出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語17-2-71922/04如意宝珠辰 枯尾花王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
魔窟ケ原の岩窟
あらすじ
 高姫の命令で、五十を越えた黒姫は、フサの国のウラナイ教の本部から、高山彦を夫として迎えることとなった。黒姫は嬉しがり、化粧に余念がない。婚礼が行われ、黒姫、高山彦の順に歌う。夏彦は不満の歌を歌う。
名称
岩高 菊若 清子 黒姫 高山彦 常彦 照子 富彦 虎若 夏彦
青彦 神伊弉諾大神 亀彦 国治立大神 高姫 天女 豊国姫 日の出神の生宮 曲津 瑞の御霊 竜宮の乙姫? 稚桜姫
天の鳥船 天の瓊矛 一厘の仕組 磐船 ウラナイ教 大江山 自転倒島 北山村 言霊 神界 体主霊従 地獄 比治山 比治山峠 比沼の真名井 フサの国 フサの都 富士山 魔窟ケ原 真名井ケ原 瑞の宝座 五六七の世 八州の国 由良の港
 
本文    文字数=30025

第七章 枯尾花〔六一八〕

 味方の人数も大江山  魔窟ケ原に穿ちたる
 岩窟の中に黒姫は  五十路の坂を越えながら
 歯さへ落ちたる秋の野の  梢淋しき返り咲き
 この世にアキの霜の髪  コテコテ塗つた黒漆
 俄作りの夕鴉  カワイカワイと皺枯れた
 声張り上げてウラナイの  道を伝ふる空元気
 天狗の鼻の高山彦を  三世の夫と定めてゆ
 流石女の恥かしげに  顔に紅葉を散らしつつ
 黒地に白粉ペツタリと  生地を秘した曲津面
 口喧しき燕や  朝な夕なにチユウチユウと
 雀百まで牡鳥を  忘れかねてか婿欲しと
 あこがれ居たる片相手  星を頂月を踏み
 日にち毎日山坂を  駆け廻りつつ通ひ来る
 男の数は限りなく  蓼喰ふ虫も好き好きと
 酷い婆アの皺面に  惚けて出て来る浅間しさ
 広いやうでも狭いは世間  色は真黒黒姫の
 心に叶うた高山彦の  タカか鳶か知らね共
 烏の婿と選まれて  怪しき名に負ふ大江山
 魔窟ケ原の穴覗き  奥へ奥へと進み入る
 一コク二コクと迫り来る  三国一の花婿を
 取つた祝ひの黒姫が  嬉しき便りを菊若や
 心頑固な岩高や  人の爺を寅若の
 情容赦も夏彦や  富彦、常彦諸共に
 飲めよ騒げの大酒宴  岩屋の中は蜂の巣の
 一度に破れし如くなり。  

 黒姫は皺苦茶だらけの垢黒い顔に、白い物をコテコテに塗り、鉄倉の上塗みたやうな、真白な厚化粧、白髪は烏の濡羽色に染め、梅の花を散らした派手な襠衣を羽織り、三国一の婿の来るを、今や遅しと、太い短い首筋を細長く延ばして、蜥蜴が天井を覗いたやうなスタイルで、入口の岩窟を覗き込み、年の寄つた嗄れ声に色を附け、ワザと音曲に慣れた若い声を出し、
『コレコレ夏彦、常彦、まだお客さまは見えぬかな。お前は御苦労だが、一寸そこまで迎へに往つて来て下さらぬか。由良の湊までは、フサの国から、天の鳥船に乗つてお越しなのだから、轟々と音が聞えたら、それが高山彦さまの一行だ。空に気をつけ足許にも気を付けて往て来て下さい』
夏彦『ハイハイ承知致しました。遠方の事とは云ひながら、随分暇の要る事ですなア。サア常彦、お迎へに行つて来うぢやないか』
常彦『黒姫さま、今日はお芽出度う。ソンナラ往て来ませうか』
黒姫『何ぢや常彦、改まつて、お芽出度うもあつたものか。あまり年寄りが婿を貰うと思うて冷やかすものぢやない。サアサア トツトと往て来なさい』
