出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語18-4-111922/04如意宝珠巳 相身互王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
観音峠 須知山峠
あらすじ
 常彦が観音峠で休息していると、空腹に耐えかねた滝公と板公が現れる。常彦は握り飯を与える。二人は黒姫の元を飛び出し、高代山の松姫にウラナイ教の内幕を暴露しようとしたが、逆に追い返されていた。
 常彦は二人から、紫姫や青彦達がウラナイ教に寝返ったという話を聞き悩む。そこで、滝公と板公を連れて魔窟ケ原に真偽を確かめに行くことにした。
 三人が、須知山峠で休息していると、丹州の命を受けた荒鷹と鬼鷹がやって来る。彼らは、弥仙山の玉照姫の話をして、南へ立ち去った。三人は魔窟ケ原に向って進む。
名称
荒鷹 板公 鬼鷹 滝公 常彦
青彦 馬公 梅公 お節 お玉 黒姫 鹿公 邪神 玉照姫 丹州 松姫 紫姫 悦子姫
生野 伊吹山 ウラナイ教 エノキ峠 鬼ケ城山 大峠 大原の郷 惟神 枯木峠 木崎 観音峠 剣尖山 言霊 小向山 蒲生野 須知 須知山峠 神界 自殺 蛇が鼻 刹那心 園部 高城山 天神山 長谷の郷 檜山 フサの国 魔窟ケ原 弥仙山 由良川 横田 世継王山
 
本文    文字数=18359

第一一章 相見互〔六三九〕

 降りみ降らずみ空低う  四辺は暗く黄昏れて
 山時鳥遠近に  本巣かけたか、かけたかと
 八千八声の血を吐いて  声も湿りし五月空
 憂に悩める人々を  教へて神の大道に
 救はむものと常彦が  鬼ケ城山後にして
 足もゆらゆら由良の川  蛇が鼻、長谷の郷を越え
 生野を過ぎての檜山  須知、蒲生野を乗り越えて
 駒に鞭打つ一人旅  観音峠の頂上に
 シトシト来る雨の空  遠く彼方を見渡せば
 天神山や小向山  花の園部も目の下に
 横田、木崎と開展し  高城山は雲表に
 姿現はす夜明け頃  眼下の野辺を眺むれば
 生命の苗を植つける  早乙女達の田の面に
 三々伍々と隊をなし  御代の富貴を唄ふ声
 さながら神代の姿なり。  

 常彦は峠の上の岩石に凭れ、夜の旅路の疲れを催し、昇る旭を遥拝しつつ、知らず識らずに睡魔に襲はれ居る。
 観音峠の頂上さして、東より登り来る二人の乞食姿、
甲『人間も、かう落魄れては、どうも仕方がないぢやないか。何程男は裸百貫だと云つても、破れ襦袢を一枚身に着けて、こうシヨボシヨボと、雨の降る五月雨の空、どこの家を尋ねても、戸をピツシヤリ閉めて、野良へ出て居る者ばつかり、茶一杯餐ばれる所も無し、谷川の水を掬つて飲めば、塩分はあるが、忽ち腹の加減を悪うしてしまふ。裸で物は遺失さぬ代りに、何か有りつかうと思つても、せめて着物だけなつとなければ、相手になつてくれる者もなし。純然たるお乞食さまと、誤解されてしまふ。実に残念だなア』
乙『天下を救済するの、誠の道ぢやのと、偉相に言つて居るウラナイ教の高城山の松姫も、今迄とは態度一変し、飯の上の蠅を払ふやうに虐待をしよつたぢやないか。これと云ふのも、ヤツパリ此方の智慧が足らぬからぢや。雨には嬲られ、風にはなぶられ、おまけに蚊にまで襲撃され、七尺の男子が、この広い天地に身を容るる所もなきやうになつたのも要するに、智慧が廻らぬからだよ。あの梅公の奴を始め、松姫の如きは、随分陰険な代物だが、巧妙く黒姫に取入つて、今では豪勢なものだ。何とかして、モウ一度黒姫の部下になる訳にはいかうまいかなア』
甲『一旦男子が広言を吐いて、此方から暇をくれた以上、ノメノメと尾を掉つて帰ぬ事が出来ようか。鷹は飢ゑても穂を喙まぬ……と云ふ事がある。ソンナ弱音を吹くな、暗の後には月が出るぢやないか』
