出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語20-2-81922/05如意宝珠未 心の鬼王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
熊田村
あらすじ
 宗彦は言依別命より宣伝使に任じられ、三国ケ岳へ初宣伝に出た。留公と田吾作は信者として後から付いて行った。
 宗彦は熊田のお露という女に、「夫の原彦の病気を見て欲しい」と頼まれて、原彦の家を訪ねる。原彦は死霊の祟りを受けて苦しんでいた。「昔、田吾作という男を殺した」と言う。その田吾作は、実は宇都山の里の田吾作で、死んではいなかった。宗彦は、「原彦の病気は心身病で、田吾作は生きているので、本人に会えば病気は治る」と言う。
 そこへ、宗彦を探して、留公と田吾作がやって来て、原彦と会った。田吾作は原彦を許した。原彦の病気は全快した。それが元で、熊田村の人々は宗彦の三五教の教えを受け入れた。

***学者と宗教家***
 中でも一番罪の重いのは学者と宗教家だ。神様から頂いた結構な霊魂を曇らせ、腐らせ、殺すのは、誤った学説を流布したり、神様の御心を取り違えて誠しやかに宣伝したり、あるいは神様の真似をするデモ宗教家、デモ学者が最も重罪を神の国に犯しているものですよ。

***法律***
 法律といふものは人間相互の生活上、都合の悪いことは皆罪とするのですから・・・・・・たとへ法律上の罪人になっても、神界においては結構な御用として誉めらるる事もあり、法律上立派な行ひだと認められている事が、神界において大罪悪と認められる事もあるのです。それだから何事も神様が現れてお裁き下さらぬことには、善と悪との立別けは人間の分際として、絶対に公平にできるものではありませぬ。
名称
乙 お露 甲 田吾作 留公 原彦 宗彦
悪魔 幽霊 大蛇 言依別命 邪気 神素盞鳴尊 精霊 魔神 杢兵衛 霊魂 怨霊
明石峠 明石の滝 浅間山 近江 天津祝詞 天の数歌 宇都山の里 宇都山村 大井川 学者 紀の国 熊田 現界 心の鬼 国家 桜島 宗教家 執着心 神界 神経病 高城山 武志の宮 立別け 田庭 第一天国 千座の置戸 法律 三国ケ岳 幽界 霊眼 若狭
 
本文    文字数=21589

第八章 心の鬼〔六七〇〕

 宗彦は親兄妹に別れを告げ一旦聖地に参ゐのぼり、言依別命より天晴れ宣伝使の役を命ぜられ、心いそいそとして再び宇都山の里に立ち帰り、武志の宮の前に報告祭を行ひ里人に別れを告げて、山奥深く三国ケ岳に割拠する魔神を征服せむと、旅装を整へ宣伝の初旅に就いた。留公、田吾作の二人は村の外れに先廻りして待つて居た。
宗彦『お前は義弟の田吾作ぢやないか、おゝ留さまも其処に居るなア、何処へ行くのだ』
田吾作『どうぞ私を二三日、宣伝使のお伴に連れて行つて下さいな、留さまと相談の上此処に待伏して居りました』
宗彦『それは折角だが宣伝使は一人のものだと言依別命様より承はつて居る。外の事なら一緒に行かうが、今日は宣伝の初陣だから、御親切は有難いが是非なくお断り申す』
田吾作『私は宣伝使でない以上は、信者としてお伴しても差支ありますまい』
留公『どうぞ二三日で宜敷いから連れて行つて下さい』
宗彦『お前の足でお前が勝手に行くのなら差支無からう、同じ一条の道を通るのだから……しかし宣伝使として宗彦は徹頭徹尾一人旅だ』
留公『貴方は何処を指してお出でになるのですか』
宗彦『そうだなア、言依別命様は明石峠を越え、それから山国を経て三国ケ岳の悪魔を征服して来いとの事だつた。随分高い山だらうなア』
留公『近江の国と若狭、田庭三国に跨る高山です、大変な猛獣や猿が棲み大蛇が居ると云ふ事です』
田吾作『さう聞くと私は貴方一人をやる訳にはゆきませぬ、是非お伴をさして下さいな』
宗彦『絶対になりませぬ』
と首を振り振り先に立つて行く。