常彦『ソンナラ、何と言つて挨拶をしたら好いのですか。今日は芽出たいのぢやありませぬか』
黒姫『芽出たいと云へば芽出たいのぢやが、ナニもう妾は、五十の坂を越えて、誰が好みて婿を貰うたりするものか。これと云ふのも、神様の教を拡げるために、この黒姫の体を犠牲にして、天下国家のために尽すのだよ。お芽出たうと云ふ代りに御苦労様と言ひなされ』
常彦『これはこれは五苦労の四苦労、真黒々助の黒姫様、十苦労さまでございます』
黒姫『エーエーお前はこの黒姫を馬鹿にするのかい。十苦労と云ふ事があるものか。あまりヒヨトくりなさるな』
常彦『イエ滅相な、あなたも天下のために犠牲に御成りなさるのは五苦労さまぢや。またこの常彦が三国一の婿さまを、かう日の暮になつてから、細い山路を迎ひに行くのも、ヤツパリ五苦労さまぢや。お前さまの五苦労と私の五苦労と、日韓併合して十苦労様と云うたのですよ。アハヽヽヽ』
夏彦『常彦、行かうかい』
と、岩穴をニユツと覗き、
『ヤア占た占た、モウ行かいでもよい』
常彦『行かでも良いとは、ソラ何だい、高山彦さまが見えたのかい』
夏彦『きまつた事だ。モシモシ黒姫さま、お喜びなさいませ。偉い勢で沢山な家来を伴れて見えましたよ』
黒姫『それはそれは御苦労な事ぢや。どうぞ穴の口まで迎ひに行て下され。あまり這入り口が小さいので、行過されてはお困りだからなア』
 夏彦は肩から上をニユツと出し、高山彦の一行の近付き来るを待ち居たる。
高山彦『此処は黒姫の住家と聞えたる魔窟ケ原ぢやないか。モウ誰か迎ひに来て居さうなものだに、何をして居るのだらうな』
虎若『ヤア御大将様、この魔窟ケ原は随分広い所と聞きました。何れ先方からやつて来られませうが、何分予定とは早く着いたものですから、先方も如才なく準備はやつて居られませうが、つい遅くなつたのでせう。御馳走一つ拵へるにもこう云ふ不便な土地、何事も三五教ぢやないが、見直し聞直し、御機嫌を直してモウ一息お進み下さいませ』
高山彦『それはさうだが、如何に黒姫、部下が無いと云つても、二十人や三十人は有りさうなものだ。三人や五人迎ひに来したつて良いぢやないか。縁談は飯炊く間にも冷ると云ふ事が有る。あまり寒いので、冷たのぢやあるまいか、ナア虎若』
虎若『トラ、ワカりませぬ。何分この通り、あちらにも此方にも雪が溜つて居りますから随分冷る事でせう。私も何だか体が寒くなつて来た。フサの国を出た時は随分暖かであつたが、空中を航行した時の寒さ、それにまたこの自転倒島へ着いてからの寒さと云つたら、骨身に徹えますワ』
 高山彦は苦虫を喰つたやうな不機嫌な顔をしながら、爪先上りの雪路を進み来る。雪の一面に積つた地の中から、夏彦は首だけを出して、
『コレハコレハ高山彦のお出で、サアサアお這入り下さいませ。黒姫さまが大変にお待兼でございます。あなたも遥々と国家のために犠牲になつて下さいまして有難うございます』
虎若『ヤア何だ、コンナ所に首が一つ落ちて、物言つて居やがる。……ハヽア此奴ア、大江山の化州だな……オイ化州、這入れと言つても、蚯蚓ぢやあるまいし、何処から這入るのぢやい。入口が無いぢやないか。貴様の体はどうしたのぢや。松露か何ぞのやうに頭ばつかりで活てる筈もあるまいし、怪体な代物ぢやなア』
夏彦『黒姫さまは高山彦さまに、お惚け遊ばして首つ丈陥つてござるが、この夏彦は首は外へ出して、体だけはまつてござるのだ。サアサア不都合な這入口のやうだが、中は立派な御座敷、用心のためにワザと入口が細うしてある。高山彦さま、どうぞお這入り下さいませ。一人づつ這入つて貰へば、何程大きな男でも引つかからずに這入れます』