乙『人間の運命と云ふものは定まつて居ると見える。黒姫や高姫、松姫はどこともなしに、丸い豊な顔をして居るが、丸顔に憂ひなし、長顔に憂ひありと云つて、俺達は金さへ有れば、社会にウリザネ顔だと言つて、歓待る代物だけれど、今日のやうな態になつては、ますます貧相に……自分ながら見えて来る。自分から愛想をつかすやうな物騒な肉体、何程馬鹿の多い世の中だと言つて、誰が目をかけてくれる者が有らうか。アーア仕方がない。何とか一身上の処置を附ける事にしようかい。ヌースー式をやつては、神界へ対して罪を重ね、万劫末代苦しみの種を蒔かねばならず、実、さうだと言つて、自殺は罪悪であり、死ぬにも死なれず、困つた者だ。どうしたらこの煩悶苦悩が解けるであらう。否スツパリと忘れられるだらう』
甲『心一つの持ちやうだ。刹那心を楽むんだよ』
乙『貴様はまだ、ソンナ気楽な事を言つて居るが、衣食足りて礼節を知るだ。今日で三日も何も食はずに、胃の腑は身代限りを請求する。一歩も歩む事も出来なくなつて、どうして刹那心が楽めよう。刹那々々に苦痛を増ばつかりぢやないか。アーアこれを思へば、黒姫の御恩が今更の如く分つて来たワイ』
甲『ヤア情ない事を言ふな。そら其処に三五教の宣伝使が立つて居るぞ』
乙『モウかうなつちやア、三五教もウラナイ教も有るものぢやない。食はぬが悲しさぢや。飢渇に迫つてから、恥しいも何も有つたものかい』
と常彦の佇む前に進み寄り、
乙『モシモシ、あなたは三五教の宣伝使ぢやありませぬか』
と力無き声に、常彦はフツと目を醒し、
『アーア夜の旅で草臥れたと見えて、知らぬ間に寝込んでしまうたワイ。……ヤアお前は乞食と見えるな。何ぞ御用でござるか』
 乙は何にも言はず、口と腹を指し、飢に迫れる事を示した。
常彦『ヤア一人かと思へば、二人連ぢやな。幸ひ、ここに握り飯が残つて居る。失礼だがこれをお食りなさらぬか』
乙『ハイそれは有難うございます。早速頂戴致しませう。……オイ滝公、助け船だ兵站部が出来たぞ。サア御礼を申せ』
滝公『アーそんなら頂戴しようかなア、恥しい事だ。旅人の弁当を貰つて食ふのは、生れてから始めてだ』
と四個の握り飯を分配し、二ツづつ、飛び付くやうに平げてしまひ、
乙『アーアこれで少し人間らしい気がして来た。……イヤ宣伝使様、有難うございます。……しかしながらこの先はまたどうしたらよからうかなア』
滝公『刹那心だよ。また神様がお助け下さる。心配するな。……何れの方か知りませぬが有難うございました。これでヤツと、こつちのものになりました』
と見上ぐる途端にハツと驚き顔を隠す。
常彦『ヤア失礼ながらあなたは、ウラナイ教の滝公さまぢやありませぬか。ヤアあなたは板公さま、どうしてそんな姿におなりなさつた。何か様子がございませう。差支なくばお聞かせ下さいませいなア』
板公『恥しい所、お目にかかりました。実はかうなるも身から出た錆、何とも言ひやうがありませぬが、実の所は、あまり宣伝の効果が挙がらないので、一寸した事をやりました。それがこの通り大零落の淵に沈む端緒となつたのです』
滝公『誠に赤面の至り、智慧も廻らぬ癖に、人真似をして、大変な失敗を演じ、闇の谷底へ転落し、生命カラガラな目に遭ひ、終には黒姫の御機嫌を損ねたのみならず、青彦、お節に踏み込まれ、一生懸命逃げて来ました。それから私等二人は高城山へ参り、松姫の前に尻を捲つて、ウラナイ教の内幕を暴露してやらうと、強圧的に出た所、中々の強者、吾々の智嚢を搾り出した狂言も、松姫に対しては兎の毛の露ほども脅威を与へず、シツペイ返しを喰つて、生命からがら此処までやつて来ました。しかしながら窮すれば乱すと云ふ諺もありますが、吾々は一旦誠の道を聞いた者、仮令餓死しても人の物を失敬する事は絶対に厭で堪らず、最早生命の瀬戸際、一生の大峠となつた所、あなたに巡り会ひ、一塊のパンを与へられて、漸く人間心地が致しました。これもアカの他人に恵まれるのであつたならば残念ですが、有難い事には、一旦御心易うして居たあなたに救はれたと云ふのも、まだ天道は吾々を棄て給はざる証と、何となく勇気が出て来ました』
常彦『今のお言葉に、青彦お節が黒姫の所へ往つたとおつしやつたが、ソレヤ本当ですか』