 折しも秋の初め、田庭名物の深霧に六尺先は少しも見えない。宗彦は足を速めて明石峠をさして進み行く。二人の男は霧に隠れて足を速め、先廻りして明石峠の麓に落つる大瀑布に真裸となり、身禊しながら宗彦の進み来るを待つて居た。宗彦は二人の滝にうたれて居るのを霧にさへぎられて気がつかず、
宗彦『何だか大変な水音がして居るなア』
と小声に囁きながら坂を登り行く。二人の男は宗彦が我二三間前の道を通過して居るのに少しも気がつかなかつた。宗彦は明石峠の頂上に登り着いた。霧は谷間を埋めて処々に高山の頂きのみ画のやうに浮いて居る。
宗彦『アヽ何と霧の海の景色と云ふものは綺麗なものだなア、到底紀の国では見られぬ図だ。この景色を眺めて居る心持は全で第一天国へ遊楽して居るやうな気分だ』
と独語して居る。
 時しも窶れ果てた四十位の一人の女、見すぼらしき風姿をしてスタスタと霧の中から浮いたやうに現はれて来た。
宗彦『イヨー、妙な女がやつて来よつたぞ、大変に忙し相に歩いて居る、何かこれには様子があり相だ、一つ此処へ近づいたら訊ねて見よう』
と心に思つて居る。女は宗彦の姿に気がつきキツト立ち止り、怪しの目をぎよろつかせ此方を見詰めて居る。
宗彦『貴女はこの高い峠を越えて女の身のただ一人、何処へ行くのだ』
 女は怖相に、
女『ハイ、私はこの下の熊田と云ふ小村の者でございます。明石の滝へこれから打たれに参ります』
宗彦『明石の滝と云ふのは何処にあるのだ』
女『この山を七八丁ばかり下つた処にございます』
宗彦『私も今この坂を登つて来たのだが余りの深霧で気がつかなかつた。道理で水音のした箇所があつたやうに思つた。してまた滝に打たれに行くと云ふのは何か深い理由があるであらう、それを言つて見なさい』
女『ハイ、私の夫は原彦と申すもの、二三年前からフラフラと患ひつきこの頃では大変な大病でございます。それで明石の滝の神様へお願ひ申して夫の病気を助けたさに、滝に身を浸しに参る者でございます』
宗彦『どんな病気だな、都合によつたら神様に願つて助けて上げようと思ふのだが…』
女『ハイ、有難うございます、夜分になると色々のものが出て参ります、さうして苦めるのです、その度ごとに冷汗をグツスリかき日に日に痩衰へ、今は最早骨と皮ばかりに見すぼらしくなつて居ります』
宗彦『そりや何か物の怪の病気であらう。サア一遍調べて見るから案内をしておくれ』
女『それは有難うございます。これからこの山坂を下り、四五丁ばかり行つた所の小さき村で、山の麓に私の茅屋が建つて居ります。御苦労ながらお頼み申します』
と先に立つて案内する。漸く女の家に着いた。大樹の森の下に冠木門をあしらつた一棟の相当に広い家がある、それがこの女の邸宅。
女『見すぼらしき茅屋でございますが、どうぞお這入り下さいませ』
と会釈して内に入る。夫原彦の何物にか魘されて苦しむ声は戸外にまで洩れて来た。女は『また来よつたなア』と小声でつぶやきながら、慌てて屋内に飛び込み、病人の枕許に駆け寄つた。宗彦は少し遅れて閾を跨げ、床上に上り天津祝詞を奏上するや、病人は益々苦悶の声を放ち狂ひ廻る。四五人の村人は次の間に控へて何事か話し合つて居た。祝詞の声を聞くより二三人の男その場に現はれ、
男『何処の方かは知りませぬが、定めてお露さまがお連れ申して帰つた方でせう、サアどうぞ此方へ来て御休息下さいませ』
 宗彦は『御免』と云ひつつ招かれて一間に踏込み座に着いた。何事か確とは聞きとれないが、非常に病人はお露を相手に呶鳴つて居る。この声を聞いて宗彦は村人に向ひ、
宗彦『何時も病気はあの通りですか』
甲『この四五日前から一層烈しく成つて来ました「田吾が来る田吾が来る」と云ひ出しまして……それはそれは随分苦しむのです。さうしてまたケロリと嘘を吐いたやうに癒る事もあるのです。理由の分らぬ病気……何でも死霊の祟りだと云ふ事です』
