出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語21-1-51922/05如意宝珠申 言の疵王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
杢助の館
あらすじ
 竜国別、玉治別、国依別の三人は六人の元盗賊を連れて高春山へ向った。
 一行は途中で千匹狼に出会い、玉治別以外の者は道を変えて逃げ出す。玉治別は道に立ち、狼に向ってどなると、狼は道を変えて立ち去った。
 玉治別はそれからは一人で高春山に向って進み、赤子岩で休息した。そこへ、アルプス教の者がやって来て、玉治別を源州と間違えてアルプス教の秘密書類が入っている包みを渡す。
 玉治別はさらに進み、杢助の家で宿を乞うたところ、「妻のお杉が最前死んでしまったので、葬式の準備をしなければならないので、代りに夜伽をしてくれ」と頼まれる。
 玉治別が承知して、遺骸の側にいると、布団の中から細い手が出て、お供えの握り飯を取る。玉治別は餓鬼の仕業と思う。また、玉治別はお茶と間違えて、お杉の痰壷から痰を飲んでしまう。
 そんなところへ、竜国別達がやってくる。元盗賊達は、「杢助が恐い」と家に入らないので、竜国別と国依別だけが家に入った。
 杢助が戻ると、お杉の夜具から少女が飛び出し、杢助に抱きついた。餓鬼だと思っていたのはこの少女だったのだ。杢助は玉治別の持っていた風呂敷包みを見て、「自分の所から盗まれたものだ」と言い、玉治別を「泥棒の親分だ」と疑う。玉治別は杢助を霊縛して疑いを解く。
 玉治別と宣伝使、六人の盗賊は、杢助を後にして津田の湖へ向った。
名称
雲州 遠州 お杉 乙 お初 甲州 国依別 源州 甲 三州 駿州 竜国別 玉治別 武州 杢助
幽霊 鬼婆 精霊 千匹狼 田吾作! テーリスタン 亡者 宗彦!
赤子岩 天の数歌 アルプス教 神言 餓鬼道 国替へ 言霊 執着心 高春山 中有 津田の湖 ピユリタン 三国ケ嶽 霊光 霊縛
 
本文    文字数=24092

第五章 言の疵〔六七九〕

 玉治別が早速の頓智に、六人の小盗人は始めてその非を悟り、喜んで神の道に帰順し、宣伝使に従つて高春山に向ふ事となつた。日は漸く暮れかかり、月背と見えて山と山とに囲まれし谷道も、どことなく明るくなつて来た。されど東西に高山を負ひたる谷路には、皎々たる月の影は見えなかつた。しばらくすると怪しき唸り声が前方に聞え、次いで幾百人とも知れぬ人の足音らしきもの、刻々に聞えて来た。
玉治別『ヨー怪しき物音が聞えて来たぞ。コレヤ大方山賊の大集団の御通過と見える。我々は此処に待受して、片つ端から言向和し、天晴大親分となつてやらう。アヽ面白い面白い。天の時節が到来したか。サア竜、国、遠州、その他の乾児共、抜目なく準備を致すのだよ』
国依別『ハハア、また商売替ですかな』
玉治別『機に臨み変に応ずるは英雄豪傑の本能だよ』
遠州『モシモシあの足音は人間ぢやありませぬ。あれは千匹狼と云つて、時々この路を通過する猛獣です。何程英雄豪傑でも、千匹狼にかかつては叶ひませぬ。サアサア皆さま、散り散りバラバラになつて、山林に姿を隠して下さい。余り密集して居ると狼の目に付いたら大変です』
玉治別『ナアニ、善言美詞の言霊を以て、狼の奴残らず言向け和すのだ』
竜国別『そんな馬鹿言つてる所か、サア早く、各自に覚悟をせよ。畜生に相手になつて堪るものかい。怪我でもしたら、それこそ犬に咬まれたやうなものだ……否狼に咬まれては損害賠償を訴へる訳にも行かず、治療代もどつからも出やせぬぞ。オイ国依別、遠州、駿州、一同、玉公の言ふ事を聞くに及ばぬ。今日は俺が臨時の大将だ。サア早く早く』