滝公『ヘエヘエ本当も本当、一文生中の、掛値もございませぬ。今頃は黒姫も、青彦お節その他の二三人の男女に欺かれて、道場を破られ、フサの国へでも逃げて行つたかも知れますまい、高城山の松姫の様子が何だか変でございましたから……』
板公『ナーニ黒姫はそんな奴ぢやない。キツと青彦、お節は袋の鼠、舌の先で巧くチヨロまかされて居るに違ひない。それよりも惜しいと思うのは、紫姫さまに、馬公鹿公と云ふ若い男だ。キツと、ウラナイ教に沈没して居るに相違ない』
常彦『ハテナ、吾々も御両人の知らるる通り、ウラナイ教のカンカンであつたが、余り内容が充実せないのと、黒姫の言心行一致を欠いだその点が腑に落ちず、また数多の信者に対して、吾々部下の宣伝使として弁解の辞がないので、アヽ最早ウラナイ教は前途が見えた。根底から崩れてしまつた。かう云ふ事で、どうして天下の修斎が出来ようぞ、信仰に酔払つた連中は今の所、稍命脈を保つて居るが、酔払つた酒は何時しか醒める如く、信仰も追々冷却するは当然の帰結と、前途を見越して、ヤツパリ天下を救ふは三五教だと、直に三五教に入信し、鬼ケ城の邪神退治と出掛け、それより諸方を宣伝し廻つて居るのだ。それにしても合点のゆかぬは、あれほど決心の堅かつた青彦、お節に紫姫さまぢや。これには何か深い様子が有る事であらう。コラかうしても居られない。一時も早く魔窟ケ原へ行つて、事の真偽を確め、その上でまた作戦計画を定めねばなるまい。アーア困つた事が出来たワイ』
と手を組んで太い息をつく。
滝公『これに就て常彦さま、あなたは何かお考へがありますか。ならう事なら、私達も共々に三五教のために尽さして頂きたいのですが、何を言うても零落れたこの体、あなたの顔にかかはりますから……』
常彦『ソラ何をおつしやる。衣服は何時でも替へられる。あなたの今迄の失敗の経験に会つて鍛へ上げられたるその身魂は、容易に得られるものでない。何はともかく一緒に参りませう。また都合の好い所が有れば、衣服でも買つて上げませう。ともかく青彦以下の救援に向はねばならぬ。サア滝公、板公、参りませう』
 二人は何にも言はず、嬉し涙に暮れながら、常彦の後に従ひ、西北指して、今迄の衰耗敗残の気に充された態度は忽ち枯木に花の咲きし如く、イソイソとして従いて行く。
 山頭寒巌に倚りて立てる古木も春の陽気に会ひて深緑の芽を吹き出したる如く、青ざめた顔は忽ち桜色と変り、常彦に絶対服従の至誠を捧げつつ、花咲き匂ふ枯木峠を打渡り、神の救ひをエノキ峠の急坂後に見て、握り拳をホドいて夏風に、そよぐ蕨の野辺を打渡り、とある茶店に立入りて、再び腹を拵へ忽ち太る大原の郷、テクテク来る須知山峠の絶頂に、青葉を渡る涼しき夏の風を受けながら、かたへの巌に腰打掛け、
常彦『アヽ早いものだ、モウ一息で聖地に到着する。世継王山の山麓には、悦子姫さまの経綸場が出来たと云ふ事だ。一つ立寄つて見ようかな。大抵青彦の様子も分らうから………イヤイヤ今度は素通をして、青彦に対面し、救はるるものならば、どこまでも誠を尽して忠告を与へ、その上にて悦子姫様の庵を御訪ねする事にしよう。幸に青彦以下が改心をして、三五教に復帰したとすれば、先へ妙な事をお耳に入れ置くのは却て青彦のために面白くない。友人の道として絶対秘密にしてやるが本当だらう』
滝公『青彦さまはよもや、ウラナイ教になつて居る気遣ひは有りますまい』
板公『何とも、保証がでけぬ、突然の事で吾々も岩窟退治に来たのだと思つて驚いたが、後になつてよくよく考へて見れば、どうも黒姫と云ひ、青彦、紫姫さまその他の顔色に少しも変な色が浮かんで居らなかつた。黒姫の魔術によりて剣尖山の滝の麓でうまくシテやられたのかも知れない、ともかくも常彦さまをお頼み申して、吾々も弟子となつた以上は、青彦さま一行を元の道へ救はねばなりますまい。これから首尾よく凱旋するまで、悦子姫様の庵を訪ねなさらぬ方が、万事の都合が良いやうに思ひます。ナア常彦さま』
常彦『アヽ私はさう考へるのだ。何に付けても大事件が突発したやうなものだ』
と話す折しも、坂を登り来る二人の男、