宗彦『死霊の祟りとは、……そりやまた何か心当りがあるのですか』
甲『吾々村人も初めはちつとも病気の原因が分りませなんだが、この頃そろそろ死霊だと云ふ事が分り出したのです。何でも茲二三日の間に生命を取らねば措かぬと口走り、それはそれは大変な藻掻きやうです』
乙『何でも此処の主人の原彦は上方の者らしいが、お露さんの婿になつてから早十三年にもなりますのに素姓を明かさないので、何処の人だか、何をして居つたのか分らなかつたのだが、病人の囈言を云ふのを聞いて見れば、大きな声では言はれませぬが、この男は泥棒をして人を殺した奴らしいですよ。そして殺された男の死霊が祟つて居るのだと云ふ事、病人自ら現になつて喋ります。天罰と云ふものは恐ろしいものですなア』
宗彦『人間と云ふものは随分不知不識の間に罪を作つて居るものだ、人を殺し火を放ち、或は強盗、詐偽等の罪悪を犯す者は実に天下のために憎むべき者であります。しかしながらその罪を憎んで人を憎まずと云ふ事がある、公平無私な神様は肉体を罰し給ふやうな事はありますまい、屹度その罪のために苦しめられて居るのでせう。罪さへとれれば原彦さまも間も無く本復するでせう。世の中には人間の目に見えぬ罪人が沢山ある、中でも一番罪の重いのは学者と宗教家だ。神様から頂いた結構な霊魂を曇らせ、腐らせ、殺すのは、誤つた学説を流布したり、神様の御心を取違へて誠しやかに宣伝したり、或は神様の真似をするデモ宗教家、デモ学者が最も重罪を神の国に犯して居るものですよ』
甲『ヘイ、そんなものですかなア、心に犯した罪や、学者や宗教家の罪は何処で善悪を調べるのですか』
宗彦『到底不完全な人間が善悪ぢやとか、功罪だとか云ふ事は判断のつくものぢやありませぬ。それだから神が表に現はれて善と悪とを立別け遊ばすので、人間はただ何事でも善意に解釈し、直霊の神にお願し、神直日大直日に罪を見直し聞直し詔直して貰ふより仕方がありませぬよ。我々は日々一生懸命に国家のため、お道のため、社会のためと思つてやつてる事に大変な罪悪を包含して居ることが不知不識に出来て居るものです。それだと云つて善だと信じた事は何処迄も敢行せねば、天地経綸の司宰者としての天職が務まらず、罪悪になつてはならぬと云つてジツとして居れば、怠惰者の大罪を犯すものですから、最善と信じた事は飽迄も決行し、朝夕に祝詞を奏上し神様に見直し聞直しを願ふより仕方はありませぬ』
乙『今の法律は行為の上の罪ばかりを罰して、精神上の罪を罰する事はせないのですが、万一霊魂が罪を犯し、肉体が道具に使はれても矢張その肉体が罪人になると云ふのは、神界の上から見れば実に矛盾の甚しいものではありますまいか』
宗彦『そこが人間ですよ、ともかく法律と云ふものは人間相互の生活上、都合の悪い事は皆罪とするのですから……仮令法律上の罪人になつても神界においては結構な御用として褒めらるる事もあり、法律上立派な行ひだと認められて居る事が、神界において大罪悪と認められる事もあるのです。それだから何事も神様が現はれてお裁き下さらぬ事には善と悪との立別けは人間の分際として、絶対に公平に出来るものではありませぬ。また人間の法律や国家の制裁力と云ふものは、有限的のものであつて、絶対的のものでは無い、浅間山が噴火して山林田畑を荒し、人家を倒し、桜島が爆発して数多の人命を毀損し、地震の鯰が躍動して山を海にし、海に山を拵へ家を焼き人を殺し、財産を全然掠奪してしまつても、人間の作つた法律で浅間山や地震や桜島を被告として訴へる処もなし、放り込む刑務所も無し、裁判する事も出来ぬやうなもので到底駄目です。ただ何事も神様の大御心に任すより仕方がありませぬなア』
 かく話す折しも次の間の病人、いやらしい声を出して、
原彦『ヤア田吾作田吾作、赦してくれ、俺が悪かつた、お前は大井川から俺に落されて死んで悔しからうが、今となつてどうする事も出来ない、これも何かの因縁ぢやと諦めてどうぞ俺の生命だけは助けてくれ、アヽ悪かつた悪かつた、赦して赦して』