と言ふより早く夏彦は窟内に姿を隠しける。
虎若『ヤア妙だ。見た割とは大きな洞が開いて居る。ヤア階段もついて居る。サア高山彦さま、御案内致しませう』
 虎若を先頭に、高山彦は数多の従者と共に、ゾロゾロと岩窟の中に潜り入る。黒姫はこの時既に奥の間に忍び込み、鏡の前で口を開けたり、目を剥いたり、鼻を摘ンで見たり、顔の整理に余念なかりける。夏彦はこの場に走り来り、
『モシモシ、高山彦の御大将が見えました。どうぞ早く此方へお越し下さいませ』
黒姫『エー気の利かぬ事ぢやなア。何とか云つて、お茶でも出して、口の間で休まして置くのだよ。それまでに化粧をチヤンと整へて、型ばかりの祝言をせなくてはならぬ。菊若、岩高は何をして居るのだ。料理の用意は出来たか。お茶でも献げて世間話でもして待つて貰ふのだよ』
夏彦『今日は芽出度い婚礼、それにお茶をあげては、茶々無茶苦になりやしませぬか。今日はお水を進げたらどうでせう』
黒姫『エー茶ア茶ア言ひなさるな。茶が良いのだ。水をあげると水臭くなるといかぬから……』
夏彦『ハヽア、茶ア茶アと茶ツつく積りで、茶を呑ませとおつしやるのかなア……茶、承知致しました』
黒姫『エーグヅグヅ言はずに、あちらへ行つて、高山彦様御一同のお相手になるのだよ。こつちの準備が出来たら、祝言の盃にかかるやうにして置きなさい。……アーア人を使へば苦を使ふとは、よう言つたものだ。男ばつかりで、女手の無いのも……ア困つたものだ。清サン、照サンと云ふ二人の若い女は有つたけれども、これは真名井ケ原の隠れ家に置いてあるなり、こう云ふ時に女が居らぬと便利が悪い。お酒の酌一つするにも、男ばつかりでは角ばつて面白くない。しかしながら清サン、照サンは十人並優れた美しい女、折角貰うた婿どのを横取しられちや大変だと思つて、伴れて来なかつたが、安心な代りには便利が悪いワイ。サアサアこれで若うなつて来た。化粧と云ふものは偉いものだナア。昔から女は化物だと云ふが……われと吾手に見惚れるやうになつた。如何に色男の高山彦でも、この姿を見たら飛び付くであらう。現在女の自分でさへも、自分の姿に見惚れるのだもの……ヤツパリ霊魂が良いと見える。アーア惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世。………コレコレ常彦……オツトドツコイ、コンナ年の寄つた婆声を出しては愛想を尽かされてはならぬ。端唄や浄瑠璃で鍛へて置いた十七八の娘の声を使はねばなるまい、……コレコレ夏彦、用意が出来たよ。これ夏彦、一寸此方へお越し』
夏彦『エツ、何だ、妙な声がするぞ。黒姫さま、何時の間にか若い照サン、清サンを引ぱつて来たと見える。アンナ別嬪を連れて来たら、婿を横取りに仕られてしまうがな……』
黒姫『コレコレ夏彦サン、早う来なさらぬかいな』
夏彦『婆アと違うて、娘の声は何処ともなしに気分が好いワイ。今晩黒姫と高山彦の婆組が婚礼をする。後は照サンと夏彦サンの婚礼だ。これだけ沢山に男も居るのに、あの優しい声で夏彦サンと言ひやがるのは、余つ程思召が有ると見えるワイ。どうれ、一つ、襟でも直して、お目にかからうかい』
 目を擦り、鼻をほぜくり、唇を舐め、襟の合せ目をキチンとし、帯から袴まで検め、
『ヤアこれで天晴れ色男だ……エツヘン』
 足音を変へながら、稍反り返りて、色男然と澄まし顔、一間の障子をガラリと開け、
『今お呼びとめになつたのは、照サンでございますか、何用でございます……』