と傍の樹木密生せる森林の中へ駆込む。国依別外六人は竜国別と行動を共にした。玉治別は依然として路上に立ち、
玉治別『アハヽヽヽ、何奴も此奴も弱い奴だなア。多寡が知れた四つ足の千匹万匹何が怖いのだ。オイ狼の奴、幾らでも出て来い』
と呶鳴つて居る。狼は五六間前まで列を組んでやつて来たが、路の真ん中に立ちはだかり、捻鉢巻をしながら噪やいで居る玉治別の勢に辟易したか、途を転じて谷の向側の山を目がけ、ガサガサと音させながら、風の如くに過ぎ去つてしまつた。玉治別は、
『アハヽヽヽ、弱い奴だな。そんな事で高春山の猛悪な鬼婆が、どうして退治が出来るかい。エーいい足手纏ひだ、単騎進軍と出かけよう』
と四辺に聞ゆるやうにワザと大声で喚きながら峠を登り行く。竜国別外七人は早くも山を一生懸命に駆あがり、向側に姿を隠して居た。ために玉治別の声も聞えなかつた。玉治別は鼻唄を唄ひながら、峠の頂上に達し赤児岩と云ふ赤子の足型の一面に出来た、カナリ大きな岩石が突き出て居るのを見付け、
『アヽ結構な天然椅子が人待顔にチヨコナンとやつて居るワイ。オイ岩椅子先生、貴様は余程幸福な奴だ。三五教の大宣伝使兼山賊の大親分たる玉治別命またの御名は田吾作大明神が、少時尻をおろして休息してやらう。この光栄を堅磐常磐に、この岩の粉微塵になる千万劫の後までも忘れてはならぬぞよ。躓づく石も縁の端、腰掛け岩椅子もヤツパリ縁の端だ。……ヤア始めてお月様のお顔を拝んだ。実に立派な美しい御姿だなア』
と独ごちつつ少しく眠気を催し、フラフラと体を揺つて居る。其処へスタスタと上つて来た二人の荒男、
甲『ヤア来て居る来て居る』
乙『居眠つて居るぢやないか。大分に草臥れよつたと見えるワイ。オイ源州、貴様はこれを持つて、テーリスタンに渡すのだ。俺は今三五教の宣伝使が沢山な乾児を連れて、高春山へやつて来よるから、その準備のために行くのだから、貴様は此処に金もあれば、一切の作戦計画を記した人名簿もある…しつかりと渡してくれよ』
 玉治別はワザとに声をも出さず、首を二三度上下に振つて包みを受取つた。二人の荒男は追手にでも追ひかけられたやうな調子で、峠を南へ地響きさせながら、巨岩が山上から落下するやうな勢で駆下り行く。
玉治別『彼奴はアルプス教の……部下の者と見えるな。俺を味方と見違へて、大切な物を預けて行きよつた。ヤツパリ、アルプス教の奴も巡礼姿になつて居るのがあると見えるワイ。しかしながら此処に居つては、またやつて来よつて発覚されては面白くない。なんとか位置を転じて、ユツクリと中の書類を調べて見ようかな』
と小声に言ひながら、二三十間ばかり山の尾を踏んで、月の光を賞めつつ歩み出した。谷底に当つて幽かな火が、木の間に瞬いて居る。これを眺めた玉治別は、
『アヽこの山奥に火を点して居るのは、此奴ア不思議だ。ヒヨツとしたら山賊の棲家か、但は樵夫か。何はともあれ、あの火光を目当に近寄つて、様子を窺うて見よう。旅と云ふものは随分面白いものだなア』
と一点の火を目標に、樹木茂れる嶮しき山を、谷底目蒐けて下りついた。見れば笹や木の皮をもつて屋根を蔽ひたる、小さき木挽小屋である。中には男のしはぶきが聞えて居る。
玉治別『モシモシ、私は巡礼でございますが、道に踏みまよひ、行手は分らず、幽かな火を目あてに此処まで参りました。どうぞ、怪しい者ではありませぬから、一晩泊めて下さいな』