と叫び出した。
宗彦『ハテナ、この辺に田吾作と云ふ人があつたのですか』
乙『田吾作と云つたら皆我々の雅名です。田吾作は田畑を耕し、杢兵衛は山林にわけ入つて樵夫をやつたり薪物を刈つて来る人間の代名詞見たやうなものですから、あまり沢山の田吾作で誰が殺されたのやら訳が分りませぬ』
宗彦『それは分りましたが、しかし一人に特定の名の付いた田吾作と云ふ男はありますまいかな』
 甲、乙一時に、
甲、乙『サア余り聞きませぬなア、何でも宇都山の里に大変な周章者があつて、その男を田吾作と云ふさうですが、それも実際の名か、一般的の百姓の名か、そいつア判然致しませぬ。少し慌ててやり損ひをする男を、この辺では宇都山の田吾作みたやうな奴だと云つて居ます、仄に話に聞いて居るばかりで実際そんな方が有るのか無いのかそれも分りませぬ』
 隣の室より病人の叫び声、
原彦『田吾作の幽霊どの、悪かつた悪かつた、どうぞ助けてくれ……何、貴様のやうな悪人を助けて堪らうかい、俺の生命をとつた奴だ、貴様の肉体に宿り腸を喰ひ、肺臓を抉り、胃袋を捻切り、苦しめて苦しめて嬲殺しにしてやるのだ。この怨みを晴らさな措かうか』
と原彦は自問自答的に呶鳴つて居る。
甲『不思議な病人でせうがな、何でも腹の中に死霊が這入つたり出たりすると見えます。今は屹度腹へ這入つて居ると見えて本人と変つた声で云つて居ます…あれが殺された田吾作の怨霊に違ひありませぬなア、どうぞ一つ祈祷をしてやつて下さいますまいか、私達も村中が代る代る五人づつかうして不寝の番をして居るのですから、お露さんも気の毒ぢやが、吾々村中の者も大変に手間が取れて困つて居るのです』
 宗彦は打ち頷き裏の谷川にて口を嗽ぎ手を洗ひ、天津祝詞を奏上し、徐々と病人の居間に入り来り枕頭に端坐し、両手を組み三五教の奉斎主神の御名を唱へ、天の数歌を二三回繰返すや否や、病人はムクムクと起き上り、目を剥き鼻を左右に馬のやうにムケムケと廻転させ、舌を出し、
原彦『アーラ怨めしやなア、俺は田吾作の怨霊だ、この肉体を何処迄も苦しめ生命をとらいで措くものかア』
と妙な手付をなし衰弱しきつて動けない病人が俄に立つて騒ぎ出す。宗彦は一生懸命に天の数歌を奏上し、
宗彦『これこれ原彦さま、決して田吾作の怨霊が殃をして居るのではない、お前の心の鬼が身を責るのだ。神様にお詫をしてやるから、お前の罪は神素盞嗚尊様の千座の置戸の贖ひの御徳によつて最早救はれた、安心なされ』
 原彦は形相凄じく、
原彦『アラ怨めしやなア、何程救はれたと云つても、生命をとられた田吾作は何処までも祟らにやおかぬ。親を殺し、本人は申すに及ばず、女房の生命をとり、一家親類村中までも祟つてやるぞよ……』
宗彦『お前は田吾作と云ふがその田吾作は今何処に居るのだ』
原彦『田吾作は大井川の大橋の下で肉体は亡びたが、精霊は此処に悪魔となつて憑いて居るのぢや哩のう、怨めしやア怨めしやア』
宗彦『田吾作の顔には何か特徴があるか』
原彦『特徴と云ふのは外でもない、眉間の真ん中に大きな黒子があるばつかりだ、俺の顔を見てくれ、これが証拠だ』
と原彦は宗彦の前に額を突き出す。
宗彦『別に黒子も何もないぢやないか』
原彦『お前は霊眼が開けて居ないから大方原彦の肉体を見て居るのだらう、私の正体を目を光らして見てくれたら眉間の黒子が分るだらう。あゝ怨めしい、キヤツキヤツ』
と云ひながら嫌らしい相好を遺憾なく曝して、また元の寝間へクスクス這込み『ウンウン』と苦しさうに呻りを続けて居る。
お露『もうし、宣伝使様、この病人は癒るでせうか』
宗彦『癒りますとも、眉間に黒子のある田吾作は死んでは居ませぬよ、確にピンピンして生きて居ます、今に此処へやつて来るでせう、要するに神経病だ、心に犯した罪悪の鬼に責られて居るのです。今に当人がやつて来て「許す」と一言云つたら全快は請合です』