黒姫『お前は夏彦ぢやないか。何ぢやその済ました顔は……照サンぢやないかテ…夜も昼も照サンに……照の女に現を抜かしよつて、わしの云うた事が耳へ這入らぬのか』
夏彦『それでも若い女の声がしましたもの、若い女と言へば、今の所では照サン、清サンより無いぢやありませぬか』
黒姫『照や清は真名井ケ岳の隠れ家に置いてあるぢやないか。何をとぼけて居るのぢや。黒姫が呼びたのですよ』
夏彦『ヘエー、何と若い声が出るものですな』
黒姫『きまつた事ぢや。言霊の練習がしてあるから、老爺の声でも、婆の声でも、十七八の女の声でも、赤児の声でも、鳶でも、烏でも、猫でも、鼠でも、自由自在の言霊が使へるのですよ』
夏彦『ア、ハハー、さうですか、さうすると今晩は、鼠の鳴声を聞かして貰はうとままですな、アハヽヽヽ』
黒姫『エーエー喧しいワイ。早うお客さまのお相手をして、それからソレ……レイの用意をするのよ』
夏彦『レイの用意だつて……どの事だか分りませぬがなア』
黒姫『レイの上にコンが付くのぢや。アタ恥しい。良い加減に気を利かしたらどうぢや』
夏彦『霜降り頭に黒ン坊を着けて、鍋墨のやうな顔に白粉を附けて、華美な着物を着ると、ヤツパリ浦若い娘のやうな気になつて、恥かしうなるものかいなア。恥かしい事と言つたら知らぬ黒姫ぢやと思うて居つたのに、流石は女だ。恥かしいとおつしやる、アツハヽヽヽ』
 其処へ常彦現はれ来り、
『黒姫様、万事万端用意が整ひました。サアどうぞお越し下さいませ』
 黒姫はつと立ちあがり、姿見鏡の前に、腰を揺り、尻を叩き、羽ばたきしながら、稍空向気味になり、すまし込み、仕舞でも舞うやうな足附で、ソロリソロリと婚礼の間に進み行く。
 黒姫、高山彦の結婚式は無事に終結した。三々九度の盃、神前結婚の模様等は略しておきます。
 黒姫は結婚を祝するため、長袖淑やかに、自ら歌ひ自ら舞ふ。日頃鍛へし腕前、声調と云ひ、身振りと云ひ、足の辷り方、手の操り方、実に巧妙を極め、出色のものなりける。

黒姫『色は匂へど散りぬるを  吾が世誰ぞ常ならむ
 有為の奥山今日越えて  浅き夢見しゑひもせず
 昨日やきやう(京)の飛鳥川  清く流れて行末は
 善も悪きも浪速江の  綿帽子隠したツノ国の
 春の景色に紛ふなる  花の容顔月の眉
 年は幾つか白雲の  二八の春の優姿
 皺は寄つても村肝の  心の色は稚桜姫
 神の命の御教を  朝な夕なに畏みて
 仕へ奉りし甲斐ありて  色香つつしむ一昔
 花は紅、葉は緑  手折り難きは高山彦の
 空に咲きたる梅の花  時節は待たにやならぬもの
 天は変りて地となり  地は上りて天となる
 さしもに高き高山彦の  吾背の命の遅ざくら
 手折る今日こそ芽出度けれ  疳声高き高姫の
 朝な夕なに口角を  磨きすまして泡飛ばし
 宣る言霊も水の泡  アワぬ昔はともかくも
 会うたこの世の嬉しさは  仮令天地が変るとも
 替へてはならぬ妹と背の  嬉しき道のこの旅出
 旅は憂いもの辛いもの  辛いと言つても夫婦連
 凩荒ぶ山路も  霜の剣を抜きかざす
 浅茅ケ原も何のその  夫婦手に手を取りかわし
 互に睦ぶ二人仲  二世の夫とは誰が言うた
 五百世までも夫婦ぞと  世の諺に言ふものを
 坊ツチヤン育ちの緯役が  世間をミヅの御霊とて
 訳の分らぬ事を言ふ  表は表、裏は裏
 仮令雪隠の水つきと  分らぬ奴が吐くとも
 こうなる上は是非もない  雪隠千年万年も
 浮世に浮いて瓢箪の  胸の辺りに締めくくり
 縁の糸をしつかりと  呼吸を合して結び昆布
 骨も砕けし蛸入道  烏賊に世人は騒ぐとも
 登り詰めたは吾恋路  成就鯣の今日の宵