 中より男の声、
『ハイハイ、此処は御存じの通り、穢苦しい木挽小屋でございますが、巡礼様なれば大変結構でございます。どうぞ御這入り下さいませ』
と快く荒くたい戸を、中からガタつかせながら漸く開いて、奥に案内する。玉治別は案内に連れて、一寸した山中に似合はぬ美しい座敷に通つた。
『この深山にお前さま、たつた一人暮して居るのかい。門にて聞けば男の泣き声がして居つたやうだが、アレヤ一体、誰が泣いてゐたのですか』
男『私は木挽の杢助でございますが、家内のお杉が二時ばかり前に国替を致しまして、それがために死人の枕許で、この世の名残に女房に向つて泣いてやりました。しかしながら俄やもをでどうする事も出来ず、霊前に供へる物もないので、握飯を拵へて霊前に供へ、戒名の代りに板切れを削つて、かうして祀つて置きましたが、あなたは巡礼様ぢやと聞きましたが、どうぞ私がお供へ物の準備や、その外親友や寺の坊さまに知らして来る間、此処に留守して居て下さいますまいか。一寸行つて参りますから……』
玉治別『ヘエそれは真にお気の毒な事ですな。私も急ぐ旅ではあるが、これを見ては、見棄てておく訳にも行かぬ。死人の夜伽をして居るから、サアサア早く行て来なさい』
杢助『これで安心致しました。どうぞよろしうお願致します』
とイソイソ戸外に駆出してしまつた。玉治別は、
『エー仕方がない。偶家があると思へば死人の夜伽を命ぜられ、あんまり気分の良いものぢやないワ。それよりも千匹狼と戦争する方が、なんぼ気が勇んで、心持が良いか知れない。しかしこれも時の廻り合せだ。泥棒から金を貰ひ、秘密書類を巧く手に入れたと思へば、一時経つか経たぬ間に、忽ち坊主の代りだ。蚊の喰ふのに蚊帳も吊らずに、こんな所にシヨビンと残されて、蚊の施行を今晩はやらねばならぬか。どこぞ此処らに湯でも沸いては居りませぬかな』
と其処辺中を探して見ると、口の欠けた土瓶が一つ手に触つた。
『ヨー、水も大分に汲んであるワイ。一層のこと、土瓶に湯でも沸かして飲んでやらうかな』
と木の破片屑を拾うて竈に土瓶を懸け、コトコトと焚き出した。瞬く間に湯は沸騰つた。
『サアこれでも飲んで、一つ夜を徹かさうかな』
 フト女房の死骸の方に目を注けると、頭の先に無字の位牌を据ゑ、線香を立て、その前に握り飯が供へてある。蒲団の中から細い手を出して握り飯をグツと掴んでは取り、また掴んでは取るものがある。
玉治別『エー幽霊の奴、供へてある握り飯を喰つて居やがる。此奴ア、胃病かなんぞで死んだ奴だらう。喰物に執着心の深い亡者だなア。何だか首の辺りがゾクゾクと寒うなつて来居つた。エー構はぬ、熱い湯でも呑んで元気でも出さうかい』
と口の焼けるやうな湯を、欠けた茶碗に注いで、フウフウと吹きもつて飲み始め、
『ヤア何だ。ここの水は炭酸でも含んで居るのか、怪体な臭気がするぞ。大方女房が薬入れか、炭酸曹達でも入れて居つた土瓶かも知れないぞ。あんまり慌てて中を調査るのを忘れて居つた。ヤア何だか粘つくぞ。大変に粘着性のある水だなア』
と明りに透かして見ると、燻つた中からホンノリと文字が浮いて居る。よくよく見れば「お杉の痰壺代用」としてある。
