焼糞だ。お前のやうな婆に相手になつて居つても末の見込がない。サア怒るなら怒つて見よ。棺桶に片足を突込んだ婆と、屈強盛りのテーリスタン、カーリンスには到底歯節は立つまい、アハヽヽヽ』
と徳利を口に当てガブリガブリと飲んでは、右の手で自分の額を叩き、
『ナア、カーリンス、好う利く酒ぢやないか。婆の耳より余程利きがよいぞ、オホヽヽヽアハヽヽヽ』
と無性矢鱈にヤケ酒を煽つて居る。
 其処へ六歳になつたお初が、御免とも何とも言はずツカツカと現はれ来り、
『小父さま、私にも一杯つがして頂戴な』
『ヤアお前は何処から来たのか。ホンに可愛い児だなア。婆の顔を見てお小言を頂戴しながら酒を飲んでも根つから甘くない、子供でもよい、その可愛らしい手で一つ酌いでくれ。しかし徳利が重いから落さぬやうにしてくれよ』
『小父さま、こんな徳利が重たいやうな事で、こんな岩窟へ一人這入つて来られますか』
『そらさうだ。お前は悧巧な奴だ。さうして一人来たのかい』
『イエイエお父さまに背負つて来たのよ。お父さまは今高姫、黒姫さまを引張りだし、鷹依姫とかいふお婆アさまを改心させ、テー、カーの両人を乾児にしてやらうと云うて、天の森で相談をして居たよ』
『何、お前のお父さまが、俺を乾児にしてやらうと言つて居つたか。あんな大将の乾児になれば、世界に恐るべき者なしだ。チツトばかりの酒を飲んでも愚図々々言ふやうな大将に虱の卵のやうに死んでも離れぬと云ふやうな調子で随いて居つては大変だ。ヤアこれで酒もチツトは味が出て来たやうだ。オイ婆アさま、このテー、カーは最早お前の部下ではないほどに、勿体なくも武術の達人、湯谷ケ嶽の杢助さまの乾児だ、いや兄弟分だ。サア、トツトと城明け渡して出やつせい。愚図々々して居ると三五教の宣伝使がこの場に現はれて、お前の土堤腹に大きな風穴を穿ち、其処から棍棒を通して、聖地へ担いで帰るかも知れないぞ。足許の明るい間に、早くトツトと尻引つからげたがお前の得だらうよ、のうカーリンス』
『何んとお前達は水臭い奴だなア。何処々々までもお伴を致しますと誓つたぢやないか』
『馬鹿だなア、さう言はなくちや、重く用ひてくれないから、処世上の慣用手段として、言はば円滑な辞令を用ひたまでだよ、のうテーリスタン』
『何んとよくお前達の心は変るものだなア』
『定つた事だ、時の天下に従へと云ふ事がある。何時迄も世は持ち切りにはならぬぞ。変る時節にや神でも変るのだ。呆けた事を言ふない。矢張婆だけあつて頭が古いなア。チツト古い血を出して新しい血と入れ替へてやらうかい』
といきなり拳を固めて叩かうとするを、お初は遮つて、
『これこれ小父さま、そんな乱暴してはいけませぬ。お婆アさま、随分貴女も悪い奴を信用したものですなア』
『コラコラ子供の癖に何んと云ふ悪い事を云ふのだい。小父さまはかう見えても時代に順応する、立派な文化生活をやつて居る新しい人間だぜ。余り見損ひをしてくれるない』
『小父さま、子供だから何を云ふか知れはしないよ。大きな男が学齢にも達しない子供を捉まへて、理屈を言ふのが間違つて居るよ、オホヽヽヽ』
『ヤア杢助親分のお嬢さまだけあつて、さすが偉いものだなア。…お嬢さま、どうぞ我々二人を、お父さまに好く言つて、可愛がつて下さいねエ』
『子供に大人が可愛がつてくれと云ふのは、チツト可笑しいぢやありませぬか、妙なおつさんだなア』
『お前達二人は、ほんたうに杢助の乾児になるつもりかい』
『定まり切つた事だい、早く何処なと出て行け。今に三五教の宣伝使が見えたら、黒姫、高姫をあんな処へ突込んでおいては申訳がない。……カーリンス、お前はこの場を監督しこの婆の見張りをして居れ。俺は奥へ行つて、高姫、黒姫お二人さまにお願ひ申して、岩戸から出て貰ふから、好いか』
『ヨシヨシ呑み込んだ、早く行つてこい。愚図々々して居ると最早難関を突破して三五教の宣伝使が、二百三高地とも云ふべき天の森にやつて来て居るのだから、開城するなら気よう開城する方が後の利益だ』
と言ひ捨てて、高姫、黒姫を閉ぢ込めた岩窟の前に周章しく駆り行く。

(大正一一・五・二一 旧四・二五 谷村真友録)



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