 善いも悪いも門外漢の  容喙すべき事でない
 高山彦の吾夫よ  千軍万馬の功を経し
 苦労に苦労を重ねたる  すべての道にクロトなる
 この黒姫と末永く  世帯駿河の富士の山
 解けて嬉しき夏の雪  白き肌を露はして
 薫り初めたる兄の花の  一度に開く楽しみは
 神伊弉諾の大神が  妹の命と諸共に
 天の瓊矛をかき下し  コヲロコヲロに掻き鳴して
 山河草木百の神  生み出でませしその如く
 汝は左へ妾は右  右と左の呼吸合せ
 明かす誠に裏は無い  ウラナイ教の神の道
 国治立の大神の  開き給ひし三五の
 神の教も今は早  瑞の御霊の混ぜ返し
 穴有り教となりにける  愈これから比治山の
 峰の続きの比沼真名井  豊国姫の現はれし
 珍の宝座を蹂躙し  誠一つのウラナイの
 神の教を永久に  夫婦の呼吸を合せつつ
 立てねば置かぬ経の教  稚桜姫の神さへも
 花の色香に踏み迷ひ  心を紊して散り給ふ
 その古事に神習ひ  この黒姫も慎みて
 神の御跡を追ひまつる  五十路の坂を越えながら
 浮いた婆アと笑ふ奴  世間知らずの間抜者
 さはさりながら夏彦よ  岩高彦よ常彦よ
 色々話を菊若よ  妾に習つて過つな
 年を老つての夫持つ  妾は深い因縁の
 綱にからまれ是非もなく  神の御為国のため
 ウラナイ教の御為に  心にもなき夫を持つ
 陽気浮気で黒姫が  コンナ騒ぎをするものか
 直日に見直し聞直し  善言美詞に宣り直し
 必ず悪口言ふでない  後になつたら皆判明る
 神の奥には奥が有る  そのまた奥には奥がある
 昔の昔のさる昔  マ一つ昔のまだ昔
 まだも昔の大昔  神の定めた因縁の
 魂と魂との真釣り合ひ  晴れて扇の末広く
 仰げよ仰げ神心  心一つの持ちやうで
 この黒姫の言ふ事は  善に見えたりまた悪に
 見えて居るかも知れないが  身魂の曇つた人間が
 心驕ぶりツベコベと  構ひ立てをばするでない
 総て細工は流々ぢや  仕上げた所を見ておくれ
 身魂の因縁性来の  大根本の根本を
 知つたる神は外に無い  日の出神の生宮と
 定まりきつた高姫や  永らく海の底の国
 お住居なされた竜宮の  乙姫さまの肉の宮
 この黒姫とただ二人  要らぬ屁理屈言はぬもの
 心も清きモチヅキの  音に耳をば澄ましつつ
 三五の月の清らかな  心の鏡をみがきあげ
 ウラナイ教の御仕組  何も言はずに見てござれ
 今は言ふべき時でない  言はぬは云ふに弥勝る
 高山彦や黒姫の  婚礼したのも理由がある
 人間心で因縁が  どうして分らう筈はない
 朝日は照るとも曇るとも  月は盈つとも虧くるとも
 仮令大地は沈むとも  この因縁は人の身の
 窺ひ知らるる事でない  今に五六七の世が来れば
 ただ一厘の神界の  仕組をあけて見せてやる
 それまで喧しう言ふでない  口を慎み、ギユツと締め
 瑞の御霊にとぼけたる  訳の分らぬ人民は
 高山彦や黒姫の  この結婚を彼此と
 口を極めて誹るだらう  譏らば誹れ、言はば言へ
 妾の心は神ぞ知る  神の御為国のため
 お道のために黒姫が  尽す誠を逸早く
 世界の者に知らせたい  吁、惟神々々
 御霊幸倍ましませよ  アヽ、惟神々々
 そろうて酒をば飲むがヨイ  ヨイヨイヨイトサア
 ヨイトサノサツサ』  

 黒姫は調子に乗つて踊り狂ひ、汗をタラタラ流し、白粉をはがし、顔一面縄暖簾を下げたる如くなりにける。高山彦は立ちあがり、祝歌を唄ふ。

『フサの都に生れ出で  浮世の風に揉まれつつ