『エー怪つ体の悪い、此奴ア失策つた。幽霊は細い手を出して握り飯を食ふ、此方は痰を呑まされる、怪つ体なこともあればあるものだ。……コレヤ最前の男が俺に与れたこの包みもヒヨツトしたら蜈蚣か何かが出て来るのぢやあるまいかな。一度ある事は三度あると云ふから、ウツカリ此奴は手が付けられぬぞ。開けたが最後、爆裂弾でも這入つて居つたら大変だ。ヤア厭らしい、また細い手で握り飯を掴んで居やがる。大方喰うてしまひよつた。此奴ア、中有なしに直に餓鬼道へ落ちた精霊と見えるワイ。こんな所に厭らしうて居れるものぢやない。しかし一旦男が留守してやらうと請合つた以上は、卑怯にも逃げ出す訳にも行くまい。やがて帰つて来るだらう。それまで其処辺の林をぶらついて、お月様のお顔でも拝んで来よう。かうなると、我々に同情を表してくれるのはお月様だけぢや。竜国別、国依別その他の腰抜は、どつかへ滅尽してしまひ、寂しい事になつて来たワイ』
と門口を跨げ、何時とはなしに二三丁も歩み出し、谷水の流れに水を掬ひ、口に含んで盛に、家鶏が水を飲むやうに、一口入れては首を挙げ、ガラガラガラ ブーブーと吹き、また一口飲んでは仰向き、ガラガラガラガラ、ブーブーブーと、幾度ともなく繰返して居る。
 火影を目標に探つて来た竜国別、国依別、遠州、武州外四人は、玉治別の姿を夜目に見て、怪しき者と木蔭に佇み、様子を窺つて居る。
遠州『モシ宣伝使様、ガラガラブーブーが現はれました。ここは一つ家の木挽小屋、何が出るやら知れませぬ。アレヤきつと化州でせう』
国依別『ナニ幽霊が水を飲んでゐるのだ。つまり含嗽をしてるのだよ。貴様行つてしらべて来い』
 玉治別は木蔭にヒソビソ語る人声を聞きつけ、
『オイ何処の何者か知らぬが、俺も連れがなくて、淋しくつて困つて居るのだ。狼でも泥棒でも何でも構はぬ。遠慮は要らぬ。這入つて、マア湯が沸かしてあるから、ゆつくりと飲んだがよからうよ』
竜国別『アヽあの声は玉治別によく似て居るぢやないか』
国依別『左様々々、大方玉公の先生でせう……オイ玉ぢやないか』
『その声は国だなア。好い所へ来てくれた。マア面白い見せ物も見ようとままだし、湯も沢山に沸いてるから、トツトと俺に従いて来い。今日は山中の一つ家の臨時御主人公だ。サア此方へ……』
と手招きしながら、月光漏るる谷路を帰つて行く。
遠州『ヤア此家は杢助と云ふ強力者の住まつて居る木挽小屋です。彼奴に随分、我々の仲間は酷い目に遭うたものです。剣術、柔術の達人で、三十人や五十人は手毬のやうに投げ付ける奴ですよ。さうして立派な嬶アを持つて居るのです。その嬶アがまた中々の強者で、杢助に相当した腕力を持つて居るのだから、誰も此処ばつかりは、怖くてよう窺はなかつた所です。私等は顔をこれまでに見られて居るから剣呑です。貴方がたどうぞお這入り下さいませ。暫時木蔭で待つて居ますから』
竜国別『何、我々が付いて居れば大丈夫だ。遠慮は要らぬ。今日は玉公親分の家長権を持つて居る日だから、トツトと這入つたがよからう』
遠州『それでもあんまり閾が高く跨れませぬワ』
竜国別『ハハア、ヤツパリお前にも羞悪の心がどつかに残つて居るな。そんならしばらく泥棒組は木蔭に待つて居てくれ』
遠州『泥棒組とは酷いぢやありませぬか。最早我々はピユリタン組とは違ひますかいな』
竜国別『ピユリタン組でも泥棒組でも良いワ。しばらく其処辺へドロンと消えて、待つてゐるのだよ』
と云ひ棄て、竜、国の両人はヌツと家中に這入り、
『ヤア割りとは山中に似ず、小瀟洒とした家だなア』
『エヽ定つた事だい。俺が家長権を握つた大家庭だから、隅から隅までよく行届いて居らうがな。しかし俺の嬶が俄の罹病で死亡しよつたのだ。就ては俺に恋着心が残つたと見えて、死んでからでも細い手を出して、十ばかりの握り飯を既に八つばかり平らげてしまひよつたのだ。マア湯でも呑んでユツクリと嬶アの夜伽をしてやつてくれ』