男『ヤアあなたは常彦さまぢやありませぬか。何処へお出でになつて居ました? 吾々二人は丹州と共に弥仙山の麓に当つて、紫の雲、日々立昇るのを見て、コレヤ何か神界の経綸が有るのだらうとその雲を目当に参りました。所が近くへ寄つて見れば、恰度虹のやうで、その雲は一寸向ふの方に靉靆いて居る。コレヤ大変だ、どこまで行つても雲を掴むとはこの事だと、丹州さまにお別れをして、ここまでやつて来ました』
常彦『ヤアお前は鬼ケ城言霊戦の勇士、荒鷹、鬼鷹のお二人さま、どこへ行く積りだ』
荒鷹『丹州さまは吾々に向ひおつしやるには、一寸神界の御用があるから弥仙山を中心としてしばらくこの辺を探険しようと思ふから、お前達はこれから聖地を指して進んで行け。しかしながら聖地に立寄る事はならぬ。須知山峠を指して行けとの御言葉、どこを目的ともなくやつて来ました。その時々に神が懸つて知らしてやるから、安心して行けとの事、大方伊吹山の邪神退治に行くのではなからうかと思つて参りました。しかしあなたのお顔を見るなり、何だか向ふへ行くのが張合が抜けたやうな気がしてなりませぬワイ』
常彦『それは不思議な事を聞くものだ。何か外に聞いた事は有りませぬか』
鬼鷹『ヤア有ります有ります、大変な変つた事があるのですよ』
常彦『変つた事とは何ですか』
鬼鷹『弥仙山の麓の村に、お玉と云ふ娘があつて、夫も無いのに腹が膨れ、十八ケ月目に生み落したのが女の子、玉照姫とか云つて、生れてから百日にもならないのに、種々の事を説いて聞かせる、さうして室内を自由に立つて歩くと云ふ噂で……あの近在は持切りでございます。それに就て、ウラナイ教の黒姫の奴、抜目のない……その子供を何んとかかとか云つて、手に入れようとし、幾度も使を遣はし、骨を折つて居るさうですが、爺と婆アとが、中々頑固者で容易に渡さない。家の血統が断れると云つて居るさうです。なかなかウラナイ教も抜目がありませぬなア』
常彦『不思議な事が有るものだなア。ともかく吾々も一度その子が見たいものだが、それよりも先に定めた問題から解決せなくてはならぬ。その問題さへ解決がつかば、黒姫の様子も分り、子供の因縁も分るだらう。しかし鬼鷹さま、荒鷹さま、あなたは何処へ行く積りか』
荒、鬼『まだ行先不明……私の行く所は何処でございます……と実はあなたにお尋ねしたいと思つて居るのです』
常彦『ともかく丹州さまのお言葉通り、行く所までお出でなさいませ。神の綱に操られて居るのだから、今何を考へた所で仕方が有りますまい。しかし丹州さまは……あなた方、何と思うて居ますか』
荒鷹『どうもあの方は、吾々としては、正とも邪とも、賢とも愚とも、見当が取れませぬ。つまり一種の……悪く言へば怪物ですなア。しかし何とも言はれぬ崇高な所があつて、自然に吾々は頭が下がり、何程下目に見ようと思うても、知らぬ間に吾々の守護神は服従致します』
鬼鷹『私も同感です。何でも特別の神界の使命を受けた方に違ひありませぬワ、元吾々が使つて居つたその時分から、少し変だなアと思うて居た。今日の所では、ともかく不可解な人物だ。時々頭上より閃光を発射したり、眉間からダイヤモンドのやうな光が放出して忽ち人を射る。到底凡人の品等すべき限りではありませぬワ』
 常彦、手を組み、首をうな垂れ、思案に暮れて居る。荒鷹、鬼鷹は、
『左様なら常彦さま、また惟神に再会の時を楽みませう』
と一礼して、スタスタ坂を南へ下り行く。常彦は少しも気付かず、瞑目して俯むいて居る。
滝公『モシ常彦さま二人の方はモウ行かれました』
と背中を揺る。常彦は夢からさめたやうな心地、
常彦『ナニ、二人はモウ行かれたと……エー何事も神様のお仕組だらう。とも角、弥仙山麓へ往つて見たいやうな気がするが、始めに思ひ立つた青彦の事件から解決するのが順序だ。サア皆さま、参りませう……』

(大正一一・四・二八 旧四・二 松村真澄録)



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