 妻子を捨てて遥々と  ウラナイ教の大元の
 北山村に来て見れば  鼻高々と高姫が
 天地の道理を説き聞かす  支離滅裂の繰言を
 厭な事ぢやと耳押へ  三日四日と経つ内に
 腹の虫奴が何時の間か  グレツと変つてウラナイの
 神の教が面白く  聞けば聴くほど味が出る
 牛に牽かれて善光寺  爺サン婆サンが参るやうに
 何時の間にやらウラナイの  教の擒と成り果てて
 朝な夕なの水垢離  蛙のやうな行をして
 嬉し嬉しの日を送る  盲聾の集まりし
 ウラナイ教の大元は  目あき一人の高山彦が
 天津空より降り来し  天女のやうに敬はれ
 持て囃されて高姫の  鋭き眼鏡に叶うたか
 抜擢されて黒姫が  夫となれとの御託宣
 断りするも何とやら  枯木に花も咲くためし
 地獄の上を飛ぶやうに  胆力据ゑて高姫に
 承知の旨を答ふれば  高姫さまも雀躍りし
 これで妾も安心と  数多の家来を差しまわし
 み空を翔ける磐船を  数多準備ひフサの国ゆ
 唸りを立てて中空に  思ひがけなき高上り
 高山彦や低山の  空を掠めて渡り来る
 大海原の島々も  数多越えつつ悠々と
 風に揺られて下り来る  由良の湊の広野原
 イヨイヨ無事に着陸し  虎若富彦伴ひて
 大江の山を探りつつ  魔窟ケ原に来て見れば
 見渡す限り銀世界  妻の住家は何処ぞと
 眼白黒黒姫の  岩戸を守る夏彦が
 首から先を突出して  ヤア婿さまか婿さまか
 黒姫さまのお待兼ね  遠慮は要らぬサア早く
 お這入りなされと先に立ち  頭を隠して段階
 ヒヨコリヒヨコリと下り行く  虎若、富彦先に立ち
 高山彦を伴なひて  内はホラホラ岩窟に
 潜りて見ればこは如何に  名は黒姫と聞きつれど
 聞きしに違ふ白い顔  夢に牡丹餅食たやうな
 嬉しき契の今日の宵  年は二八か二九からぬ
 姿優しきこのナイス  幾久しくも末永く
 鴛鴦の衾の睦び合ひ  浮きつ沈みつ世を渡る
 今日の結縁ぞ楽しけれ  月は盈つとも虧くるとも
 仮令大地は沈むとも  高山彦と黒姫の
 妹背の中は何時までも  いや常永に変らざれ
 八洲の国は広くとも  女の数は多くとも
 女房にするはただ一人  神の結びしこの縁
 睦び親しむ玉椿  八千代の春を迎へつつ
 ウラナイ教の神の憲  四方の国々宣り伝へ
 神政成就の神業に  仕へ奉りて麗しき
 尊き御代を弥勒の世  弥勒三会の暁の
 鐘は鳴るとも破れるとも  二人の中は変らまじ
 あゝ惟神々々  御霊幸はひましませよ』

と謡つて、大きな図体をドスンとおろしたその機会に、盃も、徳利も、一二尺飛び上り、俄に舞踏を演じ、思はぬ余興を添へにける。夏彦は、くの字に曲つた腰を、三つ四つ握り拳にて打ちながら、土盃を右手に捧げ、オツチヨコチヨイのチヨイ腰になつて、自ら謡ひ、自ら踊り始めける。

『アヽ芽出たい芽出たいお芽出たい  年は老つても色の道
 忘れられぬと見えまする  娘や孫のある中に
 田舎の雪隠の水漬か  ババアが浮いてうき散らし
 顔に白粉コテコテと  雀のお宿のお婆アさま
 高い山から雄ン鳥を  言葉巧に誘て来て
 言ふな言ふなと吾々の  舌切雀のお芽出たさ
 夜さりも昼もチヨンチヨンと  皺のよつたる機を織る
 ハタの見る目は堪らない  雀百までをンどりを
 忘れぬ例は聞いて居る  私も男のはしぢやもの
 相手が欲しい欲しいわいナ  恋路に迷うと云ふ事は
 可愛い男に米  辵かけた事ぢやげな
 図蟹が泡を福の神  恵比須大黒ニコニコと