国依別『またしても、しようもない。本当に当家に死人があつたのか。貴様泥棒の臨時親方になつたと思うて、強盗をやつて此家の大切な嬶アを殺したのぢやないか』
玉治別『若い時から、女殺しの後家倒し、姫殺しと綽名を取つた玉治別ぢや。口でも殺せば、目でも殺すと云ふ業平朝臣だから、女の一人位、強盗になつて殺すのは当然だよ』
竜国別『マサカ人の女房を殺すやうな、貴様も悪人ではなかつたが、三国ケ嶽の鬼婆の霊でも憑きよつたのかなア。エライ事をしてくれたものだワイ』
『マアどうでも良い。湯が沸いて居るから一杯飲んだらどうだ。これも玉治公がお手づからお沸し遊ばした結構なお湯だ。チヨツと毒試をして見たが、随分セキタン臭い水だ。しかし胃病の薬には良いかも知れないわ』
国依別『一寸その土瓶を俺に貸してくれ。調査る必要があるから。ウツカリ知らぬ宅へ来て、湯でも飲まうものなら、どんな毒薬が仕込んであるか分つたものぢやないわ』
『ナアニ、抜目のない玉治公がチヤンと査べてある。決して毒ぢやない。これは宝丹の入れ物だ。それで宝丹の匂ひが少しはして居る』
とニヤリと笑ふ。国依別は、
『ナニ放痰、いやマスマス怪しいぞ』
と無理に取り上げ、灯にすかして見て、
『ヤア何だか印が付いて居る……お杉の痰壺代用……エイ胸の悪い』
と云ひなり、不潔さうに土瓶を握つた手を放した。土瓶は庭にバタリと落ちて滅茶々々に破れ、煮湯はパツと四方に飛び散り、三人の顔に熱い臭い奴が、厭と云ふほど御見舞申した。
竜国別『サツパリ男の顔に墨ではなうて、痰を塗りやがつたな。ヤアヤア死人がムクムクと動き出したぢやないか。永久の死人ぢやあるまい。夜分になつたら臨時死ぬると云ふ睡眠状態だらう』
玉治別『そんな死方なら、誰でも毎晩やつて居るぢやないか。お前達のやうな怠惰者は日が永いとか云つて、木の蔭で一時も二時も、チヨコチヨコ死ぬぢやないか。そんな死にやうとはチツト違ふのだい。徹底的の永き眠に就いて十万億土へ精霊の旅立の最中だ』
竜国別『それにしては、細い手を出して飯を掴んで食つたり、ムクムク動いて居るぢやないか』
玉治別『オイ国依別、お前は宗彦と云つて、随分に嬶アを沢山に泣かしたり、殺したと云ふ事だが、大方その亡念が此家の死人に憑いて居るのかも知れないぞ』
国依別『何にしても気分の悪い家だ。さうして此家の主人は何処へ行つたのだい』
玉治別『一寸買物に行つて来るから、帰るまで留守を頼むと云つて出たなり、まだ帰つて来ないのだ。随分暇の要る事だなア』
 死人を寝かした夜具は、ムクムクと動き出した。五つ六つの女の児がムクツと起きあがり……
子供『お父さん お父さん お父さん』
と四辺をキヨロキヨロ見廻して居る。三人はヤツと胸撫でおろし、
三人『ヤアこれで細い手も、握り飯掴みも解決がついた』
 かかる所へスタスタと帰つて来たのは主人の杢助、
杢助『巡礼さま、エライ御厄介になりました。何分急いで行つたのですけれど、夜分の事とて先が容易に起きてくれませぬので、つい手間取りまして、エライ御迷惑を掛けました』
玉治別『エー滅相な、どう致しまして……ここに二人居りますのは、我々の兄弟分でございます。どうぞお見知り置かれますやうに』
 子供は、
『お父さん』
と走つて抱きつく。
杢助『アーお前は賢い子だ。よう留守をして居つた。あんな死んだお母アの側に黙つて寝て居るとは、肝の太い奴だ。世の中には大きな男が、宣伝をしに歩いて居つても、死人の側には怖がつて、三人も五人も居らねば、夜伽をようせぬものだが、子供はヤツパリ罪が無いワイ』
 玉治別は頭を掻き、