お露『何とおつしやいます、あの田吾作さんが生きて居られますか、そりやまたどうした訳でせう』
宗彦『どうでも有りませぬ、実際生きて居るのですから今に実物をお目に掛けませう、田吾作が此処へ参るまで、次の室で休息して待つ事に致しませう』
お露『御苦労様でございました、何卒奥でお茶なりと召し上り緩々御休息下さいませ』
 宗彦は『有難う』と一礼し奥の間に行つて休息した。
甲『何と宣伝使様、妙な病人でございますなア、マア千人に一人位な者でせうか、さうして承はれば田吾作さまは生きてござるとは、そりやまた何と云ふ不思議でせう』
宗彦『凡て天地の間は不思議ばかりで満たされて居るのです、菜の葉一枚だつて考へてみれば実に不思議なものです。今の人間は石地蔵を祈つて疣がとれたとか、脚気が癒つたとか云つて不思議がつて居るが、そんな事は不思議とするに足りませぬ。第一人間は、ものを云ふのが不思議ではありますまいか、何程立派な解剖学や生理学の上から調べてみても、声の袋もなし、それに色々の言霊が七十五声際限もなく出て来るのですから、これ位不思議な事はありませぬよ』
乙『さう聞けばさうですな、森羅万象一として不思議ならざるは無しですなア』
 かく話す折しも田吾作、留公の両人は門の戸を敲き、
田、留『モシモシ、一寸お尋ね致します、宗彦と云ふ三五教の立派な宣伝使はもしやこの家にお立寄りではございませぬか』
 この声にお露は慌てて門口に走り出で、田吾作の顔を見るより、
お露『アツ、貴方の眉間に黒子がある、田吾作さまではございませぬか、エライ私の夫が貴方に対し御無礼を致したさうです、何卒堪忍してやつて下さい』
 田吾作は何が何やら合点ゆかず、留公と共にお露の後に引添ひ、宗彦の憩へる居間に入つた。
宗彦『アヽよう来てくれた、さはさりながら一寸此方へ来ておくれ』
と原彦の病室に伴ひ原彦を揺すり起した。原彦は病に疲れた身体を漸く起き上り、目を開き田吾作の姿を見るなり『アツ』と一声、またもや寝具の上に打倒れ藻掻き苦しむ。田吾作は原彦の窶れたとは言へ何処とはなしに目付、鼻の恰好、口許の具合の十数年前大井川の橋の上において、河中に突き落した泥棒によく似て居るなアと半信半疑の態で打ち見まもつて居る。
宗彦『コレ原彦さま、お前に橋から突き落されて死んだ筈の田吾作はこの通りピンピンして居る、お前の迷ひだから気を取り直したがよからうぜ』
田吾作『オイ、病人さま、久し振りだつたなア、十三年前の月夜の晩だつた、お前は狭い橋の上で俺の懐中の玉を強奪しようとする、俺はとられてはならんと争ひ、遂には組みつ組まれつ戦うた末、足踏外し濁流漲る大井川に真逆様に顛落し、それより心は疎くなり、現世と幽界の境界の山の口まで歩いて行くと、後から大勢の俺を呼ぶ声、振り返る途端に気がついて見れば、高城山の麓の芝生の上に横たはり、大勢の人が火を焚いて介抱をして居てくれた、お蔭で私は生命が助かつた。それから宇都山村の住人となつてこの通りピンピンと跳廻つて居るのだ、決して決して露ほども怨んでは居らぬ。その時に私が執着心を離しさへすればこんな目に遇ふのでは無かつたのだ。エヽ済まぬ事をした、あの人に渡せばよかつたと始終懐中離さずその橋の辺を通り、その方に会うたら心好う進ぜようと思つてゐたのだ、それ……この玉だらう』
と懐中から出して、病人の手に渡した。原彦は初めてヤツと安心した刹那に病気は軽快に向ひ、日を追うて恢復し、漸々肉もつき、十日ほどの後には全く元の壮健体となつてしまつた。
 原彦夫婦を初め村人一同は執着心より恐るべき罪の発生し、その罪は忽ち邪気となつて我身を責むると云ふ真理を心の底より悟り、熊田の小村は挙つて宗彦の教を信じ、遂に三五教の信者となつてしまつた。

(大正一一・五・一三 旧四・一七 北村隆光録)



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