 腹を抱へて踊り出す  弁天さまの真似をして
 顔コテコテと撫塗り立て  月が重なりや布袋腹
 膨れて困るは目のあたり  それでも私は黙つてる
 長い頭の寿老人さま  高山彦を婿に持ち
 まるビシヤモンを叩き付け  上を下への大戦
 大洪水に流されて  天変地妖の大騒動
 黒白も分かぬ暗の夜に  思はぬ地震が揺るであろ
 地震雷火の車  変れば変る世の中ぢや
 娘や孫のある人が  烏の婿に鷹を取り
 目を光らしてこれからは  天が下なる有象無象を
 何の容赦も荒鷹の  勢猛き山の神
 苦労重なる黒姫の  行末こそはお芽出たい
 あゝなつかしや夏彦の  夢寐にも忘れぬ照さまは
 どうしてござるか比治山の  黒姫さまの隠家に
 肱を枕に寝てござろ  アヽなつかしやなつかしや
 高山彦や黒姫の  今日の慶事を見るにつけ
 心にかかるは照さまの  比治山峠の独寝ぢや
 コンナ所を見せられて  羨なり涙がポロポロと
 私は零れて来たわいナ  アヽ惟神々々
 ホンに叶はぬ事ぢやわい  叶はぬ時の神頼み
 比沼の真名井の神さまに  一つ願ひを掛けて見よう
 ウラナイ教に入つてより  早十年になるけれど
 神の教の信徒は  女に眼くれなよと
 高姫さまや黒姫の  何時も厳しきお警告
 それに何ぞや今日はまた  黒姫さまが身を扮装し
 天女のやうに化けかはり  返り咲きとは何の事
 黒姫さまが口癖に  裏と表がある教
 奥の奥には奥があると  言うて居たのはこの事か
 俺はあンまり神さまに  呆けて居つて馬鹿を見た
 馬鹿正直の夏彦も  これから心を改悪し
 今まで堪へた恋の道  土手を切らしてやつて見る
 サア常彦よ岩高よ  何時も話を菊若の
 若い奴等は俺の後を  慕うて出て来ひ比治山の
 照さま、清さま潜む家に  肱鉄砲を覚悟して
 訪ねて行かうサア行かう  高山彦や黒姫の
 今日の結婚済みたなら  私はお暇を頂かう
 グヅグヅしてると年が老る  若い盛りは二度とない
 皺苦茶爺イになつてから  如何に女房を探しても
 適当な奴は有りはせぬ  時遅れては一大事
 花の盛りの吾々は  今から心を取直し
 女房持つて潔く  体主霊従の有丈を
 尽して暮すが一生の  各自の得ぢやトツクリと
 思案定めて行かうかいの  サアサ往かうではないかいナ
 ドツコイシヨウ ドツコイシヨウ  ウントコドツコイ黒姫さま
 ヤツトコドツコイ高山彦の  長い頭のゲホウさま
 ドツコイシヨのドツコイシヨ』  

と自暴自棄になつて、一生懸命に不平を漏らし躍り狂ふ。常彦、岩高、菊若も、夏彦の唄に同意を表し、杯を投げ、燗徳利を破り、什器を踏み砕き、酔にまぎらし乱痴気騒ぎにその夜を徹かしけるが、流石の黒姫も結婚の祝ひの夜とて一言もツブやかず、夏彦等が乱暴をなすままに任せ居たりける。
 明くれば正月二十七日、黒姫は、高山彦その他の面々を一間に招き、比沼の真名井の豊国姫が出現場なる、瑞の宝座を占領せむことを提議し、満場一致可決の結果、猫も杓子も脛腰の立つ者全部を引連れ、高山彦は駒に跨り、真名井ケ原指して驀地に進撃し、茲に正月二十八日の大攻撃を開始し、青彦、加米彦が言霊に、散々な目に会ひ散り散りバラバラに、再び魔窟ケ原の岩窟に引返し、第二の作戦計画に着手したりける。嗚呼、黒姫一派は如何なる手段を以て、真名井ケ原の聖場を占領せむとするにや。

(大正一一・四・二二 旧三・二六 松村真澄録)



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