『ヤア恐れ入りました。私もチツとも怖くはありませぬ』
『女房の霊前にお経を唱へて下さいましたか』
『ハイ、お茶湯を献げませうと思つて、つい考へて居りました。しかし遠距離読経をやつて置きました。それも無形無声の、暗祈黙祷、愈これから始める所でございます』
と何が何やら間誤ついて、支離滅裂の挨拶をやつて居る。ここに三人は霊前に向ひ、神言を奏上し、お杉の冥福を祈り、遠州外五人の手伝の下に、野辺の送りを無事に済ました。
玉治別『ヤアこれで無事終了、先づ先づお芽出……たくもありませぬ。惟神霊幸はへ坐せ惟神霊幸はへ坐せ惟神霊幸はへ坐せ』
杢助『有難うございました』
 一同は、
『左様ならば……随分御壮健でお暮しなさいませ』
と立つて行かむとする。杢助は、
杢助『モシモシ、此処にこんな風呂敷包が残つて居ます。コレはお前さまのぢやあるまいかな』
玉治別『ヤア到頭忘れて居た。これは私のでございます』
杢助『お前さまのに間違ひはないか』
玉治別『実の所は峠の岩に休息して居つた時に、乾児がやつて来て、お頭様この通りと言つて渡して行きやがつたのだ。金も随分沢山あるだらう』
杢助『その方は巡礼に見せかけ、大泥棒を働く奴だ。コレヤこの風呂敷は現在杢助の所持品だ。これを見よ。杢の印が付いて居る。此間の晩に、五六人抜刀で躍り込んで、俺の留守を幸に、包みを持つて帰つた小盗人がある。女房は何時もならば木端盗人の三十や五十、束になつて来た所が感応へぬのだが、何分労咳で骨と皮とになつて居た所だから、ミスミス盗られてしまつたのだ。さうすると貴様はヤツパリ泥棒の親分だな。サアかく現はれし上は百年目、この杢助が片つ端から素首を引抜いてやらう。……何れも皆覚悟せい』
と鉞を揮つて勢鋭く進んで来る。
玉治別『待つた待つた。嘘だ嘘だ。夜前泥棒が俺に渡したのだよ。俺や決して泥棒でも何でもない。マア待て待て……』
杢助『泥棒が泥棒でない者に金を渡すと云ふ事があるかい。貴様もヤツパリ泥棒の張本人だ。サア量見致さぬ』
と今や頭上より玉治別を梨割にせむとするこの刹那『一二三四……』の天の数歌を一生懸命に称へ始めた。玉治別の手を組んだ食指の尖端より五色の霊光放射し、杢助は身体強直してその場に忽ち銅像のやうになつてしまつた。
玉治別『ハヽヽヽヽ』
竜国別『オイ玉公、我々に離れて何処へ行つたかと思へば、泥棒をやつて居たのだな。モウ今日限り貴様と縁を絶るから、さう思へ』
国依別『オイお前は何とした卑しい根性になつたのだ。俺はモウ合はす顔が無いワイ』
と涙声になる。玉治別は一伍一什を詳細に物語り、漸く二人の疑ひは氷解した。杢助は固まつたまま、この実地を目撃して、玉治別の無実を悟つた。玉治別は「ウン」と一声指頭を以て霊縛を解いた。杢助は旧の身体に復し、
杢助『お客さま、失礼な事を申上げました。どうぞ御勘弁下さいませ』
玉治別『分つたらそれで結構です……何も言ふ事はありませぬ。しかしこの包みはあなた調べて下さい』
杢助『そんなら皆様の前で検べて見ませう』
とガンヂガラミに括つた風呂敷包を解き開いて見れば、金色燦然たる金銀の小玉ザラザラと現はれて来た。さうして一冊の手帳が出て来た。開いて見れば、アルプス教の秘密書類である。三人はこれ幸ひと懐中に収め、後は杢助に返し、九人連れこの家を発つて津田の湖辺に向つて宣伝歌を歌ひながら勢よく進み行く。

(大正一一・五・一七 旧四・二一 松村真澄